最後の任務



痛み。
アティに残るのはそれだけだった。
服を引き裂かれ胸元から腰まで露わにされているというのに寒さを感じない。
跨る男が鼻息も荒く秘部を貫くのに熱さも感じない。
痛覚と異物感と嫌悪。
レイプという最悪の状況下のせいか頭が上手く働かなかった。
(……どうして)
猿轡代わりのハンカチは唾液でぐちゃぐちゃになっている。
揺すぶられる度に生温い液が口内に滲みまた布へと吸われ、その繰り返しが気持ち悪い。
(どうして、こうなったんだっけ)
召喚鉄道での要人警護を命じられた。そこを旧王国のテロリストが急襲した。
彼らは財界政界の有力者を人質にとり、それから―――
護衛役の、アティに目を付けた。
「逆らえば人質がどうなるか、解ってるよな、軍人サン?」
抵抗できなかった。
いや、口内に突っ込まれた時に噛みついたのが唯一の抵抗らしき抵抗だったが、顔殴られた上に人質二、三人連れてきて殺してみようか、等と嘲られては逆らう気力も失せた。
「……ってえーっ。とんでもない女ですよこいつ」
「がっつくからだ。これだから若いモンは。喰いちぎられなかっただけましだな」
中年の男が噛みつかれた若い男をからかう。
その間にも馬乗りになった残るひとりは、アティの両腕を縛り無造作にハンカチを口へと押し込んだ。
「まあこれで良いでしょう」
前触れもなく胸を揉みしだく。
「……っ!」
「そうそう、運転手の見張りが要りますから、君、行って下さい」
「えー、ずるいですよー。大体……さん奥さんとラブラブじゃないすかー」
「分かってやれよ。こいつカミさんがみっつになる娘さんばっかり構うもんだからご無沙汰なんだよ。
 ほれ、後ろはお前用にとっといてやるから回復するまでおとなしくしてろ」
「ほんっとーですね。俺の分ちゃんと残してくださいよお」
愚痴垂れつつ運転室へと続く通路へと進む後ろ姿を見送って、さて、と目を細めた。
「帝国の女性は初めてでしてね。せいぜい楽しませて頂きますよ」
「……口上はいいからさっさと姦って代われ。本国からの次の指令にかかったら、楽しむ暇なんてなくなるぞ」
アティの意思を完全に無視した遣り取りだが、アティの方はそれどころではない。
乳房を犯される悪寒と逸物のグロテスクさに強張る。
必死で身をよじっても男の力には敵わない。
そして。
激痛。
ろくに愛撫も与えられぬまま乾いた部位が軋む。
「……おや」
愛液なぞ望めぬ場所にぬめりが生まれる。
「ああ、処女だったんですか」
息ができない。痛い。苦しい。いつか好きな人とするのだと漠然と思い描いていたのに。
破瓜の血を潤滑油に男は蹂躙を続ける。
痛い。悲しい。生臭い血のにおい。くやしい。痛い。痛い。痛い。
何を思いついたのか、嗜虐の表情で男がハンカチを引きずり出した。
吐き気と咳が襲う。
「う…ああ……も、やだ……」
「まあそう仰らずに。なんなら」
涙で視界を滲ませるアティの耳元で、男は囁いた。

 好きな人の名でも呼べば如何ですか?

咽喉の奥で叫びが凍る。

「おや、呼ばないんですか」
男は意外そうに呟く。強がっているという風にも見えない。

何故。こんな時に限って思い出してしまうのか。
自分には、誰もいない。
父親は死んだ。母親も死んだ。
親友といえる女性はあまりにも遠く、
愛する存在もなく。
独り。こんな時に助けを求める相手も思い浮かばない、孤独。
『いつか』を望むことしかできない自分は。

男が嘲る。

「寂しい方だ」

「い…いやあああああっ!!」
前後して膣内を精液が叩く。
男はアティが妊娠の恐怖に叫んだのだと思ったらしく「腹蹴れば大丈夫ですよ」と言った。
抜かれた部位から自分と他人の体液が混ざり落ちるのを、別の男が気ぜわしげに乗ってくるのをぼんやりと眺め。
不意に、思考回路のどこかが切り替わる。
コレは、自分を傷つけるコレは、一体なんなのだろう。
人間? こんな非道いことをするモノが?
手に触れるものがある。硬い感触。サモナイト石。ウエのソレは私を貪るのに夢中で気づかない。
そうコレはヒトじゃない。
だから
だから
―――だから、もういいのだ


旧王国では戦闘用の召喚術は帝国ほど普及していない。
その為、男達は知らなかった。
召喚術には大袈裟な身振りも媒体となる道具も本来必要ない。
サモナイト石、召喚獣との誓約、術者の精神力。
それだけあれば充分なのだ。例えば、押し倒されている状態であったとしても行使は可能。
順番を譲り二人に背を向けた男の耳に、悲鳴。
振り返れば目の辺りを押さえてのたうちまわる仲間と、上体を起こす女。縛めたままの手には、紅い輝き。
ぽんっといっそコミカルな効果音と共に空中に現れたのは、
タヌキ。
胴が茶釜で傘持った愛らしい生き物の出現に意表を突かれたのが命取りになった。
タヌキ―――いや、召喚獣が傘を振り下ろす。
掠っただけのはずが視界が真っ暗になる。
「な……な……!」
男達が恐慌に陥るのをアティは奇妙に冷静に眺めていた。
部屋の隅に投げ出されていた自前の短刀を拾い鞘から抜く。
くるりと持ち替え縛めに刃を突き立てる。目算が狂って手首を傷つけたが気にする様子もない。
怒りとも昂揚ともつかない熱が痛みを上回る。そのまま、先に目晦ましを掛けた男に歩み寄り。
暗闇の中もう片方の男に熱い飛沫が降りかかった。
「私の両親、旧王国の兵士に殺されたんです」
甘苦い滴りが仲間の血だと気づくのに少々手間取る。
「きっ…貴様あっ!」
声のする辺りに突進するが、足引っ掛けられ無様にすっころぶ。
「あの時も三人で。ろくな抵抗のできないお父さんやお母さんを笑いながら」
無明。何処から声が聞こえてくるのか、自分が何処にいるのかも判らぬままもがく。
「―――それで、その内の一番若かったヒト。生きていれば丁度貴方くらいの年齢なんですよね」
囁きはひどく近かった。後ろ髪を掴まれぐいと引かれる。
絶叫のカタチに開いた口に、金属の味。
仲間が持っていた銃だと男が理解したのは、撃鉄を起こす音の後、鉛玉が頭を吹き飛ばす寸前だった。

運転室で手持ち無沙汰にしていた男が、銃口を運転手へと向けたままドアを見やる。
そろそろ交代の時間だというのに誰も来ない。小さく舌打ちし、
「おい、ちょいと留守にするけど、妙な気起こすなよ? 逆らったら」
ばーん、と子どもっぽく撃つ真似をする男に運転手は蒼白な面持ちで幾度も首を縦に振る。
通路に出て眉をひそめた。
お楽しみの最中の部屋に続くドアが三分ばかり開いている。多少用心しながら引くと。
ごとん、と。
ドアへ座り込む体勢でもたれていた物体が倒れてきた。
「……ひいっ?!」
見知ったはずの仰向けの顔からは血の気が失せ濁った目玉が覗く。
妙にその角度が急だと思ったら、何の事はない。首が三分の一程切り裂かれているせい。
本来皮膚に保護されるべき肉と内器官はだらしなくはみ出し、臭気を撒き散らしていた。
何があったのか。疑問符は彼を束縛し、
側の気配に対応するのが遅れた。
視線を向けた時には、もう取り返しがつかない。
銃を構え佇む女は、腫らした片頬に凄絶な笑みを浮かべて引き金を引いた。
腕を叩く灼けるような衝撃に、男の握る銃は上を向き天井を弾痕が穿つ。
尻餅をつく。半ば泣きながら銃を構え直そうとする手が踏みにじられる。
見上げた。見なければ良かったと後悔した。
それほどに。
赤い髪を返り血で尚あかく染めた女は

火薬のはじける音。
肉をえぐり侵入する鉛の感触。
空薬莢の落ちる音。
撃ちだされた銃弾が空気を引き裂く風圧。
幸いにも打ち込まれた四発の内、男の意識下にあったのは二発目まで。
動かなくなった男を冷然と見下ろし、アティは空になった銃を投げ捨てた。
今になって疲れを感じ壁に背を預けようとして。
何か、柔らかいものを踏んでしまう。
気怠げな視線の先には。
「…………え?」
テロリストのひとりの荷物、そこからはみだしているもの。
人形、だった。ごくありふれた種類の。
例えば父親が幼い娘にお土産にとするのには、陳腐な位に相応しいたぐいの。
「……やめて」
彼らはなんと言っていた?
娘。妻。かぞく。
この場所で畜生にも劣る行為をしておきながら彼には家族がいて彼が死んだら悲しむ人が存在して。
「いやあっ……」
自分が殺したのはそういうもの。人間。自分と同じ。大事なひとが居る分自分より上等な

狂う寸前の心を、鳴り響くベルが現実へと無理矢理引き戻した。
機械的に壁掛け式の内通機へと手を伸ばし、受話器を取る。
耳に届くのは緊張に引きつる息遣いのみ。
「こちら、帝国軍第二陸戦隊所属、アティです。応答を願います」
『……あ、ああ、軍の…人なんだな? 旧王国の連中じゃなくて?』
「テロリストは制圧しました」
『本当か?! 自分は運転士だ! どうすれば……もう列車止めても…』
重圧からの解放に躁状態になる相手に落ち着くように告げる。
その傍らで、今後のことを考える。
軍服はすっかり駄目になってしまったから、新しくあつらえなくてはならないだろう。
お風呂入りたい。銃使うのは学生以来だが結構やれた。報告書の提出は明日以降でもいいだろうか。
剣の手入れは今日中にしなくてはならないけど。妊娠しないように薬飲まなくては。そういう行為に縁がなかったので危険日かどうかが自分では判断できない。
つらつらと頭の中羅列される言葉。民間人を安心させるため口から出る台詞。
そのどちらとも違う単語が胸の奥底を噛む。
逃げたい。
ココから
血と死に塗れた場所から
真っ赤に染まった己れから
おのがナカの深淵から
早く早くはやく早くハヤク早く―――!


アティが除隊届けを提出したのはそれから一週間後、事後処理がほぼ完了してからのことだった。
「―――お前が辞める必要がどこにある!」
知り合いに見つからぬよう注意したつもりだったのに、よりによって一番会いたくない人物に捕まってしまった。
「もう決めたことですから」
「……っふざけるな! 勝ち逃げなんて絶対に許さないからな!」
ふと生まれた笑みをおし隠す。アティに関して熱くなってくれるのは今も昔も彼女だけだ。
それも今日限りだけれど。
「とにかく納得のいく説明をしろ、でないと」
「無理ですよ。アズリアに説明するなんて」
あっけにとられた頬がみるみるうちに怒りの朱に染まる。
でも、言えるわけがない。
辞める理由は事件を引き起こしたことでもレイプされたことでもなく、簡単に狂ってしまう自分が怖いから、だなんて。
「さよなら」
「……勝手にしろっ!」

何処か。此処ではない場所に。ヒトゴロシの私を見なくてすむ処へ。


End

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