ベクサー×リニア



 この身は鋼。
 知っていた、この恋は許されないものだと。
 この恋は始まった瞬間に終わりを告げていたのだ。
 だからせめて、あの人を守る銃になろうと決めた。
 側にいられるのならば、この身がどうなろうとも構わない。
 それがこの鋼の体に許された唯一の資格なのだから。


「ったく、派手にやりやがったな。とりあえずそこ座れ」
「無茶無謀無責任常習犯のマスターほどの無茶をした覚えはありませんが?」
「酸の泉に足突っ込んだ奴にゃあ言われたくねえ台詞だな、オイ」
「頼みもしないのに勝手に人を庇った挙句動けなくなる程無茶をした駄目人間より余程マシだと思いますが?」
「…馬鹿の頂上対決は俺の勝利とでも言いたいのか、おめぇはよ」
「人の忠告も聞かず突っ込んでったの、貴方でしょう」
「人が突っ込んでった所に何の躊躇いもないミサイルぶち込んだのどこの誰だ」
「勝手に突っ込んでいく方が悪いかと。私はてっきりどこぞの世界の歴史に出てきたらしい神風特攻隊の真似事をしてトドメを刺して欲しかったのだと思いましたが」
「…本気で解体するぞ」
 先程まで怪我で動けなかった人間の会話とは思えないほどにいつもの調子を取り戻したベクサーにリニアは表情にこそ出さなかったが安堵した。
 その怪我は自分を庇ったものだ。
 大したことはないと、顔で笑っていてもそれが重度な物であることは動かなくなった体が証明していた。
 手足れである彼が怪我を負うことなどほとんどないのだが、今回ばかりは相手が悪かった。
 白夜の女侍と機械兵士はその評判通り並の人間では太刀打ちできないほどの高い戦闘力を保持している。
 その上今回は治癒術に長けた天使まで側にいた。どちらも無傷で済むはずなどなかった。
 リニアがその怪我に気付いたのは目的を果たして南の村へと逃げ込んだ後だった。
 それまで普通に、いつもと変わらず自分と接していた彼。ここにくるまでにどれほどの痛みと苦痛を笑顔で抑えこんだのだろう。
 それが自分に心配をかけさせまいという彼の優しさだということは知っていた。
 けれどその優しさが逆に辛かった。
 ――下手をすれば死に至るかもしれない。
 そう考えたら体が勝手に動いていた。
 機械人形として許されない行為、マスターの命令に初めて背いた。
 どんなに許されなくとも、どんなに欠陥品と罵られようとも、あの人を失うのは耐えられなかった。
 そんなことにでもなれば自分は生きられないだろう。心が裂けてしまう。
 機械人形にあるはずのない心。感情。彼と出会ってから重大な欠陥ともいえるプログラムミスが発生してしまった。
 機械人形はマスターの命令に従い、尽くすことが義務であるはずなのにそれすらもできなくなった。
 義務ではなく自分の意志でマスターに尽くすことを喜びとして感じている自分。
 感情が芽生えてからというものリニアは普通の人以上にそれに振り回され、人以上に人に近い存在となっていた。
 ベクサーが誰か別の女に優しくすればそれに腹立たしさや苛立ちと切なさを感じ、彼が笑ってくれるだけで幸せな気持ちになれる。
 けれどこの想いを悟られるわけにはいかなかった。
 機械人形と人間の恋など、許されるはずがないのだから。
 だから憎まれ口を叩いて、精一杯強がってそれを隠した。
 せめて、彼を守る銃としてでも側にいたかったから。対等な立場で接して欲しかったから。
 ベクサーと離れることだけがリニアにとっての恐怖だった。
「…あッ…ん…ッ」
 ベクサーの無骨な手がリニアの脚に触れてくる。戻ってきて応急処置は済ませ、普通に歩けるようにはなったものの細かいメンテナンスはまだ必要であった。
 リニアのメンテナンスは全てベクサーが行っていた。
 自分が怪我をする度彼の手が自分の体に触れる。
 その度にリニアは甘い痺れと切なさを持て余す。
 感情というものからだろう。普段ならば何も感じないはずが、彼に触れられているという事実だけで体中に甘い快感が駆け抜けるのだ。
 それを悟られたくなくて、声を必死に押し殺す。
「ん…ふッ……」
 ベクサーの手がリニアの脚に触れる度リニアの口から殺しきれなかった甘い喘ぎが洩れた。
 体中が熱を持って、オーバーヒートで全てのプログラムが破壊されそうだった。
「よし、これで大体大丈夫だろ。もう無茶すんなよ、直す方だってなかなか手間なんだからよ」
「あ……」
 リニアの体の破損を全て直し終えたベクサーの手がリニアから離れる。
 それに名残惜しさを感じてしまうのはやはり感情が暴走しているせいだろうか。
 もっと触れてもらいたい。もっと触れたい。そんな欲求だけがリニアの心を切なくさせるのだ。
「ありがとう…ございます……」
 自分の中の薄汚い欲求を押し込めるようにリニアは声を抑えて言った。
「感謝すんならもう二度とこんな真似はすんな。俺のせいでお前がぶっ壊れちゃどうにもならんだろ。
今回の事だってアイツらが来てくれたから良かったものの、もしそうじゃなかったらどうなってたか…」
「それでも、貴方が苦しむよりずっといいです」
「リニア」
 今までいつも通り笑っていた彼の表情が険しくなる。どんなに軽く言ってはいてもその言葉はいつだって本気だ。
「どうして貴方は…いつも無茶ばかりするんですか。私は直せば直る。この体は機械だから。けれど貴方は違う。貴方は生身の人間。死ねばそれで終わりです。ただでさえこの世界は力尽きればそれで終わりだというのに…。それなのに私を庇うなんて馬鹿げてます。非効率的です」
「だからってそれがお前が無茶していい言い訳にはならんぞ」
「なら、どう言えばいいのですか? どうすれば貴方が私を庇うような真似をしなくて済むようになるのですか?」
 この男はどう言っても変わらないだろう。それが彼の性分で生き方なのだ。そんなことは知っていた。
 そしてそんな彼だからこそ自分がどうしようもなく惹かれことも。
 けれどベクサーがリニアを庇い傷つく度、リニアは自分の無力さや不甲斐無さに歯痒さを覚えるのだ。
 彼を守ると決めたのに、結局彼に守られているのは自分だ。彼の役に立ちたいのにいつだって自分は足手纏いだ。
 彼が未だに転生をしないでいるのはもしかしたら自分のせいかもしれない。
 自分の存在が彼を苦しめているのかもしれない。
 不安でたまらなかった。彼にとって自分は必要な存在なのかどうか。けれど、そんなことは絶対に口にできなかった。
 彼に呆れられるのが怖かったから。面倒な女だと思われたくなかったから。
「く、やしい…」
「お、おいリニア…」
 知らない間にリニアの目からは涙が零れていた。
 普通の機械人形ならば知ることのないはずのそれを教えたのも彼だ。
 笑うことも、泣くことも、怒ることも、全てが彼の側で学んだことだ。
「私…貴方を守りたいのに…何もできない! いつもいつもいつも守られてばかりで…。貴方の傷を増やすばかりで…。 貴方は私のせいで傷ついていく…。少しでも貴方の力になりたいと思っているのにどうして…!」
「おい、リニア、泣くな」
 プログラムは完全に壊れてしまった。
 これから赴くのが死地ともいえる敵の本拠地であるということもあっただろう。
 リニアは今まで隠してきた本音を抑える術を持たなかった。
 今までの歯痒さ、切なさ、そんなものが止まらなくなっていた。
「私は壊れたって構わない! けれど貴方を失うのは耐えられない…! 貴方を失ったら…私は一体どうすればいいんですか…!? 生きて…いけるはずなんてない…。貴方のいない世界で私は生きていけるはずなんてないのに…!」
「リニア!」
「んッ…!」
 リニアの次の言葉はベクサーの唇に消された。
 信じられなかった。あんなにも触れたくて仕方なかった彼が自分から触れてくるなんて。
 驚きと幸福、その全てがプログラムを書き換えていくような気がした。
「悪ぃな、女黙らす方法はこれしか思いつかなかったからよ」
 唇を開放された今でも体中が火照る。自分は機械だというのにまるで心臓が壊れてしまったかのように感じた。
 顔さえも熱を持って火照る様な、感覚。こんなのは知らない。今まで知らなかった。
「貴方やっぱりとんでもないロクデナシですね。普通の女相手ならはっ倒されてもおかしくないですよ。人間のクズです」
「悪いが不器用なもんでよ。こんなろくでもねえ方法しか知らねえんだわ」
「これで相手が貴方じゃなかったら撃ち殺してました」
「ちなみにこの技は惚れた相手のみ有効なんだが」
「―…え?」
 リニアはベクサーの予想外の言葉に二の句が告げなくなった。その目は驚きに見開かれる。
「新手の嫌がらせならやめて下さい」
「うわ、それ結構傷つくぞ。そんな物凄い勢いで折角の愛の告白否定されたら。あのケツの青いガキなら泣いてもおかしくないぞ」
「愛の告白って…嘘……」
「お前、この俺が惚れてもいねえ女連れ回すとでも思ったか?」
「あ、貴方おかしいです。私は機械人形なのに…」
「機械だとか人間だとか、この世界じゃ些細な問題じゃねえか。第一俺がそんな細かいこと気にするとでも思ったか?」
「結構重大な問題だと思いますが。アレですか、つまり貴方は突っ込めれば相手が熊だろうが魔物だろうが構わないと。
本当にケダモノですね。まさに男はケダモノ」
「誰がそこまで話題を大きくしろっつったよ。俺がお前を好きでお前が俺を好きだってことだけで十分じゃねえか」
「だってそんなことありえません」
「思いっきり否定すんのな、お前」
「ありえないからそう言ってるんです」
「そんなに俺が嫌いか?」
「そんなわけないでしょう! 私が貴方のこと嫌いなわけ…ッ!?」
 つい言ってしまった本音にリニアはハッと我に返り、顔を火照らせたままそのまま背を向けた。
 そんなリニアをベクサーは後から抱きしめる。
「悪ぃが俺は惚れた女が泣いてるのに放っておけるような男じゃないんでね。けど、お前が嫌だっつんなら今のこと、全部忘れろ。俺も全部なかったことにする」
 忘れる。今の言葉が全部嘘になる。そう考えただけでリニアの胸が締め付けられた。
 こんな幸福を手放すことなどできはしない。たとえそれが許されないことであっても。
「言えよ、リニア。お前の本音をよ。全部受け止めてやっから」
「私…」
 リニアの言葉が詰まる。生まれるのは機械人形としての使命感との葛藤。そしてこの人の未来を潰してしまうのではないかという不安。
 それでも、選べる答えは一つだ。
「好き…貴方のことが好きです、マスター……」
 リニアの顔が真っ赤に染まる。それを見届けた後ベクサーはもう一度リニアに口付けた。
「ん……ふあ…マス、タ…んんッ!」
 先ほどの触れるだけのものとは違い、ベクサーの舌がリニアの舌に絡められる。
 そのまま口付けをしたままゆっくりとベッドに押し倒された。
「マスター…」
「悪ぃが俺はアイツほど純情じゃねえから止めるなら今だぞ? どうする?」
 その意味は聞かなくとも分かった。ベッドに押し倒されたままリニアはベクサーを見据えて言う。
「今止めたら撃ち殺します」
「そうこなくちゃ、な」
 その言葉を合図にベクサーは自分の上着を脱ぎ捨てた。
 それを見ながらリニアも自分の服を脱ぎ始める。
 自分の体を熟知しているベクサーならばその機械人形独特の服の脱がし方も当然知っているだろう。
 それでも自分で望んだことである以上受身のままでいるのは嫌だった。
 対等でいたかったから、リニアは羞恥に耐え全ての衣服を剥ぎ取る。
「あの、ベクサー様……」
「ん?」
「私の体…おかしくはないでしょうか? こういう用途も想定されて設計されていますが…やっぱり普通の生身の女性とは違いますので…」
 リニアの体は一見生身の人間とほとんど変わらない。それでもやはりその体は機械である以上人ではないのだ。
 リニアはそれを気にしていた。
「おう、ハッキリ言うぞ? いいか?」
「はい…」
 機械の女を好き好んで抱く男はいないだろう。リニアは次の言葉を覚悟した。
「うん、エロいな。すげーエロいぞ、お前」
「はい…?」
 ベクサーの予想外の言葉にリニアは思いっきり拍子抜けした。
 そんなリニアの間の抜けた表情を見ながらベクサーはいたって真面目な表情で言葉を続ける。
「だから目茶苦茶興奮するって言ってんだろうが。少しは喜べよ」
「貴方、やっぱり頭沸いてますね」
「む、人が折角正直に感想述べてんのにお前はなんつーこと言うんだ。今のは猛烈に傷つくぞ。言葉のナイフだ。いじめかっこ悪い」
「貴方がおかしなこと言うからです。せめて「綺麗だね…」とか「可愛いよ…」とか気のきいたこと言ったらどうですか」
「んじゃキレイダネ。カワイイヨ」
「棒読みなのに貴方が言うと強烈に気持ち悪いのは日頃の行いのせいですか。慣れないこと要求した私が馬鹿でしたか」
「お前、絶対ヒイヒイ言わす。覚悟しとけ」
「上等です。もし下手だったら地獄行きですから」
「言ってろ。天国見せてやるよ」
 そう言ってニヤリと不敵にベクサーは笑った。対して、言葉では強がってはいてもリニアの表情には不安が滲んでいた。
 恐らくベクサーはこういったことに手馴れているだろう。けれどリニアにはこういった行為の経験は今まで一度もなかった。
 マスターへの奉仕活動の一つとしてこの行為に関するプログラムと知識は持ち合わせている。
 それでも彼に失望されたくはないという思いと、初めてを愛する彼へ捧げることが出来たという悦び。
 そのどちらもと初めての性交への恐怖が混ざり合って不安となってリニアの心を支配する。
「リニア」
 優しく名前を呼ばれる。
「酷くはしねえから、俺を信じろ」
「はい…」
 こんな時まで、彼は優しかった。
 初めて出逢った時から自分はどれほど彼に優しくされてきただろう。
 機械人形でしかない自分を当然のように一人の女として扱ってくれて、優しくしてくれて、側においてくれた人。
 その強さで何度も自分を救ってくれた。体を張って守ってくれた。
 そんな彼に惹かれて釣り合う様になりたいと思った瞬間に心が生まれた。彼と対等な存在になりたいと、叶わぬ願いを持った。
 感情が生まれてから辛いことは何度もあった。
 けれど、今こうして機械人形とマスターという関係を超えて体を、想いを、繋げられる幸福を噛み締められる事は他の何にも変えられない。
「あッ、マス、ター…ッ!」
「本当に人間と変わんねえんだな」
 リニアの柔らかな乳房を丁寧に揉みながらベクサーはふとそんなことを漏らす。その一言はリニアを酷く安堵させた。
「あ、あ、ふあ…ッ!」
 生身の女性と同じように敏感な場所を触られると快感が走るようプログラムされているのは、こういった行為を求められた時マスターとなる相手を悦ばせるためだろう。
 けれど、そんなプログラムだけじゃこんな愛しさは生まれないはずだ。
「気持ちいいか、リニア?」
「…いいです…凄く。とても気持ちが良くて…私……」
 愛しさが溢れすぎてもう憎まれ口を叩く余裕すらなかった。
 リニアの体は、本当に生身の女性と変わらないくらい精巧に作られていた。
 元々、彼女は戦闘用ではなく秘書用として作られていたのだ。マスターであるベクサーの影響で戦闘ロボとしても優秀であったとしても。
 マスターのあらゆる要求に答えられるよう、その機体やプログラムにも細心の注意が配られている。
 そうして、当然このような要求にも答えられるような設計とプログラムも装備していた。
「んう、ふ…」
 ベクサーの大きな手がリニアの乳房を包み込んでは揉む度、柔らかく弾力のある感触がベクサーを興奮させた。
 リニアの体は本当に生身の女性のような反応を示す。
「あ、ダ、ダメ…ふああッ!」
 桜色の突起を口の中に含んで舌先で刺激してやればそれは徐々に硬くなり、快感に体が震えていた。
 硬くなった乳首を甘噛みしてやれば、リニアは高い声を出してビクンと体を大きく反らせる。
「マ、マスター…」
 リニアが腕を伸ばし、またベクサーにちゅっと触れるだけのキスをしてくる。
 長い間ずっとベクサーを想い続けてきた彼女にとって、今彼に特別な存在として触れられるだけで嬉しくてたまらないのだろう。
 そんなリニアの様子は普段の憎まれ口ばかりを叩く過激な戦闘マシンとのギャップもあり、酷く可愛らしく見えた。
「こっちも、いいか…?」
「はい…」
 ベクサーの手がリニアの下半身へと伸びる。リニアのそこも生身の女性と同じように作られていた。
「ん…ッ!」
 ベクサーの太い指がリニアの中に入り込む。初めて受け入れる異物の感覚に、傷みこそないもののリニアの体が緊張で強張った。
「マジで濡れるんだな…」
 正確にはそれは普通の女性の愛液ではない。挿入の滑りを良くする為のそれに似せた液体であるし、それは機械人形が興奮しなくとも、このような状況になれば強制的に排出されるものであった。
 それでもリニアには自分の感情の高ぶりによって溢れ出した様にしか思えなかった。
 ベクサーが触れる度自分の体は歓喜で震え、さらに先をと急かすのだ。
「んく…ッ!」
「平気か? 痛かったり苦しかったりしねえか?」
「平気、です…。痛かったらとりあえず撃っときます」
「お前、こんな時まで物騒なこと言うなって」
 自分を気遣ってくれる彼の優しさが嬉しかった。
 彼の手も、声も、優しさも、全てを独占している。その事実だけでリニアの心は満たされた。
「そろそろ、いいか…?」
「やるならとっととして下さい」
「もうちょっと可愛げある言い方しようぜ、こんな時くらい」
「オネガイ、モウイレテ?」
「…最悪」
「さっきの仕返しです」
「すみません、俺が悪かったです」
 はあ、と溜息を吐くベクサーの首筋にリニアの腕が回される。
 その表情は先程までと違って、快感に溺れる女のものだ。
「ベクサー…もう本当に私……」
 その逞しい体をぎゅっと抱き寄せる。
「私…貴方が、欲しい……」
 それは他でもなく彼女の本音であっただろう。切なく震えるその声音がそれを証明していた。
「んじゃ、いくぞ、力抜けよ」
「覚悟はできてます。地獄に行くなら貴方も道連れです」
 ベクサーがリニアの脚を持ち上げ、入り口に自身を宛がう。そのまま一気に腰を進めた。
「うあ…ッ!」
「く…きついな、こりゃあ」
 リニアの中は酷くきつかった。少し挿れただけでもベクサーをキュウキュウと締め付けてくる。
「リニア、平気か?」
「平、気です…。私の…ことは構わず進めて…下さ…っく!」
 元々こういう用途も考えて作られている為痛みはない。けれど初めて受け入れる男根の異物感だけはどうしようもなかった。
「く、ん…ふ…あ、あ…」
 ベクサーのものがどんどん奥へと侵入してくる。
 異物感や圧迫感はあっても、彼と一つに繋がっているという事実がリニアを高めていく。
「全部、入ったな…」
「マ、マスターのが全部私に…」
 初めて受け入れる異物に肩で荒く息をしながらリニアは結合部を見る。
 機械人形でありながら、義務ではなく純粋な想いで結ばれたこと。まるで奇跡みたいな話だ。それが嬉しくて涙が浮く。
「お、おい、やっぱ痛かったか…?」
 けれど彼はその涙の意味を勘違いしたらしく、心配そうに問うてきた。
「違います。ご心配には及びません。ただ…嬉しくて……」
「リニア」
 名前を呼ばれる。今まで一番優しい声音で。
「今、幸せか?」
 この人はこんな時にどうしてこんなことを言うのだろう。もう駄目だ。止められない。
「はい…私は世界一罪深く、そして世界中で一番幸せな機械人形です」
 涙が止まらない。
 こんなに幸せな機械人形はきっと自分しかいないだろう。
 人間のマスターに恋をして、そうして結ばれるなど。
「お前、ちょっと自慢していいぞ。この俺がやってる真っ最中にこんな気遣ってやんのなんてお前だけだぞ。こんな手間かかってまで抱きてえと思うのはお前が最初で最後だろうよ」
 髪を撫でるその手すらも愛しい。何度も唇を重ねて、心臓の音すら聞こえそうな距離で微笑み合う。
「あ、あん、ふああッ!」
 ベクサーが腰を動かしだすと、リニアの口から甘い声が漏れた。
 性交において快楽を感じるのもプログラムの一つだ。別にそこに愛がなくとも快感だけは存在するのだ。
 けれど、心が伴って入ればそれは何十倍にもなる。
 ベクサーがリニアの奥を突く度、リニアの口から甘い悲鳴が洩れる。
 何度も繰り返される挿入に、分泌される液体がグチュグチュと卑猥な音を立てた。
「あ、あッ、ああッ、べ、ベク、サ…ん、あぁんッ!」
 ベクサーが奥を突く度、リニアの中は埋め込まれた男根をきつく締め付け、ねっとりと絡みついては更なる快感を引き出した。
「ひあッ、ベクサ…そこは…ああぁあんッ!」
 リニアが快感に溺れているのを確かめながらベクサーはリニアの女の花芯に似せた部分を刺激する。
 花芯を刺激する度それに合わせてリニアの背が大きく仰け反り、中がさらにきゅうきゅうと締まった。
「すげえ感じようだな。敏感なんだな」
「それは…貴方が相手だから…ひんッ、くぅんッ!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
 繋がった箇所は溢れ出る液でもうぐしょぐしょで、体はオーバーヒートで回路の繋がりで全て切れてしまっていくような気がした。
 ベクサーが揺れるリニアの胸を鷲掴みにし、尖った乳首を刺激してやればリニアの口からは悲鳴にも泣き声にも近い喘ぎが上がった。
「ベクサ…私、壊れちゃ…ふ、あぁあん! あッ、もう…ッ!」
「壊れても責任とってやるから安心しろよ、っと」
「あ、あん、ああッ!」
 そろそろ限界が近いのか、今までリニアの体を気遣って一定のペースだったベクサーの腰の動きが激しいものとなる。
 繋がった場所が激しく擦れ合い、多量に分泌され混ざり合った液が引き抜く度隙間から零れ出る。
 何度も何度も激しく奥を突かれると、リニアはついに限界を迎えた。
「あ、あああぁぁんッ!」
「く…ッ!」
 バチバチバチっと頭の中で火花が散る。それと同時に今まで知らなかった強烈な快感。
 中で熱い迸りを感じるとそれはさらに助長される。
 リニアの狭い中がベクサーの放出したもので満たされていく。
「あ、あふ…ベクサー……」
 ずるりと中に埋め込まれたものが引き抜かれると、入り口からベクサーが中で出したものがドロリと溢れ出る。
「平気か、リニア…? 中で出しちまったが」
「大丈夫、です…。私の体は元々性交にも対応できるように作られていますから…。でも…」
「でも?」
 リニアが真っ赤に染まった顔を両手で覆って隠す。そして、消え入りそうなほど小さな声で言った。
「気持ち良すぎて…幸せすぎて……どうしたらいいか、分からない…」
「なら、笑っとけ」
 リニアの両手を退かして、もう一度口づけるとベクサーはニヤリと笑ってリニアを見た。
「女の笑顔ってのは命懸けて守るほどの価値があるからな。だから笑っとけ」
「それを私に要求するのは無謀です」
「幸せな時くらい素直になれ。愛しいマスターの命令には素直に従うもんだぜ?」
「貴方の命令に全て従っていたら私は何度死ぬか分かったもんじゃありません」
「お前は殺しても死なねえから安心しろ。俺が守るしな」
「接近戦しか脳のない馬鹿ファイターが言っても説得力に欠けますが?」
「だからお前がサポートすんだろうがよ。俺はお前に背中預けてんだからしっかり守ってくれねえと困るぞ」
 彼が自分を守ってくれるならせめて自分は彼の背中を守ろう。彼の信頼を裏切らないように。
「でも貴方もそう簡単に死にそうにないですし。しぶとさだけはゴキブリ並。そういえば黒光りする辺りが似てるような…」
「その例えは繊細で純情な俺の硝子細工のようなハートが傷つくから止めてくれ」
「機械人形以上に鋼鉄な心臓持った貴方が何言ってるんですか」
「お前ほど太い神経してねえよ、俺は」
「でも、そんなしぶとい貴方だからこそ私も安心してミサイルぶち込めるんですけどね。貴方、射程に入ってても器用に避けるし」
「ま、俺は何でもできる天才だから」
「天才なら勝手に傷作るような真似しないで下さい」
「いや、それはそれ。どうしてもどうにもなんない場合とかあるじゃないですか、奥さん」
「…その、どうにもならない場合はもっと私に頼ってください。貴方は何でも独りで背負い込みすぎる。ハッキリ言ってムカツキます」
「しゃーねーべ。これが俺の性分なんだからよ。分かれ」
「分かりません。了承も出来ません。だから私は私で勝手に貴方を守るだけです」
 そう言ってリニアは笑った。花みたいに。
「貴方は私が守るから死にません。そして私は貴方が守るから生き続けます。これからもずっと、側で…」
「…だな。やっぱ俺にはここでのお前との生活が一番合ってるわ」
 ベクサーはわしゃわしゃとリニアの髪を撫でるとそのままゴロリとベッドの上に横になった。
「もうちっと続けたい所だが病み上がりなんで大人しく寝るとするさ。無理すると今度は本気でお前に殺されかねんしな。次行くのはあの転生の塔だ。お前もちゃんと休んどけ」
「そのことは理解しています。あそこがどれほど危険な場所かということも」
「いつまでもアイツらにばっか任せてらんねえからな。ガキにばっかり任せてちゃあ大人の面子が立たねえからよ。…さて、アイツラは最後にどんな答えを出すかね。俺たちと同じ道を選ぶか…それとも……」
「たとえ同じ選択をしても貴方みたいなロクデナシにはならないと思いますが」


何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えようによれば、思い当たることが全然ないでもない。
人間であったとき、己は努めて人との交わりを避けた。
人々は己を倨傲だ、尊大だといった。
実は、それがほとんど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。
もちろん、かつての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心がなかったとは言わない。
しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。
己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師についたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。
かといって、また、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。
ともに、わが臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。
己の珠に非ざることを惧れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己の球なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった。
己はしだいに世と離れ、人と遠ざかり、
憤悶と慙恚とによってますます己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。
人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だという。
己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。
これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外径をかくのごとく、内心にふさわしいものに変えてしまったのだ。
今思えば、まったく、己は、己の有っていた僅かばかりの才能を空費してしまったわけだ。
人生は何事を為さぬにはあまりに長いが、何事かを為すにはあまりに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己のすべてだったのだ。
己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者がいくらでもいるのだ。
虎と成り果てた今、己はもはや人間としての生活はできない。
たとえ、今、己が頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。
まして、己の頭の中は日ごとに虎に近づいていく。どうすればいいのだ。己の空費された過去は?
己は堪らなくなる。そういうとき、己は、向こうの山の頂の巌に上り、空谷に向かって咆ええた。
誰かにこの苦しみが分ってもらないかと。
しかし、獣どもは己の声を聞いて、ただ、懼れ、ひれ伏すばかり。
山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮けっているとしか考えない。
天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。
ちょうど、人間だったころ、己の傷つきやすい内心を誰も理解してくれなかったように。
己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。


「ははっ、たしかにアイツら真面目そうだから一生お笑いコンビとして頑張ってくかもな」
 そこまで言うとベクサーはゴロリとリニアに背を向け、寝入ってしまった。
 彼がここまで無防備な姿を晒すのは自分の前だけであろう。
 これまでの経験からなのか、彼は寝入っていてもその神経は常に研ぎ澄まされている。
 けれど、こうして自分が側にいるときだけは全てを自分に預けてくれている。
 それが嬉しかった。
「貴方のことは…私が守りますから、マスター」
 寝顔にキスを落とし、リニアはもう一度微笑んだ。


「ベクサー、リニア! 久しぶり!」
「おう、ちょっと近くまで来たからよ。暫く会ってなかったからどうしてるかと思って」
「お前達は相変わらずやっているのか?」
「相変わらず二人とも間抜け面ですね。この馬鹿なマスターも相変わらず住所不定無職。フリーター、ニートのまま進歩がありませんが」
「ははっ、流石に白夜の連中に追っかけ回されることはなくなったけどな。お前らと違って白夜の連中とはたまに道行く町で顔合わせんだが、相変わらず口うるさい奴等だぜ。まあ、あの犬っころや侍の姉ちゃんはからかい甲斐があって飽きねえけどな」
「はあ…」
 このフラフラと生きている二人にとって生真面目を絵に描いたようなオーレルやユヅキは恰好のターゲットということらしい。
 今ここにはいない友人をレオンとエイナは不憫に思った。
「しかしまあ、お前らが導き手とはねえ。世も末だね、全く」
「ひどーい! 私とレオンだって、キサナ様の意志を継ぐため、頑張ってるんだよ!」
「キサナの意志、か…」
 戦いは終わった。多くの爪痕を残して。
 失ったものがあった。もう戻らないものがあった。
 それを忘れずに継いでいくことが残された者にできる唯一のことだろう。
「まあ、頑張れや。お前らならきっとアイツの意志を継げるぜ」
「私は転生の際、導き手のバカップルに目の前でイチャイチャされたらぶっ殺したくなると思いますが」
「ま、まあ俺たちは二人でようやく一人前だから…」
 リニアの厳しい指摘にレオンが居心地悪そうに視線を反らす。
「それよりベクサー、少し手合わせしてくれないか?」
「あーん、お前命知らずだな。この前は時間稼ぎで遊んでやる程度だったが俺が本気出したらお前、泣かされるぞ?」
「そんなの、やってみなきゃ分からないさ。こっちだって日々ノヴァやファイファーに鍛えられるんだからな」
「じゃあ、いっちょやるか。本気でこねえと死ぬぞ?」
「そっちこそ」
 やれやれといった感じでベクサーは得物を取り出し、レオンと向かい合った。
「…男というのは相変わらず馬鹿な生き物ですね」
「ほーんと、いつまでも子供みたい」
 そんなことを言いながらリニアとエイナは二人の様子を見つめていた。
 以前ならばお互いに嫉妬もありもっと殺伐とした雰囲気だったのだが、今では言いたいことを言い合える良き関係となっていた。
「…で、どこまで進んだんですか、貴方達」
「な…ッ!」
 リニアの淡々とした言葉にエイナの顔が真っ赤に染まった。
「そ、そんな…どこまでって……その、キス、とか……」
「今更カマトトぶってんじゃねえ」
「うるさい」
 リニアの言葉にエイナの顔がむーとむくれる。
「だ、だってレオンって何か奥手っていうか慣れてないせいか肝心な時しっかりしてないっていうか…。いい雰囲気になってもうっかりファイファーやノヴァがいたりするし」
「あのムッツリスケベに何かを期待する方が間違いでしたね。ムッツリなだけじゃなくて甲斐性なしのへたれですか」
「レ、レオンだって頑張ってるんだよ…」
 一生懸命愛する男を擁護してみるが、何だか空しい。彼は真面目だし誠実だし熱いけど、反面勢いがないとどうにも奥手なのだ。
 そんな一面もエイナは好きなのだがやはり女慣れしたベクサーに比べて甲斐性なしと言われて否定は出来ない。
「…負け犬」
「…!」
 くすりと笑って言い放たれたリニアの一言。それにエイナの頭に血が上った。
「レオン!」
「な…エイナ!?」
「おわッ、ちょ、お前、余所見すんな!」
「は…? って、のわッ!?」
 エイナの呼びかけに反応してしまったレオンの首筋をベクサーの一撃が掠る。
 細く赤い線が首筋に走った。
「お前馬鹿か、戦いの最中に隙見せてんじゃねえ! うっかり本気で殺しちまう所だったじゃねえか!」
「か、間髪で避けたんだからいいだろ…」
「俺が言わなきゃ死んでただろうが」
「う……」
「レオン、そんなことはどうでもいいからちょっと来て」
「ど、どうでもいいって…」
 お前のせいで死にかけたんだぞ、何てことはとてもじゃないが言えそうもなかった。
 エイナが燃えている。何故かは分からなかったけれど。
 普段女の子らしくて可愛い彼女が熱くなるとこんなにも凄みを増すのか。
「いいから黙って来て」
「エ、エイナ…」
「おい、死んでも恨んで出てくるなよ?」
「ちゃんと弔いはしますから」
「人を勝手に殺すなー!」
 エイナに引きずられるように寝室に連れ込まれたレオンがその後どうなったのかは分からない。
 そんなレオンを哀れむように見届けた後、ベクサーとリニアはその場を後にした。
「何つーか、アイツらも相変わらずだったなぁ。俺らも同じだが」
「けれど、転生をしなかったのは意外でしたね」
「ま、アイツらならキサナの意志をちゃんと継いでいけるだろうさ。キサナが未来を託した奴等なんだからな」
 キサナ。その名前が出る度胸が少し痛む。
 この戦いで失った一番大きなもの。それが彼女だ。
 彼らにとっても、そして自分や彼にとっても大きな存在だった彼女。
 まるで全てのものの母のようで、そしてとても弱くて美しかった女性。
 彼女が自分達に与えた影響は計り知れない。彼女は自分達にとって唯一の特別な存在だった。
 ベクサーが彼女に優しくして嫉妬したこともあった。けれどどうしても嫌いになれなかった。
 そしてベクサーにとっても彼女は特別な存在であったことだろう。それが恋愛感情とは全く別の感情だったとしても。
「おい、見てるか、キサナ。アイツら、ちゃんと頑張ってるぜ」
 空に向かって伸ばされる手。その先に彼女はいないだろう。
 この地で力尽きるということは大地へと帰り、生まれ変わりを許されないということなのだ。
「俺はアンタの守ったここでこれからも生きていくぜ」
 彼はきっと彼女との約束を果たせなかったことを一生悔いていくだろう。
 決して言葉や顔には出さないけれど、彼はそういう男だ。
 彼女を守れなかったこと。約束を果たせなかったこと。最期を看取ってやれなかったこと。
 そして彼女の弱さに気付けなかったこと。
 彼は一生その傷を抱いてこの閉鎖された輪廻の輪から外れたこの地で生きていくのだろう。
 繰り返しのこの世界で、彼女の守った幾つもの想いを見守り、受け止め、生き続ける。
 ならば自分は彼の弱さを支えられるような存在でありたい。その傷を癒せるように。
「ベクサー様…」
「行くぞ、リニア」
「はい」
 手を取り合って前へ。
 生きていく、この世界で。
 彼女が愛したこの美しい地で、二人でいつまでも。


おわり

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