Happy time Happy days 1



「そういうわけでライさん。どうか今晩はお屋敷の方に泊まりに来てくださいまし」
「……は?」
 昼の営業終了直後、ポムニットからの突然の申し出にライは目を丸くする。
 とりあえず反芻してみる。外泊。どこで?ブロンクス邸で。
 誰が?無論、自分が。何ゆえに?
「えっと……ごめん。イマイチ状況が飲み込めないんだが……」
「ああ、もう。ライさんったら……先ほども申し上げたじゃありませんか」
 するとポムニットは頬を少し膨らませながらライの目の前で指を立てる。
「まず一つ目です。本日、旦那様はご出張のため不在であらせられます」
「ああ」
 ピッと立つポムニットの指にライは頷く。ポムニットは続ける。
「続いて二つ目。今回は旦那様付きの使用人の皆々様もご一緒にお出かけです」
「ああ。それも分かった」
 人差し指に続いて中指も立つ。閉じかけの目でポムニットは呟く。
「そういうわけで今晩、お屋敷は男手が不足しているのです」
 薬指も続いてこれで三つ。ここまではいい。が、問題は次である。
「それで…・・最近はなにかと物騒ですし、おじょうさまとわたくしだけでは何かと不安なんですよ
 もし万が一、屋敷に賊が押し入った場合を考えますとわたくし、もう恐ろしくて恐ろしくて……」
 ポムニットの手は親指だけが折りたたまれた形になる。その手を見ながらライは思った。
(いや、むしろ心配なのはその賊の方だろ……)
 そもそも召喚師の家にわざわざ押し入る命知らずな賊がそうそういるとも思えない。
 よしんばいたところで目に浮かぶ。悪魔メイドの手で挽肉にされる哀れな賊の姿が。
「そういうわけですのでライさんには今晩、お屋敷の方に泊まりに来て欲しいというわけなんです」
 パーに開かれた手をポンと打ちながらポムニットは言う。
「もちろん来て下さいますよね?」
「いや、その……」
 ライは即答は避け口ごもる。けれど逆に念を押される。
「来て下さいますよね。ライさん?」 
「……………はい」
 ポムニットのにこやかな笑顔の問いかけ。完全に脅迫だとは思いながらもライは頷く。
 ライの反応に満足したのかポムニットは晴れやかになる。
「それではライさん。お仕事の方の区切りがつきましたらお屋敷にいらしてくださいまし。
 おじょうさまとこのわたくし、ライさんのご来訪を心からお待ちしております。うふふ♪」
 そういってクルリと優雅なメイドターンを決めて軽やかなステップでポムニットは屋敷へと帰っていく。
 その後姿を見送りながらライは思った。
(またなにか企んでるな……ポムニットさん……)
 感じるのは虫の知らせ。そしてその予感が正しいことを数時間後、ライは身をもって知るのである。




「いったいなにを企んでいるのよ。今回は」
 宿の手伝いから帰ってきたポムニットに訝しげな眼差しでリシェルは尋ねる。
「はて、なんのことでございましょうか?おじょうさま」
 メイドは白々しくとぼける。その態度にお嬢はぶちきれる。
「すっとぼけるなぁあ!!パパの留守にかこつけて他の使用人に勝手に暇を出したでしょ!アンタ!」
「いやですねえ。おじょうさま。企んでるなんて人聞きの悪い。皆さん有給をとられているだけじゃありませんか」
「なんで揃いもそろって同じタイミングなのよ!あたしとアンタだけで留守番なんて明らかに作為を感じるわよ!」
「そういう偶然だってありますよ。ほら、いわゆるシンクロニティってあるじゃないですか」
「んなわけあるかぁぁあああ!!」
 つまりはそういうことだった。ブロンクス邸。街一番の豪邸であるこの屋敷。
 その屋敷にいくら主人が不在とはいえお嬢一人、メイド一人だけの状況などまずありえないわけである。
 誰かが意図的にそうしむけない限りは。
「ポムニット……アンタ、またあたしにいかがわしいことしようとか企んでるんでしょ。パパがいない隙に」
「えぅぅぅぅ。誤解ですよぉ。おじょうさま。わたくし……そんなことは露ほどにも……」
「うっさい!この前科持ち!そうやって何度、人のこと弄んだと思ってるのよ!」
「今月に入ってからはまだ三回です。おじょうさま」
「しれっと開き直るなぁぁああ!!」
「あら?どうやらご来客のようですね。おじょうさま。それではわたくし玄関の方に行ってまいります」
「さらっとスルーしていくなっ!!ちょっと待ちなさいよ!ポムニット!!」
 そんな感じにいつものじゃれ合いをこなしながら二人は玄関へと向かう。
 辿りつくとポムニットは『うふふ』と含み笑いをし、リシェルはそれに対し眉根を寄せる。
「なによ。そのいかにもしてやったりな顔は……」
「うふふふふ。それはですね……おじょうさま」
 リシェルに対しにこやかに微笑みかけながらポムニットはドアノブに手をかける。
「こういうことですよ♪」
 言うと同時にドアは開く。すると現れる人影。それを目にした瞬間にリシェルは声をあげていた。
「ライ!」
「よう。リシェル。久しぶり」
 呼ばれてすぐにライは返事を返す。リシェルは状況が飲み込めず困惑する。
「なにが久しぶりよ。先週会ったばっかじゃない!そりゃ今週は忙しくてちょっと手伝いにいけなかったけどさ。
 ……って、そんなのはどうでもいいのよ!いったい全体なにがなんだかどうしてあんたが今ここにいるのよ!?
 どういうわけ?わけわかんないわよ!ちゃんとあたしに分かるように説明しなさいよ!説明!ざっと400文字以内で!」
「……いいから少しは落ち着け。てんぱりすぎだぞオマエ……」
「うっさい!うっさい!うっさぁぁい!!これが落ち着いていられるかあっ!!」
 動揺してリシェルは昂ぶる。ライは宥めるのだがどうにも逆効果のようだ。
「クスクス……あらいやだ。わたくしったら……うふふふふ……クスクスクス」
 そしてその傍らで全ての仕掛けの張本人であるメイドはクスクスと腹を抱えて笑っているのであった。





「そういうわけでライさんには今晩だけお屋敷に泊まっていただくことになりました」
 リビングルーム。紅茶と茶菓子を差し出しながらポムニットはしれっとことの次第を説明する。
 それを聞きながらリシェルは眉間に皺をよせ、ライは苦笑する。
「ぷお〜む〜にっ〜とぉ〜〜〜あんたって〜娘〜は〜〜」
 唸るようににして言うリシェル。ポムニットは白々しく尋ねる。
「あら、おじょうさま。何かご不満でも」
「全部よ!全部!パパの留守中にこんな勝手な真似して!パパにばれたらどうすんのよ!」
「大丈夫ですよ。旦那さまはああ見えて意外と寛大なお方ですし。それに他のみなさんは有給中ですからバレっこありませんよ」
 ペロッと舌を出してポムニットは答える。そして悪戯っぽく微笑みながら息を吐く。
「ハァ……相変わらず素直じゃありませんねえ。おじょうさまは。本当は嬉しいくせに」
「っ!?……………うっさい!うっさい!うっさぁぁいいい!!違うわよ!そんなの!」
「はいはい。もっと素直になりましょうねえ。おじょうさま」
「違うって言ってるでしょうが!このアホメイド!」
 図星をつかれたのか駄々っ子のようにリシェルはジタバタしだす。ポムニットはそれをあやす。 
 そんな普段となんら変わらぬ主従のやり取りをライは苦笑しながら見守る。
「おやおや。困りましたねえ。申し訳ありません。ライさん。せっかく来ていただいたのにおじょうさまが……」
「こらぁ!なに人に責任なすりつけてんのよ!」
「それではライさんのお泊りをお許しになってくださいますのですか?」
「っ……それは……その……別にいいわよ!……今さら帰れだなんて言えないし」
 そうリシェルがボソッと呟くとポムニットはにんまりとする。まるでシルターンの小話にある
 釈迦とかいうおっさんの手のひらのお猿。そんなイメージが傍で見ているライに湧き上がった。
「いいわよ!好きなだけ泊まっていきなさいよ!べ、別に……あたしがそうして欲しいって頼んだわけじゃないんだからね!」
 そしてなんとかのテンプレ通りの台詞を口にするリシェル。ああ、いつものリシェルだ。ライはどこかホッとする。
(ほんと相変わらずの照れ隠しぶりだな。コイツは……)
 ライはひとりごちる。そして改めて気づく。そんなリシェルのことが好きなことに。



「それではわたくしはお風呂の準備をしてきますので、ライさん。おじょうさまのことをよろしくお願いしますね」
 ティータイムを終えて、ポムニットはそう言い残してそそくさと居間を退出していった。
 残されたのはライとリシェル。この広いブロンクス邸のリビングに二人きり。
「「…………………………………」」
 一時の静寂が場を支配する。言うべき言葉。伝えたい気持ち。山ほどにあるはずなのに。
 それらの中で適当なものをなかなか見繕えず静寂は続く。
(どうしたものかな……)
 ライは息を吐く。いつになく動揺している。それが自分でもわかる。激しく鳴る胸の心音がやかましい。
 血液は身体中を疾走し、そのあまりもの速さに脳がのぼせてしまいそうだった。
(ダメだオレ……めちゃくちゃ嬉しがってる……)
 自分の中から自然にわきあがってくるこの感情。ライは静かに認める。嬉しいという気持ち。
 リシェルに久しぶりに会うことができて。そして愛しいと思う心。余りに昂ぶりすぎて暴発しそうだ。
 理性と感情のせめぎ合いの中、ライはどうにか折り合いを見つけ出そうとする。そして思う。
(たぶんコイツも同じ気持ちなんだろうなあ……)
 そう胸中で呟きながらリシェルを見やる。いつもはなにかと鉄砲のような剣幕でまくし立てるこのお嬢。
 それが今は大人しくだんまりを決め込んでいる。ともすれば緩みそうな顔を必死で引き締めようとしながら。
 その仕草がなんとも愛らしくそして滑稽だった。すると睨まれる。はいはいとばかりに肩をすくめる。
 いつだって先に切り出すのは自分の仕事だ。そのことを自覚してライは自分から口を開く。
「なんか久しぶりだな。リシェル」
 自分では無難なつもりの台詞。けれどすぐに突っ込まれる。
「それ…さっきも言った」
 そうジト目で返される。ライは冷や汗を垂らすが気を取り直す。
「いや……ここんとこオマエ、ずっと忙しいみたいで顔見てなかったからさ……」
「何よ。たかだか一週間かそこらで……ほんとあんたって寂しがりなんだから」
 それはおまえの方だろ。と突っ込もうとしてライはやめる。
「……まあ、そうだな」
 代わりに同意しておく。あながち的外れでもない。自分が寂しがりというのも。けれど。
(おまえにだけは言われたくないよなあ……)
 微妙な表情になりながらライは見やる。今、目の前にいる女の子。ライの知りうる限り、誰よりも寂しがりやで
 その上、誰よりも甘えたがりのリシェルを。ふいにライの口から微笑が洩れる。

「ああ!いまあたしを見て笑ったでしょっ!なによ!その態度!」
 そして分かりやすい反応。本当にリシェルはとことんリシェルだ。そんないつも通りのリシェルに
 ライはなにか安堵するものは感じながら息を吐く。
「なによ。人の顔ジロジロ見て……言いたいことがあるなら言いなさいよ」
 頬をぷくっと膨れさせながらそうリシェルは言う。その言葉にライは乗じる。
「好きだぞ。リシェル」
「っ!!」
 見事にクリティカルだった。言われたリシェルは一瞬の内に真っ赤になって硬直している。
「ほんと分かりやすいのな。おまえって……」
 予想通りの結果にライは得心ながらリシェルに近づく。近づいて腕を伸ばす。そして抱き締める。
「っ!??なっ……ちょっ……そんな…いきなり……」
 ライからの抱擁。リシェルは混乱する。リシェルの思考回路はこんがらがっていた。
 穴に入りたくなるような気恥ずかしさとそれと天にも昇ってしまいそうな感激に。
「ほらほら。あんまり照れるな」
 あやすようにリシェルの背を撫ぜながらライは呟く。口元を綻ばせて。
「だっ……誰が照れてるって言うのよ!誰がっ!」
 リシェルは咄嗟に反発する。そしてライの腕の中から逃れようと抵抗するのだが
「……誰が…………っ……」
 その抵抗もすぐに消える。代わりに肩越しに伝わるかすかな震え。
 ライはそれだけで察したかのようにリシェルに言葉をかける。
「悪かったな。俺の方から会いにこれなくて……」
「……っ…っく……馬鹿ぁ……」
 ライがそう呟くとリシェルは縋りつくようにライの身体にしがみ付く。久しぶりに抱き締めあう身体。
 その温もりが愛しくて。愛しくて。
「なんていうか俺もやっぱ寂しかった。おまえが手伝いに来れなくて。たかだが一週間かそこらだってのに……」
 温もりを感じながら吐露する正直な思い。ほんの一週間。たいした時間じゃない。それなのに寂しいと思ってしまう。
 それだけ愛しいから。今、腕の中にあるこの温もりを一時たりとも離したくないと思うほどに。
「そんなの……そんなの…あたし…だって……」
 鼻声になりながら顔を上げるリシェル。その瞳にいっぱいの涙を溜めながら。潤む瞳で見つめてくる。
 交差するのは視線と想い。そっと近づける。互いの顔に息がふきかかる。それでも近く。もっと近くに。
「ん……………」
 リシェルは目を閉じた。それに倣ってライも閉じる。互いを隔てるのはほんの僅かな距離。
 その距離をいつくしむかのように二人の時間は緩やかに流れる。ゆっくりと。ゆっくりと。
 そして……



「おじょうさま。ライさん。お風呂の支度が出来上がりましたよ」
 刹那、居間に響きわたるメイドの声。二人の緩やかな時間は無情にも終わりを告げる。
「あら。どうかなさいましたか?おふたりとも」
 居間に入ると、メイドはニヤニヤとした顔でそう白々しく言ってくる。絶対に分かって言っている。
「…………ぷぉぉむにっとぉぉ……」
 そんなポムニットをリシェルは恨みがましく睨みつける。ポムニットはやれやれと息を吐きながら言う。
「はいはい、おじょうさま。焦らない。焦らない。今夜一晩、時間はたっぷりあることですし……」
「うるさい!うるさいっ!うるさぁぁぁいっ!!このアホメイドぉぉっ!!」
 そして繰り広げられるのはいつものドタバタ喜劇。掴みかかるお嬢をひらりとかわすメイドの闘牛ショー。
 ドタンバタンと広い居間をところ狭しに駈けずり回るリシェルとポムニットを見つめながらライは息を吐く。
(本当にいつもどおりなんだよな……こんなところまで……)
 そう肩を竦めてひとりごちながらライは思った。こんな当たり前の日常こそが自分にとって本当に掛け替えのないものなのだと。





「ぜぇ……はぁ……ぜぇ…はぁ……」 
「ふう。運動をしたら汗をかいちゃいましたね」
 数十分後、息を切らすリシェルとは対照的にポムニットはケロリとしていた。まあ、二人の基礎的な体力が
 雲泥の差だからそれも当たり前なことなのだが。
「あらあら。いけませんねえ。おじょうさま。ブロンクス家のご令嬢たるものが殿方の前でそんな汗臭い姿を晒しては」
 汗まみれのリシェルにポムニットはニヤリとほくそ笑みながら言ってくる。
「そういうわけでこれから一緒にお風呂に入りましょう。さあ、身体の隅々まで洗って差し上げますよ♪おじょうさま♪」
「なにがそういうわけよ!魂胆見え見えだっつうの!!」
 疲労困憊でも怒鳴る気力はあるのかリシェルは激する。ポムニットは困ったように顔に手をあてて言う。
「駄目ですよ。お風呂に入らないだなんてそんな不潔なことをおっしゃられては」
「誰も入らないとは言ってないでしょうが!あんたと二人っきりはご免だって言ってるの!なにされるか分かったもんじゃない!」
 リシェルの警戒心はMAXに達していた。まあ、あれだけ前科を重ねればそれも当然だが。
「やれやれ。これは困りましたねえ。おじょうさまお一人で入らせると烏の行水で終わっちゃいますし」
 誰が烏の行水だと文句をつけるリシェルは無視してポムニットは溜息する。
「と、いうわけですので……ライさん」
 そしてニンマリとしながらポムニットは部屋の片隅で呆然と成行きを見守っていたライへと視線をむけて言う。
「折角ですからライさんも入っていただけますか?わたくしたちとご一緒に」
 そして飛び出すメイドの爆弾発言。一瞬の間。そしてライとリシェルがそれを理解した瞬間。
「「ええええええぇぇぇぇぇええええええ!!」」
 二人同時に飛び出す驚愕の悲鳴にポムニットはニヤリとほくそ笑んでいた。


つづく

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