ライ×コーラル



「よし、此処でこれを使ってと……。おーい、コーラル! 其処の皿取ってくれるか?」
「…うん」
此処は宿屋『忘れじの面影亭』。今の時間はランチタイムとあってか、混雑が予想される時間。
その予想は勿論当たりであり、主人であるライは鍋を振るいながら料理を続ける。
先程言われた通り、コーラルが机に置いた皿に香ばしい香りを放つチキンライスを盛り付け、その上に半熟玉子の生地を載せ、下味を付けたトマトソースを乗せ、オーダーであるオムライスが完成する。玉子のとろみとご飯の旨味を生かした力作だ。
「リシェル! オムライス出来たぞ! 早く客に持ってってくれっ!」
「もう…言われなくても分かってるわよっ!」
テーブルに置かれたその料理を、何処から現れたかリシェルがお客の元へと持っていく。
満足そうな表情のお客の様子をカウンターから見ていたライは、へへ…と僅かな笑いを浮かべていた。
満ち足りた日々。普段と変わらない日常。そして、料理人として誉められている自分。まぁ、足りない物といえば、色恋沙汰なのだが…。
今の彼には必要ないと見えた。現時点では――なのだが。

「さて……次の作っちまうかっ! コーラル、次のオーダーはなんだ?」
ライの声に反応して、翡翠色の衣類を纏った竜の子は、微かに首を傾げ、メモ帳のページを覗き見た。書いてあったものは――。
「海賊鍋と……グリーンサラダかと……」
「分かった。そんじゃ、その棚から鍋取って、水入れて持ってきてくれ」
何も言わず頷いたコーラルは言葉通り食器棚から小型の鍋を取り出し、用意されていた天然水を注ぎ、ライの元へと持っていこうとする。
何処となく覚束ない足取り。小型と言えど、満杯まで注いだ水は今にも毀れそうなもので…。
「って、コーラル!? 何、そんな注いでんだ!?」
ライが驚きの声を放つが、コーラルは至って普通と言うように彼のほうへと歩いていく。だが――その瞬間。
「あっ!」
「コーラル!?」
がつん。いい音がした。棚の下の格納スペースからはみ出していた鍋の取っ手にコーラルの脚が思い切りぶつかっていた。
そのまま凭れ掛かるように前に倒れていくコーラル。両手に持っていた鍋は既に手放され、空中に水飛沫を零しながら、舞う。
その瞬間を見ていたライは咄嗟に駆け出していた。守らないといけないという本能からか、倒れこむコーラルの元へと走り、庇うようにその華奢な身体を抱きしめる。「あ……」と僅かな呟きをコーラルが漏らすと同時、上空を舞っていた鍋が――。

かーん。

「いでぇっ!」
「お父さん…!」
コーラルの手から開放された鍋はそのままライの頭に直撃した。どれだけ飛んでいたのかは分からないが、中に貼っていた水は御互いに降り掛かり、その衣類が濡れる。
身体を襲う冷水の寒気にくしゅっ…と小さくコーラルがくしゃみをすると、ライは現実感を取り戻したように、コーラルのことを見据えた。
「大丈夫か? コーラル…」
「うん…貴方が守ってくれたから平気かと…」
「なら良かったぜ…。いつつ……」
安堵の息を漏らすライ。と、同時に頭に響く痛み。ギャグコントみたいに金物が脳天に直撃したのだ。
鈍い痛みが其処に広がり、思わず声を漏らす。
「ごめん、お父さん…ボクの所為で」
謝罪の言葉を述べるコーラルに、ライはふ…一瞬だけ笑いを浮かべ、その身体を離し、水に濡れた髪をくしゃ…と撫でた。
コーラルはその感触に首を傾げると、顔をゆっくりと上げ、ライのことを見上げる。
「気にすんなって。それに元はと言えば頼んだのは俺だぜ? 寧ろ、オレはコーラルに怪我がなくてよかった。頼んでおいて怪我なんてさせちまったら、嫌だしな…。と、片付けとかないとな。コーラル、おまえは先に着替えちまってくれ」
笑顔は苦笑に。その髪の毛からゆっくりと手を離し、しゃがみ込んで地面に落ちた鍋を拾おうとするライ。
すると、ふわ…柔らかな物が自分の頭のコブに触れた。顔を上げると、其処には水に濡れた翡翠色の衣服が間近に迫っていた。
「コーラル…ん…」
摩られると微弱な痛みと気恥ずかしい感情が押し寄せてきて、頬を微かに赤く染めたライはコーラルの服を見つめたまま、その名前を呼ぶ。頭に乗った小さな手はまるで腫れ物を扱う愛撫のように其の隆起を撫で、
凹凸の部分(頭とコブの境目)を指の腹でくすぐり、玩具を扱うかのように刺激を与えていく。
――言っておくが、コブを触れているだけである。
「お父さん…。もっと自分のことを大事にするべきかと…んっ……ちゅ」
「うく…!?」
其の言葉を聞いた瞬間、頭の項に触れる柔らかい物。音から察知するに、唇でも触れたのだろうか。
ちゅ…ちぅ…と吸い上げられる感覚は異質であって、声を殺すようにする。痛みと何か釈然としない感じが押し寄せるが、此処は堪えるのが漢。ライは最大限の理性を振り絞りながら、何してんだ…? と必死に問いかけた。
「傷には唾液が一番だと、本に書いてあったから」
「其の出版社、後で殴る…っ!」
押し込み強盗、此処に完成。そんなことをしている間に、とろ…とした唾液が頭に染み渡る。
生暖かいそれはじわ…と髪の毛の中に染み込んでいき、それを指先で弄ぶように伸ばされる。
ライは得も知れぬ感覚に身を振るわせ、熱くなってきた吐息を吐き出し、誤魔化そうと、再び顔を伏せ――其の視界に何かを見た。
水に濡れた衣服。細身ながら、形の良い湾曲、臍の形まで浮き彫りになるほど濡れたコーラルの身体…。
その股の間に何やら浮き彫りになっている膨らみ。それが自分が持っているものと同じだと気づけば、
(あぁ…こんな風にコイツの性別を知るなんてな……。)
と、眼を伏せ―― 一拍。

「ちょっと、ライッ! アンタ、さっきから料理来ないんだけど、何してんのよ!?」
「うおおあおあ!?」
一拍の間に響き渡ったリフィルの声。まるで相対する磁石のように、コーラルから離れたライは、落ちた鍋を掴み取り、何事もなかったかのように空笑いを浮かべた。
「いや、鍋が落ちちまってさ。ちょっと拾ってたんだ! 他は何にもないからな!?」
「あ、そう……なんか怪しいわね。そうやってなんか言おうとするところが」
「………」
怪訝そうにライを見詰めるリフィル。苦笑いのまま、落ちた鍋を洗うライ。其の二人の様子を無表情で見詰めるコーラル。
今一瞬の出来事は簡単に流れてしまい、また何事もなかったかのように日常が始まる。

――どことなく、歯車が狂ったような感じもするが、それは別のお話。

おわり

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