アルバ×イオス(♀) 1



先輩騎士達の喧騒を遠くに聞きながら、アルバは一人、夜の草原にて気配を殺しつつ前進していた。
その顔に浮かぶのは緊張と苦悩。溜息混じりに何度も自問してきた言葉を、頭の中でもう一度繰り返す。
おいら、何やっているんだろう――と。


そもそもの始まりは、酔っ払ったある先輩騎士の一言だった。
遠征先での任務が終わり、任務中は禁じられていたアルコールが解禁になると、肉体的にも精神的にも疲れ果てていた騎士たちは、ほぼ例外無くはけ口にそれを求めた。
もちろん、ある程度の節度は保たれてはいるものの、重圧から解放されたことで各々のテンションは振り切れるほどに上昇。
さらには、特務隊長のルヴァイドが所要で一時的に野営から離れていたのが決定的だった。
お堅いことでは特務隊長と双璧を誇る副隊長が残っていなかったら、暴動の一つは起こっていたかもしれない。
そんな中、アルバは極少数派の素面だった。酒は飲めることは飲めるのだが、今はそれが喉を通るような状態では無い。
と言うのも、まだまだ見習い騎士であるアルバは、遠征中も基礎訓練が義務付けられており、 この宴が始まる直前まで、厳しい訓練に励んでいたのだ。しかも、本日は任務が終わったことで手の空いたイオス直々に、 みっちりと実戦形式の訓練が行われたため、手も足も出るはずの無いアルバの身体には無数の生傷が付けられる結果となった。
そういったわけなので、この宴の欠席も考えたのだが、迷っている間に一人の先輩騎士に絡まれ、 それが終わるとまた別の先輩騎士に絡まれ、気が付けば喧騒の中心部に、というのが現在の状況だ。
新人と素面は絡まれやすい、というどこの世界でも共通する法則をアルバが知るのはもう少し経験を積んだ後の話。
もっとも、こういった喧騒はサイジェントの貧民街育ちであるアルバには懐かしくもあるものだ。
幼い頃は大人達が子供のように大はしゃぎしていると不思議に思ったことがあるが、それに自分が 参加するようになったと思うと感慨深いものもある。
ともあれ、何をしゃべっているのか、ともすればしゃべっている本人もわからないほど、宴は混沌を極めていたが、 そんなある時、酔っ払いの誰かがこんなことを口にした。

「副隊長ってさ、ほんとに男か?」

他愛も無い冗談で済まされるはずのその一言は、しかし、瞬く間に全体の議論へと発展していった。

「なにをバカな」「いや、でも実際あれで男ってありえないだろ」
「俺もずっと思っていた」「声高いし、身体柔らかそうだし」「おまえ、そっちの気があったのかよ」
「裸見た奴いないか?」「変な夢見るな。男だよ、男」「女だよ、匂いで分かる」

根拠の無い無責任な発言の数々が場を飛び交う。その内訳は肯定と否定が、7:3と言ったところか。
もちろん、それらの言葉はアルバの耳にも入っていたが、素面で理性の残っているアルバは議論そっちのけで、 背中に冷や汗をかきながら、この場にイオスの姿が無いことを確認していた。
もしも、この話を本人が聞いていたらこの場の全員が殺される――それは推測と言うより確信に近い。
幸いにもイオスの姿は見つからず、内心でほっと一安心したアルバだったが、 その直後、とんでもない言葉が彼に向かって発せられた。
「アルバ、おまえちょっと行って確認して来い」
「は?」
その発言の突拍子の無さに、おもわず間抜けな声をあげてしまうアルバ。
しかし、そんなことはお構い無しに、周りの者も「いけいけー」「これ、命令な」等と煽り立てる始末。
これを上手く流せれば立派なものなのだが、それほどの要領の良さをアルバが持ち合わせているはずも無く、 また、騎士団の上下関係はたとえ相手が酔っ払っていようと関係なく絶対なのであった。


「はぁ……」
漏れ出る溜息を止める努力を、アルバはすでに放棄していた。
そもそもが酔っ払いの戯言であるのだから、適度に時間を潰して「男でした」と報告するのが
一番楽だと気づく頃には、すでにイオスが休憩しているテントのすぐ側まで近づいた後だった。
わざわざ気配を殺し、苦労しながら近づいたこともあって、ここまで来ると逆に引き返すのがもったいなく思えてしまう。
とは言うものの、このままイオスのテントに行って、いったい何をしろと言うのだ。
「確認しろ、って言われてもなぁ」
まさか、「副隊長は本当は女なんですか?」などと聞けるはずも無い。
ただでさえ満身創痍のこの身に、これ以上の暴行を受けたら冗談抜きに命が危うい。
「でも、実際のところ、どっちなのかな」
呟いた後で思わず苦笑してしまう。実際も何も、副隊長が女なんてそんなことがあるはず無いのだ。
それでも、こんなことを考えてしまうということは、
「結局のところ、おいらも疑ってるって事か」
思い出されるのは今日の実践訓練のこと。何度か間合いを詰め、それこそ肌が触れ合うほどに肉薄したことがあった。
もっとも、次の瞬間には遙か彼方まで吹っ飛ばされたのだが、それはそれとして。
「肌、綺麗だったよなぁ」
自分はそういった方面に疎いという自覚はあるが、それでも印象に残るほど、イオスの肌は綺麗だった。
どことなく、リプレのそれと質感が似ていたとも思う。
「それに――いい匂いもしたし」
そこまで呟くと、なにか悶々としたものが下腹辺りに溜まっているような感じがした。
どことなく落ち着かず、無性にそわそわするその感覚は、アルバにはまだ馴染みの薄いものであった。
変なことを考えたせいだ、と当たらずも遠からずといった結論にやがて達すると、頭を振ってそれらを振り払う。
ついでにパシパシと頬を両手で叩いて気合を入れなおすと、正面のイオスのテントをしっかりと見つめた。
「悩んでいてもしょうがないよな」
自分に言い聞かせるように呟くと、足をそっと前へと踏み出す。
中の様子を外からちょっと覗いて戻ろう。これなら見つかったとしてもいくらでも言い訳が出来るし、一応は確認したことにもなる。
それに何より、何か行動に出なければ、いつまでも悶々としたものを抱え込まなければいけないような気がしたのだ。
今までよりもさらに慎重に気配を殺して、少しずつテントへと近づいていく。
気配を殺すとき、注意すべきは足音よりも呼吸。シオンから学んだ通り、それを実践する。
十分な時間をかけた結果、アルバの片手はテントの入り口を掴んでいた。
どうせ覗いても期待はずれな光景が待っているだけ、と自分に言い聞かせながら、 ほんの少しだけ入り口の幕を横に引き、僅かな隙間を作る。
心臓の鼓動、そして、ごくりと唾液を飲み込む音がやけに大きく感じられる。
実践訓練さながらの緊張感に包まれながら、アルバは隙間から中の様子を覗き見た。
「―――っ」
その瞬間、アルバの思考や行動全てが停止した。そのおかげで声が出なかったのは幸いなことなのだろうか。
アルバが覗き見た光景。それは着替え中なのか、無防備に肢体をさらしたイオスの姿だった。


つづく

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