夢物語 後編



――ヘイゼルの年頃にしては豊かな胸を、毒蛇の手のひらが優しく包み込んでいた。指が乳房の弾力に押し返される感触は、相変わらず心地よい。
「……胸ばっかり触らないで」
「ケチケチしないでよ、減るモンじゃあるまいし」
「そうじゃなくて、私との約束っ……」
言いかけた彼女の顔を影が覆う。
言葉の続きを口にする前に、その唇は毒蛇のそれによって塞がれてしまった。
「んぅっ、ん……」
優しい口付けは、時折ついばむように軽く触れ、深く唇が重なり合うものとなる。
ヘイゼルにとって、初めは体の交わりと同様に嫌悪しか抱かなかった行為だ。
しかし、今は彼の行動に応えるように自らそれへと舌を絡ませていく。
やがて熱い吐息とともに顔を離すと、唾液がとろりと糸を引いた。
「キスも上手くなったのねえ、ヘイゼル」
「さっきまで、アンタのものを咥えてた口だけどね」
「……ムードを壊すような事を言わないでちょうだい」
引きつった笑みを浮かべる毒蛇に、思わずヘイゼルの口元も緩む。
「ご褒美はちゃんとしてあげるわよ。アナタが気持ち良くなれるように抱いてあげればいいんでしょ?」
毒蛇の問いに、ヘイゼルは無言で頷いた。
彼女が希望した「ご褒美」とは、普段男側が満足するだけの味気ない訓練と化した性行為を、今日は自分にも楽しめるようにして欲しいというものだった。
「でも、アナタからそんなお願いされるなんて珍しいわね」
普段彼女は、そういう事に関しては無関心なほうだと思っていたのだが。
今まではただ決められた「課題」という名目で毒蛇に奉仕し、無気力に足を開くばかりだった。
そんな彼女から抱き方を希望される事など、今までに一度もなかったのだから。
「別にいいでしょ。……私だって、たまには一方的に犯される以外の抱かれ方をしてみたいの」
「ま、それもそうかしら」
そのまま再び黙り込むヘイゼルに毒蛇は何も問わず、静かに彼女の両足へ手をかける。
「あら……アタシが気持ちよくしてあげなくても、こっちの準備は万全みたいね?」
ヘイゼルの秘所を指で押し広げると、色鮮やかなそこは既に愛液で濡れそぼっていた。
日差しで愛液がてらてらと光る光景に、毒蛇の喉がわずかに動く。
先程の自慰行為でほぐされた膣口は、吹きかかる彼の温かい息に反応するように緩く震えた。
――同時に湧き出た新たな愛液が、尻肉の谷間をゆるゆると伝っていく。
「見つめられただけでも感じちゃうの?やらしくなったわねえ」
豊かな乳房と、淫らに潤った女性器はその艶かしさだけで充分に男の思考を奪い取る武器となる。
それが若く美しい少女のものなら、惑わされない男などまずいないだろう。
彼女の肉体を何度も味わってきた毒蛇にしても、湧き上がる欲望を抑える事が困難なのは同じだ。
はやる気持ちを抑えながら、毒蛇は頭を持ち上げる自身の性器をそっと膣口にあてがった。
「……それじゃあ、楽しませて貰うわよ」
――ぬる、と濡れた肉襞が男性器を包み込んでいく感触。
「んぅっ……」
小さな膣口が亀頭を咥え込み、ぷくりと入り口を広げていく。
丸い輪のように広がったそこは、男性器の侵入を阻める事なく竿部分をも呑み込んでいった。
「やっ……!あぅ……」
最初に男を受け入れるこの瞬間が、ヘイゼルはいまだに慣れる事ができなかった。
太く硬い熱の塊が膣肉を掻き分け、奥へと突き進んでいく感覚にヘイゼルの体が強張る。
挿入の痛みこそは慣れたものの、この異物感だけは耐える他なかった。
「もっと可愛い顔しなきゃダメよ、ヘイゼル?アタシはそういう表情も好きだけど、実践では余裕を持たなきゃね」
「す、好きでこんな顔になってるんじゃ……」
毒蛇の背中に腕を回し、紅潮していく顔を伏せるヘイゼル。
そんな彼女の様子に微笑むと、毒蛇は膣内の最奥に辿り着いた性器をゆっくりと引き抜いていった。
「ふぁっ……」
引き抜かれていく性器を、追い求めるように絡みつく膣の肉襞。
同時にヘイゼルの唇から、苦痛の混じった甘い声が漏れる。
それを合図に、二人の結合部は粘着質な水音を立て始めた。

「はっ、あんっ……、んっ……!」
毒蛇の腕に抱かれながら、ヘイゼル自身も彼の背中を強く抱き締めていた。
ヘイゼルの火照った肌に、時折音を立てて毒蛇が口付ける。
首筋を撫でる唇の感触にくすぐったさを覚え、ヘイゼルはかすかに身をよじった。
「んっ……毒蛇、私っ、こういうのじゃなくて、もっと……」
「あら、こういうのはお気に召さない?」
いつもは乱暴に貫くような挿入も、今は一定の間隔でゆっくりと浅くおこなっている。
愛撫自体も、普段に比べればずっと刺激の少ない優しい触れ方をしていたつもりだったのだが。
「じゃあ、ヘイゼルはどんな風にされるのが一番気持ちいいの?」
「え……」
毒蛇の問いに、なぜかヘイゼルの頬は紅潮する。
一瞬何かを言いたそうに口を開くが、結局彼女は何も言わずに口をつぐんでしまった。
訝しげに彼女を見つめる毒蛇だが、やがて何かを閃いたように小さな声を上げた。
「――ああ、つまりアナタにとっては、ただ優しくされる事が気持ちいいワケじゃなかったのね?」
納得したように頷きながら、毒蛇はヘイゼルに向けて笑みを浮かべる。
彼の言葉にヘイゼルが思わず眉を寄せた時――突然その下半身を強い刺激が襲った。
「いっ……!毒蛇、何して……!?」
互いの秘所を繋げた状態のまま、毒蛇の指が彼女の陰核を強く挟み込んでいる。
同時に太ももを掴み上げると、彼は根元まで貫いていた性器を乱暴に引き抜こうとした。
「や、うぁ……!」
ずるりと引き抜いた拍子に、男性器に張り付いた赤い肉襞が入り口から顔を覗かせる。
愛液で濡れそぼった男性器を再び膣口にあてがった瞬間――。
「じゃあ、もっと激しくされるのが好きって事かしら」
陰核を指で擦りながら、膣内に一際強引に男性器を突き入れる。
「んぅっ……!」
乱暴に腰を打ちつけながら、入り口から最奥まで膣内を擦り続ける熱の感覚。
くちゅくちゅと濡れた肉の摩擦する音が聞こえると同時に、痛みと快感がヘイゼルの体を休みなく襲う。
より大きくなる彼女の嬌声だが、その顔にはなぜか満たされた表情は見受けられなかった。
「……ヘイゼルってば、これでもまだ満足できないの?」
「ち、違うの。私はっ……!」
膣内を熱の塊で絶え間なく掻き回されながら、ヘイゼルは必死で首を振る。
――真っ赤に染まった頬。
彼女のどこか不自然な様子と、その赤らみが何を示すのか。
「私は、ただっ……」
唇を噛み締めるヘイゼル。
まぶたを固く伏せるその顔は、今にも泣き出しそうに見えた。
やがて、息を吸い込むと。

「ただ、恋人みたいに抱いて欲しかったのっ……」

「…………え?」
毒蛇の間の抜けた声とともに、腰の動きがぴたりと止まる。
真実を告げるなり、むくれた表情でそっぽを向くヘイゼルはいつの間にか耳まで赤く染まっていた。
『恋人』などという言葉が彼女の口から出た事も意外だったが、それよりも――。
「アタシが……ヘイゼルの恋人?」
「ち、違うわよっ」
とっさに首を横に振るが、彼女のその顔はますます色を増していくばかりだ。
恥ずかしさのあまり潤み始めた目を擦りながら、言葉を続ける。
「形だけのものでも、一回くらい経験してみたかったの。……それだけだから」

この世界で生き続けていく以上、本の世界に描かれているような恋愛などできるはずもない。
それでも、ヘイゼルは一度知ってしまった甘い幻想の世界を捨てきる事ができなかった。
年齢にしてみれば、まだ彼女は本当に年若い少女だ。
本来なら、異性と唇を重ねた事さえなくても、それがごく普通というくらいに。
「私は物心ついた時からここにいて、人の殺し方ばかりを教わってた。勉強だって、字や計算なんかほんのちょっとで、毎日が人殺しの事ばっかりで……」
それらを大方覚えた後は、「女」としての教育が彼女を待ち構えていた。
顔も初めて見たばかりの男――毒蛇に、出会ったその日に純潔を奪われた。
異性との親しみも、恋心も知らないままに体だけが女として成長させられていく毎日が始まったのだ。
「男の気持ちよくなる事ばかり教え込まれて、私自身は何も知らないの。普通の愛され方がどんなものかも分からない……汚い部分しか知らないの」
「……セックスなんて、誰がやっても汚い行為よ。愛があっても、なくても」
「それでもっ……」
やっぱり違う、そう思いたかった。
少なくとも、訓練として機械的にこなすより、殺人の手段とするものより、相手に愛されながらの行為が一番心地よいはずだ。
ヘイゼルが毒蛇に求めたものが、あくまで表面だけの愛し方だったとしても。
それでも女として生まれた以上、その甘い感覚を一度でも共感したかったのだ。
「だって、私の読んだ本では皆幸せそうだったの。だから――」
言いかけて、ヘイゼルはハッと口を押さえる。
……おそるおそる毒蛇に視線を向けると、彼は目を丸くしながら同様にヘイゼルを見つめていた。
「アナタが読んだ……『本』?」

――ヘイゼルから事情を聞いた後、毒蛇は口元を押さえながら肩を震わせていた。
おかしくて堪らないというような顔だ。
ヘイゼルの不安は外れ、同情じみた目で見られる事はなかったものの、これはこれで気分が悪い。
「まさかヘイゼルが、恋愛小説の主人公に共感しながら毎日ドキドキしてたなんてねえ。ふふっ」
「……私の事、馬鹿だと思ってるんでしょう?」
仮に哀れみを受けなくても、嘲笑される可能性は考えていた。
こんな世界で、ありもしない甘ったるい夢物語に没頭している女など、自分の立場を理解できていない馬鹿だと思われて当然なのだ――と。
目頭が熱くなり、視界が揺れる。
「笑いたければ好きなだけ笑いなさいよ。……アンタに理解されたいとも思わないから」
虚勢を張って俯くが、震える声はごまかせなかった。
……目元から、熱いものが溢れ出す。
「やあね。違うわよ、そんなんじゃあ」
「え……」
ヘイゼルが顔を上げた拍子に、ぽたぽたと涙が零れ落ちる。
慌てて頬を拭おうとする彼女の頭を、毒蛇の手が優しく撫でた。
少女をなだめるその顔は、困ったように微笑しながらも優しい。
「毒蛇……」
さっきはあれほど子供扱いするなと怒った行為も、今はそれが心地よく思える。
頭に触れる手の温もりを感じながら、ヘイゼルは毒蛇の次の言葉を待った。
「笑ったのは悪かったわ。でもね、それはあんまり意外だったから」
拷問にも慣れてるのにこんな事で泣かないの、と苦笑しながら涙を拭われる。
「いいじゃない?そういう可愛い所はアタシ嫌いじゃないわ。女の子らしくって」
「だ、だから、子供扱い――」
「してないわよ。『女の子』として、可愛いって思ったの。……今までで一番、魅力的に見えたわよ」
そっ、と毒蛇の腕がヘイゼルを包み込む。
突然の事に狼狽する彼女に構わず、毒蛇は言葉を続けた。
「ただ人殺しの道具として動くより、多少は人の心を持ってる子のほうがアタシは好きよ。それが仕事で有利かどうかは別だけどね。――でも」
ヘイゼルの頭を撫でながら、その顔を見つめる彼の表情は穏やかだ。
「仮に表面だけのものでも、アタシはアナタを恋人として愛してあげる事はできないわ。下手に情が移っちゃいそうな事は避けたいの」
「でも、抱く時だけなら」
「それでも癖になる事だってあるわ」
この世界では必要以上の優しさなど邪魔でしかない。
人を殺める以外の事を知らずに生きてきた少女が、恋というものの存在を知った。
人の感情を知るには、彼女にとってはそれだけで充分すぎる事なのだ。
「アナタは無垢で、純粋すぎるから。だからこれ以上の事はアタシは教えてあげられないのよ。アタシに課せられた任務は、アナタを一人前の女に仕立て上げるって事だけだから」
「…………」
毒蛇の言葉に、ヘイゼルは何も答えなかった。
いったいどこが純粋で無垢なのか。
こんな汚れた体のどこを見てそう思ったのかと聞きたかったが、ヘイゼルはまだ本当に『この世界』しか知らない事を自覚していた。
何度も体を汚されたといっても、男は毒蛇一人しか知らない。
気の狂うような拷問を実際に受けた経験もなければ、人を殺した事もない。
『外の世界』を知る毒蛇から見れば、彼女は殆どといっていいほど汚れのない人間なのだ。
――唇を噛み締めたまま押し黙るヘイゼルを、毒蛇はしばらく見つめていたのち。
「……だからね、ヘイゼル?」
「なっ……んん!?」
ヘイゼルが顔を上げた途端、毒蛇はその唇を奪っていた。
突然の事に思わず紅潮しながら口を押さえるヘイゼルに、彼は相変わらずの笑顔を見せる。
「気持ちいいだけのセックスなら、アタシはいくらだってしてあげるわよ。ご褒美としてね?」
「そ、そんなご褒美なんて」
怒ったように言い返すヘイゼルだが、その顔はどことなく赤い。
さっき泣いた時の名残かもしれないが、そんな彼女が堪らなく可愛いという風に毒蛇は口元を緩めていた。
「あら、ご褒美いらないの?残念ねえ、アタシ本気でやればかなり上手いんだけど」
「う……」
普段は無愛想で冷めた印象の彼女だが、やっぱり少女である事に変わりはないのだ。
口では強がってみせていても、無意識に素直な部分は隠しようがない。
「さっきはヘイゼルの希望通りのご褒美をしてあげられなかったから、今夜はアタシの部屋にいらっしゃい。別の訓練が入ってるなら、アタシが話を通しといてあげるから」
床に脱ぎ散らかした服を拾いながら言う毒蛇に、ヘイゼルはいまだ不満げに表情を曇らせている。
ただ気持ちいいだけのセックスなど、彼女にとっては不本意な行為だ。
その表情に気づいた毒蛇は、服を抱えたままベッドへ腰を下ろした。
「今夜の時間はアタシのご褒美よ。どう使おうとアナタの自由。別に部屋に来なくてもいいし、抱いて欲しければ抱いてあげる。――あと、お喋りなんかも悪くないわね」
「お喋り?」
その時、ヘイゼルの両手を毒蛇が力強く包み込んだ。
間近に迫った彼の瞳は、何かの期待に満ちたように輝いている。
思わず身を引くヘイゼルに、彼は畳み掛けるように言葉を続けた。
「さっきヘイゼルが言ってた恋愛小説!アタシも大好きなのよね〜!誰の趣味であんな本を置いたのかは知らないけど。他にあれの話で盛り上がれる相手もいなくて、アタシ寂しかったのよ」
「大好き……って。もしかして、アンタも」
彼女の問いに、毒蛇は嬉しそうに目を細め、何度も頷く。
「あの小説について、今夜は語り明かしましょうよ!で、どこまで読んだ?相手の男の元恋人が出てくる辺り?」
「……元恋人?」
「…………あ?」
「ちょっと、先をばらさないでよっ」
「ご、ごめん!わざとじゃないのよ、わざとじゃあ」
「まったく……。アンタって、本当に緊張感のない男ね」
沈んでいた気分もすっかりどこかへ消え失せてしまった。
目の前で頭を下げる青年にため息をつき、ヘイゼルはふと思う。
(――毒蛇は、私に元気がなかったからこんな事を言ってるの?)
彼の気持ちがまったく読めないのは、初めて出会った時から今も変わりはしない。
それでも、彼の冗談じみたふざけた態度こそが、本心から出る優しさなのではないかと思う事もあった。
ただその場をはぐらかせるだけの手段かもしれない。
しかし、毒蛇のそんな言動を不快だと感じた事は一度もなかった。
「……考えてても仕方がないわね」
「何か言った?ヘイゼル」
「今夜は話相手になってあげるって言ったの」
「ホント?」
ヘイゼルの言葉に「嬉しいわね」と微笑む毒蛇の表情はきっと本心からのものだろう。
自分だって子供っぽい所があるじゃない、とヘイゼルは内心つぶやく。

――明日になればまた訓練として、愛のない行為を彼と繰り返すのだ。
でもその過程で得られるものは、男を殺す技術だけではない。
少なくとも毒蛇と出会ってから、ヘイゼルの心の中には何か温かいものが生まれている気がした。
(そういえば……あの小説の主人公も、恋人との最初の出会いは最悪の形だったっけ)
ふと考え、ヘイゼルは慌てて首を振る。
主人公に共感しながら読むだけでなく、自分の環境と照らし合わせて考えるなんてどうかしている。
「ヘイゼル?一人で何やってるの?」
苦笑いしながらこちらを見つめている毒蛇に気づき、ヘイゼルはとっさに平静を装った。

あれはあくまで作り話の甘い夢物語だ。
しかし、恋愛という感情を知ったのも、その小説のおかげだという事に変わりはない。
明日からは堂々と続きを読もう。
もう毒蛇に隠す必要もなくなってしまったのだし。
そんな事を考えながら、ヘイゼルは一人、柔らかな笑みを浮かべていた。


おわり

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