アティ×ビジュ



運が悪かった。アティの両親の死は、たった一言で片付けられた。
作物は自給自足、輸出できるめぼしい特産品もなし、帝国と旧王国の国境近くにあれども軍事的には無視しても問題ない村。
そこが、アティがずっと暮らしてきた場所。
だからどうして予測できただろう。旧王国の敗兵がやってきて、単なる一般人の夫婦を殺すなど。
火掻き棒で必死に応戦した父親は、斧で叩ききられた。
せめて我が子だけでも、と庇った母親は、背中を何度も何度もくしざしにされた。
アティには何もできなかった。
彼らが逃げ去り、他の村人の呼んだ衛兵がくるまでの間、血溜まりのなかうずくまっていただけ。
後でその敗兵たちは捕まったと聞いた。
彼らは相当追い詰められていたらしい。最初は何人だったかは知らないが、村に辿り着くまでには三人に減り、背後からは殺気立った追跡兵。アティの家に押し入った時には頭のタガが八割方外れていたのだろう。
だけどそれが分かったからといって、両親は帰ってこない。
ずっとアティを支えてくれた村の人は口々にこう言った。
運が悪かった。だから早く忘れてしまいなさい、と。
いつまでも心配かけるのは嫌だから、アティはこう答える事にしている。
「平気ですよ。私はもう大丈夫です」
両親が好きだった、とびきりの笑顔で。
そうやっていればこのどろどろとした感情を隠し通せる気がした。
実際うまくやれていたのだ。
笑うことで。敵を作らぬよう―――誰も憎まなくてすむよう立ち回ることで、他人だけでなく自分も騙しぬいてきた。

ビジュに会うまでは。

―――憎いだろう?
そうシャルトスが語りかけてくるようになったのはいつからか。
―――認めてしまえ。お前は、あの男を―――
最初は必死になって否定していた。自分のなかにはそんな思いなどないのだと。
けれど。
―――憎んでいると
切り刻まれるはぐれ召喚獣。血まみれの両親。ビジュの哄笑。歪んだ笑みを貼りつけて刃を振り下ろす旧王国兵。
忘れたふりをして胸の奥底に沈めてきた感情が呼び戻されて、今までつくってきた自分を崩してしまう。
―――だから壊される前に
「壊して、しまえば」
熱に浮かされたような呟きに、ふと我に返る。
左手が組み敷いたビジュの喉を絞めつけたままなのに気づき、急いで緩めた。
アティの身体の下でビジュは幾度も咳き込み痙攣を起こす。
その度にぎりぎりと不吉な音を立てるのは、動かぬようシャルトスで地に縫い止めた腕。
鋼の剣とは違うのか、貫いた箇所からの出血は予想ほどではなかった。
もっとも剣の素材が何だったとしても、痛いことに変わりはない。
「余り騒ぐからですよ。少しはおとなしくして下さい」
「ふざけっ……」
また、濁った咳。
「ほら、無理に大声だそうとするから。……なんなら完全に潰しましょうか?」
いつもの口調、いつもの表情でとんでもない事を言い出す。
そこに冷ややかな本気を感じとり、ビジュの背に嫌な汗が滲む。
アティを睨みつける目に少々の怯えが見て取れるのは見間違いではないだろう。
とりあえずはあからさまな抵抗が消えたのを確認し、アティは士官服はだけさせて露出した腹をつと撫上げた。
呻き声とともにビジュが身体を強張らせる。
(これって刀傷ですね。まあ軍属が長ければあって当然でしょうけど)
腹から胸元へと指を移動させると感触が変わる。
心臓の上辺りから左肩へと続くのは火傷の痕。ひきつれた肌を撫でているうちに、奇妙な感じがした。
火傷の広がり具合が不自然に思えたのだ。
火災で負ったものと言うより松明かなにかを押しつけたような―――
思わずビジュの顔を見た。
手が、止まる。
―――それからの行為の理由はアティ本人にもよく分からない。
ビジュの喉元、先程絞めた痕へと唇をよせる。
そうっと舌を這わせた。息を呑む一連の動きが舌先から伝わる。
喉をつたって鎖骨へ。片手で服をずらしながら肩口へ。弧を描くようにして胸元へ。
唾液で濡れた箇所から、夜風が体温を奪う。
身体は場所を変える度に擦れ合う程度に預けて。
ただひたすらに傷跡を舐めた。
身体を下げるうちに、下腹部に何かが当たる感触がする。
視線を向けると、予想通りの状況だった。
そういえば上着は脱がしたけど下の方はそのままでしたね、なんて事を思いながら手を掛ける。
無造作に引き下ろすと、半立ちのモノを引っ掛けてしまったのか、腰がはねた。
アティは組み敷いたその姿を見る。
じくじくと血を滲ませる腕、古い傷跡、自分の腹を押し上げる屹立。
どくり、と心臓がのたうつ。
ビジュが好きかと聞かれたら、アティは嫌いと答える。
欲しいかと聞かれたら、いらないと答える。
けれど。
今、自分の下でもがく男を『犯して』やりたいと―――好きなように扱って滅茶苦茶にして壊してしまいたい、と、一瞬だけだが本気で思った。
再び顔を伏せて今度は腹の刀傷へと舌を這わす。
余計な動きを止めるために足を押さえると、丁度乳房がビジュのモノを圧し包む格好になる。
ふと思いついて身体を上下させてみた。
ニットごしにこするとひくりと持ち上がる。
ごく小さな呻き声が聞こえた。
素直に鳴けばいいのに、と考えて先程自分自身が喉を潰しかけたことを思い出す。
罪悪感はかけらも湧かない。ただ歪んだ高揚感が背筋を駆けるだけ。
上半身を起こすと、胸のあたりが先走りで重く湿っているのがはっきり分かった。
お気に入りのワンピースだったが、
とうに泥やら返り血やらで汚れてしまっているし今更シミのひとつやふたつ増えたところで誰が構うものか。
……でも女としてそれはちょっと悲しい。
頭を軽く振っていらない思考を消し、アティはスカートの奥へと手を入れ下着をおろす。
覆っていた箇所はすでにとろとろと蜜をあふれさせ、指ですくいとれる程。
一度深呼吸すると、ゆっくりと腰を落とした。
互いの体液が混ざりあってぐちゃりと音を立てる。半ばまで咥えたところで、
「……っつう?!」
スローペースにじれったくなったのか、思いっきり突上げられた。
潤ってはいても異物を受入れ慣れていないそこは、急な挿入に悲鳴を上げる。
アティは唇をかみしめて声をこらえるが、生理的な涙までは我慢できずにぼろぼろこぼす。
地面に手をついて砕けそうになる腰を必死に支える。
膝が震えて力がうまく入らないが、このまま流されて完全に身体を預けてしまうのは、向こうに主導権を与えるようで絶対に嫌だった。
痛い。とにかく痛い。身体のナカをえぐられるのがここまで苦痛だとは予想だにしなかった。
―――落ち着いて顧みればビジュとて押し倒されてる身。そんなに大きな動きは無理だ。
どちらかというと行為そのものよりいきなりの抵抗というのが原因だろう。
実際最初の突上げの後は断続的に膣内をすりあげてくるだけで。
こちらの都合なんかお構いなしの自己本位な行為。
(って当然ですか。これって元々無理矢理始めたことですし)
そう、最初から相手の意志を黙殺していた。今は単にする側とされる側が入れ替わっただけのこと。
ならば戻せばいいだけ。
アティは腰を浮かせ強引に引き離す。
破裂寸前のソレが外気にさらされ、
「……あ……?」
惚けた声を上げるビジュの胸元に額をあてる。
身体を預けるというより、楽な姿勢をとったらたまたまそうなった―――それだけのこと。
「中は駄目ですから―――心配しなくても最後までやりますよ」
囁いて、愛液に濡れた秘所を先程までつながっていたものにすりつける。
ただし今度はアティが快いと感じる強さとペースで。
不完全なつながり。だからこそ余計に貪欲になるのか。
もう敵同士だとか、片方は腕を地面に縫いとめられた状態だとか、主導権の有無だとかどうでもいい。
挟んで。揺さぶって。突上げて。水音を立てて。
可能な限りつくす行為は快楽を得るためだけに。
アティの手が仕官服の襟を強く握りしめる。こらえきれない甘い悲鳴がもれる。
最後に熱い液体がぶちまけられるのがわかった。

仕官服を襟元まできっちり合わせてから、ビジュは立ち上がる。
シャルトスで貫かれていた部位には簡単な処置が施されている。無論アティの手によるものだ。
御丁寧にサモナイト石まで残していった。ピコリットとの誓約を示す刻印が見て取れる。
要するにこれを使って回復しろと言うことだろう。
「……畜生が」
投げ捨てようとしたが失血のためか力が思うように入らず、手から転がり落ちるかたちになる。
しばらく青い光を放つそれを睨みつけていたが、やがてふらつく足取りのまま背を向けた。

アティは自室の戸を後ろ手に閉めて、そのままの姿勢でもたれかかる。
どうやって船に戻ったか覚えていない。
情交の跡を消すためか、帰りがけに服のまま泉に飛び込んだのだけが思い出される。
自室のドアにもたれてぽたぽたと広がる水溜りをぼんやり眺めていた。
(掃除……も、明日でいいや……とにかく着替えて寝よう……)
緩慢な動作でワンピースに手をかけるが、肌に張りつき離れてくれない。
「……どうして」
あんな事をしたのか。
(戦力を少しでも削いでおこうと思ったから)
違う。第一あのような方法で削げるわけがない。
(シャルトスに操られていた)
……違う。確かにきっかけを与えたのはシャルトスだろうが、その後の行為は全て自分の意志だった。
では、何故。
……本当はとっくに分かっていた。
「近親憎悪、ですかね」
両親が殺されたあの日からずっと隠してきた暗い感情。それが形をとって現れたようで、怖かった。
だからあんな風に屈服させて、まだ自分は大丈夫だと、感情を抑えきれるのだと思い込みたくて。
「あはは……それって向こうには災難以外のなにものでもないじゃないですか。……私ってば…最低…の……」
肩を抱いて泣く彼女を、誰も知らない。


おわり

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