ビジュ×アティ



「これって何ですか?」
言ってアティは手にした小壜を灯りに透かしてみる。ほのかに紅色を帯びる
ゲル状の物質がガラスの向こうでたゆとうた。ビジュは無造作にそれを奪い返し、
「賭けの戦利品」
「金銭がらみの賭博は軍規において禁止されているんですけど」
「カネじゃねえ、モノだから細けえこと言うなよ、軍医殿」
小壜を弄びうそぶく。
軍規順守については人の事言えないアティは軽く流すに留めた。
「まあそれは良いとして。今の状況に対して説明が欲しいのですけど」
医務室のベッドの上でのしかかられ、膝を割られた状態で小首を傾げてみせる。
「押し倒してるな」
「原因と経過すっとばしての説明ありがとうござ…ひあっ」
露出した太股を撫ぜられ小さく叫ぶ。
アティはいつもの白衣ではない。帰るところだったので、丈の短いワンピースに
ロングブーツという私服姿だ。下着が見えぬよう脚をすり合わせてはいるが、時間の
問題だろう。
「短けえな、誘ってるのか?」
座ったまま器用に腰の位置をずらす。
「服の丈に文句をつけるとは、何だか『おとーさん』みたいですね。ついでに
 『夜遅く出歩くな』とか『年頃の娘が男と二人きりになるな』とか言って欲しいですけど」
逃がさぬよう重心を変える。
「俺はテメエの父親じゃないんで無理だな」
「幸いにして、ですね」
下着に手を掛けられると、さすがにひくりと身を震わせた。
「で、こいつだが、マンネリ防止になるかと思ってな」
頬を赤く染めながら、アティは続きを促す。
ビジュの答えは単純明快だった。
「ケツでやる時使うやつだ」
「…………」
す、とアティが視線を逸らす。
「個人の性的嗜好に口出す気はさらさらありませんとも。軍隊ですし。
 理解はできませんけど否定もしないので帰ってよろしいですか?」
「冗談はその程度にしとけよ」
声調はそのままだが目が笑ってない。とりあえずそっとしておくことにする。
薄布を剥ぎ取ろうとするのを寸前で止めて。
「自分で脱ぎます」
単にお気に入りの服に何かあったら嫌だから。そう自分に言い訳した。


「あの、それで、挿れるほうと挿れられるほう、どっちに塗るんですか」
「……もういいから任せろ」
裸体に紅の長い髪のみを纏わりつかせた艶めかしい姿でボケたことをぬかす
アティを、ビジュは呆れ顔でうつ伏せに押し倒した。
腰を高い位置に置かれアティは身を強張らせる。
冷たくぬめる指先がその場所に触れた。
「……っ!」
シーツに顔を押しつけ声を殺す。
周辺をしばしなぞり、
「―――力抜いとけ」
第一関節までがはいる。
それだけなのに。
心臓が大きく跳ね苦鳴が洩れる視界が滲む。
質量はこの際問題ではない。ありえない場所への異物の侵入による恐怖。
今更ながら必死で顔を上げ最後の抵抗を試みる。
「もう普段どおりでいいじゃないですか、
 日々の営みに充足を見出すことこそ幸せへの第一歩ですよ?!」
頭上に混乱マーク出てないのが不思議なほどの狼狽っぷりが妙に可愛い。
それはもう苛めたくなる位に。
「遅えから諦めな」
一旦引き抜き、ローションつけ直して再び挿入する。ただし今度は根元まで。
掻き回すのは無理なので粘膜を擦るように動かしてみた。
よじれる身体。滑らかな背中に舌を這わせると汗の味がした。
発するのは嬌声か泣き声か。両者の区別は難しい。

圧迫感が消える。けれどそれは解放を意味するものではなく。
覆い被さる男の身体。硬い感触。
そして。
侵される。
声が出ない。苦しくて声帯が働かない。
出来ることは、
ビジュの手に、しなやかな手が重なる。
存在を確かめるかのように幾度もなぞり、かたちを覚え。
「顔…見えない、からっ……」
せめて、と、強く、すがる。
一瞬だけ蹂躙は止まり。ゆっくりと、だが躊躇なく埋め込んだ。
しばし聞こえるのはお互いの呼吸だけになる。
そして、動いた。
アティの手が白く筋が浮かぶまでに握りしめられる。
拡張と摩擦。どちらもこの場所では慣れないもの。
狭く苦しいのに滑りだけはいい。
内蔵ごと犯されるかの如き、理不尽なまでに深い場所を貫かれる。
臓腑をえぐる衝撃。
脊髄を雷撃に似た波が疾る。
高い悲鳴と微かな呻き声。
引きつる狭窄。ナカで膨張、一気に吐き出される精液。
強張る身体が離れ、遮るもののなくなった部位から白濁が溢れる。


朦朧とする感覚がとらえたのは、
肌を伝い落ちる混合液の温度と。
ひくひくと快楽の余韻に蠕動する秘所と。
最後まで重ねたままの、掌。


帝国軍は女性が少ない。それも事務や医療関係に携わる者が多く、前線に出る
女性兵は殆どいない。そのせいか知らないが、女子専用のシャワールームという
豪勢(?)なものは存在しない。入る時は『女子使用中』のプレート掛けるが、
それにつられて覗きを行う不届き者がいるので評判はどんぞこに悪かった。
だが今の時間帯なら覗かれる心配はない。
隣にいるのは先程まで身体を重ねていた相手。見られても平気―――とまでは
いかないが、ダメージは少ない。たぶん。

温かな湯を浴びながら、アティは細心の注意を払い、未だ疼く場所へと指を入れる。
そこには熱い痺れが残り、まだ貫かれているような錯覚を覚えた。
震えを無理矢理抑え人さし指と薬指とでひらかせ、交情の残滓を掻き出す。
爪が過敏になった粘膜をかすった。
咄嗟に空いていた手がノズルを目一杯ひねり、
苦鳴と呼ぶには艶めく吐息が勢いを増した水音へと交じる。
汗とも涙ともつかない滴を拭いアティは水流に背を向けるかたちで壁に手をつき、
臀部に湯が当たるようノズルの向きを調節する。
豊かな乳房が潰れるまでに壁へと身体を圧しつけ、つきだした尻を自らの手で
後始末する姿は、我ながらみっともなく―――いやらしい、と思う。
思考に呼応してか、そこより前に位置する本来受け入れるべき場所が熱を帯び
ゆるくひらいて蜜を脚へと伝わせる。

呼吸は速く、浅い。
こちらも弄ってほしかった、なんてことを考えかけて頭を慌てて振る。
自分の心を嬌声ごと押し隠すために、
「……中出しなんてひどいじゃないですか」
関係ないことを呟いた。
膨張状態で無理に引き抜かれた日には、それはもう今と比べものにならない
ほどの惨憺たる有様になるであろうは想像に難くない。
それは分かる、のだが、
太股を伝い落ちる白濁液のなかに赤いものを見つければ腹も立つ。
(……道理で痛いはずですよ、全く……。
 そういえば最近なんだか痛い目みてばっかりの気がするなあ……
 …………まさか、とは思うけど……もしや私はそっち側、とか……?)
つまり、加虐趣味ではなく被虐趣味。
思わずこめかみを押さえてしまう。
「昼はじゃじゃ馬、夜は従順……? なんだかすごく嫌な煽り文句なんですけど……」
自分で言っておいて、三流ポルノのようだと思った。
だが、できれば『じゃじゃ馬』より『有能女医』の方が良いけれど、今の自分じゃあ
似つかわしくないなあ、なんて考える辺り肝が据わっているというか馬鹿というか。

外に人の立つ気配がした。
シャワーを止め、声を掛ける。
「上がりました?」
「ああ。ところで軍医殿―――手伝うか?」
からかいを多分に含む言葉に、アティは備え付けの洗面器を手に取りビジュの顔面へと
叩きつけるべくシャワーカーテンを引き開けようとして、
鍛えた腕に阻止された。
「甘いな」
「……みたいですね」
行動読まれたことに歯噛みしつつ力を抜く。急に動いたからかまた腰が痛んできた。
痛みに気を取られて反応が遅れる。
我に返る頃には浴室に侵入を許してしまっていた。
「な、ちょっと一体何の用ですか?!」
ビジュは抗議をどこ吹く風で受け流し、意味ありげに耳元で囁く。
「―――随分色気のあるこって」
「っ!!」
聞こえていた。羞恥に温かな桜色の肌が鮮やかに濃さを増す。
けれども否定はしない。おぼろげな瞳で見上げて、
自分から身を寄せた。
無骨な指が秘部を割りひらく。とろりと零れる温い液。

止めなかった。こうなることを望んでいたから。
落とした洗面器がやかましい音を立てて転がる。
こだまする騒音を疎ましく思いながら、押し当てられる感触を待ちわびていたと
看破されるのが癪なので目を閉じる。
潤うそこは当然のように受け入れる。
蕩けてしまったと信じてしまいそうな程溢れさせて。
他者の熱と自分の痛みが混じり合い短い吐息を洩らす。

唐突に。下肢の感覚が消え失せる。否。
「うあっ……!」
貫かれる部位、そこだけが、そこだけに総ての神経が集まるかのような、衝撃。
重力に従いおちる身体。繋がりがほどけるのが厭で、かろうじて自由になる
腕をビジュの背へと絡める。
何事か察したのか、己れの代わりにままならない身を支える存在に安堵するも束の間。
強く、乱暴なまでに突上げられた。
声が抑えきれない。
浴室に幾重にも響く嬌声が、濡れた肉の擦れる音が、聴覚を犯す。
思わず爪を立ててしまう。呻き声に罪悪感を覚えるが直ぐに快楽が塗り潰す。
何度も。繰り返しのうちに昂まり。
霞む意識のなかで、名を呼んだような囁かれたような気がした。単なる願望かもしれないが。
最奥への衝動に背を仰け反らせる。咥えこんだそこが収縮する。
引き抜かれ。飛沫を絶頂に波打つ腹部に受けて。
火照る肌よりなお熱い粘りを感じながらずるずるへたり込む。

不覚にも―――荒く息つく男を離したくないなどとおもってしまった。


「……いや悪りい、軍医殿」
へたんとタイル貼りの床に座り込んで、アティはやけくそ気味に笑った。
「……ふふ、やりすぎると腰抜けるのって本当だったんですね……」
痛みすら超えていまや鈍い痺れを訴える腰をさする。
着替えだけは根性で済ませたがそこが限界で、明日はもう仕事は無理だ。
こんなあほらしい理由で休む破目に陥るとは思いもしなかった。
いや、そのことは今はいい。現在の問題は別にある。
「どうやって帰ればいいのやら……」
アティの住むアパートは帝国軍本拠地からはだいぶ距離がある。歩くにしろ
乗合馬車つかうにしろ腰への負担が恐い。
いやいやそれよりも切羽詰った課題は、
「シャワー室からすら出られないし」
泣きたい。
「立てるか」
「努力してますよ、これでも」
ビジュがしゃがんで視線が合う。どうしてこの男は平気なんだと多少恨めしくなって
しまうのは、まあ仕方のないことだろう。
「すいません手を貸して―――?!」
依頼が終わる前に腕が伸ばされる。
背中と膝裏を支え、抱きあげられた。
頬が胸板にぶつかった拍子に石鹸の匂いが鼻をくすぐる。
自分のと同じだ当たり前かシャワー室に置いてあるのは全部軍の支給品なんだから
―――どうでもいい考えの合間を縫い、状況を理解する。

そう。この体勢は、
いわゆる。
女の子の永遠の憧れ、
おひめさまだっこ。

―――初体験のそれの理由考えるとなんかもお色々悲しくなってくるのは何故だろう。
八割がた責任元であるビジュの首へとまわす腕につい力を込めた。
「……落とされてえのか」
気道絞められて半眼になるのに緩める。
「いえ今落とされたら確実にまずいことになるので控えて頂きたいなー、なんて」
「じゃあ大人しくしてろ」
「……はい」
常夜灯の薄く照らす廊下はひどく長く感じられた。普段よりも速い足音聞きつけて
誰かがやってこないかと焦りはつのる。こんな状態目撃されるのは、二人のどちらに
とっても本意ではない。恥ずかしいし。
「朝までに動けるようになると思います?」
「無理じゃねえの」
「……アズリアにどう言い訳しましょう……」
せめて馬車の振動に耐えうるまでには回復してほしい、と切に願う。

初めて尽くしの夜のシメに、アティはビジュの肩へと頭を預け溜息を吐くのだった。



おまけ


結局、アティは翌日いっぱいを休暇申請した。
だいぶ楽になった下半身を労りつつ出勤したアティを迎えたのは、
「具合はもういいのか? 無理はするなよ」
山積みの書類を片付ける隊長の姿だった。
「あの、これって……」
「お前が休みの間溜めておくわけにもいかないだろう。
 しかし自分でやってみるとどれだけ苦労を掛けているのかが分かるな。
 今度の編制申請時に事務官を寄越してくれるよう頼んでみるから―――」
「アズリア!」
「うわっ?!」
いきなり抱きつかれて椅子から落ちそうになった。
「もう大好きです。貴女になら手塩にかけて育てた弟喜んで差し上げます。
 むしろ私が嫁になりたいくらいなんですけど」
「わけのわからん事言ってないで離れろ、暑苦しい!」
アティは笑ってアズリアから離れ、自分もと書類を取る。
「……通達書?」
「それか。ほら、シャワー室があるだろう? そこで不埒な行いがあったらしくてな」
……びしいっと石化に似た幻聴がした。
「しかも一度ならずだったという話だ。行為自体は知らされていないが、夜間使用を
 禁止するくらいだから余程酷いことだったんだろうな」
「あ、え、ええ、そうですね」
思わずどもる。まさか誰かに見られていた? いや自分達は初犯なのに『再三の行い』
とあるから関係ないかも、と言うか前に同じようなことシた奴がいるのだろうか。
動揺するアティに止めを刺すように、
「全く、施設を私物化するとは嘆かわしい。アティも医務室いじるのは程々にしろよ」
「はイイゴ気をつケます」
イントネーションがおかしくなるのに、アズリアは生真面目な表情を崩し、
「そこまでうろたえるな。きちんと仕事さえすれば文句は言わん」
腋下にだらだら冷汗流す親友の心中推し量れるはずもなく微笑みかけた。


End

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