『箱悪魔』



召喚用に使われた部屋から、アメル様の部屋となっているらしい船室まで移動しました。
私は慣れない体でガチャガチャと音をたてながら移動します。うう情け無い…。
途中、格闘家や大剣の剣士に声をかけられたのですが、
「あ、これですか?あの島で拾ってきたんです。」
と私のことを説明していました。『これ』。大悪魔が『これ』…。

「さて、それじゃあ働いてもらいましょうか、メルギトスさん。」
船室の中に入るなり、アメル様はそう切り出してきました。
働いてもらうと言われても、この部屋の中には私とアメル様しかいないようですが。
そう思っていると、部屋に設置されている大きな鏡の前にアメル様が立ち、何かごそごそと操作しました。
その途端、パッと鏡が透けて、向こうの部屋らしい映像が見えるようになります。
マジックミラーか。手の込んだ仕掛けを。向こうに見えるのは…。

「超律者(ローラー)!がはっ!」
憎き相手の姿を見て私が驚きの声をあげると、アメル様の杖による鋭い打撃が入りました。
「大きな声をあげないでください、メルギトスさん。トリスに聞こえたら厄介です。」

機械だからか痛みはありませんが、ボディが粗悪なせいか衝撃で簡単に回路の接触が悪くなるらしく、視界が乱れフラフラとしてしまいます。
私の状態になど構うことなく、アメル様は計画を話し始めました。
「今回してもらいたいことですが、あのトリスをエッチにしてもらいたいんです。誰でもいいから抱いて欲しい、と思うほどにね。」

音声も多少歪んで聞こえましたが、内容は把握できました。
つまりはローラーを欲情させればいいわけですね。要求自体は簡単です。しかし…。
「あの、アメル様。あなた天使だったんですよね?」
大悪魔の私を復活させてこき使うことといい、その内容といい、とてもじゃありませんが天使のするようなこととは思えませんが。

「私、過去を気にするのはやめたんです。少しでも明るい明日が来るように、前に進もうと思ってます。」
うわぁ完璧なヒロイン笑顔。セリフも完璧です。
行動と一致しないことだけが気になります。
大悪魔の私を使って仲間を欲情させることが『明るい明日』なんでしょうか。
激しく疑問に思いますが、言いません。私は命が惜しいです。

「さ、早くしてください。メルギトスさん。」
アメル様に促され、さっそく目標を確認します。
ローラーはちょうどベッドに腰掛けて読書中のようでしたが、今回の仕事が終わった疲れからか、うとうととしかけているようです。
あの状態なら私の術にかけるのも楽そうです。
私は、自分の一部でもあるカスラの内の、性的な欲望の部分だけを切り離します。
このボディには銃がついていますので、そこからそれを撃ち出せばいいでしょう。
鏡の向こうのローラーに狙いを定めて…。

ここで、私に一つの悪意が芽生えました。まぁ悪魔ですしね。
せっかくローラーを狙い撃ちにできる立場。直接攻撃すれば後ろのアメル様に殺されるでしょうが、欲情以外の何か別の感情も一緒に撃ち込むくらいならバレないかも。
(ふん、一瞬だけでも焦らせてやりましょうか…)
ガッ!ガガガガガ!ビビュゥゥゥウウン。
「ガハァ!ナ、ナニガオキテ」
「駄目ですよ、メルギトスさん。今悪いこと考えてたでしょう。あなた、死にたくないですよね?ちゃんと命令聞いてもらえますよね?」
見抜かれていたか。どうやら、笑顔のまま、杖を私に差し込んでいるようです。
心臓部、核となるコンピューター部分のすぐ隣に『それ』があるのが分かります。
ちょっとひねったら、私の意識ごとコナゴナに…。
「ハイ、ワタシハシニタクアリマセン、アメルサマ。」
「良くできました。それじゃあ治してあげるから、今度はちゃんとしてくださいね。」

豊穣の天使の特殊能力で何事もなく修理された私は、ちゃんと欲情の部分だけ取り出して、撃ち込みました。なんなくヒット。向こうは気付いていませんし。
「あっ…。」
トリスさんは、つぶやきと共に驚いた表情になりました。
自分がいきなり発情しだしたことに驚いているのでしょう。
しかし、その表情はすぐに熱っぽい、雄を求める雌のものになっていきます。
「あ、あ…。」
ベッドに倒れこみ、下腹部へと手を伸ばしだしています。効果は充分のようです。

「できましたよ、アメル様。」
「よくできましたね。後は、このまま私が向こうの部屋に乗り込めば…。」

上機嫌になったアメル様が部屋を飛び出そうとした瞬間、隣からノックの音ともに、ローラー以外の声が響いてきます。
「トリス、入ってもいいか?」
「あ、ネスぅ…うん、入ってきて…。」
がちゃん、とドアの開く音がして。ミラーに移るのは、憎き敵の一人、融機人の姿。
「トリス、どうしたんだ!?何かひどく辛そうだぞ。」
「う、うん…ちょっとね。…こっち来てくれる?」
おーっとまずいことになってきましたよ、これは。
確かに私のカスラのせいでトリスさんはうまく欲情しましたが、『誰でもいいから抱かれたい』ということは、目の前の相手に反応してしまうわけで。

気付くと、天使の腕が私の体に伸びていて、私の体は鷲づかみにされていました。
メキメキィ、と、ものすごく嫌な音が体に響きます。
機械だから痛みこそありませんが、これはヤバい!間違いなく破壊される!
「待って、待ちなさい、じゃなかった、お待ちください!あれはどう見ても私のせいじゃありませんよ!自然な成り行きというものです!第一融機人を遠ざけておかなかったあなたの責任では…はっ!」
し、しまった。ついついアメル様を責めてしまいました。
私に失態を責められたアメル様は、いつもと変わらぬ笑顔です。しかし。
見える。私には見える。天使の羽の背後に、霊界の瘴気をはらんだ魔物たちが!!

消される。一瞬でゴミクズにされる。私がそう覚悟を決めた瞬間。
「ネスティさん探しましたよ」
隣からまた別の声が響き、ノックもなしに一人の男が入ってきます。
あのアホ毛は…確か、私を倒したローラーたちの仲間の一人。
村を潰された青年の双子のうちの、兄ではなかったでしょうか。

「どうしたんだ、ロッカ。何かあったのか。」
「ええ、メイメイさんが急いで来て欲しいとのことです。」
少し息を切らしながら入ってきた青年に、融機人もただならぬ事態を感じたようです。
「そうか。しかし、今トリスが…。」
「ネスぅ…。」
欲情の矛先を失いそうになったローラーが、か細い声と雌の顔で融機人を誘います。
「大丈夫です、僕がトリスさんをちゃんと支えておきますから。さ、早く。」
青年が、融機人のローブを掴んでいたトリスさんの手を握って離させます。
「そうか…トリス、済まない。ロッカ、頼んだぞ。」

名残惜しそうでしたが、融機人は部屋を出て行きました。
「ネスぅ…。」
「大丈夫ですよ、トリスさん。僕がいるじゃないですか。」
なおも融機人を求めて部屋の外へ手を伸ばすトリスさんを、青年が抱きしめます。
「あ、ロッカ…?」
どうやら、今の抱擁で初めてアホ毛の青年の存在に気付いたようです。
求めていた相手を失い、悲しみに染まっていた顔が、羞恥と戸惑いに変わります。
青年のことに気付かなかった申し訳なさ、その青年が自分を抱いていることへの驚き、目の前の青年に欲情してしまっている自分への焦り、といったところでしょうか。

融機人に取られはしなかったものの、このままでは結局ローラーはアメル様のものにはならないのではないでしょうか。まずいですね。やはり殺られるのか私は。
そう覚悟していましたが、私を圧殺しようとしていた手は止まっていました。おや?

鏡の向こうの青年が、こちらに向かって笑顔で顔を向けます。
向こうからしたら、ただの鏡を見て笑っていることになるはずです。が。
青年は、声に出さずに、唇を動かします。

(駄目じゃないか、アメル。僕も入れてくれって言っただろう?)
こちらに気付いているのか!?驚いてアメル様を見ると、彼女も、
(ごめんなさいロッカ。最初は私だけで楽しみたくて。)
と、パクパクと口を動かしていました。
なぜただの冒険者をしていたはずの彼らが読唇術が使えるのか…。

(メイメイさんには酒を渡しておいた。しばらくはネスティさんを止めておいてくれるだろう。)
(ありがとう、ロッカ。)

驚きと疑問で固まる私を、アメル様が促しました。

「さ、行きましょうかメルギトスさん。夜はこれからですよ。」


つづく

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