『ある日の登校風景』



夏の残暑も消えかけ、朝に吹く秋風には冷たさを感じる。
毎年この季節になると布団から出るのも億劫で、学校の時間ギリギリまで羽毛布団の温もりの恩恵を受けるのだが今年からはそうはいかない。

(さ、寒いし眠い…!!)

勇人はのそのそと布団から這い出て、髪を整え制服に着替える。勇人がリィンバウムに召喚され、そして帰って来たのは夏のインハイが終わり部長及びキャプテンに指名たばかりの時期だ。
秋季大会が近づいてきた今、朝練のため部室の施錠等は彼の仕事だ。それはすなわちこの寒い時期に他の部員達よりも早起きして登校しなければならない事を意味していた。

「いっきま〜す!」

朝練は7時から。早目の朝食をとり家を出たのが6時20分。さすがにこの時間帯となると人通りもなく、無人の住宅街の路地に吹く秋風には何とも言えない寂寥感がある。
「しっかし寒いな〜、少し早く出すぎたか?」

などと呟いていると、不意に背後から女性の声が聞こえた。


「あれ、勇人じゃん。どうしたのこんな早くから?」
「えっ、夏美!?」
振り向くと、この冷え込む季節には似合わない、太陽の様に暖かい笑顔をした少女がいた。

「夏美、どうしたんだこんな早くから?」

「勇人、それは今あたしが勇人にした質問。」

ぷう、と頬を膨らまた顔もどこか愛らしい。
少しばかりみとれていたせいか、やや間を開けて
「あ、ああ俺はバスケ部の朝練で。一応キャプテンだからな、皆より早く行かないと。」

と返す。

「へぇー、勇人もそうなんだ。あたしもこれからバレー部の朝練よ。良かったら一緒に行こ?」

「もちろん。あ、でも俺チャリがパンクしてるから今日は歩きだけど…」

勇人はちら、と夏美が押してる自転車に目をやった。
夏美は「ん〜」と考えてから、パン、と両手を合わせた。

「じゃあさ、勇人前に乗ってくれない?あたし背中に掴まってるから。」

「ん…いいぜ。」




「こうして学校に行くのもするのも久しぶりだな。」

「うん、高校別になっちゃったしね…」

最後にこうして登校したのは中3の冬だった。実に1年振りだ。
二人は幼い頃からの付き合いで、中学まではよくひとつの自転車で登校していた。
時折級友に「お前ばかり羨ましい!」と恨めしげな視線を送られたり、「付き合ってないなら紹介しろ!」と脅迫されたりしたものだ。
夏美は美人だ。加えてその活発で楽天的な性格により男女共に好かれている。
だがそれは勇人も同じだった。素直でだが熱血で運動神経抜群、ルックスもいい。密かに彼を狙っている女子も少なくはない。

「勇人ってさ、付き合ってる人とかいないの?」

不意に夏美が問う。

「別にいないけど?」

「ホント?告白されこととかない?」

「ん〜…、何回かはある。」

「断ったんだ?」

「まあな。」

「何で?」

「……………」

勇人は言葉に詰まった。いや、特にこれといった理由はない。「今は誰かと付き合うつもりはない」とかいう感じで告白は全て断っていた。


だが改めて考えると、断る理由もなかった。
「もしかして勇人好きな人いるとか。」

「なっ…!?」

振り向いて否定しようとしたが背後からくくく、と笑いが漏れたのを聞き、からかわれたのだ、と溜め息をついた。
視線を腕時計にずらすと6時32分を示している。45分頃にタバコ屋の前について勇人は東高、夏美は南高へ行くように別れるようにすればいい。まだ時間に余裕はある。

―少し、からかってやろう―


「…あー、実はそうなんだ。」

「…………………………………………は?」
キョトン
そんな擬態語が似合う、しばしの沈黙と間の抜けた声。構わず勇人は続ける。

「前から気になってたんだけど、そいつのこと考えると誰かと付き合おうとは思わないんだよな。結構美人だし話してると楽しいしそれに…」

「ちょ、ちょっと待って勇人!」

「おわっ!?いきなり引っ張るな危ないだろ!」

「あ、ご、ゴメン…」
危うくどこかの家の塀に突っ込みそうになる。自転車のふたり乗りは重心移動が命。ヘタに動くととんでもないことになるのは火を見るより明らかだ。

「それで、好きなヒトって?いつから気になってたの?それあたしの知ってる人?」

動揺しまくる夏美をはた目に、勇人は笑いを堪えていた。質問は「プライベートのためお答えできません」と一蹴すると、言葉に詰まったのかおし黙ってしまった。時々「う〜」とか「あ〜」とか唸ってはいるが。

「ぷぷ…冗談だって。」

さすがにこのまま放っておくのは何かマズイだろうと、助け船を出したが笑いが漏れている。

「ナニそれひっど〜い!あたし真剣に考えてたのに!」

「何を?」とは口には出さない。夏美さんは相当ご立腹だ。

「まあ、誰かと付き合うつもりはないってのは本当だぜ。もしそうだったらこんな風に夏美のこと後に乗せるなんて出来ないしな。」

後を振り向かずに微笑みかける。

「…うん、そうよね!」

夏美さんは機嫌が直るも早いらしい。

不意に、ビュウゥ、と強い風が吹いてきた。先ほどより気温は高くなってはきているが、さすがに風が吹くと寒い、というよりは冷たい。

勇人が「寒いな」と言うと、夏美が「寒いね」と返す。

あと五分位でそれぞれの高校への分かれ道であるタバコ屋に着くだろう。

(たまにはこういうのも良いな。)

夏美と話していると元気がわいてくるのは、幼い頃から身をもって証明済みだ。


「ねえ勇人」

「ん?」

「……えいっ!」

勇人の肩に掴まっていた夏美が、突如勇人の背中に抱きついた。

「うわっ!」

再びバランスを崩す勇人。今度のはかなり危ない。というのも彼は背中から、「アタタカクテヤワラカイ」モノを感じたからだ。

「なっなつ、夏美!?」
「ん〜?」
慌てまくりの勇人とは対照的に、実に満足げな表情の夏美。幸せそうな、といった方が正しいか。

「え〜と、その、…当たってる…」

「当ててんのよ!…って言うのがセオリーなんだって。」

「…その、何だ。いいのか?」

「何が?」とは聞かない。夏美は表情を崩さずに、

「嫌?」

「…いや」

「ならいいでしょ。勇人の背中温かいし。」
などとやりとりをする。
道を曲がる度に胸が擦れて、「あっ」とか、ブレーキをかける度に押し付けられて「んっ」とか夏美のあげる声と、同じく朝練だろうか、勇人と同じ制服をきた生徒達の驚愕の視線で勇人の頭は恥ずかしさのあまり真っ白だ。運転精度も落ちている。
「勇人〜、ワザと激しくしてるのかな〜?」

「へっ?…あ、いや、悪い!でもワザとじゃないぞ!」

「な〜んだ、つまんないな。」

「ええっ!?」

そんな感じでつつがなく(?)タバコ屋前にに到着。多くの高校生の通学路にタバコ屋があるってのも問題な気がするが、とにかく東高生と南高生はここでお別れだ。

「勇人、今日はありがと」

「ん、ああ…」

自販機で買ったブラックコーヒーを飲む勇人の顔はほんのり紅潮している。

「それじゃまたね〜」
勇人が返事を返すと、夏美は自転車を押しながら右へ、勇人は缶コーヒーを片手に左の道へ行く。


「あ、そだ。」
5・6歩進んだ所で夏美が歩みを止めて振り返る。

「ハヤトー、今日はキモチ良かったよ〜!明日もよろしくー!」


「ぶっ!!」

夏美のトンデモ発言に思いっ切りコーヒーを吹き出した。
振り返ると夏美はもう自転車に乗って遠くになっていた。



学校に着くと、朝の怪現象目撃談で男子女子共からの怒号と悲鳴と質問責めで朝練どころか授業すらままならなかったのはまた別の話。

勇人がその日から毎日無理矢理夏美の胸の感覚を楽しまされるようになったのは更に別の話。


終り

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