0214



「……こんばんは」
世界から忘れ去られた島のほぼ中心に位置する集いの泉に有る建物の一室…赤い髪の女性が遠慮がちにドアを開く
「?なんだ、アティか。こんばんは」
ドアの先には、アティと同じ髪色の男が
脱いだワイシャツと赤いジャケットをハンガーに掛けている
薄手の黒いランニングシャツからはみ出た彼の裸の部分は夥しい、それを見た者の大半が思わず目を背けてしまう様な傷跡でいっぱいだった
白い肌にどす黒く残るのは……刃物による切り傷、銃創の丸い傷跡、召喚術による火傷痕…etc
アティは彼の生々しい傷跡を見て、少しだけ心が痛む。軍所属時代に自分は軍医で彼は自分が所属していた部隊の先輩であり、頼れる戦友であり……それ以上に大切な存在だった
アティが彼の上半身だけでなく全身の傷跡を知る事……男と女の関係になったのはこの島に来てからの事だ
「……レックス」
「そんな顔しないで。まぁ……確かに女の子に見せる様な格好じゃないけどね」
レックスが苦笑気味に呟いて。アティの頭を軽く抱き寄せる
太陽と少しの埃の匂いと優しさに包まれて、心の苦しさとレックスに対する愛しさが綯い交ぜになった複雑だが心地よい感覚に浮かされたアティは、レックスに気が付かれない様にそっと彼の傷跡の一つに唇を落とした
「……ゴメン、汗臭くなかった?」
「そんな事はありませんよ……言われるまで気が付きませんでしたから」
「あ〜、悪いけど。先に湯浴みをするよ、机の上が少し散らかってるけど……?」
「気を遣いすぎですよ、ゆっくりと今日の疲れを洗い流してきて下さいね」
「……了解」
唇を人差し指で塞がれて、微笑んで諭されたレックスは困った様な笑顔でバスルームへと歩き出した


「レックスも結構だらしない所があるんですね……」
レックスの部屋に入って、散らかっている机を見てアティが呟く
コルクが乱暴に詰められた葡萄酒、二つの手紙とラッピングされた箱……小さなガラスの小瓶
出しっぱなしにしてあるそれらは確かなレックスの生活の様子だった
「手紙は兎も角……葡萄酒くらいは片付けても良いですよね?」
埃一つ無い机の上に飾られた二つの写真……一つは何処かのお屋敷の庭で海軍の白い軍服とは違って黒い陸軍の軍服を着たレックスと二人の男の子が並んで写った写真
もう一つは、この集いの泉の前で彼と自分。そして二人の女の子の四人が並んで写った写真
過去のレックスと自分に訊く様に言い聞かせて、アティは机の上に置かれた物に手を伸ばした
「あら?……この字って、もしかして」
意図せずに見てしまった誰かからのレックス宛への手紙、それは結構古い様で白い紙の端の方が日に焼けて黄ばんでいた。
アティが見てしまった一文……『貴方に恋している』俗に言う恋文という手紙だという事は気が付くのに時間は必要なかった。しかし……アティにとってはそれ以上に驚いたのは
「……やっぱり」
心が苦しい、アティは胸を押さえる。自分は、レックスとは二つ年下で……小さな頃に哀しい別れをした
帝国で再会した切っ掛けを作ってくれたのは『彼女』だった。思えば、彼女とレックスはいつも一緒だった
寂しくて……彼の腕に抱かれて眠っていた時に呟いた言葉を思い出す
「……俺は君を愛する資格なんて無いんだ」
最初は、軍の任務で彼を助ける為に私が人を殺める事になって……
前へと進めなくなってしまった事を差しているのかと思っていた
けれど……あの言葉の本当の意味は
「どうしよう……嫌、イヤ……」
残酷な優しさの冷たさに震える様に、アティは自分を抱きしめていた


また……アティを泣かせてしまったな。泣かせてばかりだ
過去の事とは言え、アティにはまた辛い現実を突き詰めてしまった
時効だとは思う……それは俺の勝手な言い訳だが、隠し通せる物でもないし
もう、アティに隠し事は必要ないだろう……
机のある部屋の前で、重苦しい溜息を吐いて……レックスはドアを開けた
「……そんな所に座ってると、身体を冷やすよ」
努めて、優しく淡々と床に座り込んで泣いている彼女に言葉を紡ぐ
「?レ……ックス……レックス。わたし……」
「ゴメンな……アティ」
「!きゃッ……」
レックスは目線を合わせる様にアティに傅いて、彼女を抱きかかえて静かに椅子に座った
短い悲鳴を上げて、アティはレックスの首に腕を回してされるがままに彼の両膝の上に横座り状態になった。
「あわわ……は、離して下さい」
「俺には君を離す理由がないよ、椅子も一つしかないからさ。悪いけど諦めてくれないか?」
その状態が恥ずかしくて、アティは儚い抵抗を試みるが強く肩を抱かれて動けなくなってしまった
「さて……チョコレートがあるけど、食べるかい?
 一昨日、カイル達と一緒に遊びに来たアリーゼとベルフラウから
 貰ったんだけど、バレンタインまで空けちゃ駄目だって言われてさ
 もうすぐ今日が終わってバレンタインだから空けちゃっても良いよな?」
レックスは空いた手で机の上にある包みのリボンを解き、静かに包装紙を剥がしている
アティはボンヤリとまだ暖かく濡れているレックスの髪に指を這わせている
「……俺にはアティが居るんだからって、チョコレートは二人で一つなんだってさ、軍学校に入ってからあの二人は益々しっかりしてきてるね、アティの良い所を吸収したみたいだよ」
「ックス……レックス」
「うん?なんだい、アティ」
チクッとレックスは腕が痛んだ、ギュッと強くアティが震えながら握っている
「……ごめんなさい、手紙。読んじゃいました……」
「そう……なんだ。別に良いさ、隠す程の物じゃないからね」
「訊いちゃっても……良いですか?」
耳に痛い沈黙が始まった……


「…………過去の事を形にして残しておくなんて、結構情けない事だよな」
沈黙は破られた、アティはその声に寒気が走った……
語るレックスの声は潰されそうな程に冷たい声だったからだ
「俺がまだ軍学生時代の時に、徴兵で軍に駆り出された事があったんだ……君は覚えているかな?」
「レックスが卒業する一月くらい前の話でしたね……軍学校からは二人選ばれたって訊いてます」
「そう、その任務に選考されて駆り出された俺とアズリアは一緒に行動していたんだ」
レックスは淡々と応える。彼の灰色の瞳は過去を映し出していた
「どんな……任務だったんですか?」
「人海戦術でなんとでもなる簡単な任務だったよ……
 麻薬を密売する組織の本部を見つけて、軍に知らせる
 俺とアズリアは、要するに囮捜査官だったんだ」
「……任務を成し遂げたんですよね?」
「結果的にはね……けれど、肝心な事は全部……隠蔽されたんだよ」
「新聞で知りました……組織の本部、ネストの人間は全員死んでいたって
 軍人さん達が突撃して……武力制圧されたって、あの情報は嘘だったんですか?」
レックスは恐れを隠す様にアティを抱きしめた
「ネストに居た人間はね……当時の俺が絶対に許す事が出来ない人間だった
 俺の両親を……俺と村人達との絆を壊した。……旧王国の連中だ」
「!!それじゃあ……」
「奴等は……一緒に行動していたアズリアを拉致したんだ
 皮肉な事に、それでネストが見つかったんだけどね」
「………………。」 
「"王国万歳、栄光の復活万歳"……彼等の歓喜の叫びを聞いた時、目の前が真っ赤になってた…………もう、気が付いただろ?アティ……」
「い……ィャ、そんな事……信じたくない!」
レックスは、アティの耳元に近づき……残酷なまでに優しい言葉を囁いた
「ネストの人間は軍人に倒されたんじゃない……たった一人の軍学生によって皆殺しにされたんだよ。……レックスっていう軍学生によって、ね」



『貴様等のせいで……俺は、俺は!!』
灰色の床は、全てが赤に染まっている……
それ以上に朱に染まった青年が、すでに事切れたモノ達を死しても尚、苦しめる様に血と脂に染まってナマクラになっている剣で狂った様に……否、理性を保ったフリをして振り下ろしている
モノの原型は……もう無い。とうとう……剣の方が根を上げる様に砕け散る音と共に紅く染まったその刃が真っ二つに折れてしまった
折れた刃が空を舞い、キンッと血に染まった石床に落ちる
『ハァ……ハァ……クソッ!……グッ、ァ……ハッ……畜生、チクショウ!!』
また……衝動殺人を犯してしまった。血に染まった青年=レックスは胃袋から込み上げる計り知れない罪悪感を血に染まった石床に吐き出した
『今だけは……君を、思い浮かべたく……無い!消えて……くれ』
レックスの心に映る、自分に微笑む二つ年下の赤い髪の女の子の姿を衝撃で遮る。石壁に赤い華が一つ……レックスは血が流れる額を乱暴に拭った
『そうだ……探さなきゃ、アズリアを』
この場所に来た本来の目的を思い出して、レックスは歩き出す
……上手く、歩けない。左足に銀色のナイフが刺さっているからだ
邪魔なそれを抜き取る為に左手を動かす……上手く、指が動かない
左掌に、自分の血で染まったボウガンの矢が刺さっているから
『フッ……クククク、ハハハハハ……』
耳障りな笑い声が聞こえる、自分から聞こえる……
何がそんなに可笑しいんだい?自分自身にも解らない
『ハッ……あぁ…ンッ、ふゥ……ァン』
レックスの心臓が高鳴る。聞こえた悲鳴は甘く、あまりにも淫らで艶やかだ
レックスは自分の足の付け根の先に生えてある男の部分が自分の意志とは無関係に熱くなっている事に気が付いていない。
その悲鳴に誘われる様に足を進める…
『もぅ……耐えられない、誰でも良いから……うぁ。わ、わたしを……』
建物の端にある部屋の先から、切なく甘い悲鳴がはっきりと聞こえる
レックスは力が入らない右手を何とかドアノブにかける……あっさりとドアが開いた




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