宿屋の非凡な日常 3



「う……いてて……」
「ほ、本当にごめんねライ……」
本日何度目の謝罪だろう。
ライを勢いで突き飛ばしてしまい、置いていた物は盛大に倒れこんだ彼の周辺に散らばってしまった。
おまけにエニシアを抱きしめていた状態だったので、一緒に倒れこんで彼女の下敷きにまでされている。
「すぐにどくからっ」
慌ててライの上から起き上がろうとするエニシアの体を、ふいに彼の腕が反射的に引き止めた。
……この状況で何と口にすればいいのか。非常に照れくさい。
そんな複雑な面持ちで頬を染めているライを見て、エニシアまでもが赤面して固まってしまう。
体を密着した状態で二人、早鐘を打つ鼓動をお互いに感じながら、考えていることは同じだったのか。
「もう少し……このままでもオレは……いい、けど」
エニシアも、その言葉に無言で頷く。
二人の位置は逆だけれど、今の状況はまさに。
「夢の中と似てるよね……?」
今朝見た夢。エニシアと交わった記憶を思い出す。
覆いかぶさっている彼女の柔らかい体と、夢の記憶が相まって一つになっていく。
同時に、ライの体に押さえ込まれていたものがゆっくりと起き上がってきていた。
ライの下半身の変化に気付き、エニシアは驚いたように身をよじる。
「わ、わりい!オレ、そんなつもりじゃ――」
「ううん、……い、いいよ?私も、憧れてたから」
エニシアの口から出た言葉に、ライの呼吸が一瞬止まる。
彼女の恥ずかしそうな、不安と期待に満ちた表情がライの瞳に釘付けになる。
心の中にずっと閉まっていた気持ちは、エニシアの言葉により、その瞬間あっけなく解放されていた。
「エニシアッ……」
ライはエニシアに覆いかぶさると、彼女の唇を優しく吸う。
手の平に触れた頬はあまりにも熱く、柔らかい。
夢の中では何度も繰り返したが、「現実」ではこれが初めてのキスだった。
ぎこちないが、精一杯エニシアを想い、唇を重ね続ける。
夢の中のような甘い味はしないものの、リアルな感覚にライの体はますます昂ぶっていた。
「んはっ……。その、えっと……もっと、いいのか?」
唇を離し、遠慮がちにライは尋ねる。
エニシアの控えめな胸が呼吸で上下に動く姿が、ライの視線を奪っていた。
目を閉じ、ひたすらこくこくと頷くエニシアに、覚悟を決めて自身の手を彼女の服へと差し込んでいく。
「んっ……あ、ふぁっ……」

服の中で包み込んだエニシアの乳房はやはり小さかった。
だがライの手もそれほど大きいわけではなく、柔らかい弾力が心地よく伝わってくる。
頂点の突起をそっと摘むと、エニシアの背筋がかすかに仰け反った。
まだ慣れない感覚と、恥ずかしさに耐える彼女の姿があまりに可愛らしい。
ライはその姿に欲望を抑える余裕もないまま、喉を大きく鳴らした。
「やっ……!?ぁっ……!」
ひときわエニシアが反応したのは、下着の中に指が入り込んだ瞬間だった。
すでに濡れ始めているその場所へ、ライは恐る恐る指を滑らせていく。
こんな時に場所を間違えてはシャレにならない、とゆっくり押し込んだ所は正解だったのか、熱い柔肉が指を飲み込んでいった。
……以前酔っ払ったシンゲンの猥談に無理やり付き合わされたことを、こんなところで感謝しなければいけないのが悔しい。
「ふっ、あぅ……んっ……!」
エニシアの中にゆっくりと指を沈めるたびに、彼女の体は小さくこわばっていた。
初めて経験する体内の違和感のせいだろうが、それでもさほど苦痛は感じていないのが幸いだ。
ぬるりと指を引き抜くと、ライはエニシアの下着へ手をかける。
これから彼が望んでいることを悟り、エニシアは不安げな顔で見上げた。
「い、痛かったらすぐにやめるからっ。それか、今は無理って思うなら……オレ、我慢する!」
自分の望みがあるとはいえ、無理強いしてエニシアを傷つけたくはない。
だが。
「んっ……!?」
エニシアに肩を引き寄せられ、唇に柔らかな感触を与えられる。
そして耳元で囁かれた言葉に、ライの体はますます熱を帯びた。
もはや迷う理由もなく、ライの手はエニシアの下着を掴み下ろしていく。
「あ……」
初めて目にしたエニシアのそこは蜜が溢れ、かすかに震えていた。
経験のない者同士で不安はあるが、好きな女の子に苦痛を与えることだけは極力避けなければ。
ライは心に誓いながらズボンのファスナーを下ろすと、屹立した熱をエニシアの中心へとあてがう。
「ん、ライッ……!」

柔肉が先端を包み込むと同時に、エニシアの体が震えた。
「エニシア……」

「二人とも!大きな音がしていたけど、ボクも後片付けを手伝おうか?」

「………………」
突然ドアを開けて入ってきたギアンの視界に飛び込んできたもの。
それは様々な物が散らばった床の上で、あられもない姿で横たわっている「妹」と。
ナニかを剥き出しにして覆いかぶさる、彼が認めた少年のとんでもない光景だった。
――そのときのギアンの顔たるや、なんと形容すればいいものか。
少なくとも、「鳩が豆鉄砲を食らったくらいにビックリですわ!」などという可愛らしい代物でないことだけは確かだった。


「……おや、本日三回目か」
「戦いが終わってからのほうが騒々しくなってないか?ここ……」
厨房からの謎の轟音に震動がプラスされ、宿屋の天井からパラパラと埃が落ちてくる。
楽しげに扇子を扇ぐセイロンの横で、グラッドは引きつった顔で虚空を眺めていた。


「いらっしゃいませ!ご注文は何になさいますかっ?」
翌日の忘れじの面影亭は、いつもと変わらず客で賑わいを見せていた。
看板娘のエニシアは相変わらずの人気で、注文を受けにあちこちを動き回っている。
「お姫様、こっちにも来て貰えませんかねえ」
聞き覚えのある声に振り返ると、入り口で昨日も来ていた眼鏡侍が手を振っている。
「いらっしゃいませ。……でも、ライにお金持ってこないと注文受けちゃいけないって言われてるんですけど……」
「いやいや、今日はちょいと様子を見に来ただけです。昨日はギアン殿の前でお二人が何やら騒ぎを起こしていたそうじゃないですか?それで、貴方がこちらに来るのを禁止されてはいないかと心配しまして」
どことなく「騒ぎ」の予想がついているのか、シンゲンはいつもの胡散臭い笑顔を浮かべている。
エニシアは困ったように顔を赤らめながらも、店の奥を指差した。
「そ、それなら心配ないですよ。ギアンとは、ライと三人で話し合いましたから」
「では、お二人の交際を認められたと?」
「ええ。条件つきなんですけどね?」


一つの客室の前で、ライが何かを待っているのか壁にもたれかかっていた。
その顔はどことなく、期待と楽しさに満ち溢れた表情をしている。
直後、カチャリと音を立ててドアが開かれた。
とっさにライは姿勢を直し、ドアの隙間へ視線を向ける。
……そこから出てきたのは、どことなく青ざめたギアンの顔だった。
「ライ……本気なのかい?」

絶望に満ち溢れた彼の顔は、ドアの外側からは見えない自身の首から下を見つめている。
ライは彼の問いに、力強く首を縦に振った。
「とーぜん!そもそもオマエが言い出した条件だろ?オレは承諾したんだから、オマエもその辺はキッチリして貰わないと困るぜ」
「くぅっ……!」
怒りとも嘆きとも見て取れる顔で、ギアンはライを忌々しげに見下ろす。
しかしどことなく諦めたように薄い笑みを浮かべると、無言で眼鏡をかけなおした。
「……まあいい。これも宿屋で働きたいエニシアの意思を尊重することと、彼女を目の届く範囲で守るためには必要なことさ。……それに」
ギアンはドアの隙間から腕を精一杯伸ばし、ライを鋭く指差した。
「君が若気の至りで、またエニシアにいかがわしい事をしないとも限らないからね!!……いくら将来エニシアの夫になる相手だろうと、今のうちから……そ、そういう……」
途端に俯いて小声になる。
クラウレ曰く童貞の彼は、想像以上に純粋な精神の持ち主だったらしい。
……いや、そんなことよりも。
「お、おお『夫』って!そりゃあオレはエニシアが好きだけど、まだ十五歳だぞ!?」
家族というものの憧れ以上に、その甘美な響きにライの顔が火照っていく。
それならエニシアは、自分にとっての『妻』という存在に――。
「そしてボクは将来の君の『兄』だ!恩人であり、義弟である君をこんなことで憎みたくはないんだよ」
火照っていた心を、瞬時にぬるくて生臭い代物に差し替えられた。
「……と、とにかく、エニシアのことが心配なら思う存分そばにいてやればいいだろっ?ほら、行くぞギアン」
「うぐっ……!!」
食堂へと向かうライの後姿を見ながら、ギアンは再び脱力した面持ちで俯いていた。


「あっ、二人が来ましたよ?ライー、ギアンー!」
エニシアが満面の笑みで手を振る先に、例の二人が歩いてくるのが見える。
看板娘の喜びように、客は何事かとその方向を一斉に振り返るが。
――その瞬間、賑わっていた店内が凍りついた。

「えー、紹介します!彼は今日からここでエニシアと一緒にバイトをすることになった、ギアン・クラストフといいます!」
「……よ、よろしく……」

客の視線に晒される、長身の青年。
顔だけを見れば、女性客なら大抵は目を奪われるかもしれないほどの男だ。
……顔だけを、見れば。

「わあ、よかったねギアン!」
純真無垢な笑顔で見つめるエニシアの、愛らしい瞳に映る「それ」。
それは、ここの客ならばいつも見慣れているはずのものだった。
ふわふわとしたフード付きのオレンジ色の上着。
そして生足を強調するような、内股の際どく開いた半ズボン。

……ギアンを包み込むそれは、あまりにもおぞましいオーラを放っていた。

「ライとお揃いの制服なんて、素敵だね!兄弟みたいで羨ましいなあ」
「ホール担当だからな!私服勤務は厳禁だぜっ?」
笑顔でライがギアンの背中を叩くたび、その長身が風に吹かれるように頼りなく揺れている。
「……これはひどい」
予想もしていなかったシンゲンの口からは、乾いた笑いと一言がこぼれるだけだった。
客の、まるで異形の存在でも見るかのような眼差しにライはさらりと紹介を続ける。
「見た目はちょっとクセがありすぎますけど、まあこういうマスコットキャラだと思って愛でてやってください!ほら、今はイケメンとかキモカワイイとか、そういう流行あるし――」
「ギアン様っ!!やはり俺は貴方に御仕えする戦士です!俺も共に仕事をっ……」
突然入り口から聞こえた声にライたちが振り返ると、そこには息を切らして駆け込んでくるクラウレの姿が。
……彼はギアンの痴態を目の当たりにするなり、言葉を失った。
見るなと言わんばかりに俯くギアンの頭のてっぺんからつま先まで、空気の読めない鳥男の視姦は続く。
「分かっていたのだ……こうなることは!!」
「分かっていたのなら毎度事前に止めてくれ!!」
ギアンの叫びも気付かず、クラウレはライの胸倉に掴みかかった。
「ライよ、俺もギアン様と共にここで働く!あのおかしな服を俺にも貸せ!!」
「む、無理だって!オマエの体格に合う制服なんてねえよ!」
大体あんな服を着た大の男が二人も接客をしていたら、何かおかしなサービスでも取り入れたのかと勘違いされてしまう。
ライの言葉にクラウレは悔しげに唇を噛み締めると、申し訳なさそうにギアンを見つめた。
「ならば仕方がない。――聞け!愚かなる驕りにまみれたニンゲンどもよ!今日からここで働かれるこの御方は」
「やめろっ!いい加減本気でやめてくれクラウレエェッ!!」
お節介な腹心の登場で先ほど以上にやつれたギアンが、生白い足で地団駄を踏む。
……しばらくこの食堂に寄るのはやめておこう、と考えてしまうシンゲンだった。

「え、エニシア。ボクは……」
ギアンが助けを求めるようにエニシアに視線を送るが、彼女は相変わらずの輝かんばかりの笑顔である。
「これからは私たちと一緒に頑張ろうね?ギアン♪」
「まあ無理にとは言わないし、辞めたくなったら言えばいいけどさ。せっかくエニシアが嬉しそうな顔してるんだから、オレたち仲良くやっていこうぜっ?」
「ギアン様。何があろうとも、俺は最後まで貴方の味方です!」
「……は、はははっ……」
「妹」と、将来義弟となる予定の少年。
ついでに忠実なる腹心。
それらの笑顔がまぶしすぎて目をそらしたくなる。
ついでに客には目をそらされている。
エニシアのことが心配だからと、アルバイトに雇ってもらう条件でこちらも飲んだ条件だったのだが。
……まあ、今の季節なら、このズボンも涼しくていいかなあ……?
彼らに満面の笑顔を向けられながら、ギアンの頬を、汗とも涙とも分からないものが幾度となく伝っていった。

「う、ウソだ、ウソだ、ウソウソウソウソウソウソ……ウソだああぁぁぁっ!!!」

後に、ミュランスの星には再び「忘れじの面影亭」の記事が特集されていた。
店の入り口に誇らしげに置かれていたその本は、しっかりと特集ページを開いて飾っていた。
――そこには、名物店員としてギアン・クラストフの名前が大きく掲載されていたという。


おわり

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