レックス×アズリア



それは風の暖かい春の日だった。
今日中に提出しなければならない報告書を軍本部に提出したアズリアはため息を吐きながら門までの長い道のりを歩き出した。
任務とはいえ正直、今本部に来るのは辛かった。
嫌でもその隣に聳える仕官学校の建物が目に入ってしまうから。
あそこには楽しかった思い出が詰まりすぎている。嫌でも、あの人の顔を思い出してしまうから。
あの島での一件から暫く経った今、アズリアの肩書きは海戦隊第6部隊隊長ではなく聖王国国境警備隊の一隊員に変わっていた。
後悔していないと言えば嘘になるかもしれない。
「一緒に島で暮らそう?」と言われた時、アズリアの心は揺れた。
本当はその言葉に甘えてしまいたかった。
その手に、その言葉に甘えれば女としての幸せを得ることができたはずだ。
けどアズリアの軍人としてのプライドはそれを許さなかった。
それに、彼の幸せを壊したくはないという想いが彼女の淡い恋心を上回っていたのも確かだった。
本部に帰る度に楽しかった学生時代を思い出してしまう。
ただ二人で馬鹿みたいに笑っていられたあの頃を。
自分でも未練がましい女々しい奴だとは思う。
けれど「あきらめる」ってどうすればいいんだろう。
「あきらめる」って決めて全て忘れてしまえるものなんだろうか。
声も姿もあの温もりも、全部初めからなかったかのように忘れられるんだろうか。
自分の本当の心と全く逆の方へ行けば行くほど胸の痛みは大きくなっていくのに、この痛みさえも何時かは全てなかったことになるんだろうか。
くだらない感傷だと分かってはいてもアズリアにとって彼と過ごした時間は余りに大きなものとなっていた。
あの男―レックスと出会うまで、アズリアは孤独だった。
物心つく前から家の跡継ぎとして期待され、結果を出すことだけを望まれた。
そこに選択権はなかった。
自分が犠牲になることで弟の負担を減らせれば…そう自分に言い聞かせて頑張り続けてきた。
そうしなければ、自分が存在する意味を保てなかったから。
死に物狂いで努力し続けたアズリアは士官学校でも優秀な成績を出し続けた。
結果を出せなくて見捨てられるのが怖かった。
例え「跡取り」として一族の人形でしかなかったとしても彼女は自分の居場所が欲しかった。
しかしアズリアの努力は家以外の場所では逆の結果を招くこととなった。
「女のくせに」「女なのに」それだけの理由で男達は彼女を認めようとしなかったし、本気で上級軍人を目指しているわけではない女達は彼女を異質なものとして捉えた。
誰にも認められないのなんて慣れてる。
自分が努力した結果は自分だけが分かってればいい。そう言い聞かせて生きてきた。
学校に入ってからその思いはますます強くなり、アズリアは今まで以上に勉強と剣術に入れ込んだ。
何かを無心にしていれば嫌なことは考えられずにすんだから。
集団の中の孤独。自分の中の寂しさを認めるには彼女は幼すぎた。
時が経つにつれ彼女は言葉を失っていき、笑顔が作れなくなっていった。
このままレヴィノスという家名を支える歯車の一つとなり、道具として生きるのも悪くない。そんなことすら思った。
けれど奇跡は起きた。
それは最初の試験の時だった。アズリアは生まれて初めて自分と対等な位置に立てる人間を見つけた。
最初は腹立たしかった。
他の人間の何十倍も努力してようやく手に入れた場所にいとも簡単に入り込んできたその男に。
けれどそれと同時に少し期待してた。初めて同じ目線で話せる相手ができたんじゃないかと。
怒り、期待、嫉妬、羨望。様々な感情が混ざり合った衝動を抑えることができなくなった彼女は試験の結果発表がされたその日のうちに自分と同じくトップを取った男を探し出し、己の中の激情をぶつけた。
その日も春の暖かな風が吹く日だった。
門から少し離れた場所に咲くアルサックの木の下で二人は出逢った。
散る花びらを惜しむように見つめるその男がこちらに気付き、
無邪気な笑顔を向けてきた時に物凄く拍子抜けしたことを今でもハッキリと覚えている。
第一印象はよく笑う奴だな、だった。いつもヘラヘラニコニコしていて誰にでも優しい。そんな男だった。
アズリアはヘラヘラした男は大嫌いだったが、その人懐っこい笑顔は不思議と嫌いになれなかった。
気が付けばお互いに良きライバルとなっていて、色々な事を話した。勉強のこと、将来の夢のこと、他愛もないこと。
話をしていてその男が才能ではなく努力で今の地位を手に入れたことはすぐに分かった。
例えば兵法や政治。今までの誰に話しても通じなかった言葉に返事が帰ってくるのが嬉しかった。
「帝国初の女性上級仕官になりたい」。言えば誰もが笑い飛ばす様な馬鹿げた夢を彼は真面目に聞いてくれて、泣きそうになった。
今まで誰にも認められなかった自分自身の存在を認められた気がして。家の道具ではなく一人の人間として生きていいのだと認められた気がして救われた。

「あれから、何年経ったのだろうな…」
門のところまで来てそんなことを呟く。
今でも、あのアルサックの木はあの場所にあるだろうか。
時が経っても何一つ変わらずあそこで今でも多くの想いを見守り続けているのだろうか。
普段なら気にならないはずなのに今日が余りにもあの日に似てるせいか何故か気になった。
フラフラとアルサックの木の方へ足を向け歩き出す。
運命なんてくだらないもの信じたことなんてなかった。
自分の人生を決めるのは自分の意思だし、歩んできた道は全て自分が選び取ったものだと思っていたから。
でも、今ならその運命とやらも少しは信じられるかもしれない。
いや、もしかしたら運命なんてものがあるとしたらその大部分は他人の優しさでできているのかもしれない。
今日は何の日だった?
何時もなら自ら率先して仕事をこなすギャレオがどうして今日に限って本部に報告書を提出するなどという任務を自分に頼んだと思う?
その意味は繋がった一本の糸のように今自分の目の前に存在している。
あの日と同じく散る花びら。暖かい風。優しい木漏れ日。
見間違えたりなんかしない。
いつもの私服と長いマフラーではなくきちんとした正装で、普段は適当に流している少し長めの髪も整えてあって雰囲気は全然違う。
けど、風を受けて光が踊るバスラムの花の色に似た髪や男にしては白い肌はあの日と何ら変わりはない。
ずっと会いたくて、会えなかったその姿に声が詰る。何て声をかけたらいいか分からない。
あの日とはまた違った想いが胸に溢れて体が竦む。
かける言葉が見つからなくて、日に透けて様々な色に変わる綺麗な赤い髪を黙って見つめていた。
暫くして彼がこちらに気付く。目が合った瞬間、時が止まったかのような錯覚に襲われる。
一瞬だけ何ともいえない表情をして、その後少し照れくさそうな笑みを浮かべて彼は口を開く。
「今日さ、ウィルの入学式だったんだ。忙しいあの子の父親の代わりに俺が保護者として出席したんだけど、まさかここで君に会えるとは思わなかった」
「それは私も同じだ…。今日はたまたま本部に用事があってそれで…」
「確かさ、俺達が出逢ったのもこの木の下だったよな。何かさ、こんな風に再会とかしたら運命みたいなの感じちゃうな」
もしこれが運命なのだとしたら運命なんてのは結局の所自分に都合の良いようにしか回らないものなのかもしれない。
そうじゃなきゃ、こんなに上手くいくはずなんてない。
「学生時代にさ、暇さえあればここでアズリアと色んな事話したなーとか思い出したら何か懐かしくなっちゃってさ。
あの木は今でもあるのかとか気になっちゃって来てみたんだけど。人間の願いってさ、結構叶うものなのかもしれないな。絶対無理だって分かってたけど、またいつかアズリアとここで会えればいいなって都合のいいこと少し思ってた」
「―……」
笑顔で言う目の前の男の言葉に素直に同意できない。
会いたいと思っていた。誰よりも強く。
けれど、会えば離れたくなくなるのは分かりきっていた。
決心が鈍るのが分かっていた。だから会えないならばそれはそれでいいと思っていた。
「髪、伸びたね」
優しい声が降ってくる。初めて出逢った時より幾分低くなったそれは少年が青年に変わった証だった。
「…お前も、雰囲気が少し変わったな」
「たぶん服のせいだよ。こんな服じゃなかったら昔みたいにここで寝っ転がれるのにな」
雰囲気が変わっても子供っぽい笑顔は変わらないなと思った。
気が付けば大好きになっていた笑顔。それが今、目の前にある。
「アズリアはこれから帰る所?俺もさ、今から帰る所だったから途中まで一緒に歩かない?別れてから今までどうしてたとか、話いっぱい聞きたい」
気が付けば手を引かれ、昔よく二人で歩いた道を歩いていた。
自分はもう少女ではなく一人の女になっていたし、彼もまた一人の男になっていてあの頃大差なかった身長差も開く一方で、
もう昔と同じようにはなれないことはお互いに知っていた。
けどほんの少しだけ低い体温だけは昔と全く変わらなかったから、今だけ昔に戻れた気がした。
意地とか立場とか全く関係なく笑い合えていたあの頃に。

学生時代、肩を並べて歩いた道を他愛もないことを話しながら歩いた。
別れてから今までのお互いに歩んできた道とか、昔のこととか。
「でさ、ウィルの奴新入生総代として挨拶すること俺に黙っててさ。驚いたけど、なんか昔の自分の姿思い出してちょっとだけ泣けたなぁ」
「そういえば、私たちの代の総代はお前だったな。今でもはっきり覚えているぞ。なんといっても私が生まれて初めて味わった屈辱だからな。
お前に出会うまで、私は誰かに負けたことなど一度もなかった。それ相応の努力もそれまでにしてきたし、自信もあった。士官学校に入っても誰にも負けるつもりはなかったから
総代も当然私がやるつもりでいた。なのにいきなり入学試験で負かされたからな。悔しかったよ、生まれて初めての敗北は。だから試験では絶対にお前を負かしてやろうと思ったのに結局勝てなかった。
まぁ、負けもしなかったがあの頃の私は馬鹿みたいに勝ちに拘ってたから、お前のことは心底憎らしいと思っていたよ」
「あはははは…」
飾り気のない素直な言葉に苦笑いが返ってくる。こういう反応は昔から変わらないな、と思う。
「でも、私はお前に負けても後悔したことはなかったな。お前に負かされたお陰で私は結果として今まで以上に努力することができたし、
競争相手がいたお陰で努力する事の意味も見出せた。それに、お前から吹き込まれた雑学も実生活で少しは役立ったからな。その意味ではお前がいて良かったと思っている」
昔は絶対に言うことができなかった言葉が素直に出てくるのは不思議だと思った。
一度相手との距離を置くと人は自分の心に素直になれるのかもしれない。その、大切さが分かるから。
「俺も、アズリアがいて良かったと思ってるよ。君の知識量は本当に尊敬できるものだったし、真剣な態度に感化されもした。今まで誰にも通じなかった色々なことが話せて嬉しかった。
ウィルにも学校で君みたいな人に出会えればいいなって思ってるよ。そしたらさ、絶対首席とか取れると思うんだ。元から頭のデキはいい方だし、これでお互いに高めあえるいい友達に恵まれたらきっと誰よりも優秀な軍人になれるよ」
「…お前、親バカだとか言われないか?いや、教師バカとでも言うのか?幾ら自分の生徒が可愛いからって「誰よりも」は言いすぎじゃないか?まぁ、お前の教育が悪くてもあのマルティーニ家の子供なら間違いなく優秀に育つだろうがな」
アズリアの言葉にレックスは少し眉を潜める。拗ねた子供みたいな表情は普段は滅多に見られないものだ。
少なくともあの島にいる時は一度も見られなかった、そんな表情。
「アズリアだって一度教師やってみれば分かるよ、この気持ち。アズリアなんてきっと「私の教え子が一番に決まっているだろう?」とか言い出すタイプだよ。絶対俺のこと笑えなくなるって」
「お前と一緒にするな。私は例え自分の教え子だろうと甘えさせたりはしないからな。それに軍人として生きると決めた以上教師になることなんて有り得ないだろうからな…。大体私は人に物を教えるのが得意なタイプじゃない。
与えられた任務をこなしている方が性に合ってる」
「…なんかそれって俺が生徒に凄い甘いみたいな言い方だな。確かに俺は君と違って軍人より教師のが向いてるとは思うけど生徒を無意味に甘やかしたりなんかしないよ」
「いつも私に甘いとばかり言われてた割に随分な自信だな?でも、確かにお前に教師は天職だったかもな。特にあの島は特別だからな。お前がこの世界のことを教えることで、きっとあの子達は一回りも二回りも大きくなる。お前みたいな奴はきっとあの島に必要なんだろうな」
言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
アイツはあの場所に必要とされていて、自分は家を捨てられない。
決して交わることのない道をくだらない私情で閉ざしてしまわぬように。
これでいいんだ、と言い聞かせて。
その後、わざと今後のことに触れないようにして日が沈むまで他愛もないことを喋り続けた。
できるだけ遠回りをして帰ったつもりでも空気が夜のものへと変わる頃にはレヴィノス家はもう目の前だった。
誰もいない家は暗く、重苦しい雰囲気に包まれていて少し気が滅入る。
家人は自分の不始末の為に使用人を引き連れ親戚中を駆け回っていて暫くは帰って来ないという手紙が以前届いた。
家人に合わせる顔のないアズリアにとってそれは好都合だったわけだが、いつもは人で溢れている広い屋敷にたった独りで過ごすのは今の彼女には辛すぎた。
普段から忙しい父や母がいないのは気にならなかったが、今はもう家で自分の帰りを待ってくれる弟はいない。
永遠にこの家に帰ってくることはない。その事実が家に帰って来る度アズリアに重く圧し掛かってきた。
「今日、誰もいないの…?」
灯り一つ点いていない屋敷を不審に思ったのかレックスが口を開く。
「私の不始末のせいで家人や使用人は皆出払っているからな。それに、イスラがいなくなったこの屋敷に居づらいというのもあるだろうな…」
「―……」
アズリアの言葉にレックスは押し黙る。
イスラの死。
それはアズリアだけでなくレックスの心にも濃い影を残していた。
もう少しだけ自分が強ければ、救ってあげられたかもしれない…。
思い上がりでしかなかったかもしれなかったがそんな想いに捕らわれたことが何度もあった。
無色がいなくなって島に平和が戻ってもその時の後悔だけは今でも忘れていない。
自分の無力さを悔いた時間を軽くするつもりなどなかった。
「そんな情けない顔をするな」
アズリアの声で我へと返る。目の前のアズリアの顔には苦笑いが浮かんでいる。
「気にしていない…と言えば嘘になるが、私はお前が気にするほど気に病んではいないし、イスラが死んだのもお前のせいなんかじゃない。ただ、懸命に生きただけだアイツもお前も、私も。皆不器用だっただけだ。だから、私も逃げずに帰ってきたんだ、この家に」
「アズリア…」
強くなったんだな。口にはしなかったがそんなことを思った。
彼女は弟の死を受け入れ、前へと進もうとしている。もう泣いているだけの子供じゃなかった。
「…あがらせてもらってもいいかな?イスラやアズリアが生きてきた場所を、見ておきたいんだ…」
前に進まなきゃいけない。どんなに辛くとも。それが生き残ってしまった者の定めだから。
だからその前に全てを受け入れておきたかった。
彼の想いを理解することはできなかったからせめて、彼が生きた証を見ておきたかった。
「構わんさ。どうせ今日は屋敷に私独りだ」
そう言ってアズリアはレヴィノスの重い門を開けた。広い屋敷は閑散としていて怖いくらいに静かだ。
誰も居ない空間というのはこうまで寂しいものなのかと実感する。
「イスラの部屋は2階に上がって奥の左の部屋だ。私は下にいるから、気が済んだら降りてくるといい」
「うん、分かった…」
アズリアの言葉を背に受けながら長い階段を上る。
イスラは、どんな気持ちでこの階段を上っていたのだろうか。今はもう分からない。
長い階段を上りきった後には人気の無い薄暗い廊下が真っ直ぐに続いていた。
窓から差し込む月明かりを頼りに部屋へと向かう。
廊下の突き当たりにまで来るとそこはもう月明かりさえ入り込めない完全な夜の世界だった。
暫くは使われていないであろうドアノブを回し中へと入る。
闇に塗りつぶされた世界に真っ白なベッドが映える。驚くくらいに何もない部屋だった。
ベッドとその側に立ててある写真立て。それ以外の余計な物が全くない、広さの割に簡素な部屋だった。
ベッドの側に立ててある写真立てには笑いあうイスラとアズリア、そして両親が写っていた。
幼さを残したその表情は優しさに包まれている。
「―……」
何かがどこかで少しでも違っていたら―。
今更そんなことを思った所でどうしようもなかったが思わずにはいられなかった。
やりきれない気持ちを持て余して外の空気を吸おうとテラスに出れば空には満天の星空が広がっていた。
島で見る星空と似ているようで微妙に違う星達は夜の冷たい空気を受けて輝きを増しているように思われる。
「こうして星空を見ていると昔を思い出すな」
「アズリア…」
ふとかけられた声に振り返れば隣の部屋からアズリアが顔を出していた。
「お前があんまりにも遅いからな。様子を見にきてみれば案の定だ。昔から余計な物に気を奪われる癖は変わらんな」
苦笑をしながら隣へとやってくる。

「こんな星空を見ていると、学生時代の野外訓練を思い出すな」
「ああ、あの時の!」
アズリアの言葉に先ほどまで虚ろな目で空を眺めていたレックスの目に光が戻る。
「今考えるといい思い出だが、あの時は大変だったな。とにかく必死だった」
「もうホントに大変だったよ。各チームに最低一人は女の子が入っててどのチームも女の子が美味しそうな料理作ってるのにアズリア全然作れないんだもん。
どれくらいできたか様子見に行った時西瓜の様に切られたキャベツが転がってるだけだった時なんて俺、吃驚して固まったもん。結局俺が作ってさ、
なのに「絶対誰にも言うなよ!」とか言われた時にはどうしようかと思った」
「な、五月蠅い!お前はその後同じチームのやつが美味いと言って私を褒める度笑ってたから他の奴らに変な目で見られたんだぞ!大体お前は男なのに料理ができるってのがおかしい。
そのせいで私はあの後料理の猛特訓をする破目になったんだからな。男のお前に負けるなんて絶対認めたくなかったからな」
「そんな事言ったって俺の場合両親が早くに死んじゃってたから嫌でも自分で必要最低限のことはしなきゃいけなかったし…。あ、でもアズリア料理作れるようになったんだ。
じゃあ今度勝負でもしてみる?俺はこう見えても士官学校に入るまでは自炊してたから結構上手いよ?」
「フン、そうやって自信満々でいられるのも今の内だけだ。きっとお前は私の前に吠え面をかくことになるだろうさ。いい嫁になると身内にも評判だったんだからな」
そう言い終わった後二人で顔を見合わせて笑った。
「今度」なんてもうないかもしれないのに。そんな事を思ったけど怖くて口に出せなかった。だから替わりに笑った。昔みたいに。
今、この男がいて本当に良かったと思った。一人でいたら今きっとこんな風に笑えなかった。
憂鬱だった気持ちがどんどん晴れていく。
「あとさ、星空って言えば学生時代の最後の新歓思い出すな。アズリアは覚えてないだろうけど」
「…何の話だ?」
最後の新歓。記憶の糸を辿るが最初しか記憶がない。
新歓の日は毎年男女問わず唯一羽目を外せる日だったので生まれて初めて酒を浴びるほど飲んだのだがその後の記憶が全くない。
「アズリア、途中で酔っ払って俺が女子寮の入り口までおぶっていったんだよ。そん時見上げた空が今日みたいな満天の星空だった」
「な…!」
全然覚えていない。というかそもそも途中から記憶がないわけだが。
朝起きたとき服がそのままだったとかそんなことしか覚えてない。
「アズリアはもう覚えてないだろうけどあの時はもう凄かったよ。酔っ払って俺が止めるのも聞かずに服脱ごうとするし」
「わあああああ!」
思わず手で耳を覆った。無意識の内に自分はそんなに恥ずかしいことをしていたのか。
羞恥で耳まで真っ赤になる。
「しかも周りも煽るし。で、俺が何気なく話題変えようとしたら無理矢理飲まされるし」
「うう…」
酔っ払っていたとはいえこうも自分の醜態が晒されていくのはアズリアにとって屈辱だった。
正直、これ以上は聞いていたくなかったが羞恥より好奇心の方が勝っていた。
「しかも極め付けが最後の王様ゲーム。3番が5番にキスとかいう命令でさ、君が3番で俺が5番だったんだよ」
「ま、まさか…」
アズリアは言いかけて途中で言葉が止まる。聞きたくない、本当に。恐ろしい答えが待ってる気がする。
そんなアズリアの態度を知ってか知らずかレックスはニッコリと笑顔で答える。
「君、すっごいやる気満々でトイレって嘘吐いて逃げ出した俺の後追っかけてきてそのまま廊下で…」
ぎゃあああ!とアズリアは悲鳴を上げた、心の中で。
幾らなんでも冗談では済まされない話に顔の火照りは最高潮に達する。
「ホント、周りに人がいなくて良かったよ。舌まで入れられたし。誰かに見られてたら俺、絶対集団リンチとかされてたもん。しかも初めてだったのにキスした後アズリア思いっきり吐くし。ちょっと普通にカナリショックだったよ。今だから笑い話にできるけど」
「―……」
次々と明らかになる衝撃事実に眩暈がしてくる。
けれどそれと同時にファーストキスが好きな相手で良かったとか安堵している自分に呆れる。
顔の火照りをできるだけ抑えるようにして呼吸を整えてから口を開く。
「…その、すまなかったな…いくら酔ってたとはお前にそんな事してしまって…」
余りに恥ずかしすぎて顔を見て話せない。でもどうしても言わなければならなかった。
もし自分が好きでもない男にファーストキスを奪われた挙句吐かれたりしたらショックで立ち直れないかもしれない。
男勝りだとはいえアズリアも一人の女の子だ。そんなことを思ったりもする。
「じゃあ責任取れって言ったら取ってくれるの?」
「…それだけの事を私はお前にしたからな。お前が望むなら私のできる範囲のことならしてやるつもりだ」
これが他の男だったら絶対こんな事言わなかったがアズリアはレックスが果てしなく鈍感で奥手な男であるということを嫌というほど分かっていたので躊躇いなく言葉が出た。
「んじゃあ、これでチャラでいいや」
「え…?」
そっと手が顎にかけられ、上を向かされる。目を閉じたレックスの顔が近づく。
目を閉じなきゃ、と思いつつも金縛りにあったように動かない。レックスの前髪が自分の顔に当たる。
鼻と鼻がぶつりそうな距離で唇が触れ合いそうになる瞬間、触れる前に近づいた顔は離れていく。
「―…なんて冗談…」
冗談だよ、と笑おうとして言葉が止まる。アズリアの目に涙が溜まっている。
「ご、ごめん!まさか泣くほど嫌だなんて思わなくて…」
「馬鹿っ!」
アズリアは自分の手で涙を拭うと叫んだ。
「いくら酔っ払っていたとはいえ好きでもない男に自分からキスなんてするわけないだろう…っ」
「!」
以前本で人は感情が高ぶると涙が出ると読んだことがある。
でもまさか触れられただけで涙が出るとは思わなかった。馬鹿みたいだ。
自分が馬鹿みたいで恥ずかしくて顔を上げられない。俯いたままでいるといきなり抱きしめられた。
強く抱きしめてくる体からは自分と同じくらい早鐘を打つ鼓動と大好きな匂いがした。
「それはさ…期待してもいいってことなの?」
耳元で囁かれる。初めて聞くトーンに柄にもなく緊張する。
「嫌だったら、とっくの昔に張っ倒してる」
「そっか…」
今度は本当に唇が降ってくる。不思議と自然に目を閉じることができた。

「…ぁ……ん…」
触れ合うだけの軽いものが角度を変えて何回か繰り返される。
息が苦しくなって口を開いた瞬間に舌が入り込んでくる。
レックスが舌を絡ませればたどたどしくもその動きに合わせようと反応が返ってくる。
「んん…ふぁ……」
最初は恐る恐る控えめだった舌の動きも時間が経つにつれ積極的に絡めてくる。
唇を離すとどちらのものとも分からない唾液が糸を引いていてそれが妙にいやらしかった。
長いキスが終わるとアズリアはいきなり抱き上げられて危うくバランスを崩して落ちそうになったので慌ててしがみついた。
その様を見てレックスが笑ったのが何となく癪に障る。けれど抵抗はしなかった。
自分を軽々しく持ち上げる腕の力強さに男臭さを感じて柄にもなく緊張した。
「意外と、力があるんだな」
「そりゃあね。普段からでかい剣振り回してるわけだし。嫌でも腕力くらいつくよ」
そんな言葉を交わしながら抱きかかえられたままアズリアの部屋のベッドに横たえられる。
アズリアに覆いかぶさるような形になったレックスはアズリアの頬を撫でながら口を開く。
「辛かったり、痛かったりしたら言って」
「そんなこと、言ったところでどうせ止まれないだろ」
「誰が」とは言わなかった。きっともうお互いに止められない。
止められるくらいならこんなに熱くなったりしない、心も体も。
アズリアの言葉に苦笑いにも似た表情を浮かべながら自分の服に手をかけようとするレックスの手を不意にアズリアの手が止める。
「…服くらい自分で脱げる。お前も脱げ。私だけ脱ぐのは不公平だ。それと、こっちを見るなよ」
この状況で不公平もへったくれもない気がするし、自分で脱ぐと言ったくせに脱ぐ所を見られるのは恥ずかしいらしい。
何ていうか滅茶苦茶だけどそこが逆にアズリアらしい気がした。
レックスが自分の衣服を脱ぎ終わる頃にはアズリアが身に付けている物は下着だけになっていた。
有言実行を信条としているだけに一度言った事はきちんと守るらしい。
飾り気のない白い清潔感溢れる下着は彼女に似合っている気がした。恥ずかしさの為か頬は桜色に染まっている。
「…思ったより鍛えてるんだな」
「そりゃあ…まあね。本当はカイルとかギャレオみたいになれれば良かったんだけど」
予想外に男らしい体に素直に感想を述べたアズリアに素直な言葉が返ってくる。
その言葉にアズリアは思わず噴出す。
「お前にギャレオみたいな身体は正直似合わなさすぎるぞ。せめてもうちょっと色黒で強面になってから言った方がいいな。いくら強靭な肉体を手に入れた所でお前の顔じゃ迫力も何もないからな」
笑うアズリアにレックスはムスっとした顔をする。
普段は滅多に見せない子供っぽい反応だった。気にしてることを言われて少し傷ついたらしい。
「どうせ俺はタレ目だし童顔だよ。でもアズリアが笑ってられるのも今の内だよ。その内絶対ギャレオやカイルより逞しくなってみせるから」
「それは楽しみだな。期待しないで待ってるとするさ」
熱い闘志を胸に燃やしているらしいレックスには悪いがアズリアはそんな日は永遠にこないだろうと密かに思っていた。
それに逞しい男は嫌いじゃなかったがギャレオみたいに暑苦しくなられても困ると自分勝手だなぁと思いつつも思ったりしていた。
未だに笑いが止まらないアズリアの頬にレックスの手が触れる。
節くれ立った指がアズリアの頬を、身体を滑る。
色の白さのせいか男にしては長くて細い綺麗な指だと思った。
剣を握るより本や筆を握る方が似合っている気がする。
指が触れた場所を追うように唇がアズリアの身体に触れていく。
頬から首筋を通って胸へと唇と指が伝う。下着を外されひかえめな膨らみが露になる。
そっと手で包み込んでも溢れない程度のそれを手で優しく揉み始めればアズリアから甘い声が漏れた。
「……くぅ…っあ…」
少し強く握れば痛みがあるのか僅かに眉が寄せられる。
片手で刺激を与えたままレックスはひかえめな乳房の頂上にある淡いアルサックの花の色をした突起を口に含む。
「…んんっ……ふぁ…あ……」
舌で転がして、指で弾くように触れればアズリアから切ない声が上がった。
アズリアにしてみれば他人に裸を見せたり触れられるという行為は初めてのことで、生まれて初めて感じる刺激と快楽に恐怖がないといったら嘘になるかもしれない。
けれど、体温が溶け合うと安心するのが不思議だった。
例えば今自分に触れてる手が自分より一回りも大きくなったのは何時だっただろう。
出逢った頃はまだ甲高かった声が低くなったのは何時だっただろう。
棒みたいに細かった手足が自分より逞しくなって長くなったのは何時だっただろう。
同じくらいだった身長が自分より高くなったのは何時だっただろう。
少年は青年へ。少女は女へ。
今思えば心も身体も子供から大人に変わる大事な時間をずっと側で過ごしてきたのだと気付く。
人生で一番大切で楽しかった時期を、同じ空気を吸って同じ物を同じ目線で見て笑って過ごしてきたのだ。
その時間はそれまでの孤独を埋めてしまえるくらいに幸せだった。
そして自分は何時だってこうして触れてもらいたかったのだ、この男に。
きっと、出逢ったあの頃からずっと。
レックスの手が下半身へと伸び、下着の上からそっと触れるとアズリアは反射的に太腿を閉じてその手を拒んだ。
どうしようもない羞恥に顔を真っ赤にしながら睨めば少し困ったような情けない表情が目に映る。
「…怖い?」
「そんなんじゃないけどっ…」
アズリアはそう言うと身を起こす。そして一度深呼吸をするとレックスの股間へと顔を近づけた。
「ア、アズリア…?」
「…私ばかり高められるのは何だか癪だ」
そう言って勃ち上がり始めていたそれに軽く口付ける。
それまでキスの経験しか持ちあわせていなかったアズリアは男の性器を見るのは初めてだったし、実際に触れるのも初めてだった。
グロテスクな物でしかないはずのそれが好意を寄せる相手のものだというだけで愛しく思えてくるのは不思議だと思った。
知識としてはあったが実際に見たこともなければ試したこともないので戸惑いは隠せない。
震える手でゆっくりと扱く。
「…っ」
扱いた後そのまま先端を軽く撫でるとレックスの表情が強張るのが分かった。
普段は見せない表情がもっと見たくてアズリアは勃ち上がりつつあるそれに舌を這わせる。
裏筋を舐め上げながら味や舌触りを考えていると急に恥ずかしくなってきたので目を瞑って行為に集中することにした。
「…んん……くぅ…う……」
慣れない行為に顎が疲れてくぐもった声が漏れる。
それに構わず続け、片手で支えつつ上から咥えこみ舌を動かすと質量が増したのが分かった。
自分のやった事に相手が感じているのだと思うと何だか嬉しかった。
相手もまた自分の身体を弄りつつ興奮していたんだろうか。今の自分みたいに。
そんな事を考えながらより深く咥えこむ。
「…っく」
軽く歯を立ててやれば少し苦味を伴う液が先端から滲み出る。
どんな表情をしているか見たくてそっと顔を覗き見てみればレックスは目を瞑ったまま難しい表情をしている。
「きついか…?」
「ちょっとね…」
苦しそうな表情に何だか今は自分が主導権を握っているようで優越感にも似た感覚を覚える。
そのまま何度か擦り上げ、先端を舌で掠らせてやるとレックスの腰がびくりと震えた。
「―ぅ、っぁ」
それとほぼ同時に口の中にあったものが痙攣し、断続的に熱を吐き出す。アズリアはそれを喉で受け止め、青臭いそれを勢いでそのまま飲み下す。
「わ、アズリアごめん、吐くんならゴミ箱!」
そう言って慌てふためきながら周囲を見渡す様が可笑しくてアズリアは思わず噴出す。
手練れた男なら絶対にしないであろう反応が逆に愛しく感じる。
「安心しろ。全部飲み下した」
「そ、そっか…」
断言されて安心しているような気まずい様な表情にまた笑いそうになる。
こんな反応が見れるならこれからもしてもいいかなと思ったりする。
そのままレックスの首に腕を回してベッドに横たわる。
レックスの手が再び下着にかかるが今度は拒絶することはなかった。
敏感な部分が外気に晒されアズリアの身体がビクリと震えた。
アズリアのそこはもう慣らす必要がないくらいに濡れていた。
奉仕をしながら彼女自身もまた興奮していたようだった。
「…あっ」
指で中心をなぞるとアズリアはぴくんと背中を反らし反応を返した。
「嫌だったら悲鳴あげていいから。止まれないかもしれないけど」
返事を返すには余りにも恥ずかしかったから強く抱きつくことで自分の意思を伝えた。
もとから引く気などない。
レックスはアズリアの腰を抱きかかえるとゆっくりと中へと進める。
「…っ!」
入り口を少し広げただけでアズリアは苦しそうに眉を顰めて唇を噛み締め、痛みに耐えている。
実際レックスの方も快楽より先に痛みを感じるくらいにそこは狭くきつい。
ゆっくりと少しずつしか進めていないとはいえアズリアの目にはもう涙は浮いている。
初めて男を受け入れるのに痛みや苦痛がないわけがない。
それでも彼女は悲鳴一つ上げずにそれに耐えている。
背中に立てられた爪がそれを証明していた。
「ごめん…やっぱ痛いよね…。やめる?」
「気にするな、これは嬉し涙だ!」
弾みで出たアズリアの言葉にレックスはつい噴出す。
「嬉し涙って…」
「笑うな馬鹿」
そのレックスにつられてアズリアも笑い出す。
張り詰めていた緊張が解けて体の力が一気に抜ける。その瞬間一気に奥まで貫かれる。
「いっ…!」
思わず悲鳴を上げそうになって無理矢理堪えた。
今まで感じたことない強烈な痛み。そして異物感に圧迫感。
体が引き裂かれるような感覚に耐えるように背中に思いっきり爪を立てる。
生理的痛みに堪えきれなかった涙が流れる。
余りの激痛に視界は霞むし、一瞬気を失いそうになったが精神力でなんとか耐えた。
好きな相手のものなのに痛みだけはどうしようもなくて、嘘でも笑って「平気だ」と言えないのが辛かった。
「大丈夫、じゃないよね…。できるだけ力抜いて」
言葉と共に額にキスが降りてきて少しだけ安心した。
「…ぅあ…ふぁ…あ…んんっ…」
中でレックスが動く度に痛みと微かな快楽を感じてアズリアはどうしようもなくなる。
繋がった場所の熱さに、堪えきれない声が上がる。初めての感覚に戸惑いを隠せない。
レックスは温かく、弾力のあるアズリア中を堪能する。きついがひどく心地よかった。
「くぅ…あっ…ん……」
繋がった場所がクチュクチュと卑猥な音を轟かせる度アズリアは熱い吐息と泣くような声をあげた。
痛みに耐えるかのように整った眉は顰められ背中に強く爪をつき立てられたが彼女は最後までレックスを拒むこともなければ叫ぶこともなかった。
「…っ、アズリ…ア…!」
再び訪れた射精感にレックスは素早くアズリアの中から自身を引き抜く。
引き抜かれると同時に精液が迸りアズリアの体を汚した。
恐らく自分以外誰も見たことがないであろう彼の射精の瞬間の表情をアズリアは何となくきれいだと思った。
一番好きな表情を独占したのだと考えると痛みに耐えた甲斐もあったかな、と思った。

「何かさ、アズリアとこういう関係になるって学生の頃は考えもしなかったな」
裸のまま布団に寝転び余韻に浸りながらもレックスは呟いた。
「正直嫌われてない確信はあったけどそれは好かれてる自信にはならないし、最初は嫌われてると思った」
「―…そりゃあ最初はホントに嫌ってたからな、お前のこと」
そのレックスの肘を枕にしながらアズリアは少し不機嫌そうに答える。
「私が今まで築き上げてきた全ての物がぶち壊された勢いだったからな。どんなに努力しても結局実技だけはお前に勝つことはできなかったし。才能の差というのを恨んだりもしたさ」
アズリアは少し頬を膨らませて背中を向ける。
普段の彼女だったら他人に絶対に見せることのない子供っぽい態度だ。
そんな態度が普段とのギャップと相俟って可愛らしく見える。
「朝から晩まで馬鹿の一つ覚えみたいに剣振り回してれば特別な才能なんかなくたって誰だって強くもなるよ」
「…初めて聞いたな、そんな話」
レックスの言葉にアズリアは振り返る。
アズリアの視線の先のレックスの顔は苦笑いが浮かんでいる。
彼が元々努力家だということは知っていたがそんな事実は学生時代には気付かなかった。
「今まで誰にも言ったことなかったし、言うつもりもなかった。両親が死んで、村の人達は俺に家族みたいに優しく厳しく接してくれたけど、
やっぱり肉親と他人の間には絶対越えられない線みたいなのがあるだろ。子供ってのは特にそういうのに敏感だからさ、
しかも俺はそういう所だけは妙に聡い可愛げのない子供だったから暇さえあれば馬鹿みたいに錆びた剣を振り回してた。今考えると寂しかったんだって分かるけど、
そん時はまだ子供だったから血豆が潰れて剣がボロボロになるまで無心になって日が沈むまでやり続けてた。村の人たちに迷惑かけちゃいけない。いい子でいなきゃって思ってたし。
今考えると馬鹿だなぁって思うけど」
「―……」
アズリアはレックスの言葉に昔の自分の姿を重ねた。
結果を出すことだけを求められ、必死に努力し続けてきた幼い頃、彼女もまた孤独だった。
努力することで寂しさを紛らわすしかない不器用な子供だった。
だからこそ彼に惹かれたのかもしれない、と今なら思う。
きっと自分の寂しさを理解して受け入れてくれる。
同じ孤独を知っている彼なら自分を救ってくれるかもしれないと心のどこかで期待してたのかもしれない。
「君に初めて出逢った時昔の自分見てるみたいで気になったんだ。でも本当は全然違った。いい所も悪い所も、新しい一面を知る度にそれを実感してますます君のこと好きになっていってたな」
「―……」
何というか面と向かって告白されてアズリアは真っ赤になる。
今までまともに告白されたことなどなかったから。
男子生徒に人気はあったらしいと聞かされたが、本人達の意思は関係なしにレックスとの仲が半公認となりつつあった為か告白してくるような勇者はいなかったのだ。
高嶺の花コンビだとどこか敬遠されもした。
「…まさか君に好かれてるとは思わなかったからこのまま君に会えなかったら誰にも言わないで墓場まで持っていくつもりでいたけど、今なら言えるよ」
レックスは一呼吸おくとアズリアを抱きしめ再び口を開く。
「俺には俺の守りたいものがあって君には君の選んだ道がある。だからさ、一緒に暮らすわけにはいかないけどたまにこんな風に会って昔みたいにお互いのこと話したりとかできないかな?
会いにきて欲しいなんて言わない。俺が会いたいから会いにくるよ。まだ君に話してないことが沢山あるし、見せたい物も沢山あるんだ。
例えば俺の故郷のアルサックの花が綺麗だとかオウキーニさんに子供が産まれそうだとか。それに料理対決もまだしてないよ」
レックスの思ってもみなかった言葉にアズリアは思わずレックスの顔を見上げる。
そこにはやっぱり笑顔があってそれが何故か嬉しかった。
どうしてこの男は何時も一番欲しい言葉を欲しい時に言ってくれるんだろう。
今まで何度も思ったことをまた思った。
「それでさ、君が自分で満足できるくらい軍で頑張って、意地とか家のこととか全部なくなって戦うことに疲れたらでいいんだ。いつか島で一緒に暮らせないかな?それまでに俺も君を守って養えるぐらい強くなるからさ。…ダメかな?」
「…私が軍を退役して島に行く頃はもう婆さんになってるんだぞ?」
震える声で話す。言葉の最後の方は掠れていた。
「君が御婆ちゃんになる頃には俺もお爺ちゃんになってるよ、中身は。昔から憧れてたんだ。
皺くちゃのお爺ちゃん御婆ちゃんになっても大切な人と一緒に笑ってお茶とか飲んでるの。で、昔話とか沢山して幸せだなぁって感じるんだ」
「…でも私はお前をおいて逝ってしまう。そんなの辛すぎるだろ…?」
「確かにいずれくる別れは辛く悲しいけど遠い未来を心配して可能性を潰すより今を大切にしたい。
俺はいつかくる別れに怯えるより一緒にいられる時間を大事にしたいんだよ。もう後悔したくないから」
夢を、見ているのかもしれない。幸せな夢を。でももし夢ならこのまま覚めなければいい。
このまま幸福な夢をみていられるなら今死んでも構わない。
「俺はフレイズみたいに気の利いたことはことは言えないし、カイルみたいに俺が幸せにしてやるって言えるくらい男らしくもない。
ウィルも島のみんなもカイル達もヘイゼルさんも、みんな幸せになってもらいたいって思ってる。でも俺が俺の手で幸せにしてあげたい思うのは君だけなんだ。
だから二人で幸せになりたい」
もう絶対に泣かないって決めたのに涙が溢れた。
敵対して、剣を向け合って。時には本気で殺意を抱いたかもしれない。
切なくて、苦しくて何度も諦めようと思った。
幼い頃から欲しいものを欲しいと言えなくて、諦めることには慣れていたのにこれだけは諦められなかった。
捨ててしまった方が楽だと分かっていたのにどうしても捨てられなかった。
どんなに愚かで自分勝手だと罵られようとも守りたかった大切な想い。
馬鹿みたいに夢見てた。
いつか痛みも苦しみも喜びも全部分かち合える二人になりたいって。
いつも隣で歩いて笑いあえていた少女だったあの頃からのたった一つの願いが今叶った気がした。
人は皆幸せになる為に生まれてくるのだと思ってもいいのだろうか?
何度傷ついても、どんなに苦しくてもきっといつかは幸せになれる。
そう信じているから幸せになれるのかもしれない。
白いウェンディングドレスも花束もいらない。ただ側にいてくれればいい。
何かを言おうとしても涙で言葉にならなかった。だから代わりに強く抱きついた。
「明日二人で指輪でも買いに行こっか?」
自分の髪を撫でてくれる大きな手が愛しかった。
きっとその手に守られ、そしてその手を守って生きていくんだろうと思った。
守られるだけじゃない、大切な人を守るために強くなりたいと思った。
いつも隣で支えあえるような二人になりたいと思った。

「じゃあ暫くは会えなくなるけどそれまで元気で。また会いにくるから」
「お前もな。島の住人によろしく言っておいてくれ」
さよならと一緒に約束を。
二人の左手の薬指には簡素だけれど淡い光を放つ同じ指輪がはめられていた。
側にいて守ってもらうのだけが愛の形じゃない。
離れていても信じていられるから大丈夫。強く生きていける。
レックスの乗った船が陸から遠ざかるのをアズリアは微笑んだまま見送っていた。
次会うときまでに料理の腕を上げておこうか。
髪を伸ばしてスカートなんて穿いて少しは女らしく振舞ってみたらアイツは驚くだろうか。
そんなことを思いながら船が遠く地平線の彼方へ消えるまでアズリアは優しい笑顔を浮かべながらずっと見つめていた。


おわり

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