クラウレハード・極



その日、かつて御使いの長であった男はそこにいた。
別段、竜の子を奪いに来たとか、敵陣へ攻撃を仕掛けにきたとか、そういう用事があったわけではない。
用事が無いどころか彼の意思ですらないが、ともあれ彼…クラウレは、宿屋『忘れじの面影亭』にいた。
何の為かはクラウレ自身にも分からない。
ただ、界の意志という名のご都合主義だけがそこに存在した。

「何の真似だ?」
3割ほど本来こんな場所にいるべきではない筈の自分に、残りの7割は、自分を寝台に縛り付けて笑っている…否、哂っているのだろうか…ミントへ訊ねる。
「うーん…。 食材の調達、かな?」
「なんだと…」
食材と言ったか、この女は。
贖罪の間違いだろうか。いや、そうだとしてもこの行動には疑問が多過ぎる。
第一、贖罪であれ食材調達であれ、どうして自分を捕らえて寝台に縛る事が『しょくざい』なのだ。
「今、『何処が食材調達なんだろう』って思ってません?」
牽制のつもりなのだろう、妙に飾り気の多い大振りの杖をクラウレの喉に突きつけるミントに、答えの代わりとして無言を返す。
「仕方が無いかな…、普通はそう思いますよね、うん」
一人で勝手に納得するミントの思考がどうなっているのか図りかねるクラウレだが、今はそれ以上に気がかりな事があった。
気配だ。
部屋の外…ドア一枚隔てた向こうに、ヒトの気配がするのだ。
それも1人ではない、4人…いや、5人か。いずれも殺気立っているような…熱気を帯びた気配だ。
この女は、この連中は自分をどうしようと言うのだろう。
そんな抱かずにはいられない疑問が、クラウレの脳を支配する。
仮にミントの言葉通り、この状況が食材調達の一貫であるとしても、此処から見える未来と食材というのは…少なくともクラウレの思考では結びつかない。
ふと、クラウレの鼓膜に、微かな声が聴こえた。
セルファンは狩猟や武芸に秀でた『部族』であり、技術のみならず身体能力もそれに見合ったものを持っている。腕力や脚力という『力』は勿論の事、
視力や聴力なども人間よりもずっと高い。御使いの長を務めていただけあって、特にセルファンの中でもクラウレの能力は格別であった。
そのクラウレの耳が、聴こえると判断したのだ。空耳などではない。それはクラウレ自身が一番よく知っていた。

「1月ぅ〜は正月ぅ〜で鳥が喰えるぞぉ〜 カニバカニバリズムぞ〜カニバリズムぞ〜♪」

喰 わ れ る 。

漠然とした予感どころではない。確信である。
この声はライとかいう小僧の声だろうか、恐らく厨房にいるのだろう。
独特の節回しでクラウレの不安を煽るよう、不吉な歌を声高に垂れ流している。
「…は…」
知らず、クラウレの喉から乾いた笑いが漏れていた。
「はは…ははははは………。………本気か?」
「……」
今度はミントが無言で返答する。
ただし、この上無い天女の笑みをオプションにして。

喰 わ れ る 。

「はははははははははははははは…」
「うふふふふ…」
乾いたと言うにも乾燥し切って砂漠に混じっていても違和感の無いクラウレの笑いと、何の裏も感じさせない、お茶の席での談笑の様なミントの笑いが重なる。
「付き合ってられるか!!」
「あ!」
堪忍袋の緒が切れた。
何が鳥が喰えるぞ〜、だ。やってられるか。オレは鳥肉になる為に生まれてきたわけじゃない、誇り高きセルファンの戦士を侮辱するな。
色々と言いたい事は山程あるが、取り敢えずこのイカれた宿を無事脱出しなければ。
言い知れぬ不安と、理解不能な不快感を抱えたまま、クラウレは己を拘束していたロープを引きちぎり、ミントが反応する隙も無く脱兎の勢いでベッドを飛び出した。
幸いと言うべきか、それともなめられていると言うべきか。
都合の良い事に此処へ来た時に…記憶は無いがひっぺがされた獲物は、無造作にフローリングの床に放り投げられていたので瞬速で拾い上げて利き手に構える。
廊下側には少なくとも5人が張っている事は分かっているので馬鹿正直にドアを目指す真似はせず、窓側へ身を寄せる。
高さがあっても問題無い、彼には翼があるのだから。
だがそんな単純明快な逃亡を許す程ミントも甘くない。
「逃がしませんよ…。 リシェルちゃん!!」
「待ってましたァ!」
本当に待っていたらしく、ミントの科白が終わるか終わらないかの内に入り口のドアが勢い良くぶち開けられる。


突然ですがここで、リシェルのどきどき★サモーニング講座の時間です。

1.空き缶を一つ用意します(材質はお好きなもので)。
2.お好みの属性のサモナイト石を用意します。
3.爪の先ほどの魔力を注ぎ込んで魔法の呪文をちょちょいのちょい。

「全弟突撃、行っけええええええええええええ!!」
「ルシアン、逝っきまーーーーーーーーーーす!!」
「な、なんだってーーーーーーーーー!! Ω ΩΩ」
ポンと音を立てて、全などつけなくても一人しかいない弟を強制登場させるリシェル。文字通り降って湧いたルシアンも、その事に何の疑問も抱かずクラウレを止める為に構えを作っている。
一瞬、あまりの非常識さにキバヤシ流召喚術で喚ばれた男達を背中に背負ったクラウレだが、よく考えれば何の事も無い。
いくら登場シーンに趣向を凝らしたところで、所詮はルシアン。空き缶フバースの呼び声高いルシアン・ブロンクスなのだ。
発売以降数え切れない程の宿屋の主人(の中の人)をタイトル画面に追い込んだクラウレが恐れる相手ではない。
ましてクラウレが今繰り出さんとしているのは天破槍。回避はおろかブロックなど絶対不可能の必中必殺技だ。
敗北する要素は何処にも無い。
いける。
確実に此処を突破出来る。
そしてオレは羽ばたく、あの大空へ。
アタックアタックアタックオレは戦士。
僅か0,05秒の逡巡を経て勝利を確信したクラウレは、次の瞬間迷う事無く渾身の力を込めて眼前に立ちはだかるルシアンに、己の技を叩き込んだ。
「奥義…天破槍!!」

ガキィン!と、予想もしていなかった音が客室を震わせる。
まさか、まさかまさかまさか。そんな事が有り得るものか。
よもやあのルシアンが、静かなる空き缶の悪名高いルシアンが、ブレイブキラー・クラウレの必殺技を防いでのけたなどと…そんな事が本当にあるものだろうか。
だが無情にもクラウレの目の前で、ルシアンは生きている。
背後の姉もろともぶち抜く筈だった槍は、ルシアンの手にしたしょっぱい楯に防がれ……防…がれ………

  _, ._
(;゚ Д゚)つ━│ヽ━(ω・` )━>  (゚Д゚;)
 ↑      ↑   ↑       ↑
 クラウレ    楯   ルシアン     姉

どう見ても貫通です。本当に有難う御座いました。


「防げてねえぇぇェーーーーーーーッツ!!」
うすたフェイスで突っ込みを入れてしまうクラウレを他所に、ルシアンはフラリとよろめき、それでも尚立っている。
「ふ、ふふ…勝ったよ…。僕の勝ちだ…」
「いや、あからさまに致命傷…」
明らかにデコに風穴が空いているように見えるのだが、まあこうして立っているのだから多分大丈夫なのだろう。多分。
そう思う事にしたクラウレは、その先の言葉をぐっと飲み込んで再び脱走を試みるべく窓の外に視線を送った。
「逃がさないよ!」
それに気付いたのか、シャア!と何処で覚えたのやら暗殺者じみた掛け声と共に一撃を放ってくるルシアン。
相変わらず頭に穴が空いているように見えるがきっと気の所為なのだろう。うん、気の所為だ。
否、そんな事を考えている場合ではない。
「く…っ!」
押されている、あのルシアンに。
渾身の力を込めた天破槍を防がれた(と言って良いものかは疑問だが)以上、この少年は強敵と認知しても良い相手である。
それが負傷しているとはいえ全力をもって刃を向けているのだ。正直、クラウレには些か分が悪い。
その上、相手は一人ではない。増援が来る可能性の低いクラウレが、此処を脱出するには相当な労と戦略を要する事は想像に難くない。
「やっ! はぁ!」
額(相変わらず風穴がry)から汗を飛ばして剣を振ってくるルシアンの一手一手を防ぐ事で手一杯のクラウレは、気付く事が出来なかった。
その背後に、何者かの影か迫っている事に。
もっとも背後は窓だ、普通に考えれば迫ってくる者など有り得ない。
いや、有り得ないわけではないが少なくともこの連中の戦力の内では数える程しかいない。だからこそ、彼は失念していたのだ。
自分の妹の存在を。

ドスリと鈍い音がした。
それが己の背中から聴こえた事に気づいた時には既に、クラウレの身体は木目の揃った床板に近付いていた。

再び拘束されるクラウレの耳に、ライのご機嫌な歌声が聞こえる。
「12月ぅ〜は天皇誕生日ぃ〜で鳥が喰えるぞぉ〜 カニバカニバリズムぞ〜カニバリズムぞ〜♪」
生憎と、
『鳥を食す事とカニバリズムは全く繋がらない』とか
『12月ならクリスマスか大晦日ではないだろうか』とか
『歌詞は酒飲みの歌なのに音程がビビデバビデブゥだ』とか、そういうツッコミを入れられる者は、此処には存在しなかった。


つづく

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