軍医アティの小ネタ



「……痛っ」
早朝の野営地で、突然アズリアは顔をしかめ手で左目のあたりを押さえた。
隣で一緒に体操をしていたアティが「どうしました?」と声をかけてくる。
「いや、何でもない。目にゴミが入っただけだ」
「あ、私取りましょうか」
ん、と頷いて手をどける。アティの顔が、ずれた視界でゆらゆらしている。その先には弟や副官や刺青の問題児の姿が見えた。
学生時代、アティに半ば無理矢理読まされていた―――実際には嫌々だったのは最初だけで、二巻目からは口では興味ない風を装いながらも結構楽しみにしていたのだが―――少女小説のシチュエーションを思い出す。
主人公はクラスメイトの男子に目のゴミを取ってもらうのだが、それを見た恋人にキスをしていたと誤解されてしまうのだ。
(……まあ女同士で誤解も何もありはしないか)
自分の想像力に胸の内でこっそり苦笑

『―――っ?!!』

一瞬。自らの身に起こったことが理解できなかった。
「あー取れました。砂ですね」
のほほんとした声。
衝撃に返事なぞふっとんでいる。
目の前の親友はぺろりと出した舌の先から砂らしきものをすくいとってみせた。アズリアの目に入っていたやつだ。アティが先程取ったものだ。
舌で。
舐めて。
「あ、アアアアティさん姉さんに何てうらやまじゃなくて何するのさ?!」
イスラが物凄い勢いで詰め寄っている。
「ごみ取りですよ」
「舐めたじゃないか!」
「別に普通でしょう。私の母親もよくしてましたし……」
「何処の未開地の風習だよ?!」
「―――って故郷を馬鹿にしましたね! 鶏も絞めたことのない都会っ子のくせにー!」
軍医と諜報員の言い争いは徐々にヒートアップする。
隊長と副官はまだ固まっている。
刺青野郎はこれ幸いと二度寝に向かった。

現在召喚獣だらけの島にてサバイバル中の帝国軍の一日は、まあ大体こんな感じで始まったり始まらなかったりする。





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