埋めにドラマCD予想



青年は静寂に満ちる通路を歩く。夜とはいえ、以前なら宵っ張り屋とすれ違ったものだ。
だが今は誰も彼もが不安に息を潜め隠れている。
何から、だろうか。
青年は溜息を吐きひとつのドアの前で立ち止まる。
開けた先には一人の女がいた。
床に蹲り伏せた顔を長い亜麻色の髪が隠す。小さく上下する剥きだしの白い背には一対の翼がある。
天使と呼ばれるサプレスの住人。女が顔を上げる。
「……あ…」
蒼褪めた唇が微かに青年の名を洩らす。
「具合を見にきた……アルミネ」
憔悴した姿をなるべく見ないようにして、青年は言った。
アルミネと呼ばれた天使を苛むのは両手足を咬む拘束具だけでなく、
「……」
本来二枚あるはずの白い羽が、片翼しかない。もう一方の場所にあるのは、鋼糸と歯車とその他金属片で造られた、翼を模すいびつな『何か』。
付け根は深く肌を裂き、冷たい色が痛々しく肉を齧る。
おそらく、これが皆が恐れるもの。彼らの罪のひとつ。
召喚士である青年の列なるクレスメント家と、機界よりの来訪者、融機人たるライルの一族は『ゲイル』という存在を造り出してしまった。
召喚獣を機械で強化し自我を奪い戦うのみのモノに変える技術は、異界の住人との間に決定的な亀裂を生む。
今まで盟友として共に戦ってきた鬼神や天使らは次々とリインバウムを去り、残されたのはひ弱な人間のみ。そこに付け込み侵略を仕掛けてきたのはメルギトスと名乗る悪魔だった。

クレスメント家とライルの一族を他の人間は責めた。お前たちさえ余計なことをしなければ、と。
悪魔と人間、大きすぎるふたつの敵に追いつめられた彼らは、最後の一線を越える。
同胞の去った後もひとり残り人間に味方していた天使アルミネへと手を掛けたのだ。
幸か不幸かアルミネの精神は強靭で、ゆっくりと時間を掛けて破壊する予定のため今も自我を有していた。
「皆さんはどうされていますか」
「……いつもと一緒さ。外の奴らは協力なんざしやしない。
 俺達戦いに関わってるのだけならまだしも、子どもや年寄りまでもだ。ライルの方も参ってきてるし……」
青年は言葉を切り、アルミネを見据える。
「あんた、他人のこと考える余裕あるのか」
「けれど心配ですし……」
「そればっかりだな……ああ、天使さまだから仕方ないか」
青年の声に苛立ちの棘が混じる。
「何で残った。仲間と一緒にサプレスに戻っていればこんな目に遭わずに済んだのに」
「……わたしを必要とする人が、いたから」
それに、と続ける声に、ぎりぎりと胸が軋み。
「傷つく人がいることが分かっているのに、見捨てるなんて出来ません」
予測された答えに。
「―――どうして分かろうとしないんだ」
爆発する。
「痛いのも壊れるのもあんたなんだよ! なんで」
そして、壊すのは自分。なのに。
「なんでそんなに笑ってられるんだ?!」
なのにどうして、昔のまま、まだ友人と呼べた時のまま、優しくできるのか。
冷たい指が頬に触れる。
泣かないで、と聞こえた。青年は涙など流していなかったのに。
そう伝えようとした唇を閉ざす儚い重み。
どちらも無言だった。
もう一度、アルミネが顔を寄せる。
「……天使ってのはこういう慰め方もするんだ」
青年の皮肉げな呟きに、悲しそうな目をする。
「好きですから」
「ふうん」
今度は青年から。先程とは異なり、口腔を侵すえぐるようなキス。
「あんたは皆が好きだしな」
アルミネの顔を見るのが厭で服を脱がすのに専念する。
翼を出すため背中を大きく開けた一枚着は、ボタンをふたつみっつ外しただけで簡単に滑り落ちる。
下着をつけていないので、小ぶりな胸やほっそりとした腰が露わになった。
元々華奢なのに加え、度重なる改造に痛めつけられた肢体は壊れやすい陶器を思わせる。
脇下から尻までをなぞると本来の羽がぱさりとはためいた。
無遠慮に伸ばされた手をアルミネは弱々しく押し止めようとするが、
「あ……」
本来精神体で排泄器官の必要のないサプレス住人だが、アルミネのそこはヒトによく似せていた。
後ろの窄まりと、柔らかく湿った合わせめ。
合わせめへと指を差し入れる。鉤状に折り曲げる。伸ばしなおして動かす。
かすれた喘ぎを洩らし崩れ落ちるのに膝を割り入れ、片方の足を持ち上げ秘部が床につくのを制止する。
それでも自重で指を深く呑み込んでしまうのは避けられず目じりから涙が零れた。
構わず鎖骨へと舌を這わせ、のけぞる背へと余った腕をまわす。
肘近くには弱々しくはたく羽毛めいた感触。手のひらには、金属の冷気と薄く盛りあがる肉の。
アルミネがいやいやと首を振った。
察して手を下へとずらす。腰を引き寄せれば、指を伝う愛液が太腿の布越しに滲む。
淫猥な水音を立て引き抜くと、離れる質量を名残惜しみ細かく震えた。
長い吐息を聞きながら青年はズボンの前をあけ性器を引き出した。
既に痛い位に張っていたそれを猶予を与えず突き入れる。
息も整わぬ内に捻じ込まれ、がくがくと揺すぶられ悲鳴をあげる余裕すらない。
快楽と苦痛の拮抗する蒼白な肌は哀れみをももたらすが、目を逸らそうと一層激しく犯してゆく。
女を愛しているのか分からないまま、女が愛しているのか分からないまま抱くのに嫌悪を感じながらも止められない。それすら興奮に差し替えてしまう。本当に見たくないのは、自分なのかもしれない。
「……本当に」
不意に。アルミネが囁く。
「本当に、好きですから。あなたが好きですから」
どうして、今この状況で言うのか。信じられるはずもない言葉を。
青年はぎりと歯を噛み締め深く抱く。アルミネに憎しみすら覚えて。
これで壊れてしまえばいいのに。戦いの役に立たぬようになればゲイルの素体として使われることもないのに。
埒もない思考を嘲笑う。
華奢な身体は壊れることなく絶頂を迎え、きつい収縮に青年も果てた。

「明日、最終処置をする」
「……そうですか」
自我を消すことを告げられたというのに、アルミネは取り乱すそぶりすら見せない。
哀しそうな寂しそうな、責めるわけでもない表情を浮かべただけだった。
―――少しだけ過去のことを思い出す。
最初は他の天使のように、特別な存在などいなかった。
何時からか、命あるもの総てを等しく愛するはずの心に、波が生まれる。
どうして彼だったのかなど分からない。ただ、他の誰が居ようが、唯一人を探すようになっただけだ。
限りある命の人間に心奪われ身を滅ぼしてでも守ろうとする、天使にあるまじき行為。
サプレスへと帰れなかったのは、そのせい。アルミネは天使として堕落したから。
その想いを利用されたのかもしれない。
けれどアルミネは後悔していない。
一番大切なのは愛する者の側にいること。彼を守ること。それ以外はどうでもいい。
だから、これで良いのだ。
できれば、この想いだけでも憶えていられるともっと嬉しいのだけれど。

悪魔との戦闘はゲイルを投入した人間側が有利に進めている。
壁一面のディスプレイに映しだされるのは、悪魔の軍勢をただ一体で薙ぎ倒す『天使』。
無機物に冒されたおぞましい姿は、しかし頼れるものの何ひとつない彼らにとって唯一の救い。
「なあ、大丈夫じゃないか?」
共にゲイル計画に関わっていた仲間が、はしゃぐ声を抑えて囁く。
「……ああ」
「大丈夫なんだよ。これで外の連中も文句なんて言わなくなるさ」
生返事を彼は気にする風もない。
音声はカットしているのと、紙くずの如く散らされる悪魔のせいか現実味が薄い。
だが、あの場所で殺戮を続けるのは柔らかい心と身体を確かに持つ、女。
機械の手足と戦闘プログラムでやっと戦っているだけの。
ふと青年は疑問を覚える。
「アルミネス、メルギトスと接触しました! 交戦に入ります!」
今の動きはあまりにも直線的すぎなかったか。
防御に回すエネルギーが少なくないか。
回避は。メルギトス以外の悪魔に対する牽制は。
「―――え。うそ」
不吉な予感を裏付ける警告音が響く。
「ア、アルミネス暴走しています!」
甲高い報告にざわめく。
画面での彼女は狂ったようにメルギトスへの攻撃を繰り返していた。
我とわが身を顧みぬ突撃は確かにダメージを与えてはいるが、自身の消耗が激しすぎる。
いかなゲイルとはいえ最低限の自己防衛プログラムは組まれている。敵を倒す前に自滅しては意味がないからだ。
特にアルミネスは切り札。消耗をぎりぎりまで抑え、なるべく長く戦えるよう調整したはずだというのに。
やはり早過ぎる処置が災いしたのだろう。
「稼働率71、68、ろくじゅ…このままでは危険域に突入!」
半ばパニックに陥りながらも報告を続けるプロ根性を誉める余裕のある者はいない。
狼狽と焦燥に場は支配され。

「討って出る」
低い声に一気に鎮まる。
「このままではメルギトスは倒せても他の悪魔どもに押し切られる。そうなる前に、こちらから仕掛ける」
「し、しかし、我々だけで勝てるはずが……」
「……勝てぬだろうな。しかし時間稼ぎにはなる。
 外の召喚士連中も、己が身に危険が及ぶとなれば重い腰をあげるだろう。それまで持てば女子どもは守れる」
誰もが言葉を失うなか、
「俺が行きます。俺ならアルミネを……再起動させられるかもしれません」
青年が無理矢理声を絞り出す。つられるようにして、幾つも自分もという声があがった。
「分かった……では、皆、行こう」
悲壮さを押し隠し、外へと飛び出す。入り口に取りついていた悪魔はだしぬけの召喚術で吹き飛ばした。
悪魔の隙をつき武器で、召喚術で必死で倒していく。
死に物狂いとはこういうことだな、と青年は妙なところで納得した。
気がつけば討伐を提案した男が側についていた。
「如何しました」
「アルミネスの再起動……目的はそれだけか?」
「……質問の意味が解りかねます、父さん」
「……そうか……」
男は何事か言いかけて口を噤む。唇の動きからすると「死ぬな」と言いたかったのだろう。
無理な話だ。親玉は足止めしているとはいえ敵の数は多数。援軍も見込めない。
ここに出てきた面々はとっくに覚悟している。そうと知ってなお男を動かしたのは親としての情。
不意に仲間のひとりが上空を指差す。
「アルミネスが―――!」
悲痛な叫びは青年の耳には入らなかった。
灰色の空の下、機械の翼持つ天使がメルギトスと共に四散するのを見た。


ぜいぜいと耳障りな音がする。自分の呼吸だ。強打した肩を押さえ、青年は膝をつく。
仲間の姿はとうに見えなくなっている。最後に声を掛け合ったのはいつだったろうか。
遠くで悲鳴が聞こえた気がするが確かめる術などない。眼前の敵を倒すだけで精一杯で、それすら限界にきていた。
木に手を当て身を起こそうとし。
全身が総毛立つ。
慌てて見回せば、嘲笑いながら数体の悪魔が姿を現した。
「……ここまで、か」
―――不意に、悪魔の動きが止まった。
何事かと訝る小さな青年の視界を青い光がうつろう。
青年は、気がついた。
「アルミネ」
それは精神体たる天使の―――砕けたアルミネのかけら。
悪魔が目に見えて怯む。メルギトスクラスならともかく、下級悪魔には残骸とはいえアルミネの光は脅威になる。
これを媒体として召喚術を使えば多少の時間稼ぎにはなる。うまくいけば生き残れるかもしれない。
青年は、
「行け」
光がすがるのを振り払う。
「……行けってば」
言葉だけでは足りないからダメージを与えない程度の衝撃を加え弾き飛ばす。悲鳴にも似た明滅が遠ざかる。
これで良い。アルミネ程の力ある天使ならあの状態からでも復活は可能だ。
悪魔どもにちょっかい掛けられてこれ以上消耗しなければ、の話だが。
とにかく青年は傷ついた身体を悪魔達の前に振い立たせた。
傷の痛みも確実に迫る死の恐怖も無視して、杖とサモナイト石を構える。
昏い森の中のあえかな輝きを護るかのように。
それは償いなのか別の感情からか。
多分、どちらでもいいのだろう。ともすれば倒れそうになるがたついた身体を動かせる強い想いでさえあれば。
失血と瘴気で頭がぐらつく。みっともなさが却って可笑しい。

―――本当は。
本当は、こんなこと望んではいなかった。
アルミネを逃がして―――いや、アルミネ『と』逃げたかった。
家族を友を仲間を裏切り見捨てて、地の果てまでも。
けれど、出来なかった。
「全部捨てるには、俺は弱くてあんたは優しすぎたしなあ……」
嘆いても時は戻らず状況は好転しない。
だがもし赦されるなら、愛しい女を守ったと思い込んで死にたかった。
「……あ」
全く。愚かさここに極まれり、だ。
どちらかなんて最初から分かっていた。
悪魔の攻撃を必死でかわしながら、いつしか青年は笑っていた。
想いが決して届かぬ段になってやっと気づいた自分の馬鹿さ加減と、
つかえがひとつ取れたような、奇妙に清々しい心地に。


アルミネのかけらは森を彷徨う。
時に獣に。時に花に。時にはヒトに。過ぎ去りし日に愛した幾多もの存在へと姿を変え。
一番多かったのは、亜麻色の髪の女性。堕天するまでに愛した男と結ばれた姿。
長く永く独りうつろい続け、そして、

赤子のカタチをしたアルミネを逞しい腕が抱き上げる。
流れ込んでくる戸惑いと、温かい感情。

始まりはここから。


End

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