恋する乙女はラスボスをも



「これで完成……と」
皿に盛り付けた二人分のオムレツとサラダを見つめ、ギアンは満足そうに微笑んだ。
フェアのところでアルバイトを始めるまでは家事というものなど一切した事がなかったため、手探り状態での仕事に右往左往していたギアン。
しかしそんな彼にフェアは一生懸命仕事を教えてくれ、今では簡単な料理なら一人でも作れるほどに成長していた。
……作った料理に初めて合格をくれたときのフェアの眩しい笑顔を思い出し、ギアンの口元が無意識に緩む。
(やっぱりフェアは……素敵な子だな)
閉鎖的な世界で生き続けてきた彼にとって、フェアと一緒に過ごす時間は新たな発見の連続だった。
仕事でお金を稼ぐことの大変さ。
人と接することがこんなに楽しいこと。
そして――。
「誰かを好きになると、こんなにも心が温かくなるんだな……」
フェアの存在が、冷え切っていたギアンの心の闇を溶かしてくれた。
感謝しても、し足りない想いに彼は静かに目を伏せ――。
「ギアン、心があったまってるっていうのがよく分からないけど……オムレツ冷めちゃうよ」
「おわあぁっ!?」
突然背後から覗き込んできたフェアに、ギアンは絶叫して飛び退く。
前者は彼女の耳に入っていなかったらしく、きょとんとして首を傾げていた。
その仕草もまた可愛らしい……とにやける顔を引き締め、慌てて皿を手に取る。
「ご、ごめんフェア。これ、頼むよ」
「ありがと。あとね、今日はあんまりお客さん来てないから、ギアンも食堂のほうに来ない?エニシアたちも来てるし」
そういえば、今日はエニシアが久しぶりにラウスブルグから遊びに来ていたことを思い出す。
今や彼女は妹のように大切な存在だ。お互いの近況(主にフェア関連)を話し合いたい。
「もちろんだとも!それじゃあ、お茶を三人分用意するね」
断るはずもなく、ギアンは嬉々として戸棚のほうにターンをするが。
「あ、ううん!悪いけど五人分、お願いねっ」


「やっぱさぁ、恋って憧れるよね〜。あたしもこういう出会いがしてみたいな……」
「まあおじょうさま!それを実現するには途方もない苦労が必要ですよ?」
「く、苦労って……何でよ」
「あの御立派な旦那さまが酒と賭博に溺れ、破産して一家離散、おじょうさまは引き取られた先のサーカスで陰湿ないじめを受け、ある日のショーに訪れた大富豪の息子の目の前で偶然ハンカチを落とさなければ」
「ってなんでそこまで真似しなきゃいけないのよ!?あたしが憧れたのは、カッコイイ男の子にハンカチを拾って貰う部分だけ!」
「うーん……でもハンカチを拾って貰うだけだと、ちょっと物足りないかなあ」
「姫さまのおっしゃる通りですよ、おじょうさま。ロマンティックな恋には障害がつきものです」
「えーヤダ。あたしは楽しい生活の中で恋を見つけたいもん」

「………………」

このトレイユ名物かしまし娘が二人揃っている状況で、フェアのことを話すなんて無理だ。絶対無理だ。
席に座っているのは妹的存在のエニシアと、フェアの親友であるリシェルと、かつてギアンの部下となっていたブロンクス家のメイド――ポムニットである。
「それを考えると、ギアンさまはフェアさんと素敵な出会いをされましたねえ。今後の展開にもよりますけど……って」
席に近づいたギアンの気配に、すかさず振り返るポムニット一同。
……その好奇心に満ちた眼差しに、ギアンの顔がこわばる。

(無理だ、無理だ、無理無理ムリムリムリッ……!)

「ねえギアン!あんたってさ、フェアと」
「ムイムイィッ!?」
突然最大の話題を投げかけられ、動揺したギアンが謎の奇声を発した。
「そういう新ネタはいいから、面白い話聞かせなさいよっ。あ、オムレツと紅茶ありがと」
「おじょうさま、わたくしが致します」
ギアンの手からお盆を受け取り、てきぱきとテーブルに並べていくポムニット。
それをぼんやりと眺めるギアンの目の隅には、きらりと光る何かが浮かんでいた。


「さっきまでね、ポムニットさんが買った本のお話をしてたんだよ」
フェアを含めた五人が席に揃い、ギアンに説明を始めたのはエニシアだった。
彼女が見せてくれたのは「恋する乙女シリーズ」という、若い女性に人気のある小説らしい。
「私も貸してもらって読み始めたんだけど、とっても面白いの。フェアもきっと気に入ると思うんだけどな」
「う、うーん……。わたし、料理の本以外だと読んでるうちに寝ちゃうんだよね……」
帯に書かれたうたい文句は、いかにも恋する乙女を惹くような甘ったるい文字の羅列だ。
フェアをそばで見ていて、彼女がそういったものに関心が薄いことは知っていた。
しかし現実の恋愛はもとより、人気のある恋愛小説も読まないほどの領域だったとは。
なんとなく自分の立場に不安を感じ、ギアンの肩ががくりと落ちる。
「ギアンさま。これからですよ、これから♪」
「君は黙っていてくれ!!」
「そういえばポムニット、ここに来るまでの本屋で何か買ってたわよね。あれなに?」
ギアンにちょっかいを出して楽しんでいた矢先、リシェルの問いにポムニットの表情が固まる。
「な、なにと申されましても?ただの料理本ですが」
そう言いながらも、背中の後ろの鞄に手を当てるポムニットの様子は明らかにおかしい。
リシェルはにやりと笑みを浮かべると、素早い動きで鞄を取り上げた。
「お、おじょうさま!お返しくださいましっ!?」
「ちょっとリシェル、子供みたいなことをしないのっ」
ポムニットとフェアの制止の声も聞かず、リシェルは好奇心旺盛の表情で鞄を探り始める。
「だって、その本のお金払う時のポムニットの表情って凄かったのよ!?なんかこう、すっごくにまにましてて……あった!」
満面の笑顔でリシェルは一冊の小説を取り出す。
ため息をつくポムニットの隣でいそいそと文面に目を走らせる彼女だが……その表情は。
「……って、ちょっとこれってあんたっ!?」
みるみるうちに紅潮した顔を俯かせ、ポムニットにつき返すその姿にフェアたちが本の題名を見てみると。

「えーと。『恋する人妻は片足で龍をも昇らせる』……」

見るからに卑猥な何かを連想せざるを得ない題名に、読み上げたフェアも思わず口を押さえてしまう。
ポムニットは本を受け取ると、ひとつ咳払いをした。
「これはですね、『恋する乙女シリーズ』の知名度に乗って似たような題名をつけただけの、いわゆる類似品なのですが」
「あ、これローレットが持ってたよ!『これはこれで面白いから、二十代から三十代の女性の間で密かな人気を集めているものなんです』って言ってたもん」
「まあ、姫さまもご存知で!?そうなんです!毎回夫との生活にうんざりしたり、退屈した人妻たちが不倫という危険な火遊びに身を投じていくという非常に過激な恋愛小説でっ」
「いやそれ、恋愛小説っていうかようするに官能……」
会話に花を咲かせるエニシアとポムニットに突っ込みを入れるリシェル。
三人の騒ぎの中でふとフェアがギアンのほうに目をやると、いつの間にか彼は厨房のほうへヨロヨロと歩いていくところだった。
「待って、ギアン――」
「あんたがちょい待ち」
席を立とうとしたフェアの腕を、リシェルが掴む。
その表情は、イタズラを思いついたような子供の表情だ。
ギアンの後姿とフェアの顔を交互に見つめ、こそりと耳打ちする。
「アイツがここに出入りするようになってから結構経つけどさ、ギアンって、男としては……どうなの?」
「えっ……?」
リシェルの表情でさすがに意図を察したのか、うろたえるフェアの様子にポムニットが飛びつく。
「そうですそうです!わたくしも将来巡り会う男性のために、こうして本で勉強してるわけですが……やはり実際の男性を知らなくては話になりませんし」
「え!?ポムニット、あんた彼氏いないの?」
「い、いたことは一応ありますけれど、わたくしの出生のことを考えると自分をさらけ出せなくて……」
半魔という体で今まで辛い思いをしてきたポムニットの言葉に、リシェルは口ごもる。
ごめんと小さくつぶやくリシェルの頭を撫でながら、ポムニットは微笑んでみせた。
「ですから、これからはわたくしのありのままを受け入れてくださる男性と巡り会えるように、フェアさんにはぜひとも身近な年頃の男性のことをお聞きしたいんです」
「あたしも!ギアンはあれで一応勉強家っぽいし、フェアのために色々頑張ってると思うし。男の好きな物とか、女の子の仕草でときめくものとか、聞いて参考にしたいってワケ」
「そしてわたくしはやはり、将来的に夜のことも……」
「待って待って!そんな一気にまくし立てられてもっ」
『恋する』ブームですっかり恋に恋する乙女となっている二人の勢いに圧倒され、フェアは頭を抱えた。
確かに今のギアンは優しいし、フェアにとって大事な人の内の一人でもある。
しかし、リシェルたちが言うような「男性」を意識したことはなかったのだが――。
「…………」
日常のギアンの何気ない優しさを思い出すフェアの心に、熱いものが灯る感覚を覚えた。
「ねえ、フェア」
エニシアの声に顔を上げると、彼女もまた恥ずかしそうに口を開く。
「私も、そういうのが聞きたいな」
「みんな……好きだね」
……純粋な眼差しに、フェアは重々しく目を伏せていた。


みんなの期待を背負い、重い背中で厨房に入るフェア。
そこには溜まっていた洗い物を片付けるギアンがいた。
女の子の談笑から逃れて間もなく来てくれた彼女の姿に気付き、ギアンは嬉しそうに顔を緩ませる。
「フェア。彼女たちはもういいのかい?」
「リシェルたちならさっき帰っていったよ。わたしに課題を残してね……」
引っかかる言葉に疑問を感じながらも、小さくため息をつくフェアの様子のほうが気になる。
「何か頼まれたのなら、ボクも手伝うよ。今のボクで出来る範囲のことは少ないけれど」
フェアが悩んでいる姿を目の当たりにして、放っておけるわけがない。
真剣な眼差しのギアンを見据えるフェアの頬が……そのとき、淡く染まった。

(――こ、これはっ……!?)

「ねえ、ギアン」
「な、なんだいっ!?」
困り果てたような顔で赤面するフェアに向ける声が、一段と大きくなる。
――恋愛話で盛り上がっていた女の子たち。
そしてフェアとギアンの関係に興味津々のリシェルとポムニット。
これはもしかして……。
「ギアンって……どんな女の子が好き?あと、ギアンの好きなものとか、ドキッとする女の子の仕草とか……」

キタァ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!!!!!

願ってもない質問内容に、ギアンの脳内で謎の顔文字がぐるぐると回転している。
全身を震わせるギアンの前で、フェアはなおも言葉を続けた。
「あと、夜?はどんな感じとか……言ってたような」
「夜ゥッ!?」
フェアの口からそんな大胆な言葉が出てくるなんて。
……間違いない、これは確実に間違いない。
「それでね、エニシアも興味があるみたいだから教えてあげて欲しいの」
「フェアッ!わ、私の名前は出さなくてもいいよ!」
その声にドアのほうを見てみれば、頬を染めたエニシアがこちらを見つめている。
……エニシアも?エニシアもボクに?
「私は恋なんてまだまだだけど……興味はあるし、フェアと一緒にギアンから教わりたいの」
「なっ……!!」
エニシアは、ギアンにとってはあくまで大切な妹だ。
フェアを想う傍らで、そんな行為をエニシアにすることは……。
しかし、二人が揃って自分にお願いしてきているというのに、無下に断るのはあんまりな気もする。
ギアンは拳を強く握り締めると、二人に向けて清々しい笑顔を浮かべてみせた。
「よし、分かった!ボクは今から準備をしてくるから、君たちはボクの部屋で待っていてくれ!」
「え?準備ってギアン……」
突然厨房を飛び出していったギアンを見送ったあと、フェアとエニシアはお互いをぽかんと見つめていた。


窓から差し込むのは、まだ赤らんでもいない昼の光だった。
そんな時間帯からこのような行為に及ぶのはいかがなものかと思いつつも、想い人からの願いとあらば断るわけにもいかないだろう。
「んくっ、ふ……ギアン、んぅ」
乱れた服装でシーツの上に寝かされたフェア。
その小振りな膨らみはギアンの手の平にたやすく収まり、彼の手に鼓動を伝わらせていた。
フェアにとっては当然初めての行為だ。
とくとくと早鐘を打つ鼓動とともに、不安げな眼差しで見上げてくる瞳にはかすかな光が滲んでいる。
「わ、わたしっ、教えて欲しいとは言ったけど!こんな急に……ぁっ」
淡く赤らむ頂点をつまむと、フェアは思わず身をよじる。
弱々しい呼吸の中に甘いものを含んだ吐息は、彼女が快楽を感じている証拠だった。
フェアの耳に口付け、ギアンは微笑みながら囁く。
「初々しい君の心の準備を待っていたら、夜が明けてしまうよ?それに……」
「やっ……」
ギアンの手はフェアのへその下を伝い、下着の中へと入り込んでいった。
恥ずかしさでとっさに閉じようとした秘所に彼の指が滑り込み、その柔肉の内部をゆっくりと進んでいく。
指を押し込まれる感覚に小さく悲鳴を上げるフェアだが、ギアンを止めようとしなかった。
……彼女の内部が、さほど抵抗もなく指を受け入れられる理由はひとつしかないのだから。
「……それに、君のここは、ボクが欲しくてたまらないみたいだからね」
「ん、ふぁっ」
引き抜いた指に愛液がまとわりついているのをフェアに見せると、ギアンは彼女の下着を取り払う。
薄っすらと茂みの覆った秘所は赤みを帯び、ギアンを求めて泣くように濡れていた。
覆い被さってくるギアンの望みに気付き、紅潮したフェアが口を開きかけたその時。

「あ、ああぁっ……!」

ギアンの熱を帯びたそれが、フェアの無垢な秘所へと埋没していく。
まだ男を知らない彼女のそれは、ギアンの侵入を拒むようにきつく締めていた。
「くっ、フェア……そんなに、力を入れると」
だがそれが彼の興奮を高めることとなり、ギアンはフェアの腰を掴むと一層深く腰を打ちつける。
「あっ、んぅっギアン、あ、あぁっ!!」
フェアの喘ぐ声と、粘液と肉の擦れあう音が部屋を支配していたとき――ふいに、ドアの向こうで音が聞こえた。
驚いて固まってしまうフェアだが、ギアンは余裕の笑みを浮かべて相手に声をかける。
「そんなところに立っていないで、こっちにおいで。エニシア」
「ギアン……」
おそるおそる開かれたドアの向こうには、火照った顔で瞳を潤ませるエニシアがいた。
落ち着きのない様子で内股を擦り合わせている彼女に、ギアンはクスリと苦笑いをし、手招きする。
「あ、あの、盗み聞きしてごめんなさい。先にフェアに教えてたみたいだから、部屋に入りづらくて……あっ」
歩み寄ってきたエニシアの腕を引き寄せ、ギアンは彼女の頬に優しく唇を当てた。
「遠慮しなくてもいいんだよ。生徒は一人も二人も変わらないさ。君も随分我慢していたみたいだし、辛かっただろう……?」
「んっ……」
エニシアのスカートに手を差し込み、下着越しに秘所を撫でる。
そこは室内の二人の様子を聞いていたせいか、ぬるりとした愛液を滴らせていた。
「ボクが愛しているのはフェア一人だから、君を抱くことは出来ないけれど……その分、たくさんの気持ちいいことを教えてあげるよ」
「ギアン……うん。私に、教えて……ください」
恍惚としたエニシアを抱き寄せていると、ギアンの下半身にふわりとした何かが触れる。
下を向けば、フェアが頬を染めながら彼の熱を帯びたものを見つめているではないか。
「エニシアに教えてる間は……わたしが口で、さっきの続きをしてあげるね」
「ふふっ。フェア、初めてなのに出来るのかい?」
「で、できるってば!エニシアには……負けないんだから」


「なーんて!なあぁ〜んてっ!!」
湯船につかりながらバシャバシャと勢いよく顔を洗うギアンは、あまりにも上機嫌だ。
上機嫌すぎて眼鏡を外すのを忘れているが、今の彼にとっては些細なことなのだろう。
体は綺麗にしたし、イメージトレーニングも十分した。
ベッドの上でのテクニックも、こないだ本屋で密かに買った『恋する人妻シリーズ』という官能小説で学習済みだ。
実技経験はないが、何とかなるだろう。
(待っていてくれ。フェア、エニシア……!!)
もはや下着など必要ない。
バスローブだけを軽く羽織ると、ギアンは宿の自室へと走っていく。
早く、早く、早く――!
ドアを勢いよくブチ開け、愛しい少女たちに向けて声高に叫ぶギアン。
「待たせたね!君たちに大人の授業を教えてあげるよ!!」

「あーギアン。また会ったわね」
「お邪魔しております、ギアンさま」

「…………………………」
はて。目の錯覚か。
ドアを開けた先で待っていたのは、フェアではなく、エニシアでもなく。
それは紛れもなくあの。
「か、かしましブロンクスっ!?」
「うわ。勝手に変な漫才系の名前つけないでくれる?ポムニット。お茶」
「はい、おじょうさま」
ぽりぽりとクッキーを頬張るリシェルの横で、優雅に紅茶を淹れるポムニット。
バスローブ一枚で呆然と立ち尽くすギアンに、リシェルは紅茶をすすると口を開いた。
「ポムニットが本を一冊置き忘れちゃってて戻ってきたんだけど、エニシアが『ギアンが男の人のことを教えてくれる』なんて言うもんだから部屋に来てあげたのよ」
「それでわたくしたちも楽しみにしていたのですが……」
ちらり、とギアンの下半身に目をやり、ポムニットは頬を染めて目を伏せる。
「……随分と、過激な授業をされる御予定なんですね」
「うおおぉっ!?」
ギアンが俯くと、彼の興奮状態に素直に反応を示した分身がバスローブをわずかに持ち上げている。
「お待たせ、ギアン。フェアはもうちょっと時間かかるみたいだよ」
「なああぁぁっ!!?」
今度は背後のドアからエニシアが入ってきた。
いや待て、何だ。これは何の罠だ。計算と全然違うじゃないか。
以前は自他共に認める策士であったギアン・クラストフが何たる失態だ。
混乱した頭で、とにかくこの状況から逃れようとドアに視線を向けたその時。

「姫さま、授業の始まりです!ギアンさまを背後から思いっきり抱きしめてくださいまし!!」

「えっ?は、はい!」
ふいを突かれたギアンは、エニシアの拘束にたやすくかかってしまった。
慌ててもがくが、彼のひじを当てられたエニシアが小さな悲鳴を上げたため、思わず動きを止めてしまう。
「ふっふっふ……。大事な姫さまにしがみ付かれたとあらば、さすがのギアンさまも抵抗はできないでしょう」
「くっ、卑怯な!」
「え、なに?私のこれって何やってるの?」
まったく事態が飲み込めていないエニシアをよそに、ギアンへとにじり寄るポムニット。
異性の体という未知の存在を目の前にしているのだ。
恋する乙女読者トリオの中では最年長である彼女が、その好奇心を抑えられるはずもない。
「では、失礼します。ギアンさま♪」
「よ、よさないかポムニット!!」
無遠慮にポムニットがめくり上げたバスローブの中から出てきたのは。

「…………ッ!!」

……何の変哲もない、頭を持ち上げた男のモノであったのだが。
こぼれ出そうなほどに目を見開いたポムニットの顔が、みるみるうちに茹でダコのように染まっていく。
「えー……と」
ポムニットは咳払いし、満面の笑顔をリシェルに向けた。
「さあどうぞ、おじょうさま♪」
「な、なんであたしに押し付けんのよ!?」
同じく赤面したリシェルが全力で首を横に振る。
「や、やはり実物を目にすると怖気づいちゃったと申しますか……わ、わたくし、こう見えても意外に純情な耳年増ですから!ここはお譲りしますっ」
「えー!?何かソレ、握った途端に変なモノが飛び出してきそうでヤじゃん!ポムニットがやってよ!ほら、命令っ!」
「えうぅっ……ヒドイです、悪魔です、おじょうさま……」
いや、その言葉をそっくりそのまま君に返すぞ。
ギアンが心の中でつぶやいた瞬間、ポムニットの手がギアンのそれを包み込んだ。
「うっ……!」
恐る恐る触れる手つきは不慣れだが、ギアン自身も女性に触れられた経験などない。
初めて味わう女性の手の心地よさに、不覚にも声を出してしまう。
「ど、どうでしょうか?ギアンさま」
「……どうも、何もっ」
ポムニットのほっそりとした指が絡み、上下に扱き始めると同時にギアンの背筋をえもいわれぬ快感が駆け抜けた。
彼女に視線を落とすと、やはり相変わらず気恥ずかしいのか戸惑いの表情で手を動かすばかりだ。
なんだかんだと言いつつ、美人の部類であるポムニットに扱かれて反応しない男はいないだろう。
(馬鹿なことをっ……!このボクが、フェア以外の女性に心を疼かせることなどあってはならん!!)
固く目を閉ざし、快楽の並に耐えるギアン。
エニシアを含めた三人プレイに心を躍らせていたことは、記憶の彼方に消えているらしい。
そんな彼の姿を辛そうに思ったのか、エニシアは狼狽した様子でギアンを覗き込む。
「な、なんだかよく分からないけど、恥ずかしいことをさせてごめんねギアンッ……」
ぎゅ、と抱き締める腕に力を込めると、エニシアの控えめな膨らみがギアンの背中に押し付けられた。
「ぐおぉっ!?」
「あの、ちょっと、ギアンさまっ?」
ますます元気になっていく彼のそれに、ポムニットは焦りを隠せない。
しかし、こういう機会など滅多にないという思いが、彼女の沈みかけていた好奇心を再び浮上させる。
浮かび上がる血管と硬さを増していく手の中のものをじっくり観察しようと、顔を近づけると。

「…………ぐっ」
「あ」

瞬間、静まり返った全員の視線が一点に集中した。
「…………い」
ぽたぽたと伝う雫は、粘り気のある白濁色。
発射元は、両手に包み込んだものの先端部。
それを顔面に受けたまま硬直しているのは……言うまでもなく。

「い、いやあああぁぁ――――っ!!?」
「うぎゃああぁぁ――――ッッ!!!」

……ATK極振りの悪魔メイドであった。


「今日は部屋で何があったの?わたしがパンケーキ持って行ったときには、あなたはバスローブ姿でうずくまってるし、エニシアとリシェルは混乱してるし、ポムニットさんはなぜか化粧落としてるし……」
日も沈んだ頃、二人分の料理を持ってきたフェアが心配そうに尋ねてきた。
ギアンに「授業」を頼んだ張本人であるフェアがその有様に驚いていたことで、彼やリシェルたちの「授業」の誤解はとけたのである。
「なんでもない……というか、今日のことは忘れさせてくれないか……」
幽角獣の角をもってしても、いまだに痛みの癒えない局部に悶えながらギアンは力なくつぶやく。
「でも、すごく具合悪そうだよ。ポムニットさんなんて、ギアンにお詫びしたいとか言ってたし」
「たいしたことじゃない。今はまだ辛いけど、角の治癒力でもう少しすれば治るさ」
まさか手コキの最中に顔射して、ナニを力の限り握られましたなどと言えるはずもない。
その時テーブルに顔を突っ伏すギアンの隣の席が、ぎしりと音を立てた。
顔を上げると、そこには至近距離のフェアの顔が。
「……フェア?」
思わず赤らめるギアンだが、フェアはどことなく寂しい面持ちで彼を見ている。
「怪我とか、治るっていってもその間は痛いわけだし……辛い時は無理しないで、ちゃんと言ってね」
「あ……ああ。分かったよ」
その真剣な眼差しに、ギアンは頷く。
「でも、君も辛いときや助けが必要なときは、ボクに言ってくれないか」
「え?」
「ボクは、君に救われた。ボクやエニシアがこうして今を幸せに生きられるのは、君のおかげなんだ。……だから、ボクも精一杯、これから君の力になりたいと思う」
いつになく真面目な様子のギアンに、フェアは困惑気味に頬を赤らめてしまう。
あ、とわざとらしく思い出したように夕食をギアンの前に突きつけると、フェアは自分の食事をいそいそと口に運んだ。
「ほらっ、ギアンも早く食べないと冷めちゃうよ?」
「そ、そうだね。いただきます」
ギアンもひとつ、口に含む。
初めて食べた時と変わらず……むしろ、それ以上にフェアの作ってくれる料理が美味しい。
……やっぱり、フェアのことが好きだ。大好きだ。
またしても緩んでしまうギアンの顔を、不思議そうに眺めているフェアに気付くと、彼は笑顔を浮かべる。
「……君と出会えて、本当に良かったって思ってたんだ」
なに恥ずかしいこと言ってるのよ、と笑うフェアの頬は――ほんの少し、赤らんでいた。


おわり

目次

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