性別反転



「お姉さまぁ〜!」
町の市場へと夕食の買い出しに来ていたフェアが、突然呼び止められる。
フェアの事を「お姉さま」と呼ぶ人物は1人しかいない。
町の裏路地に人知れず佇む占いの館の幼き店主、シャオメイである。
「お姉さま、買い物?」
フェアの下へと駆け寄ってきたシャオメイは、ずれたメガネをかけ直しながら共に歩き出す。
「そうよ」
そっけない態度を取るフェア、冷たいとも取れるその態度には理由があった。
実は、フェアはこのシャオメイの店で売り出される数々の商品によって、幾度もろくでもない体験をしていたのである。
へんな薬を売りつけられ、1日中笑いが止まらない事もあった。
シャオメイが嬉しそうな顔をしてフェアに話しかけてくる時、それは何かおかしな事を言い出す合図でもあったのだ。
「あぁ〜、お姉さま冷たいなぁ〜」
言葉とは裏腹に楽しそうなシャオメイの顔、フェアの本能が危険を察知する。
「あ、私まだ買い物があるから、それじゃあね」
急いでその場から立ち去ろうとするフェアの腕が、シャオメイの小さな手で掴まれる。
「待ってよ、お姉さま」
おそるおそる振り向くフェアの目に映ったのは、汚れを知らない様な天使の笑顔だった。
現実は汚れきっているのであろうが......
「お姉さま、ちょっと私の店まできてもらうわよ.........」
「え、ちょっとシャオメイ!いやあぁぁぁ.........」
悲鳴とともにシャオメイに引きずられていくフェアの姿が見えなくなるのに、それほど時はかからなかった。
ーーシャオメイの店ーー
「ちょっとシャオメイ!ほどいてよ!」
縄でぐるぐるに縛られたフェアが、なんとか縄から逃れようと体を横に動かす。
しかし固く縛られた縄目がほどけることはなく、フェアの行為は無駄に終わっていた。
「だってぇ〜、お姉さま逃げるんですもの♪」
無邪気な口調でウインクするシャオメイ、かわいい仕草なのだが......
「シャオメイ、それで今度は何をする気なのよ......」
諦めたのか、疲れたのか、体の動きを止めたフェアがシャオメイに尋ねる。
「にゃはは♪お姉さまにぃ、これをプレゼントしちゃいま〜す!」
シャオメイは勢い良く右手を差し出す。
その右手の中には、怪しげな小瓶が握られていた。
小瓶には液体らしきものが入っている。
「......一応聞いておくけど、それ、何?」
あからさまな嫌悪の表情を浮かべながら尋ねる。
「にゃはははははは♪ヒ・ミ・ツ♪」
とても楽しそうに答えるシャオメイの右手の動きに合わせ、怪しい小瓶が左右に揺れる。
「大丈夫だよ〜、べ・つ・に・死ぬようなものじゃないから。にゃはははは♪」
「.........」
シャオメイを無言で見つめるフェアの瞳の中には、明らかな疑いの光が籠っていた。
「今夜、お姉さまの知り合いを宿屋に集めて夕食をごちそうしてあげて。その料理の中にコレを数滴入れると....」
「入れると?」
「にゃはははは♪」
シャオメイ独特の笑い声が、肝心な部分をかき消す。
「お姉さま、解ってると思うけど、入れなかったら.........」
メガネの奥でキラリと冷たく輝く瞳がフェアを射竦める。
「(ヤ......ヤ(×殺 ○犯)られる!ヤ(×殺 ○犯)られちゃう!)」
「にゃはははははは♪」
高らかな笑い声がシャオメイの店に響き渡った。
ーー忘れじの面影亭ーー
「いっただっきま〜す!」
食堂にはたくさんの人物が集まっていた。
竜の子供コーラルと、御使いとして宿屋に世話になっているリビエル、セイロン、アロエリ。
フェアの幼馴染であるリシェルとルシアン、その父親テイラー、姉弟の世話係ポムニット。
駐在軍人グラッド、蒼の派閥の召喚師ミント。
さすらいの三味線侍シンゲン、見習い騎士アルバ、薬売りのクノイチアカネ。
皆が楽しそうに談笑し、フェアの料理に舌鼓を売っている。
しかしフェアは浮かない顔をして、1人だけ薬の入っていない料理を口に運んでいた。


次の日の朝、フェアはいつもの様に目覚める。
フェアの隣ではコーラルが可愛い寝息を立てて眠っている。
「う〜ん......さて、そろそろ用意しないと...」
「お〜い!」
窓の外から声が聞こえた......のだが、その声はいつものリシェルの声とは違い若い男の声だった。
「(こんな朝早くにお客さん?)」
フェアはこっそりと窓の外を見てみる。
窓から見える小道の上に、2人の人間が立っていた。
1人は濃い桃色の服をきて、白いファーでできたコートをまとった少年である。
もう1人はタートルネックの赤い服と白いタイツを身につけた、ストレートの長い髪をもった可愛らしい少女である。
少年は見た事のあるウサギの帽子、少女は空き缶にしか見えないゴーグルと似つかわしくない楯と手甲をつけている。
「(あれ?あの2人どっかで見た事あるような.........)」
首を傾げながらも部屋から出たフェアはそのまま宿屋の入り口へと向かう。
入り口には既に先ほどの2人組がいた。
「いらっしゃいませ、お泊まりですか?」
寝起きながら精一杯の営業スマイルを向けるフェアを、2人の奇態なものを見る様な視線が襲う。
「.........まだ寝ぼけてるのか?」
ウサギの帽子の少年が近づいてくる。
「は?」
「まさか、幼馴染の顔を忘れた訳じゃないだろ?」
少年が握り拳にした右手で、フェアの頭を軽く小突いた。
「リシアン兄さん、ダメだよそんな事しちゃ」
「相変わらずうるさいなルーシェは」
「(リシアン......ルーシェ......幼馴染.........っ!)」
事態を収拾しようと思考を必死に巡らすフェアの頭の中に、ある1つの答えが浮かぶ。
「ま...まさかリシェルとルシアン!?」
突然の大声に、ルシアンと呼ばれた少年とルーシェと呼ばれた少女が目を剥く。
「......お前、やっぱり寝ぼけてるだろ」
「フェアさん、疲れてる?」
「(ま、まさかこれがシャオメイの薬の効果?性別の反転、名前と記憶の操作......でもコーラルは...あの子は元々どっちかわかんないか.........)」
混乱のあまり頭を抱えるフェアに、ルーシェ(おそらくはルシアン)が近づいてくる。
「だ...大丈夫フェアさん」
ルーシェの幼いながらも美しい顔が眼前に迫る。
「あはは......まだ寝ぼけてたみたい(くっ......ルシアンかわいい.........)」
女として何故か敗北感を感じたフェアは、空笑いを浮かべる。
「ってか、早く野菜を貰いに行かないと朝飯に間に合わないんじゃねぇか?」
「あっ!」
慌てて時計を見る、既にいつもの時間から20分以上も過ぎていた。
「ほら、さっさと行くぞ」
「待ってよ兄さん!」
「(あはは......なんか頭が痛くなってきた.........他のみんなはどうなってるんだろ?)」
宿屋を出たリシアン(おそらくリシェル)の後を、ルーシェとフェアは慌てて追いかけていった。

ーーミントの家ーー
「(ミントお姉ちゃん......一体どうなってるんだろ?)」
もはや全てを受け入れ現実を見つめていこう、フェアはそう固く心に誓った。
シャオメイの毒牙から逃れる為とはいえ、仲間達に毒(?)を持ってしまったのは誰であろうフェアなのである。
「ムイムイッ!」
ミントの家の中から、ヒゲの生えたテテ・オヤカタが姿を現す。
「(そっか......オヤカタは料理を食べていないんだっけ......)」
「おはよう、今日は少し遅かったね」
オヤカタの後ろから、1人の男性が現れる。
細身の絞られた体を緑の衣装で包んでおり、長い金髪を後ろで束ねている。
少し垂れた目と泣きぼくろが、その男性がミントであったという事を証明していた。
「おはようございます、ミンダスさん」
ルーシェが丁寧に頭を下げる。
「おはよう......(ミン...ダスね.........微妙に名前かぶってるんだ)」
「おはよう、ルーシェちゃんにフェアちゃん」
優しい微笑みを返すミンダスに、フェアの鼓動が速くなる。
「(か...カッコいい.........ダメよ!私はグラッドお兄ちゃんが好きな..........あれ?)」
その時フェアは、ある事実に気付いた。

「それじゃあ、野菜貰ってくね。ミン...ダスお兄ちゃん」
「あぁ、またおいで」
カゴいっぱいの野菜を持って宿屋への道を引き返す3人、その中のフェアは浮かない顔をしていた。
「(やっぱり.......女の人になってるのかなぁ......)」
彼女の考えている事、それは思い人でもあるグラッドの事だった。
シャオメイの怪しい薬入りの料理を食べた3人全員の性別が反転している、そこから考えればもちろん他の人もそうなっている筈だ。
つまり、昨日の夕食をガツガツ食べていたグラッドも、例に漏らさず性別が反転している事になる。
「はぁ〜......」
自然と溜息が漏れる。
「さっきからなんだよ、ため息ばっかりついて」
そんなフェアの様子を見かねたのか、リシアンが声をかけてきた。
「今日おかしいよフェアさん、どこか具合でも悪いんじゃない?」
ルーシェも心配そうな顔をして見つめてくる。
「...えっ?あ...あはは、大丈夫よ。元気いっぱいだよ」
フェアは二人の心を悟り、カゴを頭上に持ち上げて自分が元気であるとアピールする。
「そう...か?まぁそれならいいんだけど......」
「あら、貴方達こんなところで何をしてるの?」
そんな3人に声がかけられる、フェアがその声の方向へ振り向いて見ると、そこには1人の女性が立っていた。
着ているものの上からでもわかる豊満な肉体を包む見た事のある甲冑、見た事のある槍。
美しい顔立ちを彩る赤い口紅と艶やかな長い黒髪が何とも艶やかなその女性は、微笑みを3人に向ける。
「あ、グレースさん」
「グレース......っ!」
ルーシェの言葉にフェアが驚愕の表情を浮かべる。
「また何か悪巧みでもしているのかしら?」
グレースは左手で右手の肘を押さえ、軽く握った右手を唇に重ねる。
眉根を寄せたその表情と仕草は、フェアの良く知る人物のものだった。
「(ぐ......グラッドお兄ちゃん..........)」
フェアの思っていた通り、グラッドもまた性別が反転し女性になっていた。
「そんなこと考えてねーよ、失礼だな」
「リシアンが言っても説得力がないのよ」
憤慨するリシアンの言葉を、グレースは慣れた様子で返す。
「あ......あ...」
言葉を失うフェア、そんなフェアを見たグレースはフェアに近づいてくる。
「どうしたの?フェア」
「あぁ、今日そいつおかしいんだよ」
「具合でも悪いんじゃないかって思って」
「具合が?どれどれ......」
唐突に触れ合う額と額、目の前に広がるグレースの美しい顔。
「あひひゃあぁぁぁぁっ!」
大きな奇声を上げながら後ずさりするフェア、ソレを見た3人はキョトンとした顔をする。
「ふむ......別に熱はないようだが」
「(おに...あっ、お姉...んあぁ!お兄ちゃんの顔が...顔がぁ!)」
興奮と混乱がフェアの頭の中に渦巻き、正常な思考を奪っていく。
「......確かにおかしいわね」
フェアの様子を見たグレースの口から言葉が漏れる。
「わ、私先にいくから!」
顔を真っ赤にしながらフェアはその場から走り去っていく。
「(お兄ちゃんが......お姉ちゃんになっちゃったよーーーっ!でもキレイだったなぁ......って違ーーーーーうっ!)」
自分自身にツッコミをいれながら、フェアは宿屋へと走っていった。

「ハァ...ハァ......」
肩で息をしながら、今勢いよく閉めたばかりの扉に背中を預けるフェア。
「おやおや店主殿、どうかしたのかな?」
聞き覚えのある喋り方、フェアの視線は声の方向へと向けられる。
赤い長髪から覗く角、二股に分かれていたズボンは長いスカートに代わっており、長いスリットから見える生脚が艶かしい。
手に持っているフサフサのついたセンスを優雅にたなびかせながら、その女性はフェアに近づいてきた。
「なにやら顔が赤くなっておるぞ?」
背中を曲げフェアの顔に美しい顔を近づける赤髪の女性、その拍子に大きな胸がプルンと揺れる。
フェアと同じで下着をつけていないのだろう、フェアの場合は小さくて必要ないのであるが。
「まさか......セイ」
「おいセイラン、なにをしている」
フェアの言葉を遮る様な男性の声が木霊する。
「おぉアロリア、なに、店主殿の様子が少し可笑しかったのでな」
「アロ......リア?」
アロリアと呼ばれた青年は、整った顔立ちをフェアのほうへと向ける。
良く鍛えられた上半身を惜しげもなく外気にさらし、頭には大きな羽飾りをつけている。
背中から生えた翼と顔の傷が彼をアロエリだと物語っていた。
セイランに近づくアロリア、よく知っている人物達なのに見慣れない光景。
「フェア、大丈夫か?」
「えっ?あっ、うん」
「それは善哉善哉、店主殿に倒られてはアロリアの腹の音が止まらぬからな」
「なっ!」
セイランの言葉に、アロリアは顔を真っ赤にして抗議する。
「だ、黙れセイラン!お前だっていつもたくさん食べるではないか!」
「ほっほっほ、妾はそなたほど食べぬわ」
「(なんかもう......驚き疲れた)」
フェアは2人のやりとりに疲れを覚えたのか、左手で額を抱える。
「ちょっと...休ませてもらうね」
そのまま部屋へと向かうフェアに構いもせず、セイランとアロリアは言い争いを続けた。

ーーフェアの部屋ーー
「はぁ〜......」
ベッドの上に身を投げ出す。
いつも部屋にいる竜の子、コーラルはどこかに行っているらしく部屋にはいない。
「リシェルがリシアン、ルシアンがルーシェ、お姉ちゃんがお兄ちゃんに、お兄ちゃんは......」
そこまで口に出し、フェアは先ほどの事を思い出す。
体温が上がるのを感じる。
「(お兄ちゃん...キレイだったな......)」
フェアは夢想する。
グレースと自分が手をつなぎながら、本で読んだ事のある(想像上の)帝国の商店街で買い物をしているところを。
「(まずは服を買って...次にカフェでパフェでも食べて.........って)」
そこまで考えて、フェアは再び顔を赤くする。
「ななななな...何を考えてんのよ私は!私にそんな気は......」
言葉が濁る。
「どんな気がないんですか御主人」
「ひやあぁぁ!」
突然の声にフェアは素っ頓狂な声をあげる。
横を振り向くと、そこには見慣れぬ女性がいた。
黒い見慣れない服、確かシルターンの『キモノ』とかいう服である。
はだけた胸には包帯が巻かれており、胸を押さえつけている。
くせっ毛の茶髪とメガネが、彼女がシンゲンであったということを表していた。
「わわわわわわわわっ!」
先ほどまでの恥ずかしい妄想からか、顔を真っ赤にして狼狽するフェア。
「どうしたんですか御主人、まさかこのシンレイのことをお忘れで?」
よく通る透き通った美声がフェアの耳に響く。
「シン...レイ?」
「そうですよ、まさか本当に忘れたんですか?」
シンレイの顔がぐぐっと迫ってくる。
「あ...ははは、まさか忘れるなんて」
乾いた笑いが室内に響いた。
慌てて手を振るフェア、名前が解らなかったとは口が裂けても言えない。
「そうですか...ちゅっ」
突然、頬に柔らかい感触が走る。
それがシンレイの唇であるという事が解るのに、フェアは数秒かかった。
「ななななな......何をーーーっ!」
フェアはベッドの上を後ずさりする、しかし狭いベッドの上、すぐに壁に後頭部がぶつかる。
「何って...挨拶ですよ、あ・い・さ・つ」
「あああああ...あいさつぅ〜!?」
ベッドの上に四つん這いになり、再びフェアにシンレイの美しい顔が近づく。
「鬼妖界では女性同士の同性愛なんて当たり前ですよ?」
いやらしく微笑むシンレイ、そして今度はフェアの唇めがけてシンレイの唇が近づいてくる。
「あっ...いやっ......だめえぇぇぇぇぇ!」
フェアはシンレイを突き飛ばしてベッドから飛び降りると、部屋から飛び出していった。
「あいたたたた......さすがに冗談が過ぎたかな?」
仰向けでベッドに寝そべるシンレイはボソッと呟いた。

ーー裏庭ーー
「ハァ......ハァ.........」
顔を真っ赤にしながら部屋から逃げてきたフェアは、いつの間にか裏庭にたどり着いていた。
「おや、どうしたんですか慌てて」
誰もいないと思っていた裏庭には先客がいたらしく、何物かに声がかけられる。
「(はぁ......今度は誰よ...)」
顔を上げた先にいたのは少年であった。
紫と白を基調にした服、服と同じく紫色の髪。
知性を感じさせるメガネと、彼が人間ではないという証の羽と頭の上で輝く輪。
「(今度はリビエルか......)」
最早慣れた様子のフェアは、不思議そうな顔をする少年版リビエルを見つめる。
「な...なんですか.........」
「おーい、フェア〜!」
今度も違う声が響く。
その方向へ視線を向けると、剣を携えた少女が走りよってきた。
しなやかな二の腕を惜しげもなくさらし、ピッチリとした黒い服を身につけている。
胸はフェアと同じく控えめだが、健康的な、美しさというよりは可愛さがにじみ出ている。
額には傷があり、頬には絆創膏を貼っている。
ツンツンと跳ねた髪を後ろに束ねた少女がアルバであったと、フェアはすぐに察した。
「フェア、ちょっと一緒に訓練を......あ、リビィもいたのか」
「いたのかって......お言葉ですねアルビア」
「(リビエルはリビィで、アルバはアルビアか......)」
冷たい視線をアルビアにぶつけるリビィ、その視線に空笑いで返すアルビアが、フェアに救助の視線を求める。
「あはは......それよりもフェア、一緒に稽古しない?」
「あ...私今日疲れてるからパス」
アルビアに素っ気ない返事を返す、その返事には訳があった。
その返事を聞くや否やアルビアとフェアの間にリビィが立ちはだかる。
「アルビア、前から言おうと思っていたのですが貴方女の子ならば少しは体を大事にしなさい。全く貴方という人は......」
次々と飛び出す言葉、リビィの説教が始まったのだ。
先ほどの誘いを承諾していたのならば、同じくフェアも説教をされていただろう。
それを素早く察したフェアは、何も言わずにその場から立ち去った。
背中に視線を強く感じたが、長い説教を逃れる為に完全に無視をした。

ーー食堂ーー
「はあぁぁぁぁ〜」
誰もいない食堂の椅子に座ったフェアは、部屋にいたときよりも大きなため息をつく。
「(どうしよう......これから)」
フェアは思い悩む。
「(どうにかしてみんな元に戻さないと......)」
頭の中にある人物の顔が思い浮かぶ、それは件の事件を引き起こした真犯人、シャオメイの顔だった。
そして何故か独特の笑い声までが頭の中に響く。
「よし!まずはシャオメイのところへ行かないと!」
思い立ったフェアが勢い良く椅子から立ち上がるのと同時に、食堂の扉が開いた。
「ごめんください......あぁ、ここにおりましたか」
丁寧な言葉遣い、フェアはその言葉のした方向へ顔を向ける。
そこに立っていたのは、黒を基調としたスーツをビシッと着こなす男性だった。
手袋をしたその男性は、フェアに歩み寄る。
「奥様がお呼びなんです、すぐに宿屋までおいでいただけますか?」
優しく微笑むその男性に、フェアの胸がドキリとときめいた。
「何やら経営方針の事でお話があるとかで......」
「あれ、フェアどっかいくの?」
男性の入ってきた扉から、もう1人の男性が入ってくる。
こちらは白と黒の着物を着ており、腰のあたりにたくさんの投具をつけている。
オレンジ色の長いマフラーには見覚えがあった。
「おや、アカカゲさん」
黒い服の男性が着物の男性に話しかける。
「(アカ...ネかな?多分......じゃあこっちは...)」
「お、ポムニオもきてたのかい?食事かな?」
「(やっぱり、ポムニットさんか......)」
それにしても先ほどから都合良く名前がわかって助かる。
「フェア、食事作ってくれないか?お腹減っちゃってさ...」
腹部を右手で摩りながら笑いかけるアカカゲ、しかしその願いはポムニオの言葉によって叶わぬ事になってしまう。
「残念ながら、フェアさんはこれからお屋敷のほうに向かわれるのでそれは無理ですね」
「えーーーっ!」
「奥様、ティリア様がお呼びなのですよ、申し訳ありません。
ポムニオは丁寧に、深々と頭を下げる。
ガックリと肩を落とすアカカゲ、フェアはそんな彼に声をかける。
「あの、昨日の余り物だったら少し厨房に残ってるけど......」
次の瞬間、アカカゲの顔が明るく染まる。
「それではフェアさん、参りましょうか」
ポムニオに導かれながら、ブロンクス宅へと向かった。

ーーブロンクス宅ーー
テイラーの部屋の前へ通されたフェアは、コンコンとドアをノックする。
「(テイラーさん...ティリアさんだったっけ?また小言を言われるんだろうな......)」
そう考えると気が重くなる、しかしすぐに女性の声が返ってくる。
「フェアです、入ります」
「よく来たわね、なぜ呼ばれたのか...わかってるわね?」
部屋の中にいたのは、茶色い長髪の熟女だった。
少し濃いめの化粧ながら、色気を漂わせるその女性の顔つきは厳しい。
「最近、宿屋の経営がうまくいってないんじゃなくって?」
しかし見た目は違えどその態度、口調はテイラーの頃のものと全く変わっていない。
「はぁ......」
「確かに立地条件も悪く、客足が遠のいている事は事実。だけど前にも行った通り立地条件を逃げ口上にしてもらっては困るわ」
次々とフェアに言葉の雨を浴びせるティリア、しかしフェアの意識はこれからどうするか、そればかりにいっていた。
「ちょっと...ちょっと聞いているの!」
「......へ?は、はい!」
いきなりの大声、見るとティリアの顔が怒りを通り越して呆れへと変わっていた。
「全く......援助を打ち切られても文句は言えないわよ」
「す...すいません......」
「まぁ、私としても宿屋を成功させてもらわなければならないからね。今回だけは大目に見て援助を続けてあげましょう」
ティリアの言葉に、フェアの顔が明るくなる。
「あ、ありがとうございますティリアさん!助かります!」
まっすぐな言葉と汚れのない笑顔、その顔にティリアの顔が少し赤くなる。
「べ、別にあなたの為じゃなくってよ!私の損になるのがいやなだけですからね!今日はもういいわ、返りなさい!」
フェアは半ば押し出されるように部屋から出ると、重い足取りで町へと向かった。
目的はもちろん、件の事件の真犯人に逢うためである。

ーーシャオメイの店ーー
「こらぁ〜!シャオメイーーーっ!」
勢い良く扉を開けるフェア、そんな彼女を出迎えたのはあの笑い声だった。
「にゃはははは、どうしたのかなお姉さま」
どしどしと店の中に踏み入り、シャオメイの目の前に立つ。
そしてバンッと勢い良く机を叩く。
「とんでもないものを渡してくれたわね!」
「あ、使ってみたのアレ。でもお姉さまはお兄さまになっていないみたいだけど......」
不思議そうな顔をするシャオメイ、しかしフェアも動じない。
「そんな事はどうでもいいの!早く解毒剤をちょうだい!」
「にゃはははは、楽しかったでしょ?」
のらりくらりとフェアの言葉を交わしていくシャオメイ、その顔は相変わらず天使の笑顔である。
「楽しくない!」
「本当に〜?」
シャオメイの瞳が怪しく光る。
「お姉さま、女になった駐在さんにおでこくっつけられて顔真っ赤にしてたよ〜?」
「なっ!」
見られていた、そんな筈は......そんな考えがフェアの頭を駆け巡る。
しかし実際は往来の真ん中で行われた事であり、見ていないとはいいきれないのだ。
「(まぁ...この水晶玉で覗き見してたんだけどね......にゃはは♪)」
シャオメイは目の前にある水晶玉を愛おしそうに撫でる。
「何気に楽しんでたんじゃないの〜?」
「っ!」
本心をズバリと言い当てられ、フェアは言葉を失う。
「わ......私は............」
「.........にゃははははは!」
言葉を選んでいるフェアの思考が、いきなりの笑い声に遮られる。
「ごめんなさいお姉さま、いじめすぎちゃった」
「シャ、シャオメイ!」
シャオメイは懐から見た事のある小瓶を取り出す。
「はいこれ、解毒剤だよ」
「へっ?」
あまりにもあっけなく解毒剤を渡すシャオメイの行動に、フェアは疑問を抱く。
「......でも、ただじゃ渡してあげない♪」
「(やっぱり......)」
「お姉さま、この飴を舐めてもらえる?」
シャオメイは再び懐に手を入れると、粋蜜糖そっくりの飴を取り出した。
「飴?」
「そう、私なりにアレンジしてみたんだけど、今度売り出そうと思って。まずは料理人でもあるお姉さまに味見をしてもらおうかなって」
シャオメイは無垢な笑顔を向ける。
「別にそのくらいならいいけど......」
包み紙を外し、1口舐める。
しかしこの時フェアは考えるべきだった、相手がシャオメイであるという事を。
「あれ、これ粋蜜糖と変わんないじゃ..........っ!」
突然、強いしびれがフェアを襲う。
耐えきれなくなりその場に倒れ込んでしまうフェアを、シャオメイが笑顔で見下ろす。
「シャオ......メイ.........何を...」
「お姉さま、私最初に言ったよね?」
シャオメイの目が今度は妖しく光る。
「入れなかったら.........って」
「あっ...くっ.........」
「にゃはは♪お・し・お・き♪」
「あっ.......いや......いやあぁぁぁぁぁっ!」
その日の夕方、フェアは乱れた服で宿屋に戻った。
そして昨日のメンバーを集めると再び食事を作り、それを振る舞った。
次の日、各人は元の姿に戻り、記憶も都合のいいように変わっていた。
しかしその日よりフェアは、2度と市場には近づかなかったとさ。


おしまい

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