ビジュアティと言っていいのか



穏やかな寝息を立てて眠っているその様は、警戒心が微塵も感じられなかった。
試しにその特徴的な赤い髪を手ですいても、目を覚ます気配すらない。
元軍属というのが性質の悪い冗談に思えてくる。

癖の強い、けれどつややかな長い髪、閉じた瞼に思いのほか長い睫毛、純白のマントの上からでもわかる柔らかな女性的な体のラインに、ワンピースからすらりと伸びる形のいい足。

「……襲ってくださいって言ってるようなもんじゃねーか。」
思わず漏れた自分の呟きに、苦笑いが浮かぶ。
日頃の自分ならまず、実行に移していたような思いつきだった。
だがどういうわけかそういう気にもなれずに、何をするでもなく向かい合うように座り込んでいる。

自分にとって目の前の女はあまりに輝きが強すぎた。
好悪を問われれば迷い無く憎悪していると言い切れる。
「そう」はならなかった自分、「そう」はできなかった自分、それらが具現化したような―――そんな女だ。

ならばなぜ、と訊ねられれば『ただ、たまたまそういう瞬間だった』というほかない。

相変わらず、女は目の前で眠っている。
よくみれば、あまり休めていないのか目の下にはうっすらと隈ができている。
漂流先のこの有様や、自分たち帝国軍部隊との小競り合いで疲れがたまっているのだろう。

「どうせ、なんでもかんでもテメェ一人で抱え込んじまってんだろうな、センセイさんよ?」

そうされた人間が、どれほどみじめに感じるか、など微塵も気づかずに。
呟きの後半は口にはださずに、頬にそっと触れれば、驚くほど柔らかな肌。
そのまま、その細い首へ手を滑らせる。

―――あとほんの少し力をこめれば。

なりを潜めていたなにかが首をもたげる感覚。

だが、とその衝動に抗う。
こんなことで終ってしまってはいけない。こんなところで終らせてはいけない。
そう、もっとふさわしい地獄がこの女には、そして自分にもあるはずだ。
どんな手段であろうが、この穏やかな表情が歪み泣き叫ぶような、そんな終わりでなければ、意味が無い。
そう、こんなにも穏やかな世界ではいけない。
もっと、もっと、もっと悲劇と喜劇と苦痛にまみれた世界でなければ。

女の赤い髪をくしゃっと撫であげ、立ち上がる。
相変わらず目覚める気配もなく眠りつづけるその姿に、思わず舌打ちが漏れた。

「見つけたのがあのクソ女じゃなくてよかったよな、多分叩き起こされて説教でもくれてたぜ……ったく。」

その『クソ女』が予想通りに、彼女を叩き起こしたのはこのすぐ後の出来事であったが、それはまた別の物語である


おわり

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