愛別離苦



―しとしとと、雨が降りゆく。
とうの昔に夏季は過ぎた街にとってはこの雨は余りにも冷く、空気は数刻と待たず冷えてゆく
平等に・・・全てを包み込み、濡らしてゆく。
―男が一人、路地裏に倒れこんでいる。
あせた黒いローブはあちこち損傷し灰色の髪は血に汚れ、顔に張り付いていた。
呼吸のみが彼が生きていることを示すがそれもまた・・・浅い。
医術に長けた者でなくともこのまま放置されていれば命がないのは明らかである。
―女が一人、佇んでいる
彼女はじっと、彼を覆い隠すかのように立っている
雨よけも無いこの路地裏の一角で、男が濡れていないのは彼女のお陰である。
彼女のニ枚の羽が雨と彼の間を遮っているのだ。
その羽もまた折れ、骨が向きだしとなり純白の羽の殆どは紅の色と化している。
女もまた重傷である。このままいつ倒れてもおかしくはない。
もっとも・・・彼女を呼称するのにはもっと相応しい言葉がある
即ち・・・”天使”
彼女はひたすらに彼を見つめ続けている
(・・・マスター・・・ヤード様)

「・・・っ、く・・・ぁっ・・・」
押し殺された艶やかな声が部屋に響く
どれだけ我慢しようと漏れる僅かな声が響くのにはその部屋の広さは十分である
交わる男と女。それだけならありふれた光景
違う所といえば女性の方が・・・天使である事か
漏れ出た声の大きさよりもじゅぷじゅぷという水音のほうが遥かに大きいのではあるが、それを正常に判断するだけの余裕は今の彼女にあろうはずも無い。
「ひあ・・・やあ・・・駄目、駄目ですマスター・・・」
快感の奔流が押し寄せ、声を出すまいとしていた手が溜まらず壁に掛かる。
彼女のそんな様子に満足するかのように背後から攻め立てている男の動きが激しくなる
彼等の交わりはいつもバックか騎乗位だ。
彼女を下にしてしまえば”羽”に負担がかかるという男の配慮であった。
「初めに比べれば大分感じるようになってきたみたいですね・・・こんなに濡らして」
「うあっ!?」
彼女を貫いている男の肉棒が上へとしゃくり上げられ、意識を白くさせる
「おや・・・また軽くイってしまったみたいですね」
「申し訳・・・ありませっ・・・んんっ」
「いえいえ、構いませんよ・・・貴方にも感じて欲しくてこうしているわけですから」
「ふああ・・・」
男の穏やかな口調とは対照的に、腰と彼の分身の動きには容赦が無い
激しく彼女を突き上げ、その度その整った顔が歪む。
「うあ・・・うああああああ」
「そんなに涎を垂らして・・・とてもサプレスの賢者のする顔とは思えませんね」
「うぅ・・・ああっ・・・あああっ」
言葉で詰られた彼女の内部が引き締まる。彼女が言葉攻めに弱い事を知った上での台詞である。
「さて・・・ではそろそろ私もいきます・・・よっ」
「ふあああ・・・あ・・・・・・あ」
腰が大きく突き出され、内部にたっぷりと白濁液が放出されてゆく。
同時に彼女はもはや何度目かも覚えておらぬ絶頂を迎えていた。


「・・・マスター・・・」
服装の乱れを整えたヤードの背に言葉が掛かる
「・・・ロティ?」
びくり、と肩を震わせた彼が恐る恐る振り返ると穏やかな表情で眠る己の護衛獣の姿。
溜息をつくと彼は部屋を後にした

(此処は狂っている・・・)
周囲から聞こえてくる声に耳を傾けぬよう、ヤードはその歩を進める
幼くして身寄りを無くした自分を救ってくれた師―オルドレイクに報いようと、彼は必死に召喚術を学んだ
やがてオルドレイクからも認められるようになった頃・・・同時に派閥の狂気にも気付いていた。
日々行われる”実験”と”謀略”
一体どれだけの罪の無い召喚獣や人の犠牲があるというのか・・・
「いや、いやあああああっ」
通り過ぎようとしている部屋の奥から少女の悲鳴が聞こえる
(確かここは・・・鬼と人との交配実験をしているという・・・)
そこまで考え、想像する事を何とか想いとどめる。
哀れに思ったとしても、この実験を止める事はどのみちできないのだから。
そもそも自分とて己の護衛獣・・・ロティエルに同じような事をしているではないか?
自問自答しながらも表向きには無表情で歩み続ける。
(結局は・・・)
(私もまた、狂っているのかもしれないですね)
「随分と冴えない表情をしているものですね、ヤード」
「・・・ツェリーヌ様」
気付けば側に白い法衣を身に纏った女性が一人佇んでいた
絶世の美女とも言える風貌のこの女が、冷徹な顔を隠していることを彼は知っている
「夫が呼んでいました。早く来るように、と」
「了解しました。・・・では」
「お待ちなさい」
「・・・まだ何か?」
あまりこの女と長話はしたくない。相手とて同じ心持ちのはずだという彼の予測は見事に裏切られた。
「貴方は少々・・・召喚獣にいらぬ気をかけすぎではありませんか?」
「おっしゃっている意味が分かりませんが」
ヤードは内心舌打をする。素直に謝っておけばいらぬ口論をせずに済んだのだ
「意味が分からない・・・ふん、オルドレイクも貴方のような者を何故弟子にしているのか。召喚獣等所詮道具に過ぎないのです。それ位しかと心得ておきなさい」
「・・・はい」
(・・・下衆が)
踵を返し通路を進み行くツェリーヌにヤードは心からの罵倒を送った。

「ぐぅっ・・・」
森を進むヤードの身体を召喚術によって放たれた炎が嘗め尽くす。が、構わずに走り続ける
「マスター!」
ヤードの身体から青い光に包まれた天使―ロティが抜け出てきた
「スペルバリアを使っていて正解でしたね・・・しかしまさか、暗殺者ばかりか召喚師まで追っ手に加わっていようとは」
―己の村を滅ぼしたのは誰なのか。知ったヤードの行動は早いものだった。
結果ロティエルと二人、名も知らぬ森の中を駆けている。
「やはり反撃を・・・」
「いけません!」
「何故です!? このままでは・・・」
背後を振り向き剣を構えようとするロティエルを手で制すヤード。
「気配を察してごらんなさい。既に2、3人側面に付けてきている・・・今留まるのは逆に危ない」
「くっ・・・」
歯噛みしてみせるロティエル。己の不覚に大しての怒りが顔に出ていた。
「ですから・・・私が一掃します」
それまで駆けていたヤードの足が止まる。それを待っていたかのように暗殺者が二人飛び掛ってきた。
「シャアアアアッ!」
「・・・黄泉の瞬き」
「―――――!?」
バックステップして巧みに間合いを外すと、召喚術を放つヤード。
沈黙し悲鳴も出せぬまま暗殺者達が地に沈む。
「何としても・・・生き延びます」
「マスター・・・」
ヤードの意志とは裏腹に二人の周囲を包む気配は更にその数を増していた。

―雨威が増し始めた
(追っ手は振り切れた・・・でも)
マスターの身も自分もぼろぼろだ。
羽から伝わる激痛がそれを強く自覚させる。
先刻からロティエルの足も痙攣が始まっていた。ヤードと同じく自分もまた・・・長くない
本来なら使える治癒の術も魔力の無い今では不可能である
「・・・・・・」
刻々と命の灯火が小さくなってゆく自らの契約者を見つめる。
光の賢者、と呼ばれるロティエルとしては落ちこぼれだった自分
そんな彼女をヤードは暖かく迎えてくれた。
派閥の冷酷さに胸を痛めながら何もできず苦悩するヤードにかける言葉を見つけられなかった。
そして今、力が足りずヤードは命を落とそうとしている・・・
「・・・・・・」
ロティエルは一人頷き、手を合わせると目を閉じた。その身体を青い光が包み込んでゆく。
やがて光によりロティエルの身体は覆い尽くされ、ヤードに纏わりついてゆく。

光が完全にヤードを包んだ時・・・ロティエルの姿は消えていた。

「・・・今の光、何だったのかしら・・・? ・・・ヤード!?」
男の声が路地裏に響く。 

「・・・・・・?」
気がつくとヤードは暗闇の中に立っていた。
「私は・・・」
「別に死んではいませんよ、マスター」
「ロティ・・・なのですか?」
隣にいつの間にかロティエルが佇んでいた。淡く光るその姿はピンボケているかのようにはっきりとしない
「夢みたいなもの、だと思ってください」
「夢・・・夢ですか」
脱力したかのように、ヤードが膝をつく
「・・・大丈夫ですよ」
「・・・?」
「どうしようも無い、鬱屈としていた気持ちを私と交わる事で晴らしていた事・・・私は気にしていません
・・・むしろ必要としてくださった事が嬉しかったですから」
「ロティ・・・?」
「私は、貴方の優しさがとても嬉しかった。・・・そしてお慕いしていました」
「・・・・・・!」
ロティエルの身体が光の粒となり、徐々に消えてゆく
「ロティ・・・! まさか君は・・・」
焦燥を浮かべ、光の粒を集めようとするヤード。しかし光は手を潜り抜け闇へと消える
「多分・・・マスターの想像している通りです。でも・・・気になさらないで下さい」
「気にしないでいられるものですか・・・! 君は何をしようとしているか・・・」
「分かっています。分かっていますよ・・・。でも私はそれでも」
悲しげなロティエルの顔
(ごめんなさい、マスター・・・また貴方を困らせてしまいましたね)
「貴方のお役に立ちたかったんです。そしていつまでもお側に・・・」
「ロティ・・・ロティエル・・・!」

「・・・気がついたみたいね?」
「ここは・・・」
シーツを払いのけ、ヤードは身を起こしていた。傍らには化粧をした風変わりな男の姿。
「もしかして貴方・・・スカーレルなんですか?」
「もしかしなくてもそうよ。昔に比べれば多少・・・変わってるけど。・・・あ、また気絶したりしないでね」
「そうだ! 私以外にもう一人、天使が倒れていませんでしたか・・・?」
スカーレルの両手にしがみ付き訴えるヤード。
「ざ、残念だけど光に包まれてるアンタしかいなかったわよ。不思議だった事といえば・・・あれだけの血が流れてたのにアンタには傷一つ無かった事くらいかしら」
ヤードの必死の形相にやや気押されながら応えるスカーレル。ヤードの目がカッと見開かれた
無言のまま懐に手を入れ、何やら取り出す。
「・・・サモナイト石?」
手に握られていたのは青い色のサモナイト石だった。何処かにぶつけたのか亀裂が走っている。
「盟約に従い―我が前にいでよ」
簡単な詠唱が終ると、ベットの上に光が生まれた。そして召喚されてきたのは・・・一人の小さな天使。
「あら、ピコリットじゃない」
「あの身体でリカバアンジェ・・・馬鹿な事を・・・」
ヤードの両の瞳から涙が零れ落ちる。
「ヤード・・・?」
「サプレスの住人は・・・我々よりはるかに精神体に近い存在です。それだけに魔力の減退は生死に関わってくる問題です」
「・・・・・・」
「力を行使しすぎた者は魔力も記憶も失い、こんな風に姿まで・・・変わってしまうんです」
「・・・ヤード・・・」
「私はまだ君に言いたいことが・・・言わなければならない事があったんです・・・なのに・・・っ」
何も言えず、泣き崩れるヤードを見つめるスカーレル
そのヤードの頭をぽんぽんと、ピコリットが叩いた
「・・・ロティエル」
無言のままかつてロティエルだった天使の少女はヤードの涙を拭うと、にこりと笑った。
「ねえヤード・・・? 事情は良く分からないけど・・・そんな姿になってまでその娘は貴方の命を守ろうとしたんでしょう? ・・・だったら・・・大事にしなくちゃね」
ヤードの手がピコリットに伸び、その頭を撫でた。嬉しそうにはしゃぐピコリット。
「・・・ええ」

ドウンッ・・・!
砲撃によって船体が大きく傾く。
「海賊が襲撃してくるとはな・・・だが我々も積荷を奪われる訳にはいかんのだ」
目の前の帝国軍の女将校が剣を構える。気迫といい、只者ではないだろう
「必死なのはお互い様ですよ・・・」
杖を構え、ピコリットを召喚する
「癒しの天使で何をする気だ・・・?」
僅かな侮蔑と共に女将校が間を詰めてくる。炎上する船からの熱風が彼女の黒髪を揺らした
「さあ、どうすると思います?」
傷を癒しながらこの場は凌ぎきる。荒療治にはなるが耐えなければならない。
なんとしてでも、積荷を得なければならないのだから。
「しっかりと頼むよ―ロティ」
傍らの天使に呟くと、ヤードは船板を駆けた。

―そして物語は忘れられた島へと続いてゆく


おわり

目次

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル