モテモテ☆アティ先生 第零話(軍学校編)



ここは帝国。未来の国防、その中枢を担うべき若者集う、軍仕官学校。
無骨さのないクリーム色の建物に、緑瑞々しい芝の海、夕刻と正午の丁度中間、抜けるような青空も手伝ってか、そこは、軍属とは思えぬキャンパス風景をつくりだしている。
下校時刻にあたる今は、校舎から同じ敷地内にある寮への道に男女比8対2くらいの人の河があり、その中に、連れだって歩く二人の少女がいた。
「……大体お前はな、同期のトップだという自覚が足りないんだ。」
一人は黒髪、あまり手入れしていない荒れ気味のそれをかき上げながら顔をしかめる。
「そんなこと言ったって……」
困ったように眉を八の字にするもう一人は、赤毛のロングヘア。
優しげな瞳は、キャンパス風景以上に、この場所の本義にそぐわぬ風情があった。
「あのなあ……。はぁ……まったく、どうしてこんなポヤヤンとした奴が……」
脱力して苦笑する黒髪の少女の名はアズリア、赤毛の少女の名はアティという。
別段、本気で怒っているわけではないことは互いに了解済みなのだろう、言葉とは裏腹に二人の視線にはまったく刺がない。
そのまま、ある種馴れ合うようにくどくどとお説教めいたことを言い、言われ続けて……やがて寮に着く。
「……とにかく、だ。下級生にタメ口きかれてニコニコしてるんじゃない。」
入り口を入ってすぐにある自室の前、ドアに手をかけながらアズリアがそう締めると。
「う〜ん……でもやっぱり私……アズリアみたいにけじめつけるの苦手かも……」
せっかく話し掛けてきてくれるんだし、とかなんとか、言い訳がましくアティ。
「っ……」
むっ、とした顔のアズリアがなにかを言おうとして……やめる。
「……わかった……また、後でな。」
少し不自然な会話の打ち切り方、見せた背中が閉まったドアに完全に隠れると、後には不思議そうに首を傾げたアティだけが残された。
(……なんだろ?……気に障ること言ったかな……)
ちょっとだけ不安げな表情をそのまま、奥の自室に足を向け歩きはじめる。
「ああ、アティさん、丁度いい」
声がして、アティが振り向くとスリッパをパタパタと鳴らした寮の管理人が来ていた。
「……はい、お手紙ですよ」
手渡されたそれの差出人を見て、嬉しそうに声を弾ませる。
「わ、村からだ♪」
スキップせんばかりに再び歩きだして……
「……あっ、ありがとうございましたっ。」
礼を言うのを忘れていたことに気付き、慌てて振り向きぺこりと頭を下げる。
管理人は微笑ましそうに「いいから早く読んできなさい」と言い、少し赤面したアティがもう一度「ありがとうございます」と頭を下げ、今度は本当にスキップ。
喜び、慌てる、激しい感情の振幅の為か、もうその時にはアズリアの様子の事は、アティの頭からは綺麗さっぱり消えていたのだった……。

服も着替えぬまま、とさり、とベッドに仰向けたアズリアは、腕で目を覆うように顔を隠した。
(……危ない……思わず本音が出るとこだった……)
アティは知らないようだが、彼女は同期の中では成績のみならず、人気も高い。
多少天然気味ではあっても、分け隔てない優しさは、下級生、上級生にも好かれていたし、実力と裏腹に頼りない性格は、ギャップが可愛い、などと同性にすら言われていた。
しかし、男女年齢問わず愛されているのは友人として誇らしい一方、なんともいえない感情をアズリアに抱かせる。
(……人の気も……知らないでっ……)
……いつからだろう?アティに……友情以上のものを感じるようになったのは。
付き合い始めて暫く、その優しくも飾らない性格を知ったときか。
実習で、予想以上の苦戦にさりげなく支えられたときか。
苦手だった召喚術を教えてもらい、上がった成績を我が事のように喜んでくれた笑顔を見たときか。
ふと、気付けば、いつも彼女を目で追っていた。
さっきだって本当は「あいつらお前を狙ってるんだぞ!」と怒鳴ってしまうところだったのだ。
なにせ、本人は気付いていないが、遠まわしに告白されているのを見た回数だって一度や二度ではない。
邪気の無い顔で「私も○○君のこと好きだよ、これからも友達でいようね」などと答えているのを見たときは不覚にも相手方に同情してしまったものだったが。
だけどだからと言って、告白されているのを目撃した時の心臓が止まるような思いには慣れる事など無かった。
(「あいつらお前を狙ってるんだぞ!」……か……嫉妬丸出し、だ)
………………………いや、違う。
よく考えれば友人を気遣う台詞として、そんなに不自然ものではない。
不自然なのは自分の意識、そして想いなのだ。
「……度し難い……」
ただ辛いだけなら告白すべきなのだと思い切りもつく、だが望みに完全に合致する形ではなくとも、信頼はされているのだ。
気軽に競い、いつも一緒に居られる今の関係は、とても幸せなものでもあった。
結果。
辛さは、アティが勘違いする余地が無いほどはっきりと想いを明かせと背中押し。
幸せは、失うことを恐れるあまりにがんじがらめに自分を縛る。
間に挟まれて軋む心はもう、決壊寸前だった。
流れ出した奔流がどこへ向かうのか、見当もつかぬままに。
「……好きだ……アティ」
部屋で一人、何度も何度も繰り返した言葉を呟く。
横にごろりと転がると、傍らの枕を強く抱き、きつく目を閉じる。
吐き出せない万感の想いを込めて、瞼に映る彼女を抱き締めると、涙が零れて、白布に染みた。
どうして同性なのだろう?
せめて彼女が男であるか……私が男であれば、悩みは減るのだろうか?告白、できるのだろうか?
想像しようとして、すぐやめる。
意味の無いことだ。私は彼女が彼女だから愛したのだし、彼女を愛したのは私が私だから、だ。
そしてそんなことを考える間にも、妄想の中で「アズリア」と愛おしげに呼ばわってくる彼女。
睫毛一本すら忠実に再現されたそれに、くちづける。
自分でも『本当は信じていない光景』、なのに、心は暗い喜びに震える。
額を押し付けるように枕に顔を埋めると、同じに揃えたシャンプーの香、アティの髪の匂いがした。
胸に、お尻に、ゆっくりと愛撫をはじめると、『彼女』も応えてくれる。
有る筈の『私の手』は、夢想の中でだけ『彼女』の肌上を蠢き。
無い筈の『彼女の手』は、私の手を借りて現実の自身を触れる。
「……んっ……」
もう、後ろめたさを感じることもなくなってしまった、日常。
上着の裾から這い登って胸を揉み、濡れた布上から恥丘を押す。
「……ぁ……」
いやらしく、虚しく、だけれどもやめることはできない。
(もう、いやだ)
考えたくない。
限界がわかるのに、どうなってしまうかはわからない。
傷つけてしまうのが恐くて、でもほんとうは傷もなにもかも共有して欲しい。
アティは「しっかりしている」などと言うが、自分だってたった18の少女なのだ。
矛盾と、絶望と、自分自身の想いに、胸が潰れてしまいそうになる。
せめて、ひととき忘れたい。
そう思うことが罪だと、誰が言えるだろう?
……大事なところだけど、少し乱暴に扱う。
人は、慣れる生き物だ。
以前はすぐに忘我できたのに、今はもう、それも叶わなくなってきている。
自慰、文字通りのそれを覚えたのはごく最近。
なのに、痛いくらいに責めないと没入できくなっていた。
(いや、ひょっとしたら……)
もう、無理なのかもしれない。
元々自分はアティの体でなく、心を求めていた。
彼女が私だけを見てくれるなら、指一本触れなくたってよかったのだ。
あくまで『これ』は、代償行為の、更に代償行為にすぎない。
「……ふふ……ふふふ……」
芯を挫る快感混じりの苦痛に目をきつく閉じながら、口の中で篭ったように嘲う。
(ほらな、思考が止まらない)
自覚、途端、自嘲に顔が歪むのがわかる。
また、涙。
同時に、うなじに憎悪にも似たなにかが沸いて、さっきまで愛おしく抱いた枕を

……ガッシャン!!!!!!

掴むやいなや半身で起き上がり、横薙ぎに投げつける。
机上の筆立てが倒れ、ばらばらとペンが床に転がって、入れ替わるように枕がちょこんと乗った。
荒く弾む息、涙に潤む眼差しで、仇の如く睨んで……瞬間、くずおれる。
「…………ふぅっ……ううっ……ぅ……っ……ううぅうっ……」
うつ伏せ、滂沱と流れるそれがシーツを濡らす。
掛け布を強く握ると、どこか眩暈のような感覚がして、そのままの姿勢で頭を振った。
いやだ!……いやだ!……こんなのはいやだ!!!!
想いが遂げられない……だからといって憎しみを抱いてしまうなんてあんまりだ。
笑顔が見たかった、アティの笑顔が。
優しい微笑みを見ているとき、その時だけはほんとうに忘れられるのだ。
彼女を好きでいることを、ただ喜べる。
……そのままひとしきり泣くと、やがて急激な眠気が襲ってきた。
ああ、そういえば昨夜も寝ていない。
どこか他人事のように思いながら、身を委ね。
一つだけ願う。
せめて、いい夢を……と……


つづく

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