カシス妊娠と申したか。



「あの……さ、トウヤ」
「どうしたんだい? あらたまって」
「えーっと……どう言えばいいのかな。あはは」
 カシスは眉をハの字にして、困ったように笑った。
「なんかね、できちゃったみたいなんだ」
「え」
「だ、だよねっ。キミもいきなり言われても困るよねぇ……あはは」
「それは……確かに困ったな」
「あー、……うん」
 トウヤの言葉に、落胆の色を隠せない。
 解ってはいるのだ。
 マーン三兄弟との和解(?)により多少はマシな生活が出来るようになったが、それでも自分達は居候の身。
 家を捨てたカシスにも、生まれた世界を捨てた彼にも、後ろ盾になるようなものはない。
 今回妊娠が発覚したのは、そんな中でのことだった。
 外面は明るいがネガティブな思考に陥りがちなカシスは、このことをいつトウヤに切り出そうかと鬱々としていたのだった。
「本当に困ったな」
 次の瞬間、随分背が高くなった彼に包み込まれるようにして抱きしめられた。
「ト、トウヤ?」
「だって僕の名付けのセンスは日本のものなんだ。この世界に似合う名前を考えられるかな。ああでもその前にいい産婆さんを探さないと、かな? やらなきゃいけないことがいっぱいだよ」
「トウヤ……」
 この人は、と思った。
 計算高く、何もかもを読みきってから行動する、冷徹だがひどく熱い心を持った英雄の喜び方なのだ、これが。
「まあそんなことは今はいいか。とにかく、その、ええと」
「ん」
「……ありがとう。誓約者の名にかけて約束する。この子に精一杯の素敵な未来を、ね」
「うん……うん」
 カシスは泣き出してしまった。
 それはそれは、とてもとても、嬉しそうに。

 ――父様。
 ――今、はじめて、この世に生を受けたことを感謝します。
 ――新しい絆が、できました。


おわり

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