軍医さんの日常



帝国海軍第六部隊。
それはエリートと目される帝国軍においての異端。
部隊を率いるのは一昨年軍学校を卒業したばかりの女仕官。
補佐は戦地での調達兵という経歴から、学校出身者(つまり殆どの上級軍人)とそりの合わない叩き上げの軍人。
構成員はといえば、様々な理由から他の部隊に居辛くなった者や、軍紀に外れる問題児の寄せ集め。
第六部隊への配属は、いわば最後通牒に近い。ここ以外に行く場所のなくなった軍人達の吹き溜まり。
だが、そんな外れ者揃いの部隊でも、任務は他と変わりはない。
旧王国との戦争が休止状態にある現在では、要人警護や凶悪犯罪の取り締まりが主な任務。
それがない時は訓練や書類整理といった、軍人に憧れる少年少女が幻滅しそうな退屈な仕事をちまちまと片付ける。

午後八時過ぎ。第六部隊事務室では、その退屈なお仕事に隊長以下三名が就いていた。
通常勤務時間はとっくに過ぎ、いわゆる残業というやつである。
「ったく、なんで俺がこんなこと……」
ぴし、と響いたのはペンに亀裂の走る音。
「―――残業は誰のせいだと思っているのだ紫電かますぞこの歩く始末書製造機がっ!!」
「落ち着いて下さい隊長! 今更ビジュに当たっても仕事は片付きませんよ!」
机をひっくり返そうとするアズリアをギャレオが必死になって止める。
一時間前にもひっくり返されて、書類とインクの散らばる惨憺たる有様からやっと回復したところなのだ。余計な仕事はもう増やしたくない。
「お前も口を慎め!」
「へいへい」
自覚とやる気に著しく欠ける返事をし、かったるそうに机へと向かう。
その横で小学生みたいに手を挙げたのは、隊付きの軍医、アティ。
「アズリアの発言に異議があります」
「何だ?」
「ビジュさんは始末書製造機じゃないですよ」
庇うのか、とアズリアの眉がはねたのを知ってか知らずか、
「だって始末書の添削及び代筆しているのは私ですから、その点からしたら製造機なのは私の方かと」
「貴様という男は、アティにどこまで迷惑掛けているかっ!」
抜刀する。このまま教科書に載せたいくらい見事な構えにほれぼれ
「……してんのは副隊長ぐれえだろうが! つか本気ですか隊長殿っ?!」
「当たり前だ! 今後の為に一度粛清を加え―――」
「ちなみに、ビジュさんの次に始末書の提出が多いのって、実はアズリアなんですよね」
……
気まずそうに剣を収め、再び書類整理に取り掛かる。
フォローの入らぬまましばし黙々と仕事を続けていると。
ノックが聞こえ、扉の向こうから線の細い少年が顔を出した。
「失礼します。……ああ、やっぱり姉さんまだ帰っていなかったんだ」
「イスラか。すまんが今日も遅くなりそうだと家の方に伝えておいてくれ」
「うん、分かった―――ところで」
少々訝しげな表情で首をかしげ、
「アティさん、ひとつ聞いていいかな」
「どうぞ」
「アティさんって軍医だよね」
「そうですよ」
「でもアティさんが今作ってるのは他部隊との交渉案みたいだけど」
「ええ、まあ」
「……それって参謀の仕事で、軍医のすることじゃないんじゃないの?」
空気の流れが止まる。
何故か沈痛な面持ちになった面々を前に戸惑うイスラ。
ふふ、とアティがあやうい笑い声を洩らし、
「そうですね、こういうのは参謀の仕事ですよね。参謀がいればですけど」
「……いないんだ」
「ええ。しかも仕官の中で一番交渉事に向いているのが一介の軍医の私というのがまた笑える話でして」
イスラは他三人を見渡す。
腹芸を嫌う隊長。筋肉が取り柄の副隊長。反抗心剥き出しの問題児。
これは無理だと納得した。
アティがすすっと近づいてくる。
「ものは相談ですけど、イスラさん参謀として我が隊に転属する気ありません? 出世が十年遅れたり給料が今の三分の二程度に減ったり士官用食堂に入りづらくなったりしますけど」
「転属するメリットがないじゃないか……」
「お姉さんと四六時中一緒」
一瞬ぐらっときた。
赤毛の悪魔は更に言葉を重ねる。
「颯爽と部下に命令するアズリアとか、息抜きに紅茶飲んでまったりするアズリアとか、眠気を必死で堪えるも頭かくっとさせてその度に慌てるアズリアとか……見たくありません?」
見たい。ものすごく見たい。
「第六部隊に入ればそんなアズリア見放題……いたっ」
「……うちの弟に妙なことを吹き込むんじゃない」
ホチキス止めした資料の束でアティの頭はたき、アズリアはイスラへと苦笑を向ける。
「こいつの言う事はあまり気にするな。お前はお前の仕事を果たせばいいんだからな」
「……来て欲しい、とは言わないんだね……」
「……ん、何か言ったか」
「ううん何も。そうだ、僕も手伝うよ」
さりげなくアズリアとギャレオの間に割り込みつつイスラは邪気のない笑みを浮かべる。アズリアに『だけ』向けて。
そんな弟にもせつなそうな副官の様子にも全く気づくことなく、
「イスラが手伝ってくれるなら早く終わりそうだな……あ、でも隊務を部外者に任せるのはまずいか」
「いいんじゃないですか。特に見られて困るのもないし。せいぜいどこぞのイレズミがまた問題起こしたのがばれる程度ですよ」
「……軍医殿よお、テメエ俺のこと嫌いだろ」
「何言ってるんですかビジュさん。私、貴方のこと下から数えて三番目に好きですよ?」
「それは『好き』の部類に入っているのか……?」
誰のものとも知れぬツッコミも、アティの妙につきぬけた笑顔の前では無力この上なく。

帝国海軍第六部隊。
寄せ集めの部隊は、今日もおおむね平和である。


おわり

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