機械仕掛けの砂糖細工



「クノン、本当に大丈夫なのか?」
 帝国領内のとある宿。その一室から、少しくすんだ光が漏れ出していた。
「先生は、このような体勢でも理性を保てるのですか?」
 室内に響くのは二つの声。まだ年若い男女のものだ。時折、ギシリと何かが軋む音がする。
「うん……そりゃまあ、できないことはないと思うんだけど」
 レックスは、自分にもたれかかる少女の顔を盗み見るようにしながら、手のやり場を探すことにのみ集中した。
 彼は今、あてがわれた部屋のベッドの上で一人の少女──クノンと身体を密着させている。
 脚を絡め取られ、手を背中に回され、胸元に頬を摺り寄せられて、レックスは困惑する。
 二人分の体重を支えるために後ろに手をついている状態であるが、このままではクノンに悪い気がする。
 かといって抱きしめ返してよいものかどうかもわからず、結局クノンの頭に手を置いて、優しく撫でるようにした。
「私が、人ではないから?」
 突然のクノンの言葉に、一瞬気をのまれる。
 食い入るように、責めるように、けれどどこか懇願するように見つめられ、レックスの胸は痛んだ。
 ──クノンは、機械人形だ。少女の容姿をしていても、その構造はまるきり異なっている。
 柔らかな髪も、唇も、その全てが人工物。
「私に、温もりがないから?」
 肌を重ね合わせることはできる。冷たい、鋼鉄の肌を。だが性交渉には至れない。そこまでの機能をクノンは持っていないのだ。
 だが、それでも。
「それでも私は、貴方が欲しい。貴方の温もりが欲しい。欲張りでしょうか? 私が貴方に与えられるものは何もないのに」
「クノン……」
 レックスは手を止める。そして、クノンの顔を上げさせた。
 唇が重なる。クノンの眼が驚きで見開いた。
「眼は閉じて」
「……はい」
 舌先でクノンの唇をなぞる。冷たい、鉄の味がした。
 背を向けさせたまま膝の上にクノンを座らせて、後ろから抱きしめる。
 細い首筋に顔を埋めると、鼻先を髪の毛がくすぐった。
「いい匂いがするね」
「フラーゼンは……汗をかきませんから」
 それだけじゃないだろうに。そう思いながらも、レックスは何も言わないことにした。
 しばらくの間、そのままの姿勢を続ける。静かに時だけが過ぎる。
「どうだい? なにか感じることはある?」
「よく……わかりません。思考が上手く働かない……触れている部位が熱い……」
「それは、不快なものかい?」
「いえ……甘い、です」
 顔は見えないが、クノンの首筋がほんのりと桜色に染まっているのがわかった。
 肌は冷たいのに、こうした変化が現れることが少し、おかしかった。
 手をずらして、胸元に持っていく。服の上から軽くまさぐってみる。
「ん……ぁ」
 柔らかな弾力。力を入れすぎないように、ひたすら優しく触れる。
 手の動きを止めず、クノンの耳たぶを軽く噛む。
「ふぅ……っ」
 舌を首筋に這わせ、ちろちろと刺激しながら、次第に下へと移動させていく。
 上着をはだけさせ、手も中に差し入れる。突起を探り当て、その周囲を焦らすようになぞる。
「先生……私、何だか、痺れて……」
 吐息混じりの声が聞こえた。ぶるりと体を震わせ、敏感に反応を返す。
 それは快楽ではないかもしれない。ただ今まで知ることの無かった愛撫に混乱しているだけなのかもしれない。
「熱くて……溶けそうです」
 それでもクノンは、それを悦びととらえていた。
 それが嬉しくて、レックスは露出したクノンの肩に唇を落とした。
 クノンの体をベッドに横たえ、レックスは覆いかぶさるような体勢を取った。
 前を大きくはだけた服の隙間から、小ぶりな胸が覗く。クノンは顔を赤らめて、レックスの視線から目を背けた。
 彼女の体が緊張していることに気付く。手を伸ばして、クノンの頬を優しく撫でさすってみる。
 包み込むように頬、喉、首筋と手を動かしていくと、少しずつだが表情がやわらぎ、とろんとしてくるのが見て取れた。
 それと同様に、固くなっていた体のほうも、緩やかにほどけていく。
 ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねる。舌を入れて、やや無理矢理に絡ませる。
「む……くぁ、あ」
 クノンの舌使いはぎこちなく、たどたどしかった。怯えたようにレックスの舌から逃げようとする。
 そうした不器用な反応はまるで普通の少女のようで、彼女が機械であるということを忘れさせる。
 歯列をなぞり、舌の裏まで丁寧に刺激する。息を吹き込み、時折強く吸ってみる。
「っあ、……あぁ……っ!」
 次第にクノンの息が荒くなるのがわかる。積極的に舌を絡ませようとし、気が付くと彼女の手が首に回されていた。
 レックスはそっとクノンの胸に手を伸ばし、小さな突起を親指の腹でこね回した。
「んっ!」
 力加減をはかりつつ、ぐにぐにと執拗に弄る。爪を立てて、ほんの少しだけ引っ掻くように擦る。
 びくり、とクノンの体が震えた。唇を塞がれているために声を出せず、辛そうな吐息がレックスの口内に吐き出される。
 それはまるで、砂糖のように甘いものだった。
 頃合を見て唇を離す。唾液の筋が未練を残すように長く引いた。
「先生……せん、せ……」
 蕩けきった瞳で見つめられ、自然のうちに笑みが零れた。
 片手で胸を絶え間なく刺激しながら、もう片方の胸に舌先を押し当てる。
「胸は……気持ちいいかい?」
 軽く歯を立てつつ、あくまで優しく、ゆっくりと舐めあげながらレックスは聞いた。
「は……ああ、ぁ……」
 声にならない喘ぎ。なによりも、口と指先で感じるこの固さこそが物語っている。
 体を痙攣させ、逃げるように背を反らしたりするものの、クノンの手はがっちりとレックスの頭を抱え込んでいた。 
 さらなる快楽を貪ろうと、無意識のうちの行動だった。
「クノン……君の体は、暖かいね」
 そう囁くと、情欲に翻弄されていただけのクノンの表情に僅かばかりの理性が宿る。
 手の拘束が緩み、覗き込むようにして視線が合わさる。
「ありえ、ません……人工物である私の体に温もり、など」
「それでも、だよ。こうしてると暖かいんだ」
 ただ抱きしめる。胸元に顔を埋め、緩やかに頬を擦り付けた。
「本当、ですか? ……私でも、貴方に与えられるのでしょうか」
 信じられないといったふうに、クノンの声はかすかに震えていた。
「私の体に女性器を模した物まではありませんし……私は、教えてもらうばかりで」
「気にすることはないよ。俺は君の先生なんだから」
 クノンは少し、悲しそうな表情を見せた。今までになかった程に強く抱きしめられ、レックスは困惑する。
「なら……今この時は……私のことをただの人形だとお思いください」
「クノン?」
「人の女性に接するように優しく、ではなく……もっと無遠慮に、体中に触れて……」
 固く唇を結び、今にも泣き出しそうな声で、クノンは告げた。

 ──触れ合うだけの情事は、そのまま明け方まで続いた。

 翌日、街中を散歩していたレックスの前に、一冊の本を抱えたクノンが現れた。
 息を切らせて、そのまま突撃しかねない勢いで走ってきたその姿を見て、レックスは問うた。
「どうしたんだい? そんなに慌てて……って、うわ!」
 突然目の前に本を開かれる。そこには男女が絡みつく絵、絵、絵……。
 その中に、男のモノを口に含む女の媚態も描かれていた。
「どうして、教えてくれなかったんですか!」
 怒り心頭といったような口調で詰問される。レックスは咄嗟になにも言えなくなる。
「このような方法があるなら、私だって……」
「い、いや。君にはまだ早いと思って、ね? 君は初めてだったわけだし……」
「なら、次からは教えてくれますね?」
 目先しか見えていない現在のクノンの代わりに、レックスは周囲を見回してみる。
 人通りの多い往来では、突然の自分達の口論を訝しげに見やる視線も少なくない。
「初めてだったのが理由だというなら、今夜こそ教えてください。やってみせます」
 ふと下を見ると、小さな子供が興味深げにこちらを覗き込んでいた。
 本の中身を凝視し、なにをやっているのだろうとこちらに問いかけるような眼を向けてくる。
 その純粋無垢な視線に耐え切れず、レックスはクノンの手を取った。
「とにかく、もう行くよ!」
「え……さ、早速ですか?」
 途端にもじもじとし始めるクノンには気付かず、レックスは急いでその場を離れるために走り出した。


おわり

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