パッフェル×レックス



 眠っていたヘイゼルがゆっくりと瞼を開ける。しかしそこは彼女の見慣れた景色では無かった。機械に囲まれた部屋、医療器具や点滴などの薬品が置かれた棚 どれもこれも見たことの無いものだった。
 ここが無色の派閥のキャンプ地でないとわかると彼女は呟いた。 
「捨てられた………か」 
 彼女は遺跡内での出来事を思い出してみる。
 遺跡内の戦闘で彼女は怪我を負い、そして派閥の帰還できなくなり見捨てられた。
 …そこまでしか思い出せない、多分それから気絶したのだろう…彼女はそう思うことにした。
 そして、身体のチェックをする、体のあちこちに付けられた紫の痣、左手と右足骨折、はたから見ればかなりの重症だ。だが、彼女はこんな怪我など派閥時代の作戦でいくらでも付けたことがあったので痛みには慣れていた。
「目覚めましたか」
 部屋に入ってきたクノンが問いかける。天然水と錠薬が乗ったお盆を手に持っていた。
「…………」
 が、ヘイゼルは口を開かなかった。それでも諦めず、クノンは話しかける
「お水をここにおいてきます。のどが渇いたら飲んでください」
 お盆をベッドの隣にある棚に置き、一礼すると部屋を後にした。
 クノンが出て行った後、ヘイゼルはそばにあるモニターを見た。そこには、ラトリクスから見える島の景色があった。

 クノンは、ヘイゼルが目覚めたことをアルディラに報告した。会話をしないことももちろん付け足した。
「そう、彼女気がついたの。ありがとうね、クノン」
 なにやら大型コンピューターで事務をしていたアルディラは、振り向ざまにそう言った。
「いえ、それが看護医療用機械人形(フラーゼン)である私の義務ですから」
 それにレックス様がお困りのようでしたし。とアルディラに聞こえないよう小言で付け足す。
「じゃあ、彼にもこの事を報告しに行きましょう。一番心配してるのはたぶん彼だろうし」
「彼……?レックス様のことですか?わかりました、お迎えに行ってきます」
「あぁ、いいわよクノン。あなたは休んでて、私が行ってくるわ」 
 そう言い部屋を出ようとするクノンにアルディラが静止の言葉を掛けた。
「わかりました。それではいってらっしゃいませ、アルディラ様」

「はい、じゃあ、今日はここまで宿題をちゃんとやってくること」
 レックスがパタン、と教科書を閉じ、学級委員であるベルフラウの号令とともに授業をが終了する。
「先生、またねー」
「先生さん、ばいばいです〜」
「じゃあねー、先生」
 子供たちが、手を振りながら走り去っていく。レックスも手を振りながらそれに答える。
 子供たちの姿が消えると、頃合を見計らったかのよう茂みの奥から声が聞こえてきた。
「ふふ、ずいぶんなつかれているみたいね」
「ア、アルディラ、どうしてここに?」
「あなたのことを見に来たのよ」
「えっ!」
「冗談に決まってるじゃない」
 レックスが驚く、がそれと同時に否定の言葉がアルディラの口から発せられる。
 口に手を当て、上品に笑うアルディラ。だが、次の瞬間、アルディラの顔から笑みが消える。
 そして、真剣な顔でこう言った。
「彼女が目を覚ましたわ」
 彼女、その言葉の指す意味をレックスは知っていた。依然戦った「無色の派閥」の暗殺者「ヘイゼル」のことである。
「本当かい? アルディラ」
「こんなことで、嘘をついてどうすんの。そんなことより早く行きましょう」
 道中、アルディラからいろいろな説明を聞いた。外傷の処置が完了したこと、彼女が目覚めてから一言も喋らないこと等、話を聞いているときのレックスの表情は真剣そのものだった。もちろん、戦闘や学校での見せる真剣さとはまた違う意味での、だ。
 アルディラが話し終えたときには医療センターに着いていた。
「さ、ここからはあなただけで行くのよ、私たちが入って変に誤解されたくないもの」
「わかったよ。じゃあ、行ってくるよ」 
 ドアの開く音、閉じる音、それしか聞こえなかった。まるでそこだけが異空間のように静かだった。部屋に入ってきたレックスがベッドに目をやる。
 相変わらず、外の景色が見えるモニターを見ているヘイゼルの姿があった。
 レックスはヘイゼルのベッドまで進み、問いかけた。
「傷の具合はどうかな?」
「……」
「何かほしいものとか無いかな? 果物でも、本でもなんでもいいよ」
「……」 
(返答なしか、まいったなー)
 完全に無視を決め込んでいるヘイゼルにレックスは悩んだ。が、ぼそっとヘイゼルが呟いた。
「…捕虜…」
「え?」
「捕虜なんでしょう? 私は…」
 どこかあきらている目で、問いかけてきた。それは生気を失った目にも似ていて不気味だった。そしてヘイゼルの言葉はさらに続く。
「回りくどいことは キライなの…聞きたいことがあるのなら、さっさと済ませたらいいじゃない?拷問でも、クスリでも好きに使えばいいわ 慣れっこだし…」
「俺はそんなつもりで、君を助けたんじゃない!」
 思わず叫んでしまった。だが、叫ばずにはいられない内容の言葉だった。
 だがそれを無視してヘイゼルが続ける。
「人質にするつもりなら無駄な考えよ私たちは消耗品
 欠ければ、別の誰かが補充されるだけ
 死に損ねた駒を惜しむなんて、ありっこないことだから…」
 今の自分の心境を重ねてか、自嘲めいた笑みを浮かべながら喋る。
 そして、マフラーを外し、胸元をはだけさせながら、
「それとも……私がほしいの?」
「…っ!」
「好きにしていいわよ 今さら、失うものもないわ…
 さぁ、来なさいよ」
「くっ」
「それとも……女を抱いたことが無いのかしら」
 煽りを無視し、レックスは怒鳴る。
「違う! 俺はそんなつもりで着たんじゃない」 
 部屋に響く、声だがそれもすぐ消える。
「違わない、男なんてみんなそう、体さえ使えばなんでも許してくれる」 
 紅き手袋のときもそうやって幹部のご機嫌をとってたから、と続ける。
 そして、呆然としているレックスの腕をつかみ、ベッドに引き寄せる。
「うわっ」
 一気にバランスを崩し、ベッドに倒れこむレックス。普段の彼ならこの程度ではバランスを崩さなかっただろう。しかし、相手が「怪我人」なら話は別だ。
「あなたはどうしてそこまで、敵に無防備でいられるの? 敵に捕まったらどうなるのか、教えてあげるわ」




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