将来の旦那様と… 2



 場所は変わって宿の浴場。
 宿の浴場とは言ってもそれほど大きいわけでもなく、せいぜい6〜7人入れるくらいの小さな場所であった。
 そんな小さな風呂場では、ポッと灯った光の下で二人が、バスタオル以外のものを一糸纏わずに身体を清めていた。
「でも本当に久しぶりですね〜。お嬢さまとこうしてゆっくりとお風呂に入るのって」
「そうね〜」
「お嬢さまとまた一緒に入れるなんて夢のようです…えぅぅ…」
 防水加工の施してある木製の椅子に腰掛けるリシェルの後ろで、石鹸の泡を立てながら立膝になっているポムニットは、じわじわと涙を瞳に溜め込んでいる。
「こ、こらぁ!泣きながら抱きつかないの!」
 そして、よほど感動ものだったのか、ポムニットは滝の如く涙を流しながら、華奢なリシェルの身体を抱きしめている。
「なら、笑いながら…」
「それもダメ!」
 少々迷惑そうにしているリシェルだったが、別段嫌がっているわけでもなく、ある程度ポムニットの好きにさせていた。
「それにしても残念ですね」
「ん?どうして」
「いえですね。お嬢さまと一緒にお風呂に入れたのはいいんですが、何かもうちょっと足りないんですよ」
「足りないって?」
「そうですね〜。例えば…ライさんとか…」
「な!?」
 横目をリシェルの方へ滑らせて鋭い言葉を吐くポムニット。ライの名を出されたリシェルは身体中、茹蛸と同じ赤さになっている。
「あぁ…ライさんがいればもっと嬉しいんですけどね」
「ポポポポポ!ポムニットぉッ!」
「あら?お嬢さまはライさんと一緒に洗いっこしたくはないんですか?」
「そ、そりゃ、したい…って!何言わせてんのよ!」

「うふふ…お嬢さまも最近は素直になってきましたね」
 色ついた笑みを浮かべるポムニット。リシェルは頬を膨らませながらプイッと顔を背ける。
 彼女の言ったとおり本音だった。内心はライが好きでたまらなく、彼になら身体を許してもいいと思っている。
 だが、どうも素直になれない。それがリシェル本人の一番の悩みであった。
「お嬢さま。本音が聞けたことで言っておきますけど…わたくしもライさんのことが好きですよ」
 いきなりだった。さきほどまでのいつもの彼女とは違い、真剣な眼差しをリシェルに向けるポムニット。
 ピリッとくる雰囲気に、思わずリシェルも凛とした表情になる。
「知ってるわ…」
「ええ、知ってると思いました。でも、どのくらい好きかも分かりますか?」
「…」
 大体は理解出来る。多分、自分と同じくらい…いや、それ以上であろう。
 ポムニットのライへの接し方は、家族、友人というには過激すぎる。
 あれはライを男として見て確実に誘っている。リシェル自身も感づけるほどのものだった。
「じゃあ、ポムニットに聞くけど…アタシはどのくらいライが好きなのか知ってる?」
「はい」
「うそ…」
「本当です」
 弱いリシェルの問いに、力強い言葉で返してくるポムニット。
「うそよ…だって、アタシはアンタが思っている以上にライが好きなんだもん…」
「なら、わたくしはリシェルお嬢さまが思っている以上にライさんが好きです」
「それなら、アタシはもっと好きよ!もっと!ポムニットが想像できないくらい大好き!」
 振り返りポムニットを見上げるリシェル。二人の視線の間で火花が散ってもいいくらい険悪なムードである。
「わたくしだって!お嬢さまの想像を更に超えるくらいライさんが好きなんですもの!」
「はぁ…はぁ…それでも…ライが」
「はぁ…はぁ…それ以上に…ライさんが」
「「好き!」」
 まるで競い合いの口論は、ライへの想いが最高潮へと達すると全てを解放したのか、大人しく一時の終焉を迎える。
「ふふ…お嬢さまったら…そんなにムキにならないでも」
「あはは!…ポムニットだって凄い顔だったわよ!」
 そして、緊張の糸が切れたのか、リシェルとポムニットからはどっと笑いが込み上げてきた。

「どれくらい好きなんて別にいいじゃない」
「全くです。お嬢さまもわたくしもライさんが大好きなことには変わりありませんから」
「あははは、バッカみたい!アタシ達」
 前かがみになり大笑いをするリシェルに釣られてか、ポムニットも涙目を拭って笑っている。
「ふぅ…ありがとね、ポムニット。アンタのおかげで色々楽になったわ」
「お互い様ですよ。わたくしだってお嬢さまとこうやってお話できて良かったです」
「にしても、ライの奴よね!アイツ!本当に鈍感なんだから!」
 歯をキリキリさせてイラつくリシェル。鈍さにも程があると思うと無性に腹が立ってくる。
「あれには困りものですよね?わたくしだって誘っているのにいつも逃げてしまうのですもの…」
「はは…やっぱり誘ってたんだ」
 疑いが確信に変わりリシェルは、口端を引きつらせながら失笑する。
「それにしてもややこしくなっちゃったわね。主とそのメイドが同じ人を好きになっちゃうなんて。結局はどっちかが諦めるしかないんだもんね」
「そうでもありませんよ?リィンバウムには別に重婚に関する法律罪もありませんし」
「はっちゃけたこと言うわね…気が早すぎるんじゃない?」
「気が早いって、お嬢さま。シルターンでは遅いくらいでもありますよ?某風来坊が仰るには幼妻は珍しくないとのことですし」
「風来坊って…ああ…あの乞食のことね…」
 大したことでもないものを思い出すようにして、ちょっと前にまた旅に出た戦友の三味線乞食が頭の中に浮かび上がる。
 今頃はどこで野たれ死んでいるか…知ったこっちゃないが。
「まぁ、ライをどうにかしないと始まらないけどね」
「ああ、その点については問題なしですよ。お嬢さま」
「は?」
 ポムニットの赤くギラついた瞳が動く。
 何が大丈夫なのか意味不明なリシェルは、キョトンとしてポムニットの視線の先に目をやると、そこには先ほど自分達が通り抜けた脱衣所に繋がる扉があった。
「ふふ…」
「ポムニット。出るの早すぎじゃない?」
「あ、違います。ちょっと脱衣所に置き忘れたを物を取りに行くだけですよ」
 妖しく笑うと何故か扉を開き、ポムニットはスタスタと脱衣所へと足を運ぶ。
 忘れ物なんてあったか?石鹸等は浴場に置いてある。それよか持ってきたものなど一つも無い筈だが…とリシェルは不思議そうにしていたが、その忘れ物がどんなものなのかは直ぐに分かることになる。


おわり

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