男たちの午後・ギアン受難編



その日、ギアンは極めて不機嫌だった。
彼の雇い主であり、密かに想いを寄せる相手でもあるフェアが、ミルリーフをはじめとした女性陣と連立って、シルターン自治区へ二泊三日の温泉旅行に出かけた翌日のことである。
「ごめんね、留守番押しつけちゃって。お土産買ってくるから、ゆっくり休んでて」という優しい言葉とともに留守を預かることとなったギアンは、フェアが側にいないのが寂しい反面、彼女から信頼されているという実感を得て浮き足立った。
休んでいろとは言われたが、どうせならこの機会に店を徹底的に掃除してやろう。出入り口に彼女の好きな花を飾っておくのもいい。驚き喜ぶ彼女の顔を想像するだけで思わず口元が緩む。
「・・・なのに、なんで君らがここに居座ってるんだ」
苛立ちを隠そうともせず、茶を載せた盆を乱暴に投げ出しながら、テーブルを囲む面々をにらみつける。
「なに、近くまで寄ったものでな。久方ぶりに店主の顔を見ようと思ったのだが、留守中とは残念なことだ。まあ、明日には戻るのだろう? ゆっくり待たせてもらうとするゆえ、気にすることは無いぞ。あっはっは」
尊大に笑いながら、まるで自分の家のようにくつろぐ龍人。
「僕はお店のことが気になって来てみただけですよ。フェアさんのいない間に、貴方がこっそりタンスをのぞいたり、使用済ティッシュをポケットに入れたりしないとも限りませんから」
「そんなことするわけないだろう!?」
「信用できません。ギアンさんむっつりスケベだし」
フェアがいないとギアンに向ける敵意があからさまになるブロンクス家の弟。
「俺もフェアから頼まれててな。この三日間はこの周辺の巡回を強化するつもりだよ。ま、この面子が揃ってれば、侵入者もびっくりして逃げ出すかもしれないけどな。はははっ」
ヘタレで空気の読めない巨乳萌えのくせに、フェアから『お兄ちゃん』呼びを享受しているのが許し難い駐在軍人。
どいつもこいつも、フェアとのラブラブ新婚生活(仮)をエンジョイするにあたって目障りな輩ばかりだ。
そして中でも最も油断のならない男がこいつである。
「自分も、及ばずながら犯罪防止の一翼を担えればと思いまして推参いたしました」
いけしゃあしゃあと言ってのける、ギアン個人としては殺したい相手No.1に輝くロリコン眼鏡侍。
「貴様がそれを言って説得力があると思うのか! だいたい、あんなこと(※23スレ690参照)をしでかしておきながら、よくものこのこと顔を出せるものだな」
「御主人は海より懐の広いお方ですからねえ。ほとぼりが冷めたところを見計らって誠心誠意謝れば、きっと許してくれますって」
「例えフェアがそうだとしても、ボクは貴様を彼女に近づけるのは断固拒否したいんだが」
「そんなこと言ったってねえ。貴方だって、解魂病で脅しかけたり、堕竜化して大暴れしたり、おでこにチンコ生やしたりしてるけど、きっちり許してもらってるじゃないですか」
「ぐっ・・・て、最後のは違うだろう!!」
「まあまあ・・・事情はわからぬが、せっかく久しぶりに懐かしい顔が揃ったのだ。過去の遺恨は水に流し、旧交を温めるとしようではないか」
セイロンのとりなしでとりあえず矛は収めたものの、むかむかした気分は治まらない。店の掃除もフェアの笑顔もこいつらのせいでお流れかと思うと、思わずS級召喚をぶっ放してしまいそうだ。
「にしても、温泉ですか。いいですねえ」
そんなギアンを尻目に、シンゲンはだらしのない顔で視線を虚空に飛ばす。
「柔肌を湯に染める御主人・・・次の機会には是非ともご一緒したいもんです」
「うむ、シルターン自治区には混浴可の温泉もあると聞くからな。上手くやればそれも可能かもしれぬ」
「こ・・・んよく?」
聞きなれぬ言葉に怪訝な顔をするギアンに、セイロンは意味ありげな笑いを含んだ流し目を送った。
「男と女が、ともに同じ湯船につかることだ」
「何だと同じ湯ぶはっ!!?」
「ギャー!」
激昂と同時に盛大に鼻血を噴くギアン。ちなみに続く悲鳴は、鼻血のシャワーを真正面から浴びたグラッドのものである。
その様子を冷たく眺めながら、ルシアンがぽつりとこぼした。
「・・・僕はフェアさんと一緒にお風呂に入ったことありますけどね」
「「「何ィ!!!」」」
今度は全員が一斉に腰を浮かせ、ルシアンに鋭い視線を送った。
「い、い、いつの話だ!!」
「7・8歳の頃ですよ」
「・・・なんだ・・・」
拍子抜けして、ギアンがため息とともに着席しようとしたのも束の間。
「フェアさんて、結構色っぽいところにほくろがあったりするんですよね」
「「「うおおおおお!?」」」
衝撃的過ぎる爆弾投下に、その場は再び異様な熱気に包まれた。
「どこです!? それはどこです!? ここですかそこですかそれともあんなとこですかっ!?」
「いや、それは言えませんね。僕の大切な心の宝物ですから」
「くううっ、なんと手厳しいっ」
「ぬう、そういうことなら我とて負けてはおらぬぞ」
ぱちりと扇子を鳴らし、ますます偉そうに胸をそらしたのはセイロンである。
「我は、店主殿の胸を触ったことがある!」
ピシャアアアアン!!
衝撃、三度。色めきたつ男どもの中、ギアンの眼前は暗闇と化し、繊細な心の空には稲妻が走っていた。
「いつ!? どこで!? どうやって!?」
「ギアンがまだ敵であった頃、戦闘中によろめいた店主殿を支えてやった際に偶然な」
ショック死寸前のギアンに向けて、セイロンは勝ち誇った笑みを浮かべながら嘯いた。当のギアンは、それをなんとかにらみ返すのが精一杯だ。
「それは、本当に偶然なんだろうな・・・?」
「偶然だとも。いや、小ぶりではあるが、真綿のようにふんわりとした、実に甘美な手触りであったよ。あっはっはっは」
「うううっ・・・ま、負けた・・・うらやましい・・・」
その場に崩れ落ちるルシアン。シンゲンは揉み手をしながらセイロンに擦り寄っている。
「あの、ひとつ握手していただけませんかね? その幸運の御手のご利益を自分にも・・・」
「あっはっは。断じて断る」
「おい・・・お前ら、本気で言ってるのか?」
すっかりハイテンションになったところに冷静な一言を差し挟んだのは、これまでの騒ぎを一人ぽかんと眺めていたグラッドである。
「フェアはまだ15歳なんだぞ。あんな子供の胸だの裸だのに、そんなに興奮するってのはちょっと異常というか・・・」
「・・・・・・」
一瞬顔を見合わせ、セイロンとシンゲンはやれやれと肩をすくめた。
「な、何だよ」
「わかってませんねえ、駐在殿は」
「そんなことだから、ミント殿を他の男にあっさりさらわれるのだぞ」
「なっ、何言ってんだよ!! そんなの今は関係ないだろ!!」
思いも寄らぬ方向から攻撃を受け、真っ赤になってうろたえるグラッド。見れば恥ずかしさのあまり涙目になってしまっている。なんだか他人事とは思えず、同情心すら感じてしまうギアンである。
「良いか。子供はいつまでも子供ではない。まして娘十五は咲き初めの花、これから女になろうという最も美しい年頃とも言える」
「それに御主人の体つき・・・特に腰周り。貴方じっくり眺めたことがありますか?」
「あ、あるわけないだろう」
「まだ肉は薄いですが、あの腰骨が左右に張った感じ。あれは間違いなく安産型、丈夫な子を産み良き母となる身体です」
「そう、そしてそういった娘の胸はだな・・・」
「む・・・胸は?」
グラッドはいつの間にか話に釣り込まれ、ぐぐっと身を乗り出している。
「こう・・・男が愛情を込めて揉んでやれば、何倍にも成長するものなのだ」
「貴方好みの、ぷりぷりのたゆんたゆんにね」
「ぷ、ぷりぷり、たゆんたゆん・・・」
「考えてもみよ。自らを兄と慕ういたいけな乙女を、じっくりと育て上げてゆく楽しみ」
「夜を重ねるごとに、手ごたえを増してゆくふたつの果実・・・」
「う、うう・・・フェア・・・」
いつしかグラッドの視線はあらぬ方向を向き、その両手は鬼妖界エロコンビの繰言に合わせてわきわきとうごめいている。
もうだめだ。こいつももう完全に妄想の奴隷と化してしまった。
こいつらみんな、フェアを狙う獣だ。害虫だ。
絶望と焦燥がじわじわと全身を侵食していくのに耐えかね、いつしかギアンは席を蹴って立ち上がっていた。
「いい加減にしろ!」
心底からの怒りが込められた叫び。その場は水を打ったように静まり返り、全ての視線がギアンに集まった。
「貴様らみんなして・・・フェアをなんだと思ってる! いつもボクらを優しく見守ってくれてる彼女を、そんな風に弄んで、汚して楽しいのか!」
少なくともギアンにとっては、フェアは冒し難い聖域、敬愛すべき聖女に他ならなかった。
闇の底で一人のたうっていた自分を、命がけで救い出してくれたフェア。明るい笑顔で、何物にも変えがたい安らぎを与えてくれる太陽のような女性。
そんなフェアを、自分以外の男たちが汚らわしい欲望の対象としている。それがギアンには我慢がならなかった。
しかし、そんなギアンの熱弁は、エロ侍の冷たい視線によってあっさり跳ね返されてしまった。
「そういう貴方はどうなんですか」
「え」
「御主人と一つ屋根の下、二人っきりで暮らしていて、なんともないんですか」
「な、なんとも、って」
「そ、そうですよ」
ルシアンも続く。
「ギアンさんがここに下宿するって聞いた時に、姉さんも言ってた。フェアさんはそういうことに無頓着だけど、ギアンさんがムラッとしてグラッといっちゃう可能性は充分ある、心配だって」
「確かにそうだな。部屋は別とは言え同じ屋内、手洗いも風呂も共同なのだろう。まして、どうやらおぬしは店主殿に並みならぬ感情を抱いておるようだしな。いずれは間違いが起こってしまうやも・・・」
「そ、そそ、そんなこと、は」
「絶対ないと? 言い切れるんですか?」
ぐっと、返答に詰まる。
実は、本当の本当に正直なところを明かせば、風呂上りのフェアを偶然見かけて以来、その洗い髪の寝巻き姿をお気に入りのオカズとして毎夜愛用しているギアンである。
「そういや、俺もフェアに聞いたことがあるぞ」
煮詰まった空気を破ったのはグラッドだ。
「何をです?」
「うん、だから男と二人暮らしってのは危ないんじゃないか、ってな」
のんきな声で恐ろしいことを告げられ、ギアンは心臓を真っ青になる首輪で締め上げられたような心地になった。
「ほう、それで店主殿はなんと?」
「ええっとだな・・・『そんな心配は要らない、ギアンは思ってたよりずっと純粋で優しい人だ、むしろわたしが守ってあげなくちゃいけないくらいに』・・・とかなんとか」
凍てついた心に春風が吹き込んだ。フェアが、自分をそんな風に思っていてくれたなんて。
フェアとの暮らしは幸福だったが、その一方では、彼女に嫌われたくない、離れたくないという不安と緊張感の連続でもあった。
彼女が笑いかけてくれるたび、決別したはずの過去の自分が影となって滲み出し、現在の幸福を脅かす。それはやはり、なかなか克服することの出来ないトラウマとしてギアンを苦しめていた。
それだけに、今グラッドがもたらした事実は、この上ない福音としてギアンの中に響いたのだった。
・・・が。
思わず感謝の礼をささげようとしたギアンに、鈍いことではゴレム並みとの定評がある駐在は更にこう続けた。
「後、こんなことも言ってたな。『なんだか、至竜になる前のミルリーフが戻ってきたみたいで懐かしい』って」

・・・・・・・・・・・・。

一瞬の沈黙の後、怒涛の如き爆笑が巻き起こった。
「ミ、ミルリーフって、それじゃ御主人にとってのギアン殿は竜の子とおんなじってことですか。うははは、これはけっさ・・・いやいやお気の毒な」
「あっはっはっは、いやいや、それでも大事にしてくれているという点においてはまさに最上ではないか。うむ、うらやましいぞ。はっはっは」
「ふ、ふたりとも、笑っちゃ悪いですって、あはははは・・・」
腹を抱え、テーブルの上で身を捩じらせる男たちは気づいていなかった。
立ち尽くすギアンから異様な魔力が立ちのぼり、周囲をどす黒く染め始めていることに。
「お・・・おい」
青くなったグラッドが、シンゲンの袖をつかんだ時はもう遅い。
「・・・てしまえ」
「え?」
「消えてしまええええっ!!!」
いつの間にか幽角獣の本性を現したギアンの角から、すさまじいエネルギーが閃光となって溢れ出すのが、男たちの見た最後の光景となった。


翌日、温泉を堪能して上機嫌で帰ってきたフェアは、半壊状態の店と、しおしおとその修復作業を行う仲間たちを見て文字通り腰を抜かした。
事情を問い詰めても、男たちの返答はいずれもあいまいで要領を得ず、結局本当の原因を聞きだすことは出来なかった。
宿屋が営業再開するまでには約一週間。そして、どういうわけか倉庫の隅で体育座りをしたまま出てこなくなったギアンを説得するのには、実にまる一ヶ月もの時を要したのだった。


おわり

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