諜報員の憂鬱



腕の中の女性が切なく喘ぐ。
もう終わらせてと艶混じりの哀願を切れぎれに洩らすけれど、僕にその気はない。
むしろ潤む瞳で見つめられれば見つめられる程彼女に打ち込んだ器官が暴れるのが分かる。
滑らかな頬を涙が伝う。舐めとれば少ししょっぱい。しなやかな身体がびくりと震えた。
胸に触れてみる。小さい、かもしれないけれど僕は気にしない。僕の決して大きくはない手に収まる乳房がかえって心地好いし。掌全体で揉みほぐし親指の爪で乳輪をかりとひっかいた。
普段は凛とした顔が今にも泣き出しそうに乱れるのが―――僕がそうさせているのだという事が、酷く、そそる。もっともっと見たくて手を下肢へと向かい滑らせる。
引締まった脇腹と、脂肪の少なめな腰を経由し濡れた茂みをかき分けて、探り出した突起をなるべく優しく弄る。
それでも限界寸前の彼女にはきつすぎる刺激だったらしく悲鳴にも似た嬌声を上げた。
びくびくと跳ねる身体、羞恥に染まる肌とは裏腹に貪欲に締めつけてくる部分に、僕も。
背中に回された腕がすがるように僕を引き寄せ、益々深く繋がる。
耳朶に熱い吐息。
「イスラ……イス、ラあっ……」
甘く呼ばわるのは僕の名前。
僕も両手で抱き返し幾度も激しく打ちつけて。
ぐらつくような、他のことなんて考えられなくなる、快楽。
「ねえさ……」


―――窓から差し込む柔らかな朝の光と、股間の不快なねばつきで僕は目を覚ました。
こうやって夢精の痕跡を、あるいは朝の性器の昂ぶりを見る度に僕も男だったんだな、とぼんやり思う。呪いで寝たきりだった時はこういうことなかったし。
とにかく一日を始めるべく、枕の下に手を入れて敷いておいたものを取り出す。
簡素な写真立てに収めた黒髪の女性の写真。

「おはよう、姉さん」
毎夜のおかずにしてしまうのに少々の罪悪感を覚えつつ、それでも姉さんの笑顔に幸せな気持ちになる。
まあ本物には敵わないから、早く会いに行こう。
僕はいそいそと起き上がり、着替えるべくバスルームへと向かった。


「おはよう、姉さん」
「イスラか、お早う」
姉さんの朝は早い。僕が朝食のテーブルにつく頃には食後の紅茶片手に新聞を読むのが常。
メイドが運んできた食事をつっつきつつ、
「何かニュースある?」
「そうだな……」
話題にのぼるのは主に社会面。僕は聞き役にまわることが多いけれど、時折意見を求められる。ただ聞くだけだった頃と比べると、ささやかだけど認められたようで嬉しい。
半分ほど食べ終わったところでフォークを置いた。
姉さんが眉をひそめる。
「相変わらず食が細いな」
心配そうな口調。……きっと姉さんのなかでは僕は半死に体の弟のままなんだろう。
大好きな姉さんの、嫌いな部分のひとつ。
「平気だよ、自分の適量は自分で分かってるからさ」
適当に流して出勤の準備をする。
軍本部は近いから歩いてゆく。姉さんとふたり。姉さんと並んで。
「……ふふっ」
「どうした、いきなり」
「ううん、何でもないよ」
朝のひととき。幸せな時間。


軍本部に到着すれば僕と姉さんは別れざるを得ない。こればっかりは仕方がない。
姉さんは海軍、僕は諜報部所属なのだから。
「じゃあな。時間があったら昼食に来い」
「うん」
むしろ時間作って行く。なくても行く。
颯爽とした後ろ姿を見送って、僕も自分の職場へと足を向け。
……爽やかな気分が根こそぎふっとんだ。
向こうから歩いてくる暑苦しいのは、姉さんの副官。通称筋肉ダルマ。
本名? 知らないね。姉さんに横恋慕だなんて分不相応なあいつにはそれで充分。
とりあえずやな思いさせてくれた礼に、サモナイト石を取り出す。
死角になる位置に隠れて、召喚。(※サモナイト石の無断所持及び使用は帝国では犯罪です)
「……うおっ?!」
野太い悲鳴を上げて空から降ってきたタライを避ける。
ちっ。
僕は陰からその様子を見て舌打ちした。
やり始めたばかりの頃は面白いように引っかかってたんだけど、最近は回避を覚えたらしい。
ノンキャリの無能副官のくせして生意気な。いや僕も学校出てないけど。
辺りを見回し始めたのに見つからないようその場を立ち去る。
新しい方法考えなきゃいけないな。


昼休み、僕は第六部隊の医務室へと向かう。姉さんは休憩時間は大体そこで過ごす。
隊付きの軍医が姉さんの学生時代からの友人で居心地がいいらしい。
廊下を歩いていると、見慣れた姿があった。
「あ、姉さ」

姉さんが一人ではなく、別の誰かと一緒なのにようやく気がついた。
彼は確か陸軍のケリー中尉……



衝撃に、視界が、暗く、白く、なる。
息が詰まる。
血液が逆流する。
膝が笑う。
あ、あ、あ、

男が廊下の角に消えるのを姉さんは忌々しげに見送り、こちらに振り向いて。
「……イスラ? まさか……見てたの、か」
返事がなくても態度で分かったのか、困ったようにかぶりを振った。

あの男、

姉さんのしりに触りやがったあアああああアアぁああぁァっっ!!!!!!!!!!!!!!!

「ねねねえさんいまいまのはいったい」
「……いいんだ、あの位、私が我慢すればすむんだから」
言葉がうまく継げない。
姉さんは真剣な眼差しで、
「このことは部下には黙っておいてくれ。特にギャレオ、奴は心配性だからな。
 余計な負担はかけたくないんだ―――頼む」
断れない。こんな瞳されたら。
頷くと、小さくありがとう、と言われた。

…………姉さん。


軍医で姉さんの友人でもあるアティさんは、僕たちの間に漂う妙な空気にもちょっと目を細めただけで、何も言わなかった。よく気がつく人で、自分の弟と姉さんをくっつけようと画策する以外は仕事の出来るお役立ち人って感じな女性だ。
「そうだ、今日はアズリアに『いいもの』を差し上げましょう」
何故かふたつある弁当箱のひとつを渡す。
「これは?」
「レックスお手製弁当」
姉さんの耳が真っ赤になる。
「暇だったらアズリアの分もおべんと作ってくれないかって頼んだら、快くこしらえてくれましたよ。
 いえむしろ普段より気合入ってるかも」
口ぱくぱくさせる姉さんの目の前で弁当のふたを開け、人参のグラッセをフォークで取り出す。
「ほら、にんじん嫌いな貴女のためにうさぎさん」
「……って誤解を招く言い方をするな!
 人参が苦手だったのは十年も前の話だ信じるなよイスラっ!」
いきなり話ふられて目を白黒させる僕に、
「ああ、あとピーマンも駄目でしたっけ」
「だからそんな昔の話するんじゃないっ!」
急にアティさんは真剣な表情で姉さんを見据える。
「学生時代を知る者を側に置いたが運の尽きと思って諦めてください。
 『修学旅行パジャマ事件』とか、『バレンタイン騒動記』とか話したくて仕方ないんですから」
どういうネーミングセンスなんだろう彼女。
姉さんが何か思いついたように、ふ、と笑う。
「そうか……なら、私が貴様の思い出話をしたがるのも自然な流れだよなあ……?」
「そりゃまあ止められませんね。どうぞ」

「そうだな、制服のまま木に登って降りられなくなったことあったなあ」
「やーあの時はスカートで飛び降りるか否か迷いましたよ」

「……解剖室に一晩閉じ込められて、翌朝救出っていうのも」
「さすがの私も泣いちゃいました。
 その後閉じ込めた犯人とおぼしき先輩の部屋に豚の内臓が撒き散らされましたっけ。
 この事件結局解決してませんよね」
「アティ、まさかとは思うが」
「やだなあアズリアったら。奨学生がそんなことして『ばれたら』退学ものですよ」

「……卒業生で現役の士官殴り倒したのは……」
「なんか今でも学校で言われてるみたいです。恥ずかしいですね」

「…………何故だ、貴様の方がやってることえげつないのに何故
 私だと『青春の恥ずかしい思い出』で貴様は『ちょっぴりやんちゃな武勇伝』になるのだ?!」
「人徳」
姉さんが暴れだす。そのまま弁当落としてしまえ……と思ったけれど、しっかり支えて落としそうもない。そんなに美味しいのか……いや、そんなに作った奴の事が好きなのか。
なんとなく胸に靄を感じて、僕は黙ったまま自分の昼食を取り出した。


夕方、郵便局から戻って姉さんの元へ。
何の用だったかって? 昼に姉さんの尻触ったうらやま…じゃなくてあのち

(しばらくお待ち下さい)

          中尉に、仕返しをちょっとね。ふふ、新人とはいえ諜報員、情報網を舐めたら痛い目見るよ。彼は恐妻家らしいし、明日が楽しみだなあ。
僕はすっきりした心持ちで姉さんがいるはずの部屋のドアを開けた。

第六部隊の士官四人が集まる執務室。そこは。
一言で言うなら修羅場。
原因は……またビジュか。
相変わらず姉さんに迷惑かけて、一緒に帰れなかったらどうしてくれようこの三白眼。
「大丈夫ですよ」
のほほんとした呼びかけにぎくりとする。
アティさんが机の端に腰掛け足を遊ばせながら微笑んでいた。
「今ビジュさんが書いてるのは六時までに事務室へ提出しなければ無効、減俸処分という代物ですので、間に合うにしろ落とすにしろ六時には決着つきます」
時々この人の底が見えなくなる。
全部承知の上でちょっかいだし楽しんでいるのではないか、と勘繰ってしまう。
「しかし落としたら面白いですよー。ビジュさん只でさえ士官のなかでは給与最低値なんで記録更新もあり得ますし」
ビジュのこめかみに青筋が浮かぶ。
……だとしてもアレな人だよなあ、彼女。
「終わったぞ畜生が!」
ばんっとビジュが書類を机に叩きつけ椅子を蹴倒し立ち上がった。
時計は六時五分前。アティさんが楽しげに節付けて言う。
「さあ締め切りまであと四分四十秒、頑張れビジュさんタイムトライアルすたーとう♪」
「―――後でぜってえコロス!」
悪態吐いて部屋から飛び出すのを見送ってから、アティさんも腰を上げる。
「さて、と。私も衛生部に提出する書類があったんです。
 ここの片付け任せて、そのまま帰っていいですか?」
「構わんが、それならビジュと一緒に行けば良かっただろう」
目的地は隣同士なんだし、と首を傾げる姉さんに、
「機嫌悪そうだから冷却期間おこうと思いまして」
「悪くしたのは軍医殿では……?」
「まあまあギャレオさん、それは言いっこなしで。
 では、第六部隊付き軍医アティ、本日はこれにて隊務終了します。お疲れさまでした」
アティさんが帰った後、僕は片付けを始めた姉さんに声を掛けた。
「手伝うよ」
「ありがとう。じゃあ、このバインダーを……」
さりげなく姉さんと筋肉ダルマの間に割り込む。筋肉は情けない表情したまま何も言わない。
でかい図体の割に押しの弱い奴。鬱陶しいから姉さんに近づくな無能副官。
姉さんはそんな僕らの様子に全く気づかない。鈍いよなあ……そんなところも可愛いけれど。


姉さんと一緒に家に帰る。姉さんと両親と夕食を摂る。姉さんと二人きりで話せなくていらいらする。姉さん、今度飲みに僕も誘ってください。父親母親と顔つきあわせる位なら姉さんの部下の漫才肴にしてた方がましだから。

十一時ごろ部屋に戻る。
今日も疲れた……もう寝よう。


いつものように写真立てを机の上から持ってきてベッドにあがる。
写真の両端は不自然に破られている。もちろんやったのは僕。
元々は姉さんを挟んで赤毛の双子がいたのだけれど、余計だから切り取ったのだ。
ちなみにアティさんの映ったやつはもう捨てたけど、あの男の分は大事にとってある。
いつかあいつの髪の毛手に入れて五寸釘打とう。
誓いを新たにしつつ、今宵も姉さんの夢が見られますようにと枕の下に写真置き、僕は眠りにつくのだった。


おわり

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