たまにはこんなロストバージンも



「ったく、二年よ、にねん! あれから二年も経ったのよ! ほんっと、信じられないわ!」
「……そろそろよさないか、ミモザ」
「なーによ! なんか文句あるの? このケーキ男! だいたいあんたはねぇ……」
 葡萄酒のグラスを片手に、ふっくらとした頬を赤く染めてわめくミモザをたしなめるのは、常から青白い顔をさらにげっそりとすさませたギブソン。
「ケケケ、あのオンナ、祝い酒が絡み酒になってやがるぜ」
「そう言うんじゃないわよ。派閥のうるさ方にいろいろ説明してまわってくれてたのも彼女たちだもの。本当に嬉しいのよ」
「いや、あの様子はそれだけじゃねーだろ」
「……何よ?」
「ほら、男が甲斐性なしだと荒れもするだろ、あのねーさんも歳が歳……うげッ!?」
「あんたは、なんでいっつもそっちに行くのよ!」
 小ぶりの翼を背に負った少年悪魔と、記憶喪失のミコと、緑の髪を持つ巨躯の冒険者の会話も相変わらずで。
 本当に、ほんとうに、帰ってきたのだと。
 その喜びで──喜び、と単純に言い切ってしまうにはあまりにもたくさんのことを含んだ、甘くて、甘すぎて怖くなるような感情で、トリスの胸はいっぱいになる。

 はじめてこの街を出てから、もう三年近く。
 あの最後の戦いで、大切な人を永遠に喪失してしまったのだという事実に打ちのめされ、度重なる仲間たちの説得にも耳を貸さず、その墓標ともいえる樹の傍らで生きて──二年。
 それらは短い時間ではなかった。その間に起きた、生々しい痛みを伴う出来事や感情を、彼女ははっきりと記憶している。たくさん人が死んだ。たくさんの涙と血と、絶叫がそこにはあった。
 そしてあのとき、彼と一緒に自分の心も死んでしまったのだと思った。
(帰ってきた──ううん、かえってきて、くれたんだね)
 甘味の強い、桃色の果実酒で満たしたグラスの縁に唇をつけながら、傍らの青年の横顔を見上げる。
 癖のある黒髪も、華奢な眼鏡の奥に見える繊細で鋭いまなざしも、二年前となにも変わっていない。
 本来はこの酒席の中心にあるべき存在の彼は、酒には一切手をつけていない。仲間たちとひとしきり言葉を交し合ってからは、宴の輪から少し外れたところで、思案顔で黙り込んでいる。
(まあ、らしいよね)
 生身の彼の隣にいることができる。それだけでも嫌ではない。
 だが、トリスは、グラスをそっと床に置き、少しだけ背伸びをすると、ネスティの耳元に唇を寄せて囁いた。

「ねえ、もしかして疲れちゃった?」
 トリスの存在が意識の中になかったのだろう。ネスティは、驚いたように瞬くと、トリスの顔を見下ろす。
「……いや、別に。そんなことはないよ」
「ホントに? お祭り騒ぎ苦手なのは昔っから知ってるけど、ほら、よくわかんないけどさ、今のネスって、病み上がりみたいなもんじゃないのかなーって。大丈夫? なんともない?」
「……よくわかんない、か。確かにな」
 その表情に僅かに差した影に気づいて、トリスはあわてて手を振った。
「あ、ち、違うよ! その、それがおかしいとか言ってるんじゃなくて、その……」
「いいや、これは異常な事態だよトリス」
「異常って、そんな」
 なにもそんな言いかたをしなくてもいいと思うのだが、こういう、わざわざ自分を追い詰めるような物言いも、二年前とまったく変わっていない。結果ドツボにはまる、損な性分である。
「一体、僕の体に起きたことはなんなんだ? 記憶も肉体もすべて当時のままである以上、これは転生ではないし、憑依召喚以外で死者が再び動いたなんて前例は聞いたこともない」
「アメルが言ってたじゃない。転生せずにリィンバウムに留まっていた魂が、あの樹を媒介にして肉体を再構築したんじゃないかって……」
 豊穣の天使の力を持つ親友の言葉を告げた途端、ネスティの言葉はさらに鋭くなった。
「その原理と、契機が理解できない。一度死んだ身体を、かつてと同じ姿に再生するなんて、そんな奇跡がありうるのか? 僕は本当に」
 そう言って、壁に掛けられた燭台に手のひらをかざす。大きいけれど細い輪郭のはしから、暖色の光がこぼれる。
「……僕は本当に、いま、生きているのか?」
 トリスは返す言葉を失って、息を呑む。
 何か、何か、何でもいい、この場を繕う言葉を。
 それを見出すよりも早く、ほとんど反射的ともいっていい速度で、紫色をした、ぱっちりと大きな両眼から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ出す。
 不安。怖れ。途方もない孤独感。
 ネスティが不在だった二度の四季の間、ずっと付きまとってきた恐ろしい暗闇を瞬間的に反芻して、溢れてくるものに彼女はまるで抗えなかった。
「なんてこというのよぉ……なんてこと……」
 力なく振り上げられた小さな拳は、青年の優しい腕に阻まれて、振り下ろされないままとなる。
 トリスの華奢な肩を緩く抱いてやりながら、ネスティはかつての彼らしからぬ素直さで、告げる。
「……すまない。無神経だった」
「生きてるよ…・・・ネスは生きてるよ」
 だって、暖かいもの。
 うわごとのようにそう言いながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔を伏せて、トリスはネスティにしがみつく。
 お互い、その年頃の男女にしては細い体をした二人がそうして寄り添う姿は、端から見ればどこか痛ましくもあったのだが。
「……ありがとう。だいじょうぶだ」
 絹糸のようにつややかな紫色をした、まっすぐな髪を梳いてやる。
整髪に使っているのだろう香油のものとおぼしき柔らかな香りが漂い、腕の中の少女の体のはかなげな小ささと、柔らかさと、そして熱さに、ネスティは動揺した。
 その思いをごまかすように、トリスの頬に指を伸ばして、涙を拭ってやる。
 応えるようにトリスはん、と顔を挙げて爪先立ちになり、頬と頬が極端に近づいた。
 果実酒のものと思しき、濃厚な甘い匂いがごく近くに寄る。
「少し、酔ってるだろう」
 まずい。これはまずい。
 帰ってきてすぐにこれはないのではないか。
 ましてやみんながいるというのに。
 幼い頃から賞賛されつづけてきた明晰な頭脳は、いまや奇妙な高揚感に対して敗色が明白となり、機能の大半を低下させていた。
どぎまぎしながら視線を外す。色白の頬が朱に染まる。
「酔ってないもん」
「……そう言い張る時点で既に酔っていると僕は思うんだが」
 ネスティ(と、その理性)の必死の抵抗を軽く蹴っ飛ばすいで、ずい、とさらに顔を、正確には唇を近づけて、トリスは言い放った。
「キスして」
「……な、な、なにを言ってるんだ君は!」
「いいからして。あたしがしたいの。ネスとするって決めてたんだもん」
「決めてたって、君は馬鹿か!」
 相手があることだろう、と叱りつける言葉は、世に出る機会を失った。

 それ自体が柔らかな花弁のような、ふっくらとした薄紅色の唇が、甘やかにそれを阻止する。
 瞬間触れ合ったそれは、次の瞬間にはさっと離され、吐息が絡み合う。
 物足りない。もう少し味わいたい。出来ることなら貪るように食べ尽くしたい。
 ネスティの中でその欲望が明確に意識されるより早く、トリスの方から、もう一度唇を押し付ける。

今度は、より長く。薄く開いた隙間から舌先同士が一瞬触れ合って、少女の体が痙攣的に震える。身長差のために背伸びをしつづけているその腰に腕を回して体重を支えてやると、トリスの体から力が抜けるのが伝わってくる。
 赤い粘膜同士が離れて、次に三度目。
 今度は先の二度よりも深く。
「ん……ッ」
 自分の体を抱く兄弟子の腕に力がこもったのを感じて、
トリスは合わせた唇の下で呻いた。腰を一抱えにしてしまう、しっかりとした、大きな、男の人の手。
トリスの、年齢にしてはまだ幼さを多分に残した唇をからかうように蠢く、別の生き物みたいな舌。それは最初に彼女がせがんだような戯れめいたものではなく、明らかに性的な意味合いを帯び始めていた。
 体の中心から溶けていきそうな感じがする。そしてそれは、お酒のせいではない。
(あたし……あたし、変わっちゃうんだ……)

派閥の同輩の女の子たちが囁きあっていた恋の話。
素敵な男の子たちとの秘密のデート。
それを遠くから聞いていて、ちっとも意味がわからなかったあの頃、自分は確かに子供だった。
でも、今は違う。
今の自分は、はっきりと、それを望んでいる。
「……ずっと前から、決めてたんだよ」
ようやく唇が離され、深く息を吐いたあと、彼女は囁いた。
「ね。だから……」
潤んだ瞳で囁かれた言葉、ましてやそれが好きな女の子のものであれば、どんなカタブツであろうとも、答えは決まっていた。
「……まったく君は……」
まったく君は、本当に、昔っから。
自分自身の高い体温を自覚しつつ、ネスティは苦笑する。
受け継がれた記憶のの中に覗き見たその行為は時には浅ましかったし、器官の醜悪さ、汚らわしさに吐き気を覚えたこともあったのだが。
「建国祭を見に行こう」とか、「散歩に行こうよ」とか、かつてよく口にしていた言葉とよく似た調子で、抜け出そう、という提案を無邪気にする彼女が、すべての意味で自分のものになってしまえばいい。
それが間違っているとか穢れているとかは、いまでは、爪の先ほども思わなかった。


「いやあ、なんというか、口をさしはさむ余地など欠片もありませんでしたね」
「信じられねえ。ありえねえぜ、あいつら」
「いや〜、さすがは若人! やることが若い! 青い! 
メイメイさん、しばらく甘いもの食べたくないわぁ〜」
「あの、いつからいらしたんですか、メイメイさん……」

シノビと双子(赤)とへべれけ占い師と双子(青)が、
呆然としつつ酔っ払いつつ語り合う。
本人たちは宴のはじっこでこっそりいちゃいちゃ、のつもりだったのだろうが、まあ、言ってみれば彼らはこの場の主役であるわけで。
主役の不在が続けば、「あれ? どうしたの?」って話にもなろうというわけで。
その結果、部屋の片隅で行われていた甘い場面を余さず見てしまった面々は、妙にやつれた顔をしていた。
他人の甘々は体に悪いことこのうえない。

「まあ、若いうちはお盛んなのも結構ではないかと思いますよ。
そういえば、無色の派閥の総帥にはそんな異名もありましたしね」
「悪い例出してどうすんだよ!」
「さ〜て雑魚キャラのアイキャッチはここまでよ〜!
 後編ははりきっちゃって〜!」
「メイメイさん、誰に話し掛けてるんですか……」 


頬を包む指の感触は、とても優しかった。
短い間隔で繰り返されるついばむようなキスがもたらす陶酔感に、目を閉じたままトリスは身を任せる。
くすぐったいようなその感じは、けれど、積もっていくことによって、体の内側にもどかしい切なさを着実に植え付けていく。
向き合った姿勢で腰を浮かされて、ワンピースの裾をたくしあげられる。
その衣擦れの音の生々しさに、夢見るような、熱に浮かされたようなふわふわとした感じが吹き飛んだ。
そっとすべりこんだ指が上の方まで忍び込んで、タイツにかかる。
泣きそうになりながら、トリスはぎゅっと拳を握る。
「……もし怖いなら」
産毛に触れるような、熱い吐息をはっきりと感じるような距離で、ネスティの低い声がする。
「イヤなら、しない」
「う……」
いよいよ泣きそうになる。怖くないわけがなかった。
体の痛みへの怖れ。大好きで大切な兄弟子との関係が、今度こそ本当に、決定的に変化するのだということ。
もちろんそれを望んでいるのは彼女自身なのだが、それでも、変化の過程はいまさらながらにとてつもなく恐ろしく感じられた。
視線を合わせる。
黒曜石を磨いたような瞳にじっと見つめ返されて、それだけで、腰の力が抜けそうになる。変わったというのなら、彼女はすでに変わってしまっていたのだった。
人を好きになったというそのことによって。

「イヤじゃ……ないよ……」
そう告げるトリスの上気した頬にもう一度くちづけて、下半身を這う指は、今度こそ容赦なく、黒いタイツをずるずると引き下ろした。
完全には脱がされずに、寝台に突いた膝のあたりで緩く布がたまる。
その感触が中途半端で気持ち悪くて、脱ぎきってしまおうともじもじするトリスの腰を、ネスティの腕が押さえつける。
「や……気持ち悪いよ……」
「じっとして」
素肌になった太腿をさする指が熱い。ざわめくように不規則に動いていた、やや女性的な細い指は、ためらうような──翻って焦らすような動きで、下着に触れた。
のろのろと、ゆるゆるとした動きで、布越しに上下する指先は、ときに軽く力をこめながら、トリス自身でさえよく知らぬ場所を擦りあげる。
性急さとはほど遠い、優しい愛撫。
「……ッあ! やあ……ッ」
けれども瞬間、ぼんやりとした甘さは、電撃のような刺激に変転した。
柔らかな生地ごしに爪を立てられたその一点、わずかに膨れ上がった突起。
そこをカリカリと攻め立てられる刺激と、他の部位へのゆるやかな捏ねを両立されて、着衣のまま、トリスの体は跳ねた。
ネスティの首に回した腕の先で、小さな手のひらが背中にしがみつく。
触れ合い、一瞬絡み合った下半身に熱く硬いものがぶつかって、トリスは赤面した。
「上、脱げるか?」
平然とした顔で見上げながら吐かれた言葉に、赤らんだままの顔でうなずく。
「……、う……うん……」
タイツを絡めた膝立ちのまま、腕を交差させてワンピースを脱ぎ捨てる。
「それもだ」
「わ、わかってるってば……」
淡い色をした胸を隠す布を自ら外そうとしたとき、上から、大きなてのひらが重ねられた。

「い、いいってば! 自分で……、自分でするから! って、ちょっ、……」
抗議は、唇で封じられた。
何かを囁くようにか細く蠢く唇はそれ自体が性感帯となって互いをくすぐる。
薄いと自覚している胸のふくらみに触れられ、反射的に逃れようとして、
次の瞬間、乳房の先端に痛みが走った。
「ん……んん……」
指の腹で軽く押さえられ。
勃ちあがった先端を右に、左にぐにぐにと捏ねられ。
痛みを感じるほど引っ張られ、押しつぶされ。
自分の視覚の範囲内で行われるそれは、いまさらながらにトリスの羞恥心を刺激した。
とはいえ彼女が自覚しないレベルにおいて、それは明確に興奮に結びついていたのだけれど。
さんざん弄ばれた胸に、今度は、生暖かく柔らかく、つぷつぷとした表面を持つ濡れたものが押し当てられる。
それは光景としてはあんまりにもシュールすぎて。
「や……、やだやだ、それやだっ」
胸に顔を押し付けたまま、トリスの股間に指をすべらせ、前後に擦って、ネスティは皮肉を言うときのような、少しだけ冷淡な目をして笑った。
「君は嫌がってない」
「やだ……! ヘンだよ……ッ……や、やだ、あ、あッ」
おっぱい。
まだ誰も犯したことのない場所を、円を描くようにして捏ねられながら。

(こんなの、ヘンだよ……)
高ぶっていく意識の中で、トリスはうわごとのように思う。
だっておっぱいといえば、普通は子供が吸うものであって。
(みんな、ホントにこんなことしてるの……?)
世間の恋人どうしというものが一体どんなものなのか自分は知らないけれど、でも、あのカタブツの兄弟子が自分の体を弄くっているさまはなんだか滑稽で、違和感があって、ちょっとだけ痛くて。
……でも。
「………ッや、や、あッ」
尖らせた舌が色の薄い乳輪のまわりで何度もしつこく円を描き、それと連動して、時間をかけてとろとろにほぐされた入り口から、わずかに指の先が侵入する。
浅い部位を引っかくように探る動きはごく小さなものだったけれど、異物の侵入感に、トリスは何度も首を振った。
一緒に、あの突起を弾かれる感じがして、いまだタイツにくるまれたままの足の指が意志とは関係なくびくんと伸びる。
おかしい。こんなのっておかしい。
でも、だけど。
「もう、……君が嫌がってもやめない」
体勢がゆっくりと変えられる。
背にシーツの冷たい感触。目の前には大好きな人のからだ。
「……ヘンタイ……」
「何とでも」

怖れる気持ちだけはどうしても捨てきれずに、トリスは目をぎゅっとつぶり、その上からみずからの華奢な腕を二重の目隠しにして乗せる。
「それ」──おちんちんとかペニスだとかなんとか、言い方はいろいろあるのだろうけど、トリスのまだ幼さから抜けきっていない羞恥心は、それをことばとして意識することをためらっていた──の感じ。
どろりと湿った粘膜と粘膜が触れ合った瞬間、頭の中で、腰の真中で、火花が散った。
「それ」はあえてすぐには彼女の体をこじあけようとはせず、ずりずりと濡れた割れ目の上を移動する。
にちにちという湿った音が、容赦なく耳を犯した。
「……だめ……っ、それ、それだめ……ッ」
「ちゃんとしないと、辛いのは君だ」
「なによ……なにをちゃんと……ッ」
ひときわ高い水音がして、じんわりと、遅々として、ゆっくり、「それ」は犯す。
「う……う……あ……あ…あ………!」
体が裂ける。冗談ではなしにそう思うほどの痛みが、脳天まで突き抜けた。
「…や……痛い……痛い、痛いよぉ!」
侵攻は相変わらずごくゆっくり、それはこじあけるようにして、ねっとりとした動きで。
「痛ぁい! 無理……無理だよぉ!」
「大丈夫だから……」
だから泣くな、と囁かれた気がする。
その言葉どおり、生理的な反射によってこぼれた熱っぽい涙が、近づいてきた舌で優しく舐めとられ、けれどその体重の移動のためにより深く楔を打ち込まれて、トリスの唇からさらに悲鳴が上がる。
その悲鳴を吸い上げるように、深く唇が重ねられた。
つながったまま、指を這わせて、ネスティの指がトリスの敏感な芽に触れる。
「……う…う……ふぅ……」
「少し力を抜いて……」
互いの体液にまみれたそれが、微妙な力で優しく撫でられ。
(……痛いけど……痛いけど、でも……)
でも。
さっきから繰り返されてきたその逆説に、トリスはようやく到達する。
(……きもちいい……)
血液も、涙も、あそこから流れているぬるぬるしたあれも。
体中の水のすべてが、つながっているそこにあつまって、熱く沸騰しているみたいで。
そしてそれは背骨を伝わって頭にいって、体中に。
(……きもちいい……!)
それに動かされて。
「ね……どうすればいい……?」
上気した頬で、かすかに微笑んで、トリスは囁いた。
「どうすればいいか教えて……?」
ある意味では健気なその言いように、ネスティは彼女の頬に自らの頬を寄せて、掠れた声で囁き返す。
「僕の首に腕を回して。あとは……怖ければ、目を閉じていればいい」
辛いかもしれないが、と付け加えて。
「いいよ…… ネスが気持ちいいんならいい……」
そう口にした瞬間、どくんと、大好きな人の器官が大きく震えるのがわかる。
「……君は馬鹿だ」
僕なんかのために。
その呟きとともに、緩やかに、腰が動かされる。
はじめは淡く浅く、切ないほどに狭い感触をねっとりと楽しむようだったその動きは、やがて深々と突き刺し、大きく突き上げるそれに変わる。
「……あ……あ……あ……あ……ッ」
変則的に刻まれるリズム。攪拌するような不規則な運動。
ギチギチに濡れた肉同士があげる音は、いまや、甘美なものとして聞こえていた。
(……すき……すき……だいすきだよ……)
ありがとう。ここにいてくれて、かえってきてくれて。
その言葉は頭の中だけでなく、白濁しはじめた意識の中で唇にのせてしまったのかもしれず。
切羽詰った激しい動きに変わったその行為の、最奥まで捏ねまわす動きの最中に、彼女は信じられないほど熱い、いとしげな言葉を返されたのを聞いたように思った。
「あ……んッ! んうッ! あッ! あ……あ! あああ!」
何かがずるりと弾けるような感触と、自分の中で何かの糸がぷつりと切れた感触。
それを同時に味わって、彼女の体はがくりと力を失った。


「……ところでこれ、誰がするの? 洗濯」
指をからめたまま、額をくっつけあうようにして、トリスはネスティに囁いた。
「……なんか、殺人事件のあとみたいなんですけど……」
「ああも出血するとは知らなかった」
「ヘンなこといっぱい知ってたくせに……」
「記憶があるんだから仕方ない。不可抗力だ」
「だいたいみんなになんて言うのよ……」
「どうせみんな潰れてるさ」
そうとも限らないだろう。なにせ覗き見精神は旺盛そうな面々ばかりである。
ネスティがなぜか仏頂面なのは照れ隠しなのだろう。答えながら、絡めた指を遊ばせる。
「……それよりもだ」
あのな、と言いかけて、一度わざとらしく咳払いをする。
「なになに? 今日どっか出かけよっか?」
「今日の話じゃない。なんで君はそう刹那的なんだ。少しは成長しろ」
「……むぅ……。で、なによ?」

義父さんに、と、おずおずと告げる。
「義父さんに話して、総帥に許可をもらったら……」
「もらったら?」
見つめ合ったトリスの紫色の瞳は、昨晩のなまめかしさとは程遠い、子供のような、純粋な好奇心に溢れたもので。
その明るさに背中を押されるようにして、ネスティは残りの言葉を吐き出す。
「バスクの家名のことを、考えてみてほしいんだが」
きょとんとした顔で見返され、あわててネスティは言葉を繕った。
これを人はへたれと称する。
「僕は君と同じ人間ではないし、ましてや原因のわからないまま帰ってきたような訳のわからない存在になってしまった。
でも……、埋め合わせたい。僕の勝手で、二年も君を傷つけたことを」
ようやく、その意味を理解して、トリスの目が、ここ数日の間で何度目かわからない潤みを見る間に帯びた。
でもいまのそれは、一等極端な泣き笑いで。
「……やっぱり、嫌か?」
「イヤじゃない! イヤじゃないよ! 馬鹿! 馬鹿馬鹿! 大好き!」
「……なんなんだそれは……」

なんなんだそれは、は、思いっきり盛られてしまったこの館の主であるところの
ギブソン、ミモザ両名が叫びたい事柄なのではないかと思われるのであるが。
ひとまずこうして、調律者様のロストバージンとプロポーズは無事完了したのであった。
不幸を経験したひとは、これからめいっぱい幸せになればいいのだから。
そんなわけで。
めでたし、めでたし。


End

目次

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