カレーの日



Hinweiss:Gelbe-schlafanzug

Describe it as it is.


 ランプの頼りない灯が、工房に影絵を揺らめかせていた。
 エッジの向かう作業台には砥石と、既に手入れを終えた武器の数々が並んでいた。今手にしている剣を砥ぎ上げれば、今日の分は終わり。そう決めていた。
「……あと一本」
 エッジは呟く声に含まれる眠気を隠そうともしない。彼の護衛獣であるアーノはだいぶ前にダウンして、今は寝床で静かに眠っている。
 いぎたなく眠るアーノを羨ましそうに一瞥してから、エッジは最後の剣を研ぎ始めた。

 しばらく経って、刃の零れがだんだん小さくなり始めた頃だった。
「エッジ?」
 工房に小さく響いたその声にエッジは振り向くと、そこにはタタンが立っていた。リンリのお下がりの黄色いパジャマに身を包んで、家の一階から工房へ続く階段の中ほどに立ってこちらを見ていた。
「まだ起きてたの?」
「それこっちの台詞よ。お風呂から出たら、まだ灯り点いてるんだもん」
 そして、タタンは工房の中を横切って作業台の傍までやって来た。
「まだ寝ないの?」
「んー。……これ終えたら」
 そう言ってエッジは手にした剣を指し示す。砥ぎ汁で濡れた剣は、ランプの灯りを受けて光って見えた。
「タタンは?」
「別に。見に来ただけ」
 微妙に言葉を濁すタタンにいつもと違う感じを覚えながら、エッジは再び作業台に向き直った。剣の刃をそっと指でなぞる。微細な零れがまだ残っているのを確認してから、再び砥石でしゃりしゃりと削り始めた。
 刃を研いでいる最中、ずっと背中にタタンの視線を感じた。
 タタンはエッジの一つ下で、そうは見えない程に小柄で、親方の娘で、家の家事全般を取り仕切っている。好きなことは料理と創作料理の発明。見た目はおいしそうでも味がひどくて、全然改善される気配はない。
 それくらい知ってて当然だ、とエッジは誰にでもなく思う。
 ずっと一緒に暮らしてるんだから。
 ちなみに最近はカレーに凝っているようで、最初にそれを食べたエッジは意外なほどのおいしさに驚きを禁じえなかった。後にそのおいしさの秘密は愛情だと、タタンはこっそり教えてくれた。自分のカレーは愛情を込めて作っているからおいしいのだ、という意味らしい。 
 ただ、その愛情なるものが家族として自分に向けられたものなのか、そうでないのかまでは分からなかった。後者であればいいなと、エッジはなんとなく思う。
 
 作業台から目を離して、タタンを振り返った。
 途端に目が合って、タタンはずっと見ていた事を知られた気恥ずかしさから目を逸らした。その顔が心なしか赤いのを見て、エッジも恥ずかしくなった。
 それが良くなかったのかもしれない。
 次の瞬間、砥石の上の剣を抑えていた左手が滑って、中指に疾るような痛みを感じた。
「い」
 咄嗟に左手を引っ込めて、中指を右手で抑えた。
「どうしたの?」
 タタンが怪訝そうに声を掛けた。先程俯いて赤くしていた顔は、どこか不安そうな表情になっていた。
「ケガしたの?」
「いや、だいじょうぶ」
「見せて」
 エッジは戸惑った。どうせたいした怪我ではないのだから、わざわざ騒ぐこともない――それ以上に、傷口を見たタタンが狼狽する様を想像すると、見せるのは躊躇われた。
「いいから見せて」
 タタンが無理矢理に左手を掴んだ。掌を上に向けられると、中指の中ほどに浅い切り傷ができていた。傷口に沿って緋色が滲み、溢れた血が珠のように膨れ上がっている。
「あ……」
 案の定、血を見たタタンは驚いて固まった。
「だ、大丈夫だって。あんまり痛くないし」
「……そう?」
「そう!」
 それよりも、エッジとしては自分の左手を掴むタタンの手の方が気になった。自分の手よりも小さくて細くて滑らかな温かい手。ただそれだけで、エッジの胸がひどく高鳴った。
 それはタタンも同じだったのだろう。
「…………」
 手を掴んだまましばらく経って、いきなりタタンは押し黙った。再び顔が紅潮しはじめる。しかしエッジの左手を離す事はなく、中指には血の筋がゆっくりと伝っていた。
「……手、大丈夫だから」
 喉から搾り出すようにそう言ったものの、タタンは手を離そうとしなかった。顔を俯かせて身動きもしない中、手だけがエッジの左手を撫でるように動いている。
 そして突然――ゆっくりとした動きではあったが、タタンはエッジの中指を口に含んだ。
「わ……ちょっと、タタン!?」
 エッジは驚いたように声を上げたが、タタンは意に介さなかった。口の中で指に舌を当てて、傷口から出る血を舐め取ってゆく。
 温かい舌が傷口を這う度に微かな痛みが疾ったが、エッジは既にそんな事を意識してさえいない。
 傷口を洗うためだけに舐めるという行為が、それ以外の意味を伴って行われている事は明白だった。
 ――そうでないのなら、どうしてタタンは頬を赤くしているのか。なぜ自分はこんなにも緊張しているのか。
 タタンは傷口のある部位よりも、もっと深く指を咥えていた。
 唇の柔らかい感触と、舌の温かく湿ったえも言われぬ感触が、エッジの背筋を這い上がる。
「……っ!」
 タタンの口の中で、指がぴくりと震えた。タタンが指から口を離して、上目遣いに見上げながら訊ねる。
「……しみた?」
 その声がやけに遠く聞こえた。
 エッジはタタンの目を見つめ返す。その瞳の奥で揺らいでいるのは、エッジが抱いているのと同じ感情の色。唾液に濡れた中指に触れるタタンの息。
 彼女の着ているパジャマがリンリのお下がりで、その小柄な身体を包むには少し大きめで、襟元から色々と見えそうになるのは誰の責任でもない。
 誰かの喉がごくりと鳴る音が聞こえた。自分だった。

 抱き締めたタタンの肩は、想像以上に小さかった。エッジはまるで自身の心臓の鼓動を聞かせるようにタタンの頭を胸に抱いて、その髪に顔を埋めた。ビスケットのような甘い香りを吸い込んで、エッジは言った。
「こういう風にされるの……嫌?」
 服の布地越しに、タタンのじわりとした熱い吐息が感じられる。そしてその頭が微かに、本当に微かに横に振られる。
 エッジはタタンの髪を手で梳くようにして、うなじのあたりへ滑り降ろした。
 そこから首を半周するように撫でて、顎を持ち上げてタタンの顔を上向かせた。
 そして、これだけは言っておかなければならない気がした。
「好きだよ」
 上気した頬と、熱っぽく潤んだ目がエッジを見る。
 やがてそれは閉じられた。
 お互いの前髪が触れる。自分も目を閉じる事で、エッジは全ての躊躇いを押し込める。
 そして唇が重る温かな感触。
 三秒ほどの間があって、二人は唇を離した。
「タタン……」
 腕の中のタタンの体からくたりと力が抜けるのが分かった。
 エッジはその身体をベッドの上に横たえると、覆い被さるように自らもベッドへ上がった。
「声……」
 タタンが呟いた。
「ん?」
「声……アーノに聞こえちゃうよ?」
 言われて、エッジはアーノが眠っている方へと目をやった。
 だが、エッジはこの無邪気な護衛獣が大した事では起きないのを知っている。
「……大丈夫だよ。大きな声出さなきゃ」
「ん……」
 タタンは納得行かないような声を上げたが、拒もうとはしなかった。
 不安と期待と好奇心のないまぜになった感情がぐるぐると渦を巻いているのが分かる。
 再び唇を重ねた。初めは軽く、次第に強く。
 その不思議な感覚にタタンの思考に霞が掛かってゆく――そして、それを閉じた唇に触れた舌の感触が呼び戻した。
「んぅ……」
 エッジは、唇の間をなぞるようにして舌を這わせた。
 そして薄く開いた唇から舌を差し入れると、口の中の温かみを確かめるように動かした。
 微かに血の味が残っていた。
「……ぁ」
 荒い息をつきながら唇を離したのもつかの間、エッジはタタンの首筋に顔を埋めると、そこに唇を押し付けた。
「っ!」
 タタンが小さく声を上げて、身体を強張らせた。
 エッジがそこを舐めたり軽く吸ったりする度に、くすぐったさに似た感覚がタタンの身体を走り抜けてゆく。
 首筋に口付けを落としながら、エッジは耳元でそっと囁いた。
「脱がせるよ」
 それまでタタンの身体を抱いていたエッジの手がパジャマの襟元に伸びた。震えを押し殺しながら、ボタンを上から不器用な手つきで外してゆく。
 そして全てのボタンを外すと、はだけた裾から手を差し入れた。
「や……」
 小さな膨らみを掌で覆った。速い呼吸とともに上下する胸を撫でるようにして愛撫しながら、エッジはタタンの細い鎖骨へ唇を滑らせる。
 薄い胸にそっと顔を近づけると、薄桃色に色付いたその先端に口付けた。
「あ……エッジ……」
 タタンが名前を呼ぶを聞きながら、エッジはまるで乳飲み子のようにそこに吸い付いた。
 頭上から聞こえる切なげな息遣いと、自分の頭をきつく抱く腕を感じながら。
「……っあ……う」
 エッジは右手をタタンの腹に伸ばした。そこを撫でて、そのさらに下をまさぐった。
 下着の上から目指すものを探り当てると、その脚がぴくりと動いてエッジの手を軽く締め付けた。
 薄布越しにそこを何度もなぞる。うっすらと湿った感触。
「エッジ……」
 その呼びかけにエッジが胸に埋めていた顔を上げると、タタンと目が合った。
 目尻から頬へと涙が伝っていて、エッジはそれを舌で舐め取った。
 そして三度タタンに口付けをすると、舌を絡め合わせながら指を動かした。
 指先が柔らかなそこを何度も撫でる。その度にタタンはキスの合間に甘い吐息を漏らして、それがエッジの頭をじんわりと痺れさせた。
 我慢できなくなって、エッジはタタンの下着を下げて指を忍ばせた。タタンが軽く身をよじる。
 指先を馴染ませるようにしながら、エッジは次第に深く指を突き入れてゆく。
「あ……やだ、っ」
 そこで初めてタタンは拒絶の言葉を口にした。
 だが、エッジは手を止めなかった。指先が締め付けられるのを感じながら、埋めた指先をゆっくりと動かす。
 痛みと快感の混ざった表情がタタンの顔をかすめた。
「やだ……やだぁっ」
 タタンの腕が縋るようにしてエッジの身体に回される。
 声を抑えようとして、抑えきれずに仔犬が鳴くような声が漏れる。
「――っっ!!」
 押し殺した小さな叫び声を上げるのと同時にタタンの身体が強張って、エッジは自分の指が強く締め付けられるのを感じた。
 不意に身体から力が抜けると、タタンは荒く息をしながらエッジを睨みつけた。
「……やだって言ったのに」
 そう言って、タタンはむくれた。
「……ごめん」
 エッジもそう答えて、そして付け加えるように、
「でも……可愛かったよ?」
 それを聞いたタタンは思わず目を逸らせた。これ以上まだ顔が熱くなるというのが信じられなかった。
 エッジにそう言われる事それ自体は嬉しかったが、とにかく恥ずかしくもあった。
 エッジは指をそっと引き抜いて、タタンの耳元に口を寄せると、小さくこう囁いた。
「……いい?」
 何を、と聞く必要もなかった。目を合わせるのも恥ずかしくて、タタンは顔を伏せたまま、小さく頷いた。
 
「……ほら、力抜いて」
 そう言って、エッジはタタンの脚を開かせた。さっきよりも露わになったそこへ自分の腰をあてがうと、お互いが触れるくちゃりとした感触に、背筋がぞくりと粟立った。
「いくよ……」
 静かに宣言してから、ゆっくりと進め始めた。
「っ……くっ!」
 ぐっと強い圧迫感があって、タタンの顔が痛みに歪んだ。それを見て躊躇わないように、エッジは目を閉じた。
「やぁ……っはぁ……っ……!!」
 しがみ付く手がいっそう強くエッジを抱き寄せる。エッジもタタンの身体を強く抱き締めると、そのまま最後まで腰を押し進めた。
「はぁ……ぅ……」
 タタンが大きく息を吐き出した。
 エッジはタタンを抱いたまま、その髪を神経質に何度も撫でて、そしてゆっくりと腰を動かし始めた。
 動くたび、タタンの声から苦痛の色が薄れてゆくのが分かった。すがるように差し出された手を握りながら、エッジは少しずつ動きを強めていく。
 声よりもベッドの軋みの音がアーノを起こさないかとそんなことを思ったが、次第に大きくなる甘い痺れが余計な思考を削ぎ落とした。
「タタン……タタンっ」
 タタンの名前を呼びながら、エッジは自分の中で何かがこみ上げてくるのを感じた。
 何かが外へ向けて膨れ上がるような感覚。息を詰めてそれを抑えながら、エッジは呻いた。
「ごめ……もう……っ!」
 そして、お互いの下腹部が擦れ合うほどに深く突き上げた。
 引き絞っていたものが一気に溢れ出すような感覚。
 それは何度も何度も繰り返されて、力の抜けたエッジはそのままタタンの上へ倒れこんだ。
 心地よい疲労感の中で、すぐ傍にタタンの温かさを感じながら、意識が溶け出していくのをぼんやりと感じていた。
 
 
648
名前:カレーの日[sage]
投稿日:2006/02/05(日)
02:20:11
ID:cX4CHMzW 「……ん?」
 エッジは眠りから醒めると、自分が裸で寝ていることに気付いて、そう声を漏らした。
 そして昨晩何があったかを思い出した途端に毛布を跳ね除けて、タタンの姿を探した。
 まだ明け方らしく、ランプの灯芯は巻き取られていて、薄暗い工房の中には自分とまだ眠っているアーノの姿だけがあった。
「……タタンー?」
 眠気の残った声で名前を呼んでみたが、もちろん返事はなかった。
 シーツの乱れたベッドから降りて、のろくさとした動きで脱ぎ散らかした衣服を身に着けると、どこか覚束ない足取りで歩き出した。
 工房から出る階段をふらふらと上がっていると、エッジの鼻は美味しそうな匂いを嗅ぎ取った。
 その匂いに誘われるように足を進めていくと、台所の焜炉の上の鍋に行き当たった。
 その前にはタタンが立っていた。普段と同じ服装で、鍋をかき回している。
「あ」
「あ……」
 同時にお互いの姿に気付いて、そして唐突に昨晩の事が思い出されたのだろう。
 互いに顔を赤くして顔を逸らして押し黙る。
 タタンはおたまで鍋の中身をかきまぜて、エッジは食卓の椅子を一脚引いてそこに腰掛けた。
 最初に沈黙に耐え切れなくなったのはエッジだった。
「あの……大丈夫……?」
「うん。……まだちょっと痛いけど」
 その言葉の最後がひどく堪えた。少しだけ罪悪感の篭もった声で、
「……ごめん」
「あやまることないでしょ」
「だって、僕……」
 エッジの言葉を遮るように、タタンが口を開いた。
「好きでしたんだからいいじゃない」
「…………」
「……違うの?」
「いえ」
「どっちよ!」
「好きです」
「よろしい」


「さて」
 それまでの雰囲気を払うような陽気な口調でタタンが言って、おたまを鍋から引き上げた。
「ちょっと早いけど、朝ご飯食べる?」
「カレー?」
「そう」
 いい加減辟易してもよさそうな頻度で食べているメニューではあったが、エッジは大して気にならなかった。
 自分の為に作ってくれた記念すべき料理だったし、それを差し引いても事実タタンのカレーは飽きない程においしかった。
「いただきます」

 それに“カレーの秘密”が本当ならば、今日のカレーはいつもよりおいしそうだと、エッジは思った。


おわり

目次

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!