或る夜の出来事



銀の髪。深碧の瞳。蝋の如く白い肌。
かざす剣は不吉なまでに強く輝き、
彼がひとつ身動きする度に暴虐的な威圧を与えてくる。
「……レックス」
あれが弟だと、何時でものほほんとして他人を傷つけることを何より嫌う弟だと、どうしてもアティには信じられなかった。生まれた時からずっと一緒に居たはずなのに、今は誰よりも遠く感じる。
く、と、思わず自嘲ぎみに喉を鳴らす。
それを言うならレックスも一緒だろう。双子の姉に本気の召喚術喰らわされる日が来るなど考えてもいなかったに違いない。

どこで間違ったのか。
どこまでなら修正が可能だったのか。
―――もう間に合わないのだろうか。


「馬鹿でしょう、貴方」
アティの言葉は容赦ない。
「何回言やあ気が済むんだ」
「まだ六回しか言ってません」
「充分だろ」
沐浴用の湯はとっくに冷めてしまった。
風呂がないので、体を洗いたければ泉で水浴びかこうしてタオルで拭くしかない。
文句言い返そうとするビジュの顔面めがけて、アティは不機嫌そうに濡れタオル投げつけた。
「………っは! 殺す気かテメエは?!」
「まさか。前回の『勝手に人質』問題から全く反省してないことも、大砲持ち出して壊されちゃったことも、その時破片避け損ねて怪我したのも、もろもろのことでアズリアの機嫌がマイナス領域突破したのもぜんっぜん気にしてませんとも。ええ」
「うそつけ」
駐屯地に設えた医療用テント。
他の兵士は怪我が割合軽かったのと、アティとビジュ両名の醸しだす剣呑な空気に当てられて早々に避難しているので、今は二人きり。遠慮も何もあったもんじゃない。
「怒るとしたら、薬のたぐいが心許なくなってきてるのに無茶したことですね。下手すると今後麻酔はギョロメの麻痺攻撃でかけなきゃいけなくなります」
それとも麻酔なしでやりましょうか、と先程ビジュから取り出した鉄の破片をピンセットでひらひらかざしてみせる。脅しかけるとは医師の風上にも置けない。
「見せるな、気分悪りい」
「はいはい。じゃあ消毒します、しみますよー」
片膝立てて毛布の上に座るビジュ、その左後ろにまわりアティは清酒・龍殺しを開けた。
一応治癒召喚術の使える兵士に頼んで傷はある程度塞いでもらったが、傷が深かったのでフォローは欠かせない。
ビジュが顔を背ける。やっぱり痛いらしい。
沁みるのはどうしようもないので、とにかく手早く。
ささっと終わらせて包帯を巻く。赤黒い肉を覗かせる傷口が白く覆われてゆく。
「……」
「……」
「……いつまでそうしてるつもりだ」
突然。アティは裸の上半身に後ろから抱きつく形で動きを停止させていた。
「……体温戻りましたね」
ささやかな吐息が耳に、
着なれした服越しの柔らかな感触が背中に。
「忘れてたんですよ。あの子は優しくて、誰かを傷つける位なら自分が痛いのを選んでしまうから。―――でも、それ以上に、大切な存在を奪われるのを黙って見てる性質の子じゃなかった」
冷えた指先がビジュの首筋を探り、動脈のすぐ上で安心したように止まる。
「私たちは、いつ死んでもおかしくない場所にいるんです」
鼓動を確かめる。伝わる流れ。
「特にビジュはもの凄い嫌われようですものね」
「……テメエの弟だろ、何とかしようっつー気にはならねェのか」
「無理ですよ、もう」
小さくわらって、腕に力を込めた。
ぎゅっと押しつけられる身体に、つい。
「あ」
「今更カマトトぶる気か?」
下半身が反応してしまう。最近ご無沙汰してたのだ、ある意味仕方ない。
「いえ、ただ貴方、自分が怪我人だって忘れてません?」
「覚えてるってえの……で、どうしてくれんだよ」
「そうですねえ」
医者としての立場で言うなら、このまま寝かした方が良いのだけれど。
「では譲歩しましょう、私が上になります。そっちの方が幾らか負担少ないと思いますし」

―――陳腐な言い訳だが、今は、生きているという証を直に感じていたかった。


「その、重かったらごめんなさい」
アティは太ってこそいないが痩せているというよりしなやか、という感じでそこそこ筋肉がついているし背も平均より高い。羽毛のように軽い、とまではいかない。
だがビジュも軍人、人ひとりの体重支えるくらい簡単なものだ。
「文句なんざ言わねェって」
「……こういう場合、重くないよとか否定するのが筋でしょうが」
文句言いつつ上に乗り顔を寄せた。髪の毛がビジュの頬を撫ぜる。こそばゆい。
重く揺れる乳房は圧しつけられて形を歪め、硬さを増す先端だけがささやかな抵抗をする。
軽いくちづけ。唇を甘噛みし舐める。その舌を捕えて自分の中に引き込み味わう。
上顎をなぞり舌の付け根を探る。口の端から零れた唾液をアティは人差し指で拭った。
少し迷った末に濡れた指を口に含んで、
「……分からないですよね、他人の味なんて」
一旦身体を起こして、腰を合わせ落とす。
既に潤っていた柔襞は、幾度も受け入れたものの癖をすっかり飲み込んでいて、抵抗なく進ませた。
じゅくじゅくと体液を押し出しながらゆっくりなかへ収め、
「痛く、ないです?」
「女の台詞じゃねェよなあ……」
ビジュのぼやきに小さく苦笑いする。
腕と腿に力を入れ少し浮かせているのは、怪我に気を遣っているつもりだろうか。
がくついてるのからすると何時まで持つか怪しいものだが、見ていて面白いので黙っておく。
―――とは思ったが、つい悪戯心起こして、動く方の手でアティの肘裏辺りにひざかっくんの要領で力加えてみると、
「……って、人の気遣い、を……何だと思ってるんですかっ」
案の定バランス崩しておたつく。
「余計な世話」
「……ひど」
「平気だっつってんだろ」
実は麻酔が効いてるので痛みどころか感覚すらない。過剰に大事にされても反応に困る。
逡巡の気配の末に、預けられる体重と一層深く絡みつく柔らかさ。
つき上げれば余すところなく切なく喘ぐ。
声が外に洩れるのを恐れるのか、唇を噛み耐える姿は。
「……っあ! や…ちょ…、待っ、て……!」
嗜虐心というか好きな娘ほど苛めたくなる心境というか、まあそんなものをくすぐってくる。
片手のみなのが少々残念ながら乳房を捏ねる。色の違う場所に沿って軽く爪を引くとひくひくと震えた。
朱色の影に見え隠れする瞳は朧に潤んで焦点を結ばない。

嬌声に隠れるようにして、
しゃくり上げる、声が。耳に届いた気がした。
水滴が胸板をはたくが、すぐに汗と見分けがつかなくなる。
「お……」
熱を帯びた手が頬を撫ぜた。
アティの身体が少しだけ傾いで加重のベクトルが変わる。
「……泣いているかも、って?」
長い髪がビジュの身体を這い貼りつく。流れる血のように。払っても落ちない彩。
声が随分と近くなった。
「ふふっ。怪我心配して泣くような殊勝な娘が好みでしたらご愁傷様」
上擦る口調で一気に言って、包帯を撫ぜる真似をした。本当には触らない。
ここまでやったら何かもう意味ない気もするがあえて無視。
「……あの」
行為以外のなにかがアティの肌を紅く染める。
「今日は、このまま」

―――貴方を感じさせて欲しい。

ああ駄目だ。恥ずかしくてとても言えたもんじゃないので台詞の後半を唾液と一緒に飲み下し、
「このままで良いです」
目を閉じていちばんあつい部位に意識を集中させる。
挿入されたそれ自体の熱なのか、それとも摩擦のせいなのか、霞み掛かる頭では判らないけれど。
「い…つうっ!」
慣れに似た快楽を引き裂くように、胎内を埋めるそれが一際大きく張りつめる。
無意識に逃れようとする身体を男の腕が咎めて。
息を詰め軋みを立てる程に身を強張らせてそれに従う。
迸りが内側から灼き満たす。苦しいとも快いともつかない衝動が脊髄を引掻きながら駆け上がった。

切れぎれの吐息を絞りだし、
「……珍しいな」
「たまには、ね」
汗ばみ弛緩した身体をビジュの側に横たえた。
「滅多に中で出させねェのにな」
「そんな事言ってー。コドモできたら責任取ってくれます?」
答えを待たずけらけら笑い出した。
「冗談ですって。私や貴方みたいに自分のことで精一杯な人間同士がくっついて、あまつさえ家庭なんか作ろうものなら地獄絵図間違いなしですし」
愛らしい顔して中々に酷いことを言う。
それに、と続けて。
「そういう遣り方、ずるくて好きじゃないです」



数時間後。ビジュはいまだ麻酔の残るまま起き上がった。
横のアティが身じろぎひとつしないのを確認して毛布から出る。
片腕使えないせいで服着るのに手間取った。上着はもう面倒なのでひっかけるだけにする。
駐屯地を出て目指したのは森の中。
闇に沈むようにして佇む少年の元へ。
「やあ」
いかにも親しげにとり繕った笑みを白皙の面に貼りつけて、黒髪の少年は軽やかに歩み寄る。
月のない夜空は、どこまでも昏い。


明かりのないテントでアティはじっと息を潜める。
胸の奥底に後悔の澱が淀む。
また、止められなかった。気づいていたのに。
何処に行くのか。誰と会っているのか。何をしようとしているのか。
訊きたい。訊けない。
問いかけて拒絶されることが、怖い。
ここに居て欲しいと哀願して、手を振り払われてしまうのが。
他人なのだからと割り切ることもできず、『女』を利用して束縛する覚悟もない。
なんて浅ましい。なんて、弱い。
卑怯なのは他の誰でもない―――私。
耐え切れなくなって耳を塞ぎ目を閉じ唇を強く噛む。
喪失を懼れるあまりに動けない、みじめな自分を感じず済むように。

過ちの咎は誰に。
正す方法はいずこに。


End

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