夜這いはヤバいでござる by流浪の剣聖カザミネ



OK。まずは状況の確認だ。
ここはカシスの部屋。そして部屋の主はベッドで熟睡している。ついでに今は丑三つ時。
OK。確認終了。
最初に言っておくが、断じて夜這いじゃない。決して。たぶん。


──今夜も月が綺麗だ。
時間はしばらくさかのぼる。
ハヤトはフラットの屋根に寝転がっていた。
リィンバウムに来て数日になるが、毎夜のように夜空を眺めている。
こうして月を見ていると、異世界に来たなどと冗談に思えてくる。

「はぁい。おじゃましていいかな?」
不意にかけられた声の方に目をやると、アンテナのようなくせ毛が夜気に揺れていた。
今日からここの住人に加わった少女──カシスだ。
「ああ、かまわないぜ。何か用か?」
カシスは屋根の上を多少危なげに渡り、ハヤトの横に腰を下ろした。
「一応お礼言っとこうと思って。あたしがここにいられるように骨折ってくれたみたいだからさ」
「……そんなに大したことしてないよ。ここの人はみんな優しいからな」
「何言ってんの。キミが言ってくれなかったら、あたし今ここにいないよ?
 例えば──ガゼルだっけ? 口では納得してたみたいだけど、あたしのこと思いっきり警戒してるでしょ」
「そんなこと──」
無い、と言いかけるが、露骨にぴりぴりした空気をまき散らしていたガゼルを思い出すと下手なフォローをしたところで無意味だろう。

「いーのよ別に。それが普通なんだから」
カシスはひとつ肩をすくめると
「あたし自身ここにいられるのに驚いてるわ。
 初対面で事情を知ってて、おまけに召喚士。自分で言うのもなんだけど怪しさ大爆発よ。
 こんなの信用するなんて、キミのいた世界って平和なのね」
……まあ確かにいきなりモンスターに襲われないほどには平和だが。

「それと、これだけは聞いておきたかったんだけど……どうしてあたしのこと信用したの?」
いきなり聞かれて少し考え込む。そういえばどうしてだろう。
しばし考えて──
「……惚れたから、かな」

ぼん!
カシスの顔がトマト並みに真っ赤になる。よく見るとしゅうしゅうと湯気を立てたりもしている。
「あああああたしはマ、マジメに聞いてるの!」
ちょっとからかっただけなのだが、ものすごい剣幕で怒り出す。まるきり冗談ってわけでもないんだが。

「そうだな……。何となく俺と似てたから」
「は? あたし、キミみたいにぼけっとした顔してないよ。性格だって初対面じゃ似てるも何もわかりゃしないでしょ」
さりげなくひどい。
「そうじゃなくて……。
 俺、この世界に来た時…見渡す限りの荒野に独りぼっちでさ、寂しくて不安でおかしくなりそうだったんだ。
 まあ、そのあとガゼルたちに出会って今じゃこうしていられるけどな」
カシスは話の前後が繋がらないようで、はてな顔をしている。
「そーいうわけで、独りぼっちの寂しさってのは身をもって感じたんでね。
 それで……初めて君と会った時に、何でか寂しそうだなって思って。
 あの時笑顔で話してたけど、目が笑ってないって言うか……本当に笑ってる風に見えなかったんだ」

どくん
心臓が撥ねる。

「──無理して笑おうとしてるんじゃないか?」

胸をえぐられるような衝撃。心の内をすべて見透かされたような錯覚すら覚える。

つらい時、悲しい時には笑うようにしてきた。
──泣いたりしたら、父様に捨てられるから。

「ご、ごめん。ひどいこと言ったなら謝るよ」
「え…?」
「いや、泣いてるから……」
知らず、涙を流していた。
「何で……、と、止まってよ……!」
人前じゃ泣かないようにしてるのに。他人に弱い所を見せたくないのに──

止まらない涙をぬぐっていると、いきなり抱き寄せられる。
「よくわかんないけど……泣ける時には思い切り泣いといた方がいいぜ。
 ……顔は見ないようにしとくから」
そう言ってあたしの頭を抱えるようにしてくる。
なんで。どうして。この人だったんですか。
キミじゃなかったらあたしはもっと非情になれたかもしれないのに。
ぎゅっと強く抱きしめられる。
もう涙は止められらなかった。

泣いた。思いっきり。
初めてだった。
人前でこんなに泣いたのも。男の人にすがって泣いたのも。
──感情のままに泣いたのも。

どれくらい経ったろうか。
「……寝ちゃったのか」
カシスは泣き疲れて、腕の中で眠っていた。
抱きしめたら折れてしまいそうな、華奢な体を抱き上げる。
軽い。こんな小さい体で自分とは比較にならないほど苦労してきたのだろう。
とても愛おしく思えてくる小さな体を抱え、ハヤトは屋根を降りていった。


部屋に着くと、カシスの体をベッドにそっと横たえる。
起こさないようにそっと腕を抜き──
いつの間にかカシスの手がしっかりと袖を握りしめている。
「やれやれ。子供じゃあるまいし……」
握った手を開かせようとするも、少女の力とは思えないほどがっしりと固まっている。
まるでそこだけ石化でもしたかのようだ。
しかも袖口を絞るように掴んでいるので上着だけ脱いでいくわけにもいかない。

──仕方ない。
あきらめて床に腰を下ろし、ベッドにもたれ掛かる。
もうこのまま寝てしまおう。
朝までこのままだったら、彼女の目が覚めた瞬間に痛い目にあわされたり、痛みすら感じられない目にあわされたりするだろうが。
まあ彼女とて理性ある人間だ。話せばわかってくれるだろう。きっと。……たぶん。
かすかな希望を信じてハヤトは目を閉じた。


かっちかっちかっち
静かな部屋に時を刻む音だけが響く。
──眠れない。羊はすでに1000を数えてしまった。
考えてみれば、女の子と同じ部屋で夜を過ごすなど初めてだ。
健康な青少年としてはこんな状況で眠れるはずもない。
しかし意識すると「そっち側」の考えばかりが浮かんできそうなので、他のことを考えて必死に気を逸らそうと努力する。

「ん……」
「!?」
とろけるような寝息が首筋をくすぐる。
驚いて振り向くと、20センチばかりの所にまで顔が近づいていた。
安らかな寝顔に思わず見入って──いや、魅入られる。
よく『どんなヤツでも寝顔は天使だ』などと言うがそれはウソだ。
少なくとも天使はこんな誘惑してこない。
思いっきり誘惑に負け、いけないと思いつつも視線が動いていく。

甘い吐息を紡ぎ出す柔らかそうな唇。
あまった首周りからのぞく胸元。
短いスカートから遠慮無く伸びる太もも。
そう言えばここまで運んでくる途中、ちらちらとめくれて見えた白が頭から離れない。
青少年の暴走する妄想は『誘っているんだよ、これは!』と断言をかまして欲望の道へ誘おうとする。

いや待て。
せっかく彼女の信頼を得だしているのに、それをフイにしていいというのか。
──でも、あと一押しされたらどうでもいいかな。

「んぅ……む……」
まるで見透かしたかのようにころりと寝返りを打つ。
と、ただでさえ太ももまぶしいスカートが捲れ上がり、白のショーツが視界一杯に飛び込んでくる。

決意はもろくも崩れ去った。最初からあまり堅くはなかったが。
古人いわく『据え膳食わぬは男の恥。ご飯は残さず食べましょう』

ではいただきます。
安心しきった寝顔めがけて横からゆっくりと近づいていく。
その姿まさに獲物を狙う獣の如く。むしろけだものの如く。
あともう少し。数センチの距離に──
「ぅぅん……」
ぎしり。
漏れた吐息に鼻先をくすぐられ、体が硬直する。

かっちかっちかっち
そのまま5分ほど経過。勢いでなし崩しにしようとしただけに、出鼻をくじかれると二の足が出ない。
「はぁ……。俺って押しが弱いな……」
ため息を吐くとポケットから召喚石を取り出し、短くささやく。
それに反応して、虚空に開いた門からメイトルパの獣が顔を出した。
そのデフォルメしたカバのような生物はぶわっと桃色の息を吐いてすぐに帰っていく。
「うっ……」
手早く送還をすませると、すぐに強烈な睡魔が襲ってくる。
ハヤトは自分の弱気を呪いながら、やや強引に眠りに落ちていった。


「ふぁ……もう朝か……」
召喚術で強制的に眠ったため、途中で目覚めることもなく、何事も無しに朝を迎えられたようだ。
しかしまだカシスの手は握られたまま。
できることなら気付かれないうちに退散したいところだが。

「おはよ」

不意にかけられた声に振り返ると、ベッドにうつぶせに寝転がってこちらの顔をのぞき込むようにしていたカシスと目が合った。
「おはよ、ハヤト」
「あ、ああ。おはよう……」
この状況で平然としている彼女に面食らい、何だか間抜けな反応をしてしまう。
「ふふっ。キミってば結構かわいい寝顔してるんだね。ちょっと見とれちゃったぞ」
そう言って微笑むカシス。
その太陽のような笑顔は──
一発で惚れるのに十分なほどだった。




おまけ

「そう言えばキミ、あたしにキスしようとしてたよね」
ぶっ!
あまりに唐突な発言に思わず噴き出すハヤト。
「え? あ、あれ……お、起きてた、の?」
「んー、女の子ってああいうの眠っててもわかるもんよ?」
ヤバい。全部バレているなら、この場で召喚術の雨が降ってもおかしくない。
「で、でも未遂に終わったわけだし、ここはひとつ穏便に……」
あわてて言いつくろうハヤトに、カシスはにやりと笑い
「ふぅん、じゃあ覚悟してもらおうかな……。目、閉じて」
ヘタに逆らわん方がいいか。ハヤトは目を閉じ、ついでにこっそりと防御手段を講じておく。
ポケットの中から防御用の召喚石を探り出し、準備万端さあ来い。
「っ!?」
一瞬、唇に柔らかな感触。
「昨日のお礼と……ま、ちゃんと我慢できたごほーびってことで」
目を白黒させて動転しているハヤトを置いて、ご飯ご飯〜♪などと鼻歌を歌いながらドアに向かうカシス。
戸口でふわりとスカートをなびかせて振り向くと、びしぃっ!と指を突きつけ
「それ、あたしのファーストキスだから思いっきり感激しとくようにね」
にっこり笑って軽い口調で言われたその言葉に、ハヤトはぽかんとしたまま固まってしまった。

しばらくして我に返った頃、朝食はすべてカシスのお腹に収まっていた。
なんでも「女の子の寝顔を覗いたバツってこと」らしい。


おわり

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