軍人どもの新年模様



新年明けて最初の午後。
帝国領シルターン自治区は大勢の人で賑わっていた。
シルターンには年始めに神に詣でる『初詣』という儀式がある。
元の世界を離れても風習は残ったが、リインバウムの文化と混ざり合ううちに本来の意義は薄れ、今ではちょっとした祭りのようになっていた。
神を奉る『神社』に続く大通りは新年の挨拶を交わす声で溢れ、そこかしこに屋台が出ている。
そんな中、
「わっ」
「大丈夫か?」
「うん……毎年ながら、すごい人出だね」
一組の男女が混雑の合間を歩いていた。
先程通行人にぶつかりかけた赤毛の男は、レックス。隣を歩く女はアズリア。
彼らもご多分に洩れず祭り見物に来ていた。
「こう多いと巡回も難儀だな。正直、うちの隊に役目が回ってこなくてほっとしているところだ」
「そうだね。俺も良かったって思う。アズリアとこうして初詣に来れたんだし」
「……そ、そうか……」
さりげなく恥ずかしい台詞を吐かれてアズリアはそっぽを向く。
レックスの方も言った後に気がついて僅かに赤面した。
ざわめく人ごみを無言のままくぐり抜ける。
神社に向かう者、戻る者、また屋台へと足を止める者。
それぞれがそれぞれの目的地へと動き、大きなうねりを作り出す。
今度はアズリアがぶつかりかけた。
「……」
「レックス?」
「はぐれると、まずいから」
手が握られる。子どもじゃあるまいし、とひどく気恥ずかしかったが、振り払おうとは全く思えない。
手袋越しにも関わらず、互いの熱が感じられる気がした。



同日同刻、帝国軍本拠地。
ビジュは夜間警邏を終えて帰路につくところだった。
正確に言えば任務の終わった後仮眠をとり、目を覚ましたらこんな時間だったのだが。
ビジュの所属する海軍第六部隊は今日から二週間の休暇が与えられている。
特に予定もないので寝正月としゃれこむか、とぼーっと考えていると、
「ちょっとそこ行く軍人さん。一杯いかがですかー?」
やたらと能天気な声がかけられる。
見ると軍医のアティが窓から手を振っていた。近寄ると妙に酒臭い。
部屋を覗き込んで、一瞬引いた。
普段ならアティが仕事してるか隊の誰かがだべってる医務室の床に空瓶がごろごろ転がっている。
それらに囲まれるようにして座り込んでいるのは、
「副隊長にイスラじゃねェか。何やってんだよ」
「事情がありまして。勤務外だし少々羽目外させても構わないでしょう。あ、加わるなら窓から入っちゃっていいですよ」
どうせ帰ってもやることがない。付き合っても別にいいかと思い、窓を乗り越えた。
アティはグラスの焼酎に炭酸水注ぎながら、のほほんと説明する。
「要約すると、我らが隊長殿と私の弟がとうとうデェトに行ったんです。で、長くつるんでた親友と弟に置いてけぼりくらった私が傷心のお二人のやけ酒に付き合ってる最中なんです」
「それだけでこの有様かよ」
「貴様に何が分かるっ!」
洟すすりながら盃を呷っていたギャレオが突然叫び、
「今までで一番の笑顔で『あいつと初詣に行ってくるんだ』なんて言われてみろおっ! 俺に…単なる副官でしかない俺ごときに、なにが……」
再びえぐえぐと泣き出す。
「うぜえ」
「わあ思いやりの欠片もない。さすが隊随一の問題児」
茶々入れる間にも手酌は止まらない。
「結局姉さんは僕を置いていくんだよね分かってたさそれ位そうさ僕なんかよりアイツを選ぶんだよね姉さんは」
イスラはイスラで体育座りしてひたすら愚痴を吐いている。目の据わり具合からして限界は近そうだ。
正直恐いのでとりあえず関わらないことにして、ビジュも酒瓶へと手を伸ばした。
「しかし安いのばかりだな……お、ブランデー」
「新年の祝いにって隊長付けで配給されたの持ち出してきました」
さらりととんでもないことを言う。
「やですね軍医の給与でこんな高級品買えるわけないでしょう?」
「いや、ツッコミどころはそこじゃねェし」
封されたままの瓶を玩び、これ開けたら自分が横領したことになるのだろうかとふと考える。
何となく察したのか、
「大丈夫ですよ。アズリアはあまり呑む方じゃないですから、後で謝っておけば気にしませんって」
「けしかけるならテメエで開けろ」
「高いのは口に合わないんです」
面倒臭くなって元の位置に戻す。新年早々酒ごときで上官に頭下げたくない。
適当に余ったグラスと中身入っている瓶を取る。
アティがつまみ載せた皿片手に隣に座り、グラスを掲げた。
「……」
「……」
「……へいへい、乾杯」
「乾杯。それから明けましておめでとう」
どこか遠くに逝きかけてる同僚二名をほったらかしにする悪徳軍医はアルコールで僅かに上気した頬に笑みを浮かべた。



群衆を掻き分け、やっとのことで神社に辿り着いたレックスとアズリアは賽銭箱にコイン投げ込み柏手を打つ。
「アズリア、願懸けは何を?」
「部下の健康だな。やはりああいう仕事だから、な。お前は?」
「俺も似たようなもの。皆が今年一年つつがなく暮らせますようにって」
「お前の場合、職探しが先じゃないのか」
きつい一言に苦笑いする。
「そっちはおいおい。一応バイト先は確保してあるからそう焦ることもないよ」
「相変わらず危機感のない……」
言葉の途中ではっとする。いかん、このままではいつもの説教になだれ込んでしまう。
おそるおそるレックスを仰ぎ見れば、困ったような曖昧な笑い方をしていた。
「うん、アティにもよく言われる。双子なのにこういう所はアティの方がしっかりしてるんだよね。男女差ってやつかな」
「そ、そうか」
とりあえず気は悪くしていないのにほっとする。
しかし、こんな風に二人きりで歩いて、相手の言動にいちいちおたついていると。
まるで恋人同士のようだ。
「……っ?!」
……自分で想像して勝手に照れてりゃ世話はない。
「どうかした?」
「なな何でもないっ」
「……? それならいいんだけど。まだ時間あるなら出店覗いていこうか」
「あ、ああ、構わん」
首を傾げる男が鈍くて助かったと思う反面、どうして気づかないんだと理不尽にも怒鳴りつけたくなる微妙なお年頃のアズリアだった。



「―――学生の時を思い出すなあ。私酔い醒めるの早い方でしたから、寮で飲み会すると必ず後片付け役してたんですよ。規則でアルコール持ち込み禁止だったから、先生や風紀委員だったアズリアに見つからないように証拠隠滅したり、酔いつぶれた人部屋まで搬送したり……。しかし隠れて呑むお酒ってなんであんなに美味しいんでしょうね」
空瓶は水ですすぎ日なたで乾かしておく。ゴミはまとめて部屋の隅に一時待避させ、グラスやら皿やらはとりあえず水につけ置きすることにする。
一番面倒な潰れた酔っ払いどもには風邪ひかないよう毛布掛けた。
宴会場と化した医務室とドア一枚隔てた部屋には、緊急の患者のために簡易ベッドが数台据付けてある。
その内のひとつに腰掛けてアティは足を遊ばせている。
「規則破るからだろ」
「そんなものですか」
ビジュは窓の外へ目を遣る。
静かなものだ。勤務に就いている別部隊の連中の姿も見えない。
小春日和の日差しは温く柔らかい。
「あまり呑んでませんでしたね」
「……あいつら見てたらその気無くすぞ普通」
ギャレオの方はべそべそ泣きながらひたすら呑むだけなので無害といえば無害だが、壁相手にするのに飽きたイスラが絡んでくるのには参った。
言動も単なるシスコンで済ませるにはやばげな具合にまで発展していたし。
「挙句の果てに『奪われたなら奪い返せばいい、僕にはその力がある』とか言い出しやがる……。完全に逝ってたなありゃ」
「小舅問題かあ。レックスも大変です」
むしろ面白がる調子でくすくすと笑う。
―――酔気の残る潤んだ瞳。白衣からのぞける滑らかなうなじに不意に。
「酒くさ」
「人のこと言えるのかテメエは」
突然首筋を甘噛みされたというのに反応が薄い。
「酔いのせいか今ひとつ状況判断がつきかねるのですけど」
「さっき酔い醒めるの早いとかほざいてただろうが」
「……ああ忘れてました。で、これはそういうコトですか?」
「ソレ以外にあるなら聞こうじゃねェか」
腕を捕らえると逃れるようにアティの上半身が沈む。
片肘をついて完全に横になるのは避け、ビジュを見上げて、
「残念。思いつきませんでした」
目を細め誘うようにつま先でビジュの足をなぞり上げてのける。
「その前に、鍵……」
「掛けた」
「……手早いですね」
感心したのか呆れたのか、ふと吐息をつき自分から服へと手を掛けた。
日のあるうちから不健全な、と思わないでもないがそこは酒のせいにする。
それに仕事場でいたす、というのはちょいとばかり刺激的に思ってしまう。
(……もしかして自覚ないだけで妙な性癖持ちなんでしょうか私……)
時ならぬ悩みを抱えてしまったアティの懊悩をよそに張りのある乳房を揉みしだく。
「や、ちょっと待っ…くう」
「……」
「う……くく、ふふっ」
「……笑うな、オイ」
「だって」
アルコールのせいか感覚が鈍っている。
普段なら快感をもたらすはずの刺激もくすぐったいだけだ。
いっそそのまま挿れてやろうか、と指を這わせると水気を感じる。
こちらは他ほど影響を受けていないらしく、ひくりと反応を示した。
準備万端っぽいが、そのままというのも味気ない。
更に言えば笑われっぱなしは性に合わない。
というわけで。
ビジュは身体を起こし胡座をかく。
きょとんとするアティに、
「自分で挿れてみろや」
「…………はい?」
返事と同時にまじまじと股間のものを見つめられる。かなり恥ずかしい。
アティも同じだったらしく耳まで赤くした。
「……ちゃんと支えてくれるのなら、いいですけど……」
やがておずおずと肩越しに背中へと腕をまわしてきた。
こっそりほくそえんで無駄な肉のない腰を抱える。
おずおずと沈める仕草から緊張しているのが分かった。
「力もうちっと抜いとけ。支えといてやるから」
「うん……」
深呼吸して、先端をまず濡れそぼつ場所へあてがう。
小さな快楽の声を喉元で圧しとどめつつ挿入を促す。
男を招き入れるため完全に力を抜いた、その瞬間を見計らい。
ビジュは無造作に手を離した。
「え、ちょっと待っ……ああっ!」
慌てて力を入れようとするが間に合わない。
自由落下の法則に従いすとん―――というほど滑らかにではないが、落ちる。
半ばまで見えていたのがもう呑み込まれてしまった。
「支えて……いったの…あ、やだ動かないでっ!」
がくがくと震え力の入らない腕で必死にしがみついてくる。
「鈍感になってるなら、この位しねェとなあ」
「……っ」
さすがのアティも涙目になり、
「うそつき」
いつもは減らず口ばかり叩いているから忘れそうになるが、アティは相当に愛らしい面立ちをしている。偶にこんな顔すると凶悪極まりない。
「サディスト」
ただし中身は変わらないのでこういう台詞も出てくるが。
「命令違反常習者。営倉の主。刺青」
「口縫いつけられてェのか」
そもそも最後のは関係ない。
「……冗談言ってたら紛れました。もう、動いても大丈夫ですよ」
本当に冗談だけだったのかは疑問の残るところだ。
半眼で黙っていると、ばつの悪そうな笑みを閃かせて、アティから動かしてくる。
水音を立てる結合部だけではなく、
圧しつけられて歪む乳房や耳を熱くくすぐる呼吸はかなりくるものがある。
……少々安い気もするが、まあこれでチャラだろう。
ビジュは白い太腿へと手を遣り一旦押さえ、
強く引き寄せる。
「―――っ!」
緩慢な所作から一気に最奥までねじこみ蹂躙する。
いきなり落とされた時よりも、はずみのついた今のほうが衝撃は大きい。
「今日はこのままか」
紗のかかる瞳に理性がひとときだけ戻り、黙って首を横に振る。
返事ができないのかそれともしないのかは分からない。
繋がったままアティをベッドへと押し倒す体勢をとる。
少々乱暴に投げ出されたのと胎内を抉る角度が急に変わったのとでアティは短く息を吐き出した。
カーテン越しの薄い冬日が裸身を淡く彩る。
汗で白い肩に絡みつく赤髪も、荒く上下する胸も、異物を貪欲に捕り込もうとする秘所も、全て。
近づいたはずの限界が僅かながら引き伸ばされる。
まだ女を手離したくない。早く思うさま所有の証をぶちまけたい。
相反する感情が一層激しい突き上げになった。
アティはもう声を堪えようとはしない。されがるままに身体を跳ねさせ、快楽で精神が灼ききれてしまうのを防ぐので精一杯。
咥えこんだそこは本能のままにうごめく。終わりを共に迎えようときつく舐る。
「くっ……」
逃すまいと締めつけるのを強引に抜く。不自然な刺激にアティの背が仰け反った。
「や―――あ……っ!」
どろりと白い飛沫がアティの肌を汚す。
目に見える形での征服に満足感が胸中を満たしていった。

身なりを整えシーツ洗濯籠の中に放り込み、アティが不意に微笑んだ。
「どうした」
「いえ、ただ、昼間から酒喰らって同衾だなんて平和だなあって。―――さて。隣の方々もう復活してる頃でしょうし、呑み直しといきますか」
「まだ呑むのか……」
「二日酔いには迎え酒」
「医者のくせにしれっとンなこと言ってんじゃねえ」
だらだらと。それぞれの正月は過ぎてゆく。


End

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