孤島のバカンス その4



「ん……」
 頬を撫でる冷たいタオルの感触にアズリアは目覚めた。
 うっすらと目蓋を開くと、そこにはアティの顔が、間近で心配そうにこちらを覗き込む光景が映っている。
「アティ……」
「目が覚めましたか?アズリア」
 アズリアの後頭部には、枕替わりにされた素肌のひざの感触が。
 どうやらあれから気絶してしばらくの間、アティの膝枕の上で看病されていたらしい。
 そんな事なら太ももの感触を楽しむ為に、もう少し気を失ったフリをしておくべきだった……と内心後悔する。
「もう大丈夫ですか?膝枕をしていなくても」
「あ、いや……まだ体がだるくてな。もう少しこのままでいさせてくれないか?」
 アティの膝枕をたった数秒で手放すなど、アズリアの彼女に対する愛のプライドが許すはずがない。
 そうですね、とアティが微笑むと、彼女は顔をあげてその場から立ち上がった。
「……え?」
 だがまだ頭には太ももの感触が。
 視線をアティから自分の真上に向けると――。

「それじゃあ、もうしばらく膝枕をしてあげていてくださいね。ギャレオさん」
「ああ、分かった」

 ――そこには海水パンツ一丁となったギャレオが、額と逞しい胸筋から汗を流しながらアズリアを覗き込む姿があった。
「暑くはありませんか?アズリア隊長」
「…………気温が一気に10度は跳ね上がったな」


 アズリア達が海賊一行と、戦いという名のバカンスを満喫している間、その上官にすでに忘れ去られている存在があった。
 それらは森に充満する熱気と虫の鳴き声に眉をひそめながら、ひたすらにアズリア達の帰還を待ちわびていた。
 ……彼女の部下、帝国兵の集団だ。
 いつも以上の気温が思考を鈍らせ、彼らの士気を減退させつつあった。
 しかし、皆が無言で座り込んでいる中、ただ一人だけが歯を軋り、苛立たしげに舌打ちを繰り返している。
 その男は我慢の限界が訪れたのか突然立ち上がり、乱暴に近くの草むらを蹴り飛ばした。
 その衝撃に、その中にいた動物が慌てて逃げ去っていく。
「ふざけやがって!!いつになったら戻ってくるんだよアイツらは、あァ!?」
「お、落ち着いてくださいよ、ビジュさん」
「うるせぇッ!!」
 ビジュは待機という、ただ無意味に待ち続ける行為を酷く嫌っている。しかもこの暑さの中では、彼が怒りを感じるのも仕方がなかっただろう。
「ちょっと行ってくらァ。こんなクソ暑い場所でじっとしてたら脳が溶けちまうからな」
 彼は武器を手にとると、周囲が止めるのも聞かずに森を抜けていった。
 まだあの二人が帰ってきていないという事は、向こうで何かトラブルが起こったのかもしれない。
 ある程度時間が過ぎても戻ってこなければ出動せよ、との命令だったが、まだその時間には達していない。
 だがその時が訪れるまで待っていられるほど彼の気は長くはなかった。
(それに……トラブルがあるって事は、何か面白ェ状況になってるって事だろうしな。ヒヒヒッ……)


「あの女隊長の様子はどうだ?」
「まだ起き上がれないみたいです……」
 崖下の空洞から出てきたアティに、外で呑気に砂遊びをしていたカイルが声をかける。
 アティは彼の目の前に座り込むと、その砂山の上に砂を盛り付けた。
 カイルはその様子に子供のような笑みを浮かべると、それに対抗するように両手で砂をすくい、さらに上からばさりと落とす。
「あ……」
 だが上から降りかかる砂の重みに耐えかね、砂山は崩れてしまった。
「わりい、調子に乗りすぎた」
「いいですよ。また作りましょう」
 そう笑い掛けてアティは砂をかき集める。しかしその手がふいに動きを止めた。
「……先生?」
 崩れた砂山を見つめるアティの目は、どこか悲しげな光を帯びている。
 集めた砂から手を放すと、アズリアのいる空洞へと視線を向けた。
「この崩れちゃった砂山がね……彼女みたいだなって思ったんです」 
 そうつぶやくアティにカイルは驚いたように口を開き、眉をひそめる。
 この脆い砂が、あの飢えた野生の熊のような女だと?
 カイルの後頭部を殴り、あたり構わず大声を発し、土俵で四股を踏むあの生命体のどこがこの砂山に見えるというのだ。
 苦笑しながらカイルは首を横に振る。
「ありえねぇ!あの女のどこが――」
「彼女だって大変なんですよ?親の期待を一身に背負って、女だって言うハンデを持ちながら一生懸命に任務をこなそうとしているんです。……何もかも一人で背負いすぎているんですよ。このまま彼女の背中が重みを増していけば、この砂山みたいに……いつかはその使命感に押しつぶされてしまうんじゃないかって」
「…………」
「だから、今日のアズリアはちょっと元気そうで嬉しかったんです。学生時代の彼女を思い出すことができたから……」
 空洞のほうを向くアティを、カイルは静かに見つめる。
 自分の知らないアティの過去。
 彼女の体の事なら他の誰よりも知っているが、学生時代の話題を出されては、そのような出来事を知るよしもなく口を出せないでいた。
 その時ばかりはアティが少し自分のそばから遠ざかったような気がして、アズリアに妬いている自分に気がついた。
「――先生」
 カイルの指がアティの肩をつつく。
 どうしたのかとカイルのほうに振り返ると、彼の顔はいつの間にやら彼女の眼前まで近づいていた。
 ふいにされた行動によける事ができなかったアティに、カイルは静かに唇を重ねる。
「んっ……?」
 ひざで砂山を崩し、身を乗り出すと、カイルは両腕をアティの背中へとまわした。
 さっきまでの少し強引だった行為とは違い、アティはそのまま優しく彼の胸へ引き寄せられる。
 彼の胸はわずかながら、いつもに比べて早く脈打っていた。
 しばらく重ねるだけのキスを交わすと、カイルはアティからそっと唇を解放した。
 目が合った彼女に、カイルはイタズラじみた笑みを浮かべる。
「へへ、スキありってな」
「カ、カイルさんってば!」
 頬を赤らめて声をあげるアティに笑いながら、カイルはくしゃくしゃと髪の毛をかく。
「……男のクセに情けねぇとは思うんだがよ、やっぱ嫉妬しちまうんだよな。お前が俺以外の奴の事を考えてるのがさ。男にも、女にも、お前は分け隔てないからよ……」
 アティがどれだけ他の人間を気にかけようと、彼女の恋人は自分である事には変わりない。
 だがそれでもカイルは自身の心を落ち着かせる事ができないでいた。
 周囲に愛される彼女は、それだけカイル以外の男に想いを寄せられる可能性も高いという事なのだから。
 力なくアティの肩に顎を落とすカイルに、彼女はその心を読み取ったかのように首を横に振った。
「――心配しなくても、私が“愛して”いるのはカイルさんただ一人ですから」
「……」
 みるみる染まっていく頬をアティに見られるのが恥ずかしく、カイルはアティの顔を胸に押し付け、強く抱きしめた。
「んッ……!カ、カイルさんっ?苦し……」
「……しばらくこのままでいさせてくれ」
「そんな、駄目ですよ変態低脳船長。離れてくださいってば……」
「…………」
 明らかにアティの声とは違う、やや低めの声に、カイルの口の端が引きつる。
 次の瞬間、彼の頭にドサリと砂が降り注いだ。
「ぶふっ!?」
 慌てて砂を払いのけて顔をあげるカイル。
 そこにはいつの間にやら水着の上にコートをまとい、額に青筋を浮かべたアズリアがギャレオに支えられて突っ立っている姿があった。
 しかもその小脇には剣を携えている。
「……私が目を放すとすぐにコレか。貴様の頭の中は性欲のみで構成されているのか? ――この歩く肉棒がァッ!!」
「ちょ、アズリア……!?」
 アズリアはアティを乱暴に押しのける。そしてカイルの懐に飛び込むと、手を彼の下へと伸ばした。
「お、おい、何す――」
「決まっているだろう!――こうするんだぁッ!!」
 そう叫ぶなり、アズリアの手は素早くカイルのパンツの中へ潜り込んだ。
「!!!」 
 彼女の突然の行為に二人は言葉を失う。
 カイルに至っては抵抗するという判断すら思いつかず、パンツの中へ姿を消したアズリアの手をあ然と見下ろしている。
「むッ!」
 パンツの中で手にした確かな手ごたえ。
 アズリアはそれを掴むと、パンツの中から外に向けて一気に引っ張り出した。
「いでえぇ―――ッ!!」
 びん、とまるで体の芯を左右から引っ張られるような感覚に、カイルの背中がのけぞる。
 相撲部主将の握力で握られたカイルのペニスは、その圧力に先端が血液の充満で赤く染まっていた。
「ふ……ふんっ。平常時はこの程度の大きさか」
 それでも並みの人間に比べれば余裕で勝る大きさのものだったが、アズリアはそれを見下ろしながら吐くように言う。
 そして片手で鞘から剣を引き抜くと、刀身をペニスの根元へ当てた。
「――――ッ!!?」
 カイルの全身に悪寒が走ったのは、急所に触れる冷たい刃の感触のせいだけではないだろう。
「こうすれば貴様も一日中アティにちょっかいを出す事はできまい!?――ほ、本気だぞ私は!!」
 もはや錯乱状態に達したアズリアの唇は細かく震え、それと同時に刀身も震えている。
 少しでも力が入れば――刃が食い込むだろう。
「ちょっちょちょちょっと待て――――ッ!!」
 カイルはもちろんアティと、まさかそこまでするとは思っていなかったギャレオまでもが悲鳴混じりの絶叫を上げる。
 だが下手に彼女の手を動かせば、それこそ最悪の事態を引き起こしてしまうかもしれない。
「じょ、冗談キツイぜオイ……!!」
 カイルの脳裏に、一つの光景が浮かび上がった。


 ――穏やかな大海原を、海賊船が悠々と突き進んでいく。
 甲板には筋肉質なブロンドの女が、黒いコートを肩に引っ掛け、海の輝きに目を細めていた。
 伸ばし始めたばかりの髪がくすぐったく気になるのか、時折首筋を撫でている。
「――どう?カイル、最近の気分は。……いえ、この際姐さんって呼んだほうがいいかしらね?」
「ああ……こういう生き方ってのも悪くねぇな。こういう体になってから、色々と新しいものが見えてくるようになったしな」
「ダメよぉ、姐さんってば。ちゃんと女言葉使わなきゃ」
 スカーレルの指摘にカイルは眉をひそめる。
 カイルは少し気恥ずかしげに目を伏せると、静かに息を吐き出し、大きく目を見開いた。
 スカーレルにメイクされたマスカラと紫色のアイシャドーが、彼の目を鮮やかに彩っている。
 真っ赤なルージュをつけた唇が、口を開いた。
「――行くわよみんな!!女海賊カイル一家、次の陸まで全速前進―――ッ!!」


「ぎゃああああ気色わりぃ――――――ッッ!!!!」
 涙を流しながら悶えるカイルに、驚いたアズリアは一瞬ひるむ。
「今だっ……隊長、お許しください!」
 ギャレオはすかさず彼女から剣を奪い取ると、それを遠ざけるように放り投げた。
 剣はくるくると宙を回り、砂の上に静かにその身を落とした。
「……はぁっ……」
 ようやく去った難に、カイルは安堵の表情を浮かべる。
 ――しかし。

 バシィッ!!

「きゃあッ!!」
 突然彼らの周囲に降り注ぐ稲妻。
 わざと外したのか体に命中はしなかったが、ピリピリとかすかに肌が痛む。
「ちくしょう、テメェ……攻撃用の召喚石まで持ってやがったのか!?」
 慌てて身を起こし腕をさすりながら、カイルはうずくまるアティをかばうように抱きしめ、アズリアを睨みつける。
「アティにまで当たったらどうするつもりだ!?」
「わ、私は……」
 違う、というように首を横に振り、否定を表す。
「ウソつくんじゃねぇ!それじゃあ一体誰が――」
 そう叫んだ時、彼の視界に人影が映りこんだ。
 遠くに立つ人物がアズリア達と同じ帝国の軍服を着ていることは、その鮮やかな橙色ですぐに判明した。
 カイルの異変に気づき、アズリア達も同様に視線をそちらへと向ける。
 瞬間、その人物が何者かを察し、彼らは目を見開いた。

「……どうなってんだァ?こいつは……」

 くぐもった声は、彼に怒りの感情が満ち溢れている事を示していた。
 ゆっくりと近づいてくるその表情は、声色と同じく険しい。
 額から汗を流し、手を眉の辺りにかざして眩しさをしのぐ姿は、思わずこっちの日陰に入りなよと声をかけたくなるほどの代物だ。
 男は歯を軋りながら、吐き捨てるように叫んだ。

「――遊んでんじゃねぇかよォッ!!」

「…………」
 誰一人として否定ができなかった。
 全員揃って仲良く着用している水着。崩れた砂山。もみくちゃになって騒ぐ光景。
 これが島の平和と軍人の使命をかけた正当な戦いだと言えば、今まで国の平和をかけて戦い抜いてきた先人にどつき殺されても文句は言えないだろう。
 男――ビジュはアティ達のもとまで歩み寄ると、口元を引きつらせながらアズリアとギャレオを見下ろした。
「隊長殿ォ……まさか森の中にあれだけ俺サマ達のことを待たせておいて、『忘れてた』なんて抜かしませんよねェ?」
 彼の頬や首には小さな赤い膨らみが点々とあった。おそらくは森の中で虫にでも刺されたのだろう。
 冷たい召喚石を赤らんだ場所に当て、少しでも痒さを紛らわせようとする様子は涙ぐましいものがあった。
「どうなんだって聞いてんですよ!あァ!?」
 乱暴に言いながらも、彼の手は袖の上から腕を擦っている。どうやら服の中まで刺されてしまったらしい。
 暑さ、痒さ、苛立ちに全身を覆われた彼の姿は、最初にアティ達の前に現れたアズリアの姿とは到底比べものにならないほどのものであった。
 アズリアとギャレオは互いを見合うと、苦しげに目を伏せる。
 そして正座すると、二人はビジュに向かってペコリと頭を下げた。

『……忘れてました。ごめんなさい』


 駐屯地に向かう頃には、すでに空は赤く染まり始めていた。
 丸腰のアティ達を始末しようとしたビジュを何とか抑え、結局彼らは何も手中に収めることなく手ぶらでの帰還となった。
「ギャレオ……私は、この仕事には本当は向いていないのでないか……?」
 沈んだ顔でつぶやくように言うアズリアに、ギャレオは慌てて首を横に振る。
「なんという事をおっしゃるんですか隊長!?貴女ほど部下を想い、知的……で、えっと、冷静……?で……。と、とにかく、自分は隊長ほど自分の上司にふさわしい方は存在しないと思っておりますから!!」
「まぁ、普通は上司相手に向いてねぇなんて馬鹿正直に言えねぇよなあ。イヒヒッ……」
「ビジュウウウウッ!!貴様がそれを言うかあぁぁッ!!」
 ギャレオの絶叫を背に、アズリアはアティと最後に交わした会話を思い出していた。

「アティ。今度会うときは必ず、その剣を奪回してみせるぞ。次が貴様の最後だと思え」
「アズリアッ!……私達、どうしても戦わなくてはいけないんですか……?」
 悲しみを帯びたアティの瞳を見るのは辛かった。
 だが、互いが反する意思を持つ以上、戦いは避けられないものだ。どちらかが折れればそれで終わる。
 とても簡単な答えだ。
 しかし、その妥協という行為ができないからこそ、戦いは各地で今もこうやっておこなわれているのだ。
 アティの問いには答えなかった。
 ……答えたくはなかった。
 どちらでもない答えを見出す事など、戦いで勝敗を決め続けてきた人間である限り、できはしないのだろうか――。

「…………」
 ギャレオとビジュの小競り合いはいまだに背後で続いている。
「おい、お前達。少しは黙って歩けないのか」
 アズリアがたしなめると、ギャレオはビジュを突き飛ばし、慌てて頭を下げた。
「うぉッ……!」
「も、申し訳ございません隊長!しかしビジュの奴が――」
 ビジュは思わず転げそうになったがとっさにバランスを立て直し、二人を眺めながら舌打ちをした。
「ケッ、部下をほったらかして遊んでたテメェらに言われたかねぇんだよ」
「……ッ!!」
 顔を真っ赤にしながらも言い返せないギャレオを尻目に、ビジュは小さく息を吐いた。
(一体いつになったらこんなバカ上官どもの部隊から抜けられるんだ……?いつもみてぇに素行不良繰り返してりゃ他の場所に飛ばされると思ったってのによォ……はぁ〜……)
 ビジュの苦労を知るものは誰一人としていない――。


「いてッ!いてててッ!待ってくれよ先生ッ……!」
「ダメです」
 夕食が済んだ後、アティはカイルの部屋でベッドに腰掛け、彼の背中に薬を塗っていた。
 日焼け止めを塗っていなかった彼の腕や背中は赤く染まり、とても痛々しい。
「まさか後からここまでひでぇ事になっちまうなんてなぁ……。ガキの頃は日焼けしても大した事なかった気がするんだがなぁ。俺ももう歳か……」
 そう言って溜め息混じりに肩を落とす彼を見つめながら、アティは静かに微笑む。
 色々あったが、今日が楽しい日であった事には変わりない。アズリアとはビジュの乱入でうやむやになってしまったが、次に会う時こそ彼女を説得してみればいいのだ。
 戦わずに平和を築く事は困難かもしれない。
 だがそれを成し遂げてこそ、本当に全ての人の笑顔を守る事に繋がるのではないか。
「……アティ?」
 手の動きが止まったアティに、カイルは振り返る。
「あ、ごめんなさいっ」
「いや、……今日は結構楽しかったな。もしかしたら……また明日から戦う事になっちまうかもしれねぇけどよ」
 アティの心を読み取ったように、カイルは苦笑する。
「あの女……あれだけお前に執着してりゃあ簡単に折れるかもと思ったんだが、そう簡単にはいきそうにねぇな。でもよ、そうやって意地でも自分の意志を曲げねぇ奴ってのは厄介だが、その根性自体は嫌いじゃないぜ」
 ナニをブッたぎられるのだけは勘弁してほしいモンだけどな、と冷や汗交じりに笑うカイルに、アティもつられて笑い出す。
 その時、薬を塗るアティの手が、なぜか彼の胸の方へと滑っていった。
 そのまま彼女の指はカイルの乳首へたどり着く。
「ア、アティ?」
 カイルが首を後ろに向けると、アティは照れるように笑みを浮かべながら、親指と人差し指で乳首をこねるように押し始める。
「ふふっ、昼間の仕返しです。……どうですか?カイルさん。困っちゃうでしょ?」
 本当にただ指で触っているだけのような指の動きに、カイルは目を閉じ、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「……バカだな、アティ」
「え?」
 胸に伸びる彼女の手を掴み、カイルは続ける。
「お前の指のテクニックじゃあ、まだまだ俺を勃たせるにはほど遠いぜ。……だが」
 カイルはそこまで言うとアティの手を振り払い、素早く向きをアティのほうへ変える。
 しまった――、アティが彼の思惑に気づいた時にはすでに遅かった。
 カイルの手がアティの肩を掴み、彼女の体はそのままシーツの海へと沈められる。
 アティが逃げ出そうとするよりも早く、カイルは彼女の体の上へとまたがった。
 息がかかるほどの至近距離まで顔を近づけられ、アティは引きつった笑顔でカイルを見上げる。
「――だが、この俺を欲情させちまう効果は充分にある!……分かるよな?アティ」
「……ふ、ふざけてごめんなさいカイルさんっ!あの、今のはなかった事にッ――」
 アティが言い終わる前に、カイルは彼女の唇を強引にふさいだ。角度を変えて何度も唇を重ね、舌を絡めていく。
「んぅッ……んん……!」
 頬を真っ赤に染めながらわずかに身じろぐアティは、やはりいつも通り純情で可愛らしい。
 ようやく唇を解放すると、カイルの舌がアティの口内から透明の糸を引いていた。
 カイルはアティの顎を伝った唾液の糸を指で拭うと、再び顔を近づける。
「今日は二回もいい所で中断させられちまったからな。今夜こそは思う存分抱かせてもらうぜ?」
 そう言うと、カイルはアティの頬に音を立てて口付けた。
 彼の慣れた口付けに翻弄され、耳まで赤くなったアティは、彼女の服に手をかけていくカイルに対して成す術がない。
 潤んだ瞳でカイルを悔しげに見つめる眼差しは、余計にカイルを興奮させるものであることを彼女は知らなかった。
「いっその事、今夜は俺の部屋に泊まっていくか?アティ?」
「〜〜もうっ、カイルさんったらぁ!!」


 その頃、帝国軍の駐屯地では――。
「ギャレオ。この本に『女を落とすには言葉を使え』とあるのだが……どういう意味だ?」
「そっ、それはですね!小さい胸も好きです!とか、ボサボサ頭も可愛らしいです!とか、異常な恋愛表現を抱く貴女も自分は愛しております!とか……まあそういうタイプの言葉ですよ!!」
「ふむ……」
(……その本くれてやるからさっさと出て行ってくれよ。ここは俺のテントだぞ……)
 ビジュの眠れない夜はまだ終わらない――。


おわり

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