モテモテ☆アティ先生 第七話(漁夫の利編) 2



もう想いがすれ違うことは無いと、安心して舌を絡める。
長い長い、キス。息継ぎが下手なほうでもないのに、初心者のクノンより早く酸素が足りない。
「っ……」
鼻で息なんかするのは、どう考えてもロマンティックでは無いからそうなるより早く、恍惚とくちづけを楽しむクノンを引き剥がす。
離れて確かめた彼女の表情は、もうなんの憂いも無いけれど、どこか不満そう。
それでいて、息は全く乱れていなかった。
(………って、そうか。この娘、息継ぎ必要無いのよね。)
どうも私、わかってるようでわかってない。
照れ隠しに、ではないが、すましてクノンに注意する。
「駄目ですよクノン。人間は空気が必要なんですから……いつまでも口を塞いでいたら……ね?」
「どうしてもっと続けてくれないのだろう?」と書いてあったクノンの顔が、しょんぼりと落ち込む。
普段の彼女なら、けっして見せない姿。いや、それ以前にこんな当たり前のことを忘れたりしないだろう。
思い当たった途端、そんなに夢中になってくれたのかな、と嬉しくて
「そんな顔しないでください。」
台の上に、正座するように身を起こしながら微笑みかける。
手を引いてクノンも座らせると
「もうしわけ……ありませんでした」
フォローが届いているのかいないのか、俯いて自分を責めているのが、目に見えて分かった。
「その……思考が単一に占められてしまって……情報は有る筈なのに検索が正常に……」
ぶつぶつと、言い馴れぬだろういいわけ(のようなもの)を呟きながら、片足分しかない膝で握られた拳が小刻みに震えている。
また、なにやら妙な雲行きだ。
「……あのね、クノン。別に」
「……お願いです。嫌いに……ならないでください。」
搾り出された言葉。
いいわけでも説明でもないそれは、だけれどもどんなそれらより、愛おしさをかき立てる。
求められているものは……説明ではなく、行動。
高まる気持ちを更に駆って恥ずかしさを押さえ込み
クノンの手を取ると、セーター越しに自分の胸下、早鐘を打つ鼓動に……あてがう。
……………………………………………
「……わかりますか?」
「?……動悸……が……」
看護人形だからかだろうか、すぐ『異常』に気付くクノン。
音に吸い寄せられたような彼女の沈黙を待ち、それを壊さぬよう静かに語る。
「ドキドキ、してるでしょう……?」
「……はい。」
「……貴女がこうしたんだよ、クノン。」
「……私……が?」
覚悟の一呼吸の後、目をきつく瞑って告げる。
「クノンに……されたい……から……」
……………………………………………
静寂が降りる。
自分は今、真っ赤になっている。
彼女が、いやらしい私をどんな目で見ているか、最悪の想像は重く瞼を上げさせない。
だけど彼女には、これくらい言わないと、伝わらない、意味がない。
クノンが私を想ってくれるのの、十倍も百倍も私が想っているのだと思わせなければ彼女は動けないんだと、今までのやりとりで、なんとなくわかったのだ。
……正直、恐かった。
女の子と肌を重ねたことはあった。
だけどそれはあくまで、言い方は悪いかもしれないけど、流されてしまった結果。
嫌いか、好きか、で言えば好きだから。でも、『覚悟』とは無縁だったのだ。
ひょっとしたら皆も、私にしてくれる時こんな風に脅えていたのか
「んッ……!」
思考を途絶させ胸に湧く刺激。
反射的に目を開けると、クノンの手が、すくい上げるように片胸を這っていた。
服の上からとはいえ、返ってくる『なにか』を待ち焦がれていた身は、過敏な反応を示す。
「アティさま……」
ゆるゆると近付く顔が、やがて胸に埋まると
「アティさま……」
腿の途中で失われ短くなった方の足が。こつ、と音を立てて太股の間に侵入してくる。
「アティさま……」
壊れてしまったのでは?妙に平坦な声にそんな懸念すら覚えるほど何度も何度も呼ばわれて、表情を確かめる間もなく簡単に押し倒される。
「あ……」
鼻面を押し付けるようにされながら優しく揉まれ、もう一方の手は内股を触れてきた。
先ほどまでとあまりに違うクノンの積極性に、嬉しさよりむしろ恐さを感じる。
このまま流されるのはよくない。慌てたような意志が働いて
「クノンッ」
自分でも、意外なくらいおおきな声。
見下ろした頭頂が、ゆっくりと、私を見上げる顔に代わる。
どこかで見たような顔だった。
そう……これは……魅了(チャーム)だ。
本来、クノンにはありえない状態異常。何人かの仲間達が見せたその時の、熱に浮かされたような、幸せな寝顔のような、顔。
それを彼女に当てはめたら、こんな表情をするのではないだろうか。
「アティさま……?」
無言で見つめていると、クノンが怪訝そうに問うてくる。
我に返ってぎこちなく微笑み返しながら、私は安心していた。
『異常』なのに『安心』するというのも妙なものだが、これはこれで、いい。
ただ、折角の流れに水を差してしまったのはどうしたものか……
「…………クノン……」
「はい?」
「その……『アティさま』っていうの、やめない?」
「……はあ。」
顎を谷間に埋めたまま、きょとんとしているクノン。
少しだけ間の抜けたその表情は、新しいクノンの感情。
……丁度いいから、気になっていたことを言うことにする。
「せっかく、その……こーゆーことになるわけだし。『さま』は要らないかなって……。」
一瞬、クノンが止まってしまう、
だけどその沈黙に不安になる間もなく、彼女は可愛らしい笑顔を見せてくれる。
「はい。……アティ。」


つづく

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