マグナ×ルウ



木製の扉が、年季の入った軋んだ音を立てながらゆっくりと開いていった。
こういった場所特有の古めかしいホコリの匂いと古書の匂いとが、鼻腔の奥をきつくくすぐる。
本来ならば、彼にとってみればそれほど用のない場所。
いつからか世話になっているというのに、利用した事は数えるほどしかない場所だった。
ましてやも自分から足を踏み入れた記憶ともなれば、ほんの一・二回だったはずだ。
そんな益体もない事を、何ともなしに頭の片隅へ浮かべている事実に微苦笑を浮かべながら足を踏み入れ、彼は目当ての人物をゆっくりとした足取りで探す。
入り口から見える範囲では見つからなかったのだから仕方がなかった。
とはいえそれほど広い室内でもないのに加え、本棚のせいでさらに手狭になっている。
目当ての人物はすぐに見つけることが出来た。
彼女はいつもの格好で床の上に直接わったまま本を読んでおり、周りにはもう既に読み終えたであろう本が何冊も堆く積まれていた。
それだけでどれだけの時間この部屋にいたのかが見て取れる。
「おーいルウ、ちょっといいか?」
「あれ?どうしたのマグナ」
マグナの声に反応し、ルウはそれまで読んでいた本から顔を上げる。
「うん、これ食べるかなって思って」
マグナは手にしていた箱を、ルウに見やすいよう胸の高さまで持ち上げた。
「またパッフェルさんに捕まっちゃってさ。手伝い賃代わりに貰ったんだよ。残ったやつで申し訳ないんだけど……」
「もしかして、ケーキ!?」
瞳を光り輝かせながら、ルウは夢見心地のような表情で尋ねてきた。
「まあ、ね……」
苦笑しながらマグナは手に持った箱を開ける。その瞬間、ルウの瞳の輝きが増した。
中に入っていたのはイチゴのショートケーキとエクレア、そしてモンブラン。
さらには取り分けようの皿に、フォークまでついているという準備のよさだ。
「食べていいの……?」
恐る恐る、といった様子がまさに的確な表現とでもいうような態度でマグナに尋ねる。
「ルウのためって言わなかったっけ?」
「ありがと、マグナ」
お礼の言葉を言うが早いか、箱を開けてイチゴショートを取り出す。
マグナが一緒に持ってきていた皿の上にケーキを乗せると、フォークを使って早速口に運ぶ。
口に入れた瞬間、ルウの表情が至福のそれへと瞬く間に変化する。
「おいしー!」
その顔は見ているだけのマグナですら何となくの幸福感を感じさせられた。
一抹の満足感をそんなことに覚えつつも、手持ち無沙汰となったせいか他愛も無く口を開く。
「しかし、ルウってよくここにいるよな」
「そうかな?」
一旦ケーキを口に運ぶのを止め、それだけ言うとまたすぐにケーキへと向き直る。
「そんなにここの本が面白い?」
「うん、面白いよ。前にも言ったけど、ルウが読んだのは一番新しくてもおばあさまのだから」
「そういや、前に聞いたことがあったっけ」
都市での暮らし方や常識についての本を読んでいたことについては言わないでおこう。
そう思った直後、ある疑問がマグナの胸中へと飛来した。
「なあ、ルウ。一つ聞いてもいいか?」
それはほんの些細な疑問だったが、同時に大きな意味合いを持つ疑問でもあった。
「ルウの話にはよくお婆さんが出てくるけどさ、お母さんってどうしたんだ?」
「えっ!?」
不意にルウの動きが止まる。まるでルウの時間だけが停止したかのように。
鉄製のフォークが手から零れ落ち、床にぶつかって乾いた音を立てる。
それでもルウには何の変化もない。それが逆に異様さを物語っていた。
「ル、ルウ?」
「ルウのお母様はね……いないの……」
声量的には小さいが、それはどんな声よりもはっきりと大きく響いた。
俯いているためにマグナからではルウの表情は読み取れないが、少なくとも笑顔ではないは間違いない。
「ごめん、ルウ。もしかして俺、聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな……」
何が原因なのかははっきりと理解できなかったが、少なくとも自分の言葉がルウの心に傷を負わせてしまった。
それだけはマグナにもしっかりと理解できた。
そしてそれは、知らなかったでは済まされないのだということも。
どうしたらいいのか分からない。
マグナの心の中は、その一言だけで埋め尽くされていた。
どうする事も出来ずにただ立ち尽くしていると、やがてルウは伏せていた顔を上げる。
そして手にした皿を脇に置くと、ゆっくりと口を開く。
「ねえ、マグナ。聞いてくれるかな? ルウの昔話」
「うん」
そう一言頷くと、ルウに倣い向かい合うようにして床に腰を下ろす。
一言一句たりとも聞き漏らす事も許されない。
何故かは分からないが、そんな決意を漠然と抱きながら。
「上手に説明できるかどうかわからないけど……」
やや伏し目がちになりながらそう一言断わり、ルウは言葉を紡ぎ出す。
「さっき、ルウのお母様がいないって言ったけれど、本当はちゃんといる……ううん、いると思う」
「いると思う?」
「うん、そう。だって離れて暮らしてるし、連絡も取れないから」
だったら今からでも会いに行けば――マグナがそう言おうとするより早く、ルウが再度口を開いた。
「ごめん、何だか回りくどい言い方だね。話すって決めたのに、これじゃ誤解されちゃうよ」
顔にこそ笑みを浮かべていたが、それが空元気だということは誰の目にみても明らかだった。
けれど、そうでもしなければ全てを語りきる事は出来ないことも事実なのだ。
「はっきり言うとね……ルウは、お母様にあったことないの」
一切の淀みのない話し方だけに、少し聞いただけではとてもそれが悲壮な内容とは思えない。
自分の身に起きたささやかな出来事を知り合いに語る。そんな口調で話す。
「ルウのお母様は、ルウぐらいの頃に森から出て行っちゃったんだって。こんな暮らしはイヤだって言って」
こんな暮らし――禁忌の森の奥でアルミネの結界を守護するだけの生活。他者との交流を自らの意思で断つ。
それを正常と取るか異常と取るかは、それぞれの価値観によって異なる。
ルウの母親は、それを異常と捕らえただけ。それだけに過ぎない。
「おばあさまから聞いた話だから本当かどうかは分からないけど、街で暮らしたかったんだって。
ルウの家には、街の生活とかについて書いてある本もあったから、好奇心が抑えきれなくなったんだと思う」
まるで他人事のような口ぶり。いや、実際に他人事なのかもしれない。
しかしその推察が正解だとしても誤りだったとしても、どうする事も出来はしないのだ。
ルウの持つ、一種達観した見識が、彼女にそう思わせていた。
「出て行ってからはお母様は死んだと思って暮らしてたんだって。
でもある日、おばあさまのところに一人の赤ちゃんが届けられたの……」
「それが……」
「うん、それがルウ……」
不意に沈黙が訪れた。空気が嫌になるほど重い。言葉を発する事が出来ないほど。
そんな重苦しい雰囲気の中でも、ルウは決意に満ちた瞳でさらに事実を語る。
「街に出ても、きっと森のおばあさまのことが気がかりだったんだと思うんだ。
お母様が出て行ったときにアフラーンの一族はもう結構な年齢の人ばっかりだったらしいの。
ルウが物心ついた頃には、一族のみんなはもうお年寄りばっかりだったし」
それは無理もないかもしれない。
一族だけで隠れて住む。一見なんてことのないように思えるが現実はそうではない。
ありがちな表現を借りれば、所詮人は一人では生きていけないのだ。それは一族だけでも同じ。
一族だけで隠れて生きていくということは、遠からず子供の問題にぶつかる。
一族の血を持った子供が生まれ、その子供が孫を作る。そうすればどんどん血は濃くなる。
それはいわゆる近親婚となり、高い確率で障害をもった子供を生み出す結果となってしまう。
そんな子供は、ましてや守護を目的とするアフラーンの一族にとっては容認せざる存在のハズだ。
結果的に出生率の低下を引き起こし、一族は滅びてしまう。
緩慢な滅びの道を歩んでいる一族に新たな生命をもたらす事は、彼女なりの贖罪だったのかもしれない。
「ルウがこの話を聞いたのは、おばあさまが死んでしまう少し前。遺言って言えば聞こえはいいのかも知れないけど」
瞳が潤みを見せる。ルウの中の感情が高まっていくにつれて、それは顕著に表れる。
「ルウ困っちゃうよぉ……今までお母様はルウを生んだらすぐに死んだって聞かされてたのに……
おばあさまはズルイよぉ……お母様のお話、もっともっと聞きたかったのに……」
もう感情が抑えきれない。
声が震え、両の瞳からはとめどなく涙が溢れては流れては褐色の彼女の肌を濡らす。
息も乱れ、正常な呼吸すらままならない。咽び泣くような嗚咽だけが響き渡る。
だがなによりの原因は、マグナに話してしまったことだ。
今までたった一人で胸の奥深くに塞ぎこんできた想いや願い。
そういったもののタガが、言葉にする事で外れてしまった。
一度爆発した感情はそう易々とは静まりはしない。簡単に静まるような想いなら、そもそも塞ぎこむ必要もない。
ましてや一人になってからずっと溜め込んできた感情なのだ。
誰かに話せていればこれほどにはならなかったかもしれないが、生憎と相手も存在しなかった。
彼女の周りには常に召喚獣たちが存在してはいた。
だが召喚獣たちでは、生活には役立っても、心の隙間を埋めるほどには至りはしない。
「ゴメン、ルウ……」
そう声を絞り出すのがマグナには精一杯だった。
知らなかったとはいえ、些細な一言がこんな結果を導き出してしまったのだ。
先程も述べたが、知らなかったで済まされはしない。
知らなかったなどという言葉はただの自己弁護、逃避の手段にしかならないのだから。
「ううん……マグナが謝ることないよ。ルウが一人で勝手に話し出したことだから」
まだ泣き止まないまでも、いくらかは落ち着いたらしい。
「謝るのはルウの方だよ。一人で勝手に話して、一人で泣いてるんだもん……」
「いや、悪いのは俺の方だ。俺が余計な事聞かなきゃルウを悲しませる事にはならなかったんだから。それに……」
マグナの言葉が一瞬詰まる。そして続いた言葉は普段よりも感情を伴っていた。
「それに、俺の先祖が余計なことしなけりゃ、ルウの一族は隠れて生きる必要もなかったんだし!」
「待ってマグナ!」
ルウはそっとマグナの手を取り、優しく包む。
「そんなことないよ。マグナは悪くない」
そして取った手をそっと自分の頬へと当てた。肌がルウの流した涙にやんわりと触れる。
「だって、禁忌の森に封印がなければルウはあそこにはいなかったわけだし、こんなにワクワクした気持ちにならないと思う」
そう言うルウの顔には、もう涙は浮かんでいなかった。
何時の間にか感情は静まり、頭は冷静さを取り戻している。
それはマグナのおかげだった。彼の感情的な一言が、結果的にはルウの頭を冷やしていたのだ。
もっとも、それ以前にルウ自身が蓄積された感情を吐き出していたせいでもあったのだが。
「普通に街で暮らしてただけじゃ絶対に感じられない驚きばっかりなんだよ。見るのも聞くのも初めてのばっかりだし」
先ほどまでの調子からでは考えられないほどの明るい様子。
「今まで知らなかったり本でしか読んだ事のなかったことだって全部体験できるんだよ。これって、とっても素敵なことだと思わない?」
「そう……だな、そうかもしれないな」
笑顔で答える。マグナの様子も何時の間にか落ち着いていた。
考え方の違い――人は生まる場所や親を選ぶ事は出来ない。背負う運命も選べはしない。
だが、今の立場をどう思うかは自由だ。甘んじて受け入れる事も、良しと思わずに変える努力だってできる。
「でもね、そう思うことが出来たのはマグナと出会ったからなんだよ」
「ル、ルウ?」
掴んでいたマグナの手から離すと、今度はそのままそっと抱きつく。
マグナに身体に密着したルウの身体はほんの僅かに震えていた。
「キミに会わなかったら、マグナと一緒に行かなかったら、こんな風には考えられなかったと思う」
マグナの耳元に、囁くような声を出す。その表情は真っ赤に染まっていた。
そっと、マグナもルウの身体を抱き返す。
「ありがとう、ルウ。バカだよな俺って。前にも似たようなことで悩んだばっかりなのに、また同じ間違いをするところだった」
己が咎人の一族の末裔であると知ったときと同じような過ち。
あのことについては、自分自身の中でケリをつけていたはずなのに、まだどこか心の中で燻っていたらしい。
「あのさ……こんな俺じゃ、ルウの相手には相応しくないか?」
マグナの声は平時よりも幾分上ずっていた。そして視線を中空に投げかけ、どことなく落ち着きがない。
誰が見ても一目瞭然、照れ隠しであることが明白な行動。
「ううん、そんなことない……そんなことないよ」
ルウはゆっくりと否定し、少し身体を離して上目にマグナを見上げる。
「だってルウは、マグナの全部に惹かれるんだもん……」
そこまで言うと、再びマグナの身体に抱きつく。肌と肌を通してルウの鼓動がマグナへと確かに伝わっていく。
「だからマグナも……ルウのことを全部知ってくれる……?」
羽音のような小さな声。けれども掻き消されることなく確実にマグナの耳に届く。
そして、それらの意味がわからないほど、マグナも愚かではなかった。
「ルウ」
優しく名前を呼ぶと肩に手を乗せ、少しだけ身体を離させる。
改めて見るルウの顔は真っ赤に染まっており、瞳の端には微かな煌きが浮かんでいた。
「マグナ……」
対するルウはまだ信じられないといった様子だ。九分九厘信じているのに、残りの可能性が捨てきれない。
そんな調子が、名を呼ぶ声から感じ取れた。
だからマグナは、ルウの唇を奪った。
不意に唇から伝わってきた柔らかな感触に、ルウの両目が一瞬大きく見開く。
しかしそれも一瞬のことだった。
自分の想いが通じた事。なにより口の中に感じる甘い味に心を奪われ、ゆっくりと目を伏せる。
様子が落ち着いたことを感じ取り、マグナはゆっくりと唇を離す。ほんの少しだけ名残惜しく思いながら。
「……あまーい」
唇が離れると、ルウは呟く。それはマグナも感じていたことだった。
「俺も。ルウの唇って妙に甘いな……まるでお菓子みたいな甘さ……」
そこまで口にしながら、何とはなしに二人とも視線が動く。
『あっ!』
その視線が捕らえた物を見て、二人は同時に声を上げた。
「こいつのせいか……」
苦笑しながらマグナは、モンブランだけが残ったケーキの箱を持ち上げる。
ルウの口内に残った甘さ。それが唾液によって溶け出し、二人に甘味をもたらしていたのだ。
それに気付き、ルウも笑顔を浮かべる。
「ふふふ……でもね、嫌じゃなかったよ。とっても甘かったもの」
「……俺も」
「じゃあ、今度は二人の本当の味だね」
そう言うと、赤い顔をしたままルウの方から唇を絡めた。
先程言った通り、お菓子のような甘さは微塵も感じられない。
ほんの一瞬だけ物足りなさを感じるが、すぐにそんな感情は吹き飛んでしまう。
思っていた人間と愛し合っている。
そう意識しただけでケーキよりもずっと甘い感覚が頭を支配するのだ。
「んふぅ……」
甘い吐息を吐きながら、ルウは口を離す。
ルウの肌の色からでもはっきりとわかるくらいに赤く、頬が染まっている。
「大丈夫か、ルウ?」
「うん、平気だよ……」
快感に少しだけやられていたが、まだまだ余力はあるようだ。
「あ、あのねマグナ……これ……」
ルウは不意に積まれた本の山から一冊を抜き出し、マグナの前へ差し出す。
濃い青を基調とした色使いで、表紙にはただ題名が書かれているだけだった。
「これ?」
疑問を投げかけながらも受け取ると手早くページを捲り、全体的に目を通す。
そこに書かれていたのは男女の恋物語、いわゆる恋愛小説の類だった。
「……で?」
「……そんなふうに……してほしい……」
問いかけに返ってきたのは本当にか細い声。恥ずかしさのあまり顔を完全に伏せている。
「そういうことか……」
笑いながら呟く。
見れば堆く積まれている本の山は、一番上こそ聖王都の歴史について書かれた本であったが、二冊目以降はマグナが手にしている本と似たような内容の本らしい。
読まなくても分かる。タイトルから感じ取れる雰囲気がどれも同じなのだ。
「経験がないけど、本通りなら安心できる。ってところかな?」
「…………」
返ってきたのは無言と肯定を示す頷きの動作だった。顔色もますます赤を増している。
「でも、だめ」
「あっ……」
言いながら本を山の上に戻すとルウを抱き寄せ、押し倒す。
「台本通りじゃなくて、俺なりのやり方でルウを愛したいからさ」
そう囁くとルウの胸元を覆い隠す布の隙間から手を差し入れ、手馴れているかのように上へと引き上げる。
押さえつけるように強く身に纏っていた衣装だったため多少の抵抗はあったものの、ほどなくして胸が露わになった。
肌と同じ黒い色をした乳房に、控えめな薄桜色をした小さめの乳首。
その控えめな色が、黒い肌に良く映えている。
柔らかな丸みを帯びた二つの膨らみは、寝そべった体勢だというのに崩れることなく存在していた。
「綺麗だ、ルウ……」
「んっ……」
言いながら胸へ両手をかけると、躊躇いがちな声がルウから漏れる。
大きすぎもせず小さすぎもしない乳房はマグナの手の中にしっかりと収まっていた。
柔らかな胸の感触が手の平全体を通して伝わる。
ゆっくりと手を動かし、揉み上げるようにして胸へと刺激を与えていく。
「あっ……んんっ……」
マグナの指が動くたびにルウは声を上げ、身体を硬直させる。
だが、声を漏らすまいと必死で堪えていながら紡がれるその声は、普通に声を上げているときよりもずっといやらしかった。
聴覚から飛び込んでくる喘ぎ声に、マグナも興奮を促されていた。
呼吸が少しずつ荒くなり、気遣うように優しげだった手の動きにも力がこもっている。
思うままに胸の形を変形させていき、円を描くようにして乳房を捏ねていく。
「だ、だめぇ……マグナ……こんなの、やだ……はぁぁん……」
拒絶するするような言葉をルウは口走る。だがそれが本心でないことは誰の耳にも明らかだ。
甘い声を上げながらでは説得力など全く存在しない。
何より可愛らしく立っている乳首が、如実に否定している。
「へぇ、嫌なんだ」
「んくぅ……」
マグナはわざとらしい口ぶりを一言発すると、固くなっている両の乳首を指で軽く摘む。
途端、ルウの背筋に快楽の波が走り抜けていく。
「嫌なら止めてもいいよな?」
相変わらず口調は変えぬまま、だが言葉とは裏腹にマグナは指先の力を少しずつ強めていく。
微かに痛みを感じるのではないかと思えるような力の入れようだが、ルウの身体はそれでも貪欲に反応する。
新芽のように顔を覗かせる程度だった乳首は、もはや完全に屹立していた。
「ふぁぁっ……ああっ……や、やめちゃヤダぁ……」
矢継ぎ早に高まっていく快楽に、ルウは完全に酔いしれていた。
呂律が怪しくなり、まるで言葉を覚えたての子供のような喋り方だ。
「じゃあ、何であんなこと言ったんだ? 本にでも書いたあったのか?」
「うん……そうなのぉ……そんな風に書いてあったから、つい……んんっ!!」
言葉の最後が嬌声に掻き消される。
見ればマグナの指先にはさらに力が込められ、両の乳首を押しつぶさんとしていた。
「ルウの本当の気持ちを聞かせてくれるよな?」
まるで加虐心に火が付いたようなマグナの様子。冷ややかな口ぶりがルウの羞恥心を擽る。
押し込まれた胸先からは鋭い快感が走り、ルウの理性を蕩けさせていく。
「うん、気持ち……気持ちいいのぉ!! マグナぁ……ルウのこと、たくさん愛して……もっとぉ……」
「よく言えました」
子供を諭すように言うと、マグナは胸へと吸い付いた。やんわりとした吸引に甘い痺れが走る。
そのまま舌先を胸へと押し付け、乳首の先端を突き回していく。
「んんっ……!」
ルウの体が幾度となく震えた。全身を薄く汗ばませ、自分自身を持て余しているように悶える。
これまで経験どころか、知識すら乏しかったルウの体は、それゆえ刺激に対して敏感になっていた。
そしてマグナによって開花させられた身体は、まるでこれまでの分を取り戻すかのように強烈な反応を示す。
「あああああっっ!!」
抑える事など出来ないその情欲に突き動かされたかのように、ルウは身体を大きく反らせた。
今までとは比較にならないほどの強烈な快感。それが全身を駆け巡り、彼女の身体を支配する。
絶頂に達した証拠であった。
心地良い酩酊感に包まれ、脳内が霞掛かったようにぼんやりとした感覚しかない。
指一本動かすのも億劫に感じるが、不思議と少しも嫌に思えない。
瞳を伏せ、愛しい相手の重さを感じるという行為に、ルウは先刻に読んでいた本を思い出す。
だがこれは本の中の物語ではない。現実に起こっていることだ。
本に登場した女性と自分とをルウは重ね合わせる。
熟読した本だけあり、内容を思い出すのは容易いことだった。
そして彼女は思い出す。
これはまだ序章に過ぎず、その先が存在するのだということを。
思い出した途端、身体の奥底が疼き始めたのを明確に感じた。
この後の行為によって齎されるであろう刺激への期待に向けられた反応だ。
そして、一旦意識した以上目を背けることは不可能となった。むしろその感覚を貪欲に求めてしまう。
「どうしたんだ、ルウ?」
様子の変化を敏感に感じ取ったのだろう。マグナは心配そうに声を掛ける。
しかし返事は返ってこなかった。反応があったとすればそれまでも赤く染まっていた頬の色がさらに濃くなったくらいだ。
マグナに要らぬ心配をかけたことを後悔しながら、ルウの頬はより紅潮していく。
言わなかったのではなく言えなかったのだ。ルウがその言葉を口にすることにはまだかなりの抵抗が伴っていた。
それでも何とか言葉にしようと必死で頭を回転させるが、どれも躊躇いが生じてしまう。
ただ顔を赤らめながら、黙っているのが関の山だった。
双方とも無言という奇妙な時間が、三十秒ほど流れただろうか。マグナが前触れ無く口を開いた。
「……わかったよ」
苦笑するようなマグナの様子と理解不能な言葉を前にして、ルウは首を傾げる。
「そのさ、腰が……」
続いたその言葉を聞いて視線を下げると、今度はルウが真っ赤になる番だった。
彼女の心を代弁しているかのように、マグナの身体へと下半身が押し付けられている。
「え……えっとね……これは、その……」
「ま、いいけどな」
納得したような口ぶりの後、ルウの耳もとで囁いた。
「ルウがエッチだってことはよくわかったから」
そう言うと反論を待つ間もなく、有無を言わさぬ調子で股布の上からルウの秘部へと指を押しつける。
「ふぁっ……」
不意を突かれた行動に、ルウの全身が震えた。
だがそれ以上マグナの指は動かない。押し付けられたはずの指の力も、何時の間にか添えられただけになっている。
僅かに満たされた感情が再びせめぎ出した。本能はより強い刺激を渇望して止まないが、羞恥心がそれを押し止める。
「どうして欲しい?」
わざとらしい口調のおかげで、マグナがわざと行っているのだと分かった。
そして、おそらくは言わなければこの生殺しのような状態が続くのだということも。
「あのね……その……」
短い一文を口にするだけなのだが、その作業はどんな行動よりも重く感じてしまう。
「どうすればいい?」
からかいを帯びた口調で言いながら指先を円を描くように動かし、浅く沈める。
到底刺激などとは言えない刺激。
だが敏感なっているルウの身体はそれすらも明確に捕らえ、彼女自身の情欲を促していく。
「お願い……いじわるしないでよぉ……ルウ、おかしくなっちゃうから……」
羞恥心と欲望との間で揺れ動く心が導き出した答えがこれだった。
ルウの返答を耳にしたマグナは、小さく鼻で笑う。
「わ、笑わないでよぉ……」
「ごめんごめん、こんな可愛い事言うなんて思わなくってさ」
軽い調子で言葉だけの詫びを述べながら、文句を言わせないかのように再度深い口付けを施した。
同時に停滞させていた手の動きを再開する。
触れさせたまま上へと指を滑らせ、股布の中へと指先から進入させていく。
一度軽く達したおかげか、少し進み入っただけで温かな湯気のような温かな感覚が指先に絡んでくる。
さらに奥へと進ませ、そのまま一気に秘部へと指を到達させた。
既にそこはもう充分ではないのかと感触だけで思わせるほど湿っており、黙っていても粘ついた愛液が指先を汚していく。
指の関節に当たる部分には充血した陰核も感じられ、ルウの興奮を痛いほどよく表現している。
また、ルウ自身も唇を重ね合わせ、強く抱きつきながら必死で胸中の想いを訴えてくる。
その願いを適えるように、抵抗など皆無に等しくなっている膣口へとマグナは指を突き入れた。
「んくぅっ!!」
繋がったままの口から声が漏れる。初めての異物感に対する、歓喜と驚愕の声。
半分ほど埋めこまれた指はルウの内側を優しく擦り立て、快楽を提供していく。
緩やかな起伏を伴った襞を丁寧になぞるように動かすと、ルウの身体が大きく震えた。
今までとは比類ない刺激が走り、本能的に膣内を強く収縮させる。
内部に存在するマグナの指をきつく締めつけ、逃がすまいとするかのように絡みつく。
さらには、まるで吸い込もうとするかのように襞を蠢めかせ、奥へと誘っていく。
その動きに抵抗するように力を込めながら、それでいてルウを焦らすような微かな力加減でもう数回擦る。
愛液のぬめる感触が指に心地良い。けれど、その感触を楽しんでいられるだけの余裕はなかった。
ルウはもちろんのことながら、マグナ自身の心も欲望に彩られすぎている。
唇を離し、指を引き抜く。
「あっ……どうして……?」
指が抜かれる瞬間の淡い刺激ですらルウの身体は快楽として享受し、そして物足りなさへの不満が言葉となって漏れ出る。
本人は気づいていないが、その言葉に淀みはなかった。羞恥心よりも欲望の方が凌駕しているのだ。
「まだだよ、交代ってこと。それにルウだって……」
下穿きに手をかけると、膝の辺りまで降ろした。
「指だけじゃ、物足りないだろ?」
糸を引くほどに濡れそぼった秘園と、その淫蜜に汚れた陰核が空気に晒される。
「まるで、もう待ちきれないって言ってるみたいだな」
苦笑しつつなにやら納得したように言うと、チャックを下ろし肉鎗を取り出す。
ルウの内壁を指でなぞっていた時から、いや、胸への愛撫を行っていた時から、マグナの逸物は反応していた。
兆しを見せていたというのなら、ルウとの甘い接吻を行った時からだ。
限界だろうと思えるくらいに張り詰めており、苦しそうなほど仰角を取っている。
一瞥すれば畏怖の対象とも取れるそれを、ルウは熱の篭った瞳で見つめる。恐怖など微塵も感じない。
活字で触れた程度しか知識はなく、実物を見たのも彼女は始めてのことだ。
にも拘らず一切の怯えがないのは、それが最愛の人間の持ち物だから。自分を傷つけないと理解しているから。
亀頭が入り口へと押し当てられる。
お互いの熱さが肌を通して伝わり、その熱が二人を欲望の螺旋へと狂わせていく。
「入れるぞ」
その言葉が終わるより早く、肉棒はルウの秘壷へと埋没していった。
「ふぁっ! ひぁぁ……!!」
先端が肉を掻き分けて押し入り、たちまちに肉洞の奥へと進む。
心が準備を終える間もなくルウの内部に入ったのだが、それでも問題はなかったらしい。
堪えられずに上がる悦びの声に痛みや恐怖は一切なかった。
それは偏に、ルウが熟読していた本のおかげだ。
描写されていた内容はどれも愛情に溢れており、破瓜のことなどには一切触れられていなかった。
所詮は絵空事の話と言ってしまえばそれまでのことかもしれない。
だが知識としては本の内容しか知らないルウにとってみれば、書かれていたことが真実なのである。
精神的な恐怖を初めから抱いておらず、肉体的な緊張を充分に和らげられた状態だ。
そのため、痛みを感じることもなくマグナを受け入れられた。
「マグナ……すごい……」
「ルウだってすごいぞ……もう入らないのに、まだ引き摺り込もうとしてる……」
肉の楔が限界まで打ち込まれ、そしてそのまま動きが止まる。
動かないのではなく、動けないのだ。
無理に動こうとせずともルウの肉壁は指の時と同じように蠢き、マグナの分身を奥へと導いていく。
挿れているだけだが、少し気を緩めればその快楽のあまりに全ての精を吐き出しそうなほどだ。
他者との交わりが少ないアフラーンの一族。
おそらく、受胎の確率を僅かでも上げるため、長い年月をかけてこのような変化を見せたのだろう。
精液を残さず搾り取るため否応無しにならざるを得なかった魔性とも呼べる器。
だが真相はどうであったとしても、二人にとっては詮無き事に過ぎなかった。
「はぁ……んっ……お腹が……ひぃっ……すごいのぉ……」
途切れ途切れに甘い随喜の叫びを漏らしながらルウは瞳を伏せ、駆け上る甘い感覚へと全身を浸らせる。
張り付くようにして包み込む肉洞を剛直でゆっくりと擦ると、腰が蕩けそうに痺れる。
ゆっくりと円を描くように腰を動かし、角度を微妙に変えながら抜き差しをするだけで欲望が満たされていく。
二人とも額に大粒の汗を浮かべ息を切らしながら、それでも動きは休まらない。
「もう、もうっ……! いっぱい……きちゃうのぉ!!」
絞り出すようにして喉から声が迸る。意味が無い故に意味のある言葉は、限界の証拠だ。
「くうぅ……」
それを耳にしながら、マグナは低いうめき声と共に我慢を放棄した。
「マグナのがびくびくって、びくびくってしてるよぉ! ……熱いのがお腹の中に、ああぁ!!」
背筋と首筋を仰け反らせながら、二人とも身体を硬直させる。
そして精を放ち尽くす快感と放たれた精を受け止める快感という違なる快楽を、刹那の時間たっぷりと味わった。
だがすぐにその硬直も終わり、激しい痙攣に襲われたような疲労に全身を包まれる。
「ねぇ、マグナ……あとで……」
熱い吐息を漏らしながら、控えめな声で提案する。
そんな彼女の顔にそっと手を添えると、触れる程度に軽く唇を啄んだ。
「いいけど……ちょっと休ませてくれよ」
乱れて額に張り付いた髪を掻き上げてやりながら、マグナは耳元で囁く。
「今度はベッドでな」
「……うん」
微笑みながらルウはマグナへと抱きついた。
未だ収まらぬ早鐘のような鼓動が身体を通して二人へと伝わっていく。
クレスメントの末裔とアフラーンの末裔。
禁忌の森に関わった二つの一族が新たな道を歩き出すのは、もうじきだった。




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