Happy my life



 食卓に並べられた朝食の品々。それらを一つ一つライは吟味する。
 まずトースト。両面がこんがりと焼きあがっている。焦げ目がそれはもう黒々と。
 次に目玉焼き。目玉が完全に潰れてしまっているのはご愛嬌。
 雑に引きちぎられた生野菜。これをはたしてサラダと呼ぶべきなのだろうか?
 一口ぱくりと口に運ぶ。まあ、不味くて食えないというほどではない。
 以前、ほとんど炭としかいいようのない代物を食わされた頃に比べれば格段の進歩といえるだろう。
「どう?」
 感想を求められる。セオリーとしてはお世辞でも美味しいとでもいってあげるべきなのだろう。
 だが今ライの目の前にいる相手は露骨なお世辞で喜んでくれるような素直な性格ではなくて、またライは料理人の端くれとして自分の舌に嘘をつきたくもなかった。
 とりあえず思ったままを当たり障りのないように一言。
「努力の痕跡だけは認める」
「やっぱり……がくっ……」
 ライがそう言うとリシェルは溜息をついてがっくりとうな垂れた。



 
「別にいいですよーっだ。どうせあたしは食べるのが専門なんだから」
 口を尖らせてリシェルは拗ねる。そんなリシェルを見ながらライはふと思い返していた。
 今朝は珍しく早くからリシェルが手伝いに来てくれた。久しぶりにリシェルに叩き起こされての起床。
 ライが着替えて顔を洗い終わると、食卓にはリシェルの手による朝食が並べられていたというわけである。
「あんた、いつも忙しくしてるし朝ごはんぐらいって思ったんだけど。ええ、ええ、余計なお世話でしたね。あんたが自分で作った方が遥かに美味しかったでしょうね。何よ、もうちょっとマシな言い方できないわけ!」
 それで率直な感想を述べたらこうしてプリプリとむくれられているというわけである。
(まあコイツらしいっちゃコイツらしいんだが……)
 嘘で褒めてもそれはそれで怒りだすんだろうなと苦笑いしながらライは息を吐く。
 やれやれいつまでたってもこいつは本当に困ったお嬢様だ。
「ありがとな。リシェル。朝飯作ってくれて」
「何よ、今更!?遅いんだっつうの」
 遅まきながらの感謝の言葉は案の定に噛み付かれた。仕方ないと諦めながらライは続ける。
「別にそんなんじゃねえって。本当に感謝してるんだよ。まあ、結果はあんまし伴ってねえけど」
「……っぐ……ぅ……うっさい!一言多いっ!」
 リシェルは激昂する。そんなリシェルに軽く微笑みながらライはもう一言告げる。
「だから次はもっと美味く作ってくれよ。オレ、期待してるから」
「……っ!」
 ライの言葉はリシェルの頭に見事にクリーンヒットする。リシェルは頭を振りながら答える。
「そんなの当たり前じゃない!見てなさいよ。次はあんたが度肝を抜くぐらい美味しいの作ってやるんだからっ!」
 頬を少し赤らめながらそう吐き捨てるリシェルに、ライはやれやれとばかりに肩を竦めた。





「んっふっふ。どうよ。めがっさ似合ってると思わない?」
「めがっさとか言うな!」
 食堂の開店前、なにかと準備で慌しい時にいつもとは違う格好のリシェルにライは息を吐く。
 いわゆるそれ系の店のウェイトレスの衣装。おそらくはポムニットの手製なのだろう。
「オマエな……ウチはそういう店じゃないって前にも言っただろ……」
「え〜〜。いいでしょ別に。単にあたしがこういうの着てみたいだけなんだからさ」
「……ったく……しょうがねえなあ……」
 ここでまた拗ねられたらこっちが困るだけだ。渋々ながらもライは承知する。
 それになんとなく思わないでもなかった。いつもと違うリシェルの姿に。
「今、可愛いとか思ったでしょ。あたしのこと」
「ぐ……知るか!んなもん。さあ仕事。仕事」
「あー、ずるい!そうやって誤魔化すの」
「うるせえ!」
 図星を差されてライはむきになる。その頬はほんのりピンクに染まっていた。




「ありがとうございます またお越しください」
「ほれギネマ鳥のオムレツにソレルクの甘辛煮込みあがったぜ!」
「はいはい、了解! お次は海賊風焼き飯ふたつ、よろしく!」
 ランチタイム。混雑する客をライとリシェルはなんとか二人で切り回す。
 ふいにライは厨房からフロアーの様子を覗き見る。見やるとリシェルはよく働いてくれていた。
 ほとんど一人で接客をこなし、フロアーを駆けずり回っていた。リシェルを見ながらライは息を吐く。
 鍋をふる手は止めずにそのままひとりごちる。
(ハァ……とことん重傷だな……オレ……)
 いつもと違う衣装を身に包んで駆けるリシェル。そんなリシェルの姿にライはあてられていた。
 さっきは照れくさくて素直になれなかったけれども。これはもう正直に認めよう。
 はっきり言って可愛い。もう目の中に入れても痛くないくらいに。
(ほんと、素直じゃねえのはアイツの専売特許だと思ってたのにな……)
 そのへんはお互い様なのだろう。最近、日増しにリシェルのことが好きになっている。 
 幼い頃からずっと一緒だった幼馴染。そこから更に一歩踏み出し結ばれて、想いは加速度的に膨らむばかり。
 リシェルが好きだ。愛してる。抱きしめたい。ずっと独り占めにしてしまいたいとさえ思うこともある。
 だからこうしてリシェルの可愛らしい姿が客の目に触れるのを複雑に思わなくもない。
 そういう格好は自分の目の前だけでしてくれと思ったりもする。
(……アホなこと考えるな……仕事中なんだから集中しろって……)
 雑念を振り払いながらライは鍋を奮う。本日の一番の強敵は自分の煩悩だとライは静かに認めた。





「「つ……疲れたぁぁぁ………」」
 激戦だった営業時間を終えて二人してぐったりとうなだれる。もう精も根も尽き果てていた。
 このまま床にへたばって眠り込んでしまいたくなるほどに。
「ちょっとは人手増やしなさいよ。このままじゃあんた。いつか過労死しちゃうわよ。」
「いや、分かってはいるんだけどな。それは……」
 慢性的な人手不足。分かっててはいてもそう一朝一夕でどうにかなるものではない。
 それはともかく今日もこうして無事に営業を終えた。今はそれを素直に喜ぶとしよう。
「本当にありがとうなリシェル。今日は真剣にやばかった」
「ほんと。感謝しなさいよね。まったく」
 いつもならコーラルもいるのでここまでは深刻なことにはならないのだが今日は不在であった。
 隠れ里の方に急な用事が出来たので今はそっちにいってるのだ。
「ポムニットも今日は屋敷の仕事で忙しいしね。手が空いてたら首に縄つけて引っ張ってきたけど」
「それはやめとけ。いくらなんでもポムニットさんが可哀想だろ」
 ポムニットにはただでさえ色々と世話になっているのに、これ以上頼るのはしのびない。
「そんなの言われなくても分かってるわよ。ああ、もう!汗でべたべた。気持ち悪いっ!」
 肌にまとわりつく汗にリシェルは不快を示す。そしてライに向かって言う。
「ねえ、帰る前に汗流したいからお風呂貸して。いいでしょ」
「ああ、別に構わねえけど」
 リシェルの要求にライは頷く。するとリシェルはライの顔をジロリと覗き込む。
「な、なんだよ?」
 リシェルは口では何も言わずに目で訴えかける。これは何かを言って欲しそうな目だ。
(こいつ……まさか……)
 リシェルの期待するであろうところをなんとなくだがライは察する。だがそれを口にするには躊躇われた。
 すると見る見るうちにリシェルの眼差しが険しくなっていく。心の中の呟きがなんだか聞こえてくる。
 差し詰め、『さっさと察しなさいよ。このバカ!』と言ったところだろうか。
(本当にしょうがねえなあ……)
 ライは息を吐いて観念する。正直、こっ恥ずかしくて悶えそうだけど口にする。リシェルの期待する台詞を。
「い……一緒に入るか?」
「っ!?」
 そう言った瞬間、リシェルの顔はトマトのように真っ赤になる。やや慌て気味の早口でリシェルは返す。
「あ、あんたがどうしてもって言うんなら考えてやらなくもないわよ。あ、あたしは別に……
 あんたと一緒に入りたいだなんて……そんなのこれっぽっちも思ったりしてないんだかんねっ!」
 そういうことにしといてやろう。ライは肩を竦める。だが、そんなライの顔も茹でタコのように赤く火照っていた。




「言っとくけどこっち覗いたら死刑だかんね!」
「分かってるって……」
 背中合わせに二人は脱衣する。何を今更かとも思うがこうした初心な気持ちがまだライにもリシェルにも残っている。
(一緒に風呂どころかもっとすごいこと既にしてんのにな……オレたち……)
 とはいえやはり緊張せずには言われない。リシェルと一緒に風呂に入る。そんなのはまだ二人が小さかった頃以来だ。
(そういや、あんときも一応そうかな?いや、やっぱ違うか)
 思い返すのはリシェルと初めて結ばれた日のこと。あの日、最初の舞台となったのはお風呂場だった。
 そこでリシェルのあられもない姿を見せられて、それがライのリシェルを異性として意識するきっかけになったりした。
 とはいえ、あれは一緒にお風呂に入ったということにはならない。そう考えるとやっぱり随分久しぶりのことなのだろう。
「あたし、先に入ってるから」
「あ、ああ……」
 物思いをしている内にリシェルが脱ぎ終えて先に浴場に向かう。ライもしばらくしてから手ぬぐいを腰に巻きつけて続いた。




 ちゃぽん。それほど広くはない宿の浴場に二つの身体が浸かる。浴槽の端っこと端っこに二人して身を寄せる。
「「………………………………」」
 互いにしばらくは無言であった。言葉は喉の奥で挟まって鼓動だけが高鳴る。とくんとくん。ドキドキしている。
 顔を合わせるのもなんだか恥ずかしいので顔も伏せている。そんな沈黙がしばし続くと。
「あの……さ……」
「あ、ああ……」
 耐えかねたのかリシェルが先に声をかける。ライも顔は伏せたままそれに答える。
「もうちょっと……近くにきてもいいんじゃない?せっかくあたし達、一緒にお風呂に入ってるんだしさ」
「そ、そうだよな……」
 言われてライはもじもじと少しずつ身体をリシェルに近づける。浴槽の端からもう一方の端へと。
 そうして気がつくと肩が触れ合うぐらい近くにリシェルがいた。
(……生殺しだ……こりゃ……)
 接近して、更に高鳴る鼓動にライはのぼせる。もう間近にリシェルがいる。触りたい。抱きしめたい。
 そんな衝動が自分の中でざわめいているのを確かに感じる。ふとした拍子で箍が外れそうなほどに。
「なんかさ……本当に久しぶりよね。あんたとこんな風に一緒にお風呂に入るなんて……」
「そうだな……久しぶりだよな……ガキん頃は結構よく一緒に入ってた気もするけど」
 とりとめもなく言葉を交わす。その間にもライの胸の中では何かがジリジリと焦がれる。
「そりゃ子どもの頃はね……でもあの時はこんな風に……」
 そこまで言いかけてリシェルは口ごもる。その続きはわかる。ライは心の中で繋げる。
(意識することなんてなかったもんな。お互いに……)
 もう子どもではない自分達。胸をはって大人になったとは言えないが、着実にその階段は上っている。
 肩が触れる。すると意識せざるをえない。むらむらと沸き立つものがある。やっぱり抱きたい。リシェルを。
 交わりで得られる快楽。それを一度知ってしまうと何度も欲してしまう。これはどうしようもないことなのだろうか?
(やべっ!……硬くなってきてやがる……)
 自身の一部がいつのまにか硬化しているのをライは悟る。息を吐いて何かを縋るようにリシェルを見つめる。
 せめて一言、リシェルの方から切り出してくれれば躊躇いなくケダモノになれるのに。
(情けねえ……我ながら……)
 そう悶々としていると。ザブン。水しぶきが上がる。見るとリシェルが浴槽から身を出していた。
「ねえ……」
 トクン。かけられる声に心臓はひときわ強く鼓動する。
「背中……洗ってくんない?悪いんだけど……」 
 染み一つない肌をライの前に晒しながら伏せ目がちにリシェルはそう呟いた。




 石鹸で泡立つタオル。ライはそれをごしごしとリシェルの背中にこすり付ける。
「ん〜〜やっぱいい気持ちよねえ。こういうのって」
「……そうだな」
 心地よさに浸るリシェルにライはぶっきらぼうに答える。返答にひねりを入れる余裕などない。
 内でせめぎ合う葛藤の真っ只中にライはいるのだから。
(拷問だよ……これ……)
 好きな女の子が丸裸ですぐ傍にいる。まだ襲い掛からずに済んでいるのが奇跡といえた。
 自分の理性の強固さをライは死ぬほどリスペクトしたくなる。
「ポムニットにやらせるとさ……最近はなんかハァハァ息をきらしながら迫ってくるのよ。まったく……」
 万年発情メイドを思い返してリシェルは溜息をはく。
(悪い……オレ、その気持ちすんげえよく分かる)
 ともすれば暴走してしまいそうな獣欲をライは必死で押さえつける。そうこうしているうちに悪魔が耳元で囁く。
『何をしているんですか。ライさん!ここはもう押して押して押しまくるところですよ。さあ早くおじょうさまを押し倒すのです。押し倒してそのまま本能の赴くままに貪るのです!おじょうさまだってきっとそれを望んでいるはずです。さあ早く!』
 なんかものすごく身内なイメージの悪魔だ。つうか半魔だろ。アンタは。
『ちょっと!アナタ何を考えてるんですの!いいですこと。どんなときにも女の子はムードというものを大切にするものなんです。
 一時の情動に駆られて取り返しのつかないことになっても知りませんよ。まったくこれだから人間は……』
 天使まで出てきた。これも身内だ。オマイラ人の頭の中まで好き勝手やってくれてますね。
(どうすればいいんだ……)
 悶々としながらライの意識は朦朧とする。なんか身体中の血液が脳みそに上ってきているような感じがした。
(やべぇ……オレ、本気でやべえぞ……)
 むらむらと沸き立つ情欲とそれを押さえつける理性。そのせめぎ合いがライを苦しめる。愛ゆえに人は苦しまねばならぬ。
 なんか昔の偉そうなおっさんはそういった気がする。あれは違う意味か?まあ、そんなのはどうでもいい。
(なんつうか踏ん切りがつかねえ……しっかりしろよ。オレ……)
 リシェルとてこうして風呂に誘うからには期待するものがあるのだろう。それなのに自分ときたら煩悶とするばかりで
 自分からは切り出せずにいる。なんとも情けない。このままじゃいけない。一念発起する。意を決して声をかける。
「リ…リシェルっ!」
「な、何よ!?」
 突然に声をかけられてリシェルは一瞬ひるむ。するとライはリシェルを後ろからがっしりと抱きしめる。
 ギュッと腕に力を込めて数秒間、そのまま抱きしめ続ける。
「……あっ…………」
 背中越しに伝わるライの鼓動の音。リシェルはその音を確かに聞いた。そのリズムはリシェル自身の動悸と重なる。
 とくんとくん。音と一緒にライの暖かな心の中身まで伝わってくるような気がする。
「……いいか?」
 ライは尋ねる。何を?と聞くような野暮はリシェルはしなかった。
「馬鹿……」
 リシェルはそう小さく呟いて返す。どこか嬉しげな表情を浮かべながら。


つづく

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