カイル×アティ・2



「っていうか召喚術使うかフツー!?」
案内された席に着き開口一番、向かいに座るヤードに不満をぶつける。あちこちに巻かれた包帯が痛々しく見えるが本人はいたって健常そ

のものらしい。
室内中に響き渡ったカイルの怒声に、周りの視線が集まった。
「か、カイルさん。お願いですからあまり大きな声は……」
慌ててカイルを制しながら、ヤードは周囲の人々へ頭を下げる。
生まれて初めて経験する異様な雰囲気に、カイルもつい口を噤んでしまった。
「……おいヤード。オレ思うんだがよ、この店はオレにゃ絶対無理だと思う」
先ほどより大分トーンを落とした声で囁く。
「ええ。私もたった今普段の感覚で選択してしまった自分の愚かさを激しく後悔していたところです」
見上げる天井には豪奢なシャンデリア。床に敷き詰められた絨毯は毛足が踝ほどもある。
純白のテーブルクロスがかけられた円卓にカイルはそわそわと居心地悪そうな顔で頬杖をついた。

注文を取りに来たウェイターが明らかに訝しげな視線を送りながらも、無言でメニューを回収し再び厨房の奥へと消えていく。
問い質したい事は山ほどあるのだろう。だが客は客、どのような格好をしていようともそれなりの礼を尽くさねばならぬという気構えは多

少なりともカイルにも伝わってきた。
「ま、こんな所ヤードに店選ばせたりしなかったら一生縁が無かっただろうからな。楽しまなきゃ損ってモンか」
持ち前の前向きさでそう自分を納得させ、ぎしりと椅子を軋ませながらカイルは呟く。
ヤードの方もどうやら開き直ってしまったらしく、未だ突き刺さる視線に極力気付かないように振舞っていた。
それでもカイル程の肝の太さは持ち合わせてはいないようで、口の端がひくひくと震えるのは止められそうになかったが。


「それで、私に相談とは一体何でしょう」
「ああ、スカーレルの野郎はもうアテになんねえからな。となるとお前くらいしか頼れるヤツがいねえんだよ、ヤード。まず昨日のアレから話さなくちゃならねえんだが……」
そう前置きながらカイルは昨晩の騒動の始終を語りだした。

「……では、あの“巨像の拳”はアティさんが召喚したものだったのですね。彼女とその件について話そうとしたら話題を変えようとするので、大方の予想は付いていましたが……」
詳しい事情を当事者の片割れから聞きながら、運ばれてきた子羊のローストを上品な手つきで切り分け、口へと運ぶ。
あんな量でよく食った気になれるよな、と益体も無い事を考えながらテーブルの縁に足を掛けカイルはヤードの次の言葉を待っていた。
因みに自分の分は頼んでいない。マナーがどうとか言われるのが目に見えていたから。
「しかし……カイルさん、無理矢理迫るというのはやはり失敗だったのでは」
「ああ、オレも流石にやりすぎたと思ってる。でもあの時はなんつーか、こう……ほらお前も男なら分かるだろ? どうしても退くに退けねえ時ってモンがあるのは」
「え、ええまあ。ですがアティさんは、その、そういった事は不慣れだったのでしょう? だとしたら不安や恐れがあって当然の筈です。カイルさんに肌を見せるのだって勇気を振り絞っての結果だと思いますよ」
僅かに言葉を詰まらせながらヤードが言う。
「アティさんがそこまで頑なに拒むのは何か理由があるのでしょう。それでも彼女が貴方を心から信頼し、想いを寄せているのは間違い無いんです。ならカイルさん、貴方は彼女の信頼に応え、待ち続けてあげるのが優しさではないでしょうか」
「確かに……そういう考え方もアリだよな……いや、先生にはそっちのやり方で接するのが正しかったかもしんねえ……」
あの島での一件からいつの間にか欠かすことの出来ない海賊一家の一員となっていたヤード。静かに皆を見守り、気付かない所で支えてくれる彼の言葉は、深い含蓄を持ってカイルを頷かせた。
「ヤード、恩に着るぜ! やっぱりお前に相談して正解だったわ!」
豪快な笑い声と共にばんばんとヤードの肩を叩く。

カイルの傍若無人な振る舞いはついに許容値を超えてしまったのだろう。
向こうの方から慌てる事無く、しかし猛烈な速さで足早に歩いて来る支配人を見ながら、この店には二度と来れないなと肩を叩かれる痛みに顔を顰めつつヤードは思った。



同時刻。
カイルとヤードがその店を追い出されようとしていた時、通りを一つ越えた場所にある喫茶店でソノラとアティは昼食を取っていた。
といっても実際に食事に手を伸ばしているのはソノラのみ。
アティの背にはノロイでも憑いてるんじゃないかという陰が降りている。
「…………あ、あのさ先生? 早くしないと、折角の料理が冷めちゃうよ?」
無言。
「えっと。先生が話してくれないと、あたしも何にもアドバイスとか出来ないし……」
無言。
「ほらこのサンドイッチ美味しいよ!? 先生にも分けてあげるからそっちのサラダもらってもいいかな?」
無言。いや頷きが一つ返ってきた。

――こんな状況どうしろってのよー!

声にならない叫びを上げ、滂沱と涙を流すソノラ。
朝から明らかに元気の無い様子だったアティを少なからず心配していたソノラは、彼女の昼食の誘いに二つ返事で了承し、出来れば二人で話したいというアティの提案を飲んでこの店へと連れて来た。
だが注文が終わり、さあ相談はという段に来てアティは貝のように口を閉ざしてしまった。
あとは瞬く間に沈降していく彼女をどうにか浮上させようといろいろ手を尽くしてみるものの、まるで効果は無く今に至る。
「あう〜……」
テーブルに顎を乗せ、参ったとソノラが呻く。

実を言えば彼女達がこの店に入ってからというもの、人目を惹きつける容姿を持ったこの二人に両手では足りない数の男性が声をかけようとしていた。
片方は傍にいるだけでその身に溢れる元気を分け与えてくれそうな溌剌とした少女。もう一方は紅玉を溶かし込んだような長髪を靡かせ見ているだけで心が落ち着き和んでいくような穏やかな娘。
そんな二人が男無しでいるとあれば、お近づきになろうという者がいない方がおかしい。
だがあと数歩というところで、彼等は一人残らずアティの放つ視認すらできそうな負の気配に怯み、すごすごと退散していったのだ。
そんなアティの威圧の気を一身に受け続けるソノラの心労は推して知るべし、である。

「…………もしれない」
実際にはそれほどの時間が経っていたわけではないが、ソノラにとって永遠とも思えた沈黙の末、やっとアティの口から言葉が漏れた。
「え? なになに?」
ずい、と身を乗り出しアティに詰め寄るソノラ。
難攻不落かと思われていた敵城に蟻穴が空いた。この好機を逃す手は無い。
最早一言一句すら聞き漏らすまいといった真剣な目に、若干の怯えを交えながら蚊の鳴く様な声で、アティが再び繰り返した。
「わたし、カイルさんに嫌われちゃったかもしれない…………」

それから三十分。ソノラは自慢の銃を分解、整備する時よりも気を配りながらアティの心を開いていった。
「成る程ね。で、思わず召喚術でぶっ飛ばしちゃった、と……」
一通りの事情を聞き、背もたれに深く体を預けながら腕を組む。
「……うん」
しゅん、と項垂れるアティ。
あどけなさの残る顔立ちな事も相まって、今の彼女はソノラの目からは年上の女性にはどうやっても見えなかった。
船の上で常に最年少として扱われてきたソノラは、まるで妹が出来たかのような錯覚に心を擽られつつ、優しくアティに語り掛ける。
「ねえ、先生。今の話を聞いた分だと、先生が気に病む事なんてなーんにも無いよ。それはアニキが一方的に悪い! まったくもう、女の子の秘密を無理矢理暴こうなんて何考えてんだろ、あのバカアニキは」
「そ、そうなのかな」
「そうそう。なんだったら次に顔合わせた時にもう一発食らわせちゃったっていいくらい」
ぐっと拳を握り締め力説するソノラに、おずおずとアティが異を唱えた。

「でも……男の人が、その……え、えっちな事を我慢できなくなっちゃうのは知ってるし。わ、わたしもカイルさんだったら……って思ってるんだけど……」
ごにょごにょと言葉尻が弱く消えていく。
「だけど?」
「だ、だけど、あ、…………を見られるのが怖いの。カイルさん、絶対変に思うから」
口に出してソノ場所を言うには羞恥心が強すぎて、言葉を濁らせながらアティは俯いた。
対するソノラも、やや顔を赤くしながら、何気ないフリを装ってオレンジジュースに手をつける。
「それだって普通なんじゃない? あたしも経験あるわけじゃ無いから何とも言えないけど、は、初めてならそう思ったって不思議じゃ……」

ソノラの言葉に、しかしアティはふるふると首を横に振った。
「そうじゃないの。わたし……」
言い淀む。

――言うべきか。でも……

軍学校の時の記憶が蘇る。
それこそ決死の思いで打ち明けた女友達は普段の彼女からは想像もつかない程動揺し、搾り出すように『すまん、私には掛ける言葉が見つからない』とだけ言って逃げてしまった。
あの時はっきりと自覚した。自分は変なのだと。
以来そういった話にはまるで近寄ろうともせず今まで生きてきた。
異性と距離を置き、同じ女性同士であっても裸の付き合いは出来るだけ避けるようにしていく内に、いつしか悩みも薄れていった。

そんな時に出逢ってしまったのだ、彼と。
それまでの努力など水泡に帰した。
初めて抱いたこの人の傍にいたい、一番近くで見ていて欲しいという気持ちは抑えようが無く、それ故に彼にだけは絶対知られたくないという思いとの板挟みに悩まされた。

彼に全てを委ねたい。けれどもし、彼がわたしを受け止めてくれなかったら。
その後が想像も出来ない。
いつまでも立ち止まってる訳には行かないのに、踏み出す一歩がとてつもなく恐ろしい。
一体、わたしはどうすれば――――

「ちょ、ちょっと先生!? いきなりどうしたのよ!?」
何と目に涙を浮かべ始めたアティに、心底驚いてソノラが彼女の顔を覗き込んだ。
「ソノラぁ……わたし、どうしたらいいのか分からない……」
溢れる一歩手前の潤んだ瞳で、ソノラを見上げる。
何ともいえないアティの表情に、くらりと意識が一瞬暗転するのをソノラは感じた。

――待てあたし。あたしにそういう属性は無い筈でしょ

胸の内に起こった感情に厳重に蓋をし釘を打ちつけ鎖で縛り、深層意識の海の底へと沈める。
だがこのまま流れていくのはまずいと何かに促され、深呼吸を一つし、遂にソノラは意を決してアティの核心へと切り込んでいった。
「……先生の秘密って、一体何なの? 同じ女のあたしにも打ち明けられないようなコト?」

長い、長い逡巡。

「…………絶対に、驚いたりしない?」
「うん、しないしない」
「聞いても、今まで通りにしていてくれる?」
「うん、するする」
「他の人に言ったりするのも駄目だからね?」
「言わないってば」

ソノラの耳に手を当て、アティが囁く。
「あ、あのね。わたし…………」




その日の午後。
街の目抜き通りを腹を抱えて爆笑しながら走り抜ける少女と、その後を追う蒼く光る剣を振りかざした女性の姿に、あれは今度新しく行われる祭りの余興かと街中の住民が口々に噂した事を二人は知らない。


続き

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