絡んだ蔦、きつく



 ここはさながら硝子の庭。
 触れれば傷つく、虚構の輝き。
 そして身体に絡んだ蔦は、きつく私を縛りつける。
 ──なんて脆くて、狭い世界。

 煌々と、位置と光の姿を変えて廊下を照らすランタン。するりと抜ける、その持ち主の影かたち。
 しなやかな足の運びに淀みはなく、見る者が見れば訓練されたものだと判る。
 音もなく響きもなく、聞こえるのは油の焦げるかすかなそれのみ。
 誰にも見つからず、誰にも気取られぬよう、静かに緩やかに歩みを進める。
 とはいえこの場において、その挙動にさほどの意味などありはしない。
 戦場でも敵地でもない、ここは自陣。
 呼吸も、足音も、気配も、人間も殺さずいられる唯一の世界。
 これはただの儀式。最も身体が覚えている動作を繰り返すことで平静を得るための、ただの無意識。
 気がつけば震えている自分がいる。逃げ出したくとも、どこに行けばいいか判らない自分がいる。
 冷汗が肌を伝い、身体の内側は次第に乾いていく。蝕まれるように、ずるずると熱は抜けていく。
 それでも止まれない。止まるわけにはいかない。何よりも恐れるものは、自分が不要とされること。
 どこか知らない地で生まれ、この世界で育った私は一人で生きていくには弱すぎる。
 ならばしがみついてでも、ここに残り続けなければならないのだから。

 ──ああ。ここにもまた、殺さなければならないものがいる。
 弱く幼い、私自身。

 開け放たれた窓からは、夜を切り取ったように浮かぶ月。
 淡く室内を染め上げる、霧がかった陰影。
 夜目が利く私の視界には、透かされたように溶け込んだ、一つの影が見えている。
 影は人型。顔を上げることもなく、私を捉える。
「来たか、茨」

「──はい。オルドレイク様」
 無色の導師は、度々私を呼びつける。そして当然のように身体を求め、己の昂ぶりを鎮める。
 今夜もまた、同じことだ。一礼をして、彼の前へと進んでいく。
 寝台に腰掛けた体勢で、こちらの顔を見上げる姿。その口が開き、威圧的な声が響く。
「背中を向け、手を後ろに」
 言われた通り、後ろ手に回し無防備な背中を見せる。がさり、と堅さと柔らかさを同時に持つ感触。
 縄だ。その正体を見抜いたところで抵抗できるわけではないが。
 手首を強固に締め付けられる。この状態からでは独力で抜け出すことは難しいだろう。
 鬱血するほどではないが、痕にはなるだろうな、と他愛もないことを思う。
 束縛と拘束による支配。自尊心の高い彼にはお似合いの性癖だ。今までも幾度か、経験がある。
「そのまま、いつものように」
「はい。──では、失礼します」
 振り返り、身を屈ませる。その時、危うくバランスを崩しかけた。
 思えば、手を使えない状態から始まるというのはこれが初めて。
 だが、何を望まれているのかは見当がついた。
 彼の衣服に顔を潜り込ませ、歯と唇を使って、なんとかズボンを下ろす。
 眼前には布一枚。そこには女にはない膨らみがある。
 それに一度だけ儀礼的な口付けをしたあと、まだ張り詰めていない男性器を取り出した。

 頬にまとわりつく髪が鬱陶しいな、と思う。
 自分の唾液が唇から零れ、拭うこともできぬまま首まで落ちていくのが気持ち悪い。
「ン……く、はァ……」
 屹立した男性器を、根元から丹念に舐め上げる。唇で吸い付き、固めた舌先でつつく。
 開いた傘のようになっている部分を刺激すると、熱い怒張が脈打つのがわかる。
 丸みを帯びた先端を口に含み、舌を絡ませながら軽く上下に動かしていく。
 不意に苦味を感じる。とろりと粘つく、唾液とは違う液体が口内に不快感を与える。
「あむ……ん、ふぅ」
 一旦口を離し、透明な色をしたそれをついばむように吸い取る。
 次は横向きに咥え、筋の裏側に舌をあてがって強めになぞる。手が使えないのは、やはり不便だ。
 そう思いながらしばらく口での奉仕を続けていると、冷たい手が頭に置かれた。
 途端、押しのけるようにされて後ろに転ぶ。見下ろす彼と眼が合った。
「次だ。こちらへ来い」
 自分から突き放しておいて、随分と勝手なことだ。
 とはいえそんな思考を口にも顔にも出せるわけはなく、言われた通りにするために立ち上がった。
 彼に近付いていくと、肩を掴まれて引っ張られた。足がもつれ、寝台の上に投げ出される。
 身体を強く打つようなことはなかったが、受身を取ることができずに手を捻ってしまった。
 見ると、彼もまた寝台の上に乗って私の膝に手をかけた。
「脚を開け」
 女の身体を気遣うことなどしない。彼にとってはただの道具に過ぎないのだから。
 はい、と頷き、下着もタイツも着けたまま脚を開く。
 すると、彼はまた縄を取り出して私の足首を片方ずつ、寝台の左右に固定した。
 そしてもう一つ、黒い布で私に目隠しをした。

 手足の自由と視界を奪われた世界。私を束縛する世界。
 すぐ傍には私を貪ろうとする獣がいるのに、抵抗は許されない。
 私は死ぬまで、この地の上で無駄な願いを抱くのだろうか。

「ふ……ッ、あ、あァ……!」
 無防備に曝け出された私の秘部に、ぞわりとした感触が伝わる。
 下半身の衣服は引き裂かれ、直に空気に触れているそこに、彼の息が吹きかかる。
 熱く熱を帯びた、ぬめる舌が淵をなぞる。脚が固定されているために、逃げることもできない。
 せめて、身体を折って耐えるくらいのことはする。
 真っ暗闇に包まれた中で、感じられるのは体温、背筋を這う悪寒。
 そして、反応する身体の疼き。思考を曇らせ、苛むように。
 入口を割って、彼の舌が中にまで侵入してくる。内側の壁を、抉るように責め立てる。
「んぁ、は、ふぅ……ッ」
 意志とは無関係に、喘ぎ声が漏れてくる。吐息の中に、色を持った嬌声が混じり出す。
 次に何をされるかわからない。そうした不安が、繰り返される刺激をさらに敏感に伝えてくる。
 ジン……とした甘い痺れ。身体の奥から滲み出るものがある。
 筋張った指で拡げられ、中を強く吸われる。時折、軽く引っ掻かれる。
 絶え間なく続く淫らな波。次第に不明瞭に歪んでいく理性。飲み込まれる。
「はあ、あぁ……ん、んぅッ!」
 軽い絶頂を迎えてもなお、指と舌による責めはやまない。呼吸が荒くなる。
 鋭敏になった感覚と、貪欲になりつつある身体が悲鳴を上げる。
 いつまで続くのかと思われた意志と理性の蹂躙は、私が2度目の絶頂を迎える寸前に止められた。
「あ……やぁ」
 炙られたような疼きを抱えて、私は自分の立場を忘れたような声を出す。
 だが突然、私は異物によって新たな束縛を与えられた。
「! んむッ……」
 口に感じる違和感。声を出すことができない。やがて、轡を噛まされたと思い至った。
 ギシリと寝台が音を立てて軋み、彼が私の上に覆い被さっているのがわかった。

 身体の中に押し入ってくる熱の塊。擦り上げ、身体全てが壊れていくような衝撃。
 引き裂かれていく刺激に、悦びを覚える私の無様な姿。
 なにも見えない視界の中で、彼の荒くなる息遣いが聞こえる。音を立てる結合部に火が灯る。
「……ッ! ンぅ、ふ……ッ」
 汗が滴り、唾液が零れる。体液に塗れ、閉ざされた瞳からは涙がひとつ。
 声を上げられずにいると、熱が溜っていく。それは思考を犯し、全身を淫らに淀ませる。
 ぎちりと、手首の縄が鳴る。それは快楽ではないはずの、ただの痛み。しかし、それすら。
 脚を固定する縄も。視界を奪う布も。口を塞ぐ轡も。私を縛る全てがきつく、甘くなる。
 ──なんて弱い身体。なんて壊れやすい、自我。
 奪われ、縛られ、犯されてもなお、それに応えている。
 爛れるように溶けていく意識の中で、侵略者が一際大きく膨張していく感覚を、捉えた。
「ン……ん、ぁ、ふ……ぅッ!」
 意識が、爆ぜる。全身が、跳ねる。
 吐き出される精を受け止めながら、私は浮遊感を覚えつつ、まどろみに落ちていくのを感じた。
 
 目醒めた時には、私を縛るものは全て、消えていた。
 腕や脚の縄も、眼の布も、口の轡も、そして彼──オルドレイクも。
 部屋に私を残して、どこかへ去って行ってしまったらしい。
 それでも拘束具だけは外してくれていた。締め付けられる痛みは、もうない。

 手首には、赤くぐるりと巻きついた痕がくっきりと、残っていた。


おわり

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