後悔先に立たず(前編)



「……あ……ああ……」
 船長室の一角。
 ホウキを片手に呆然と立ち尽くすアティの瞳には、無残に砕けた硝子の破片が映し出されていた。
 それらを囲むように床へ広がっているのは褐色の液体。
 室内にはむせ返るようなアルコールの匂いが蔓延していた。
「ど……どうしましょう」
 力なく床へ尻餅をつき、アティは本来ウイスキーのボトルであった破片を拾い上げる。
 その指先は、今の彼女の心情を表すかのように小刻みに震えていた。
 強張る体とは正反対に、その心臓は激しく脈を打ち続ける。
「…………っ」
 彼女の大きな瞳から宝石のような光が溢れ出たかと思うと、それはまもなく膝の上へとこぼれ落ちた。
 夢なら覚めて欲しい。
 一刻も早く。
 ――窓からは明るい光が漏れ、アティの顔を優しく照らしている。その向こうでは、静かな波の音が白い浜辺に心地よく響いていた。
 いつもと何ら変わる事のない日常の風景。
 これは紛れもない現実であるという事を、アティは認めざるを得なかった。
「……私っ……カイルさんに嫌われちゃいますよぉ!」


「よし……っと。ガラクタはこれで全部か?」
「申し訳ありません、カイル様。わざわざこちらに出向いて頂いて」
「構わねぇよ。力仕事なら俺の十八番だ」
 額の汗を拭き、埃にまみれたカイルが満足気に周囲を見渡した。
 ダンボールや鉄の箱、もしくは無造作に放り出された書物などが所狭しと積み重ねられている。

「こうしてみると、結構いらないものが多かったのね。使わなくなった物はずっとしまい込んであったから」
 そう言うとアルディラは手近に転がっていた袋を手に取った。中には編みかけの毛糸のセーターが。
 柄にもなく内緒でハイネルに渡そうと、彼女が密かに編んでいたものだった。
 しかし日常から家庭的な物事を覚える機会のなかった彼女にとって、その行為は徒労でしかなかったようだ。
(まだ置いてあったのね……これ)
 不恰好なそれを眺めながら、アルディラは懐かしむように苦笑する。
「それにしてもよぉ、何が入ってんだ?この中には」
「ああっ!!ちょっと、勝手に開けないで!!」
 甘い回想の一時は、カイルの間延びした声で無残にも打ち砕かれた。
 慌てて彼のそばへ駆け寄るも、カイルはすでに箱を開いて中を覗きこんでいる。
「もう、デリカシーのない男ねっ」
「あ……悪い。それにしても、まだ使えそうな物だってあるんじゃねぇのか?この変な機械とか、まだ綺麗だぜ」
 彼の言う通り、その箱の中に入っている機械にはほとんど傷もなく、使われた形跡が見当たらない。
 しかしそれを見るアルディラの眉は、明らかに不快を表している。
「それ、無色の連中の為に作らされた道具の余り物よ。マッサージ器とか血圧の測定器だとか、他にも変なもの色々作らされて……まだ使えるとは思うけど」
「それなら、使えそうなヤツは貰っていってもいいか?」
「別にいいわよ。――それじゃあ私、そろそろ部屋に戻るわね。手伝ってくれてありがと」
 そう言い残して部屋から立ち去るアルディラにドア越しの視線を向け、カイルは小さくため息をつく。
「そっけない奴だなぁ……。せっかく手伝ってやったのに」
「アルディラ様は感謝されていますよ。ただ、本来あの方は、貴方のようなタイプの男性は苦手のようでしたから。まだ素直に心を開く事ができないだけではないでしょうか」
 そうだとしても、もう少し自分に対して柔らかい風当たりをしてくれないものだろうか。
 カイルは苦笑しながら箱の中身を順に取り出していく。
 ――その時、無骨な機械の中で明らかに浮いた何かが彼の視界に映り込んだ。
「何だこれ?」
 白い毛に覆われたそれを取り出し、カイルはしげしげと見つめる。
 その背後からクノンが身を乗り出し、同様にその物体へと視線を注いだ。
「……カイル様。これは――」


 ラトリクスで譲り受けたガラクタの箱を手に、カイルは嬉々として海賊船へと戻ってきた。
 これをアティに見せればどんな顔をするだろう。期待と不安の入り混じった気持ちは、彼の中で落ち着くことなく騒ぎ立てている。
 早く二人きりでゆっくりとできる時間が訪れないものだろうか。
 口元に笑みを浮かべながら船内に足を踏み入れた、その時。
「……ん?」
 廊下にしゃがみ込んでいる小柄なシルエット。
 それがアティだという事はすぐに判明した。
 ――しかし彼女はカイルの帰宅に笑顔で迎える事もなく、ただその場にしゃがみ込んだまま俯いている。
 その小さな肩は、わずかに震えていた。
「アティ?」
 カイルの声に瞬時に反応し、アティは慌てて顔を上向ける。
「――? お、おいっ」
 瞬間、カイルは驚いたように目を見開くと慌てて彼女のそばへ駆け出した。
 アティの目は赤く染まり、わずかに腫れている。
 恐らくはカイルの帰りを待っていたのだろうが、アティの彼に向けられる眼差しには、どことなく怯えの色が含まれていた。

「カイルさんっ……」
 ようやく開いた口から漏れた言葉は、嗚咽交じり。
 瞬きをすれば、その瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「うっ……ああぁぁぁっ!ごめんなさいカイルさぁんっ!!」
「っていきなりどうしたんだよ!?」
 無言が続いたかと思えば、アティは突然大声で泣き始める。
 ここで仲間が野次馬根性でやってくれば、まず間違いなく自分に非があるものだと思われてしまうに違いない。
「と、とにかく落ち着けアティ!」
 とっさにアティの口を押さえ込み、カイルは子供をあやすような仕草で彼女の頭を優しく撫でつける。
「ふぅっ……、うっ……」
 カイルの胸ですすり泣くアティ。泣く姿もそれはそれで非常に愛らしいものだとカイルは心の中で頷く。
(って、この状況でなに喜んでんだよ俺は!)
 即座に我に返るとにやけていた口元を慌てて引き締めた。
 とにかく今は彼女を落ち着かせなければ。
 カイルはアティの頬を伝う涙を優しく拭い取ると、泣き腫らした赤い目を見据えた。
「泣いてばっかりじゃ分からねぇだろ?……落ち着いて言ってみろ」
「は、い……」
 彼の言葉に、アティは静かに床を指差す。
 そこには青い硝子破片が紙の上に積まれている光景があった。
「なんだ、花瓶でも割ったのか?それなら別に――」
「帝国産のウイスキー」
 ぼそりとアティの唇から言葉が漏れる。
「…………」
 同時にカイルの表情が凍りついたように見えたのは、アティの錯覚ではないだろう。
 彼女の涙声は更に続く。
「限定二千本の超レア物……確か買値が五十万バームで、カイルさんは墓まで持っていくって言ってたのを覚えてます」
「………………」
 再びアティは無言の彼を見上げる。
 じわり、とその瞳が再び涙に揺れた。
「……掃除中に割っちゃいました」

「……………………」

 頭の中が真っ白になるというのは、まさに今の事を言うのだろうか。
 目の前の彼女は、何と言った?
 無意識に唇が震えだしている事に気づいた。
 そのまま視線をもう一度床へ落とす。
 そこにあるのは、無残に砕け散った青い硝子破片。……紛れもない。
 宝物の、残骸。
「ごめんなさいカイルさん!!本当にすみません!!」
「…………」
 アティが何か騒いでいるが、その声は彼の耳に届いてはいない。
 軽いめまいを覚え、カイルは額に手を当てると苦い面持ちのまま目を伏せた。
「そうか。……割っちまった……か」
「私の不注意のせいでっ」
 膝をつくアティを慌てて止め、カイルは重い息を吐く。
 ボトルを割ったのが見ず知らずの人間ならば恐らく確実に暴れていただろうが、惜しくもその犯人は自分の恋人。しかもこれほどまでに涙を流し、謝罪を続けているのだ。
 いくらアティに責任があるとはいえ、そんな彼女を怒鳴りつけ、責める事が彼にできるだろうか。
「何の代償もなしで許して欲しいなんて都合のいい事、いいませんからっ……。
殴ってくれても全然構いませんから!だから、嫌いに……ならないでっ……」
 俯いて涙を流し続けるアティを見つめたまま、カイルは困り果てたように唇を噛んだ。
 いくら自分がどんな迷惑をこうむろうと、彼女を嫌いになるわけがない。
 しかし、だからと言って今回の事を何もなかったかのように水に流す事は難しいだろう。
 ――人間としての、物への執着心。
 ――男としての、女への愛情。
(よく考えろ、俺。たかが一本の酒のために女を泣かすのか?……いやでも、たかが酒、されど酒……)
 脳内で思考を巡らせるカイル。
 単純な二択。どちらかを選択すればいいだけの話だ。何を迷う必要があるのか。
 直後、彼の両目は大きく見開かれた。
(……惚れた女を、これ以上泣かせてどうする!)
 その答えは彼らしく、まさに即答という形で現れた。
替わりの酒などまた見つかるだろう。
 しかし、今後アティ以上に愛しさを感じられる女性に出会う事など、カイルには到底考えられない。
 今回の事は目をつぶるとしよう。
カイルはいまだに泣くアティに微笑みかけ、口を開こうとした。
 ……だが。

「お願いです……私、その為なら何でもしますからっ……」

「え?」
 すがりつくアティの腕。
 同時に彼女の豊かな胸が、カイルの胸を圧迫する。
 ……柔らかい二つの感触。そういえば、ここ最近彼女とはご無沙汰だったかもしれない。
 彼女にしてみれば無意識の行為だったのだろうが、それにしても――。
(……『何でも』?)
 その甘美な響きに、カイルの喉が上下に動く。
 ふと、小脇にラトリクスで貰った箱を抱えていた事を思い出した。
 箱を抱える手に力がこもる。
「何でも……するんだな?」
 気がつけば、思うよりも先に言葉が零れていた。
 カイルの問いにアティが否定するはずもなく、彼女は何度も首を縦に振り、彼に誓いを立てていた。
「はい、何でもしますっ」
 
 ……結局彼の中で勝利したのは、人間としての執着心ではなく、男としての愛情でもなく、男としての『欲望』であった。

 
 ――責任を取らせるつもりなどなかったのに。
 結果的にアティは彼の言葉に従う事を条件に、今回の件について許される形となった。
 罪悪感がないといえば嘘になる。
 それでも。
(アティに目をウルウルされながらあんな事言われちゃ、『えっイイの?』ってなっちまうだろうがよ!!なったんだよ!!しょうがねぇだろうがよ!!)
 心の中で絶叫しながら、カイルはワインを片手に肉へとかぶりつく。
 和気藹々とした夕食の時間も、カイルはひとり悶々とした気持ちを抱えたまま料理を頬張っていた。
「……」
 テーブルをまたいで正面に座るアティは、いまだに彼の機嫌を伺うように時折上目遣いの視線を投げかけている。
 これで許してもらえるのだろうか。そんな気持ちが彼女の表情から手に取るように読めてしまった。
 しかし、今さら前言を撤回する事など彼にはできない。
 なぜなら。

「先生、さっきから食欲ないよ。気分でも悪いのか?」
「えっ?そ、そんな事ないですよ」
 心配そうに覗き込むナップに微笑みかけ、アティはとっさに手元にあったコップの水を喉に流し込んだ。
 ……椅子に腰を下ろしてから、アティは依然前かがみのまま膝に手を置き、固まっている。
 片手で何とかフォークを持とうとするが、皿が動いてしまうために上手く食べ物を取る事ができない。
 明らかに不自然な様子のアティ。
 それもそのはず。
 ――カイルの『命令』は、今まさに実行されている所なのだから。
 困惑した面持ちの彼女に罪悪感は芽生えど、カイルの内側に渦巻く欲望は彼女に対するその感情を上回るものだった。
 すでに彼女へ命令してしまった以上、もはや自分に対して歯止めを利かせる事などカイルには不可能なのだ。
「ぅ……」
 助けを求めるように彼に視線を投げるアティ。
 しかし潤んだ彼女の瞳は、カイルの性的な加虐心を煽るには充分すぎる。
 そんなアティを一瞥した後、カイルは残りの料理を平らげると食器を手早く片付け始めた。
「……俺、そろそろ部屋で休むぞ」
 ふいに誰にともなくカイルは言うと、おもむろにその場から立ち上がる。
「カイルさ――」
 食卓から去る間際に交わった二人の視線。
 それは互いの意志を疎通させるには、充分すぎるほどの合図だった。


 カイルが部屋へ戻って数分後の事だろうか。
 控えめなノックが室内に響く。
 ベッドに身を投げ出していたカイルは体勢を変えず、そのままドアの向こうに立つ人物に目線だけを向けた。
「入ってこいよ、アティ」
「お、お邪魔します」
 カイルの呼びかけにドアを開いたのは、妙に落ち着きのない表情の彼女だった。
 スカートの端を押さえ、廊下をきょろきょろと見渡しながら静かにドアを閉める。
 ようやく安堵の息を吐くアティに、カイルは寝転がったままの体勢で笑みを浮かべた。
「今夜は約束通り、俺の部屋で泊まっていってくれるんだろ」
「……」
 無言で頷き、アティは彼のそばまで歩み寄る。
 気のせいだろうか。ニットのワンピースを押し上げる彼女の胸は、一歩踏み出すたびに普段以上の柔らかな揺動を見せる。
 彼女自身もそれが気になるのか、俯いたまま自分の体を見続けていた。
 その視線に気づき、カイルは上半身を起こす。
 彼女のなだらかな体のラインを見つめながら、わずかに口の端を吊り上げた。
「久々に俺と寝るんだから、さぞかし気合の入った下着を披露してくれるんだろうな?」
「なっ……」
 彼の言葉に、アティは明らかにうろたえた様子で顔を赤らめた。
「な、何言ってるんですか、カイルさん!貴方がっ……」
「いいから早く見せてくれよ。下着、上下両方な」
「……っ」
 アティは何かを言いた気に唇を噛みしめるが、やがて諦めたように小さく息を吐いた。ためらいながらスカートの裾へ両手の指をかける。
 自身への羞恥から目を背けるように目蓋を伏せ、ゆっくりとワンピースをたくし上げていった。
「……は、い……」
 彼女の白い太ももが徐々に露わとなり、その付け根がわずかに顔を覗かせる。
 このまま裾を上げれば、カイルの期待する彼女の下着とご対面となるだろう。
 カイルはアティの立つ真下で、腕を枕にベッドから見上げている。
「手が止まってるぜ、アティ」
「うぅ……」
 からかい交じりに急かす言葉に、アティはためらいながらも裾を持ち上げた。

 ――スカートの中から現れたのは、純白の下着でも、派手な下着でもなく。
 彼女の髪の色と同じ、薄い茂み。

 寝そべるカイルの瞳には、薄っすらと赤みを帯びた、彼女の秘部が映し出されていた。
 アティの頬が熱を帯び、紅潮する。
 無言のままのカイルに気圧されるように、アティは更に服をたくし上げていく。
 同様に丸い乳房が中からぷるんと零れ出た。その豊かな双丘は、彼女の呼吸に合わせて静かに揺れている。
「これで、いいですか……?」
 アティのワンピースの下は、一糸纏わぬ状態となっていた。
 カイルはそんな彼女の裸体を下から壮観の面持ちで見上げ、満足気に頷いてみせる。
「バカには見えない下着ってヤツか?ハハハッ、いいねぇ。色っぽいぜ、『先生』。俺もこんな先生なら授業を受けてみたいもんだ」
「ちょっ……、カイルさんが『今日一日下着を着るな』って言ったんじゃないですか!
ヒヤヒヤしてたんですよ!?もしナップ君に気づかれたら学校で何て言われるか――」
 言い終わらぬ内にカイルの手が伸び、アティの体を抱きすくめた。
「ぁ……っ!」
 アティが声を上げると同時に、その体はカイルのベッドへ軽々と転がされてしまった。
 反射的に起き上がろうとするが、うつ伏せの状態でカイルに強く押さえつけられる。
 その細い腕を背中に回して自由を奪うと、カイルはアティの耳元へそっと唇を寄せた。
「ああいうのってドキドキするよな。頼んだ俺自身、お前が大事なトコを丸出しにしてる事が他の奴らにバレたらって考えてると……不安な反面、異様に興奮してきちまってさ」
「ひぁっ……!」
 直後、ふいに耳の裏を舌先でなぞられ、アティの肩が小さく震える。
 紅潮した頬でカイルを見上げるアティ。
 カイルは彼女に視線を返すように、口元に薄い笑みを浮かべてみせる。
 その瞳の奥に宿る光は、飢えた獣が見せる輝きとあまりにも酷似していた。
「少しじっとしてろよ」
 彼女の腕を背後に固定したまま、カイルはその腕を自身のベルトで緩く縛る。
 不自由な体に身じろぐアティはうつ伏せにされた状態のまま、その両足をゆっくりと押し開かれていった。
「いっ……いや、カイルさん」
 これから彼に何をされるのか。
 身動きのできない体勢で、アティは怯えるような眼差しをカイルに向ける。
「心配すんな。別に怖い事なんてしねぇよ」
「でも……」
 そう言われても不安なものは不安だ。華奢な体を強張らせるアティに軽く口付け、カイルは優しく笑い掛けてみせる。
「俺がお前を泣かせる訳ないだろ?気持ちいい事しかやらねぇよ。――こんな風に」
 アティの閉ざされた秘部に、無骨な指の感触が伝わる。
 カイルの荒れた指先が柔らかな花弁を押し広げ、同時に敏感な突起へ優しい愛撫。
 思わずアティの口から甘い吐息が漏れ、かすかに身をよじった。
「んっ、……んぅ」
「今夜はたっぷり楽しませてもらうぜ。五十万バームの元を取れるくらいに、な」
 アティの体は再び抱きかかえられ、裏返される。
 ……久々に見た彼女の裸体。
 幼さの残る顔立ちとはアンバランスとさえ思えるほどに成熟した乳房と、彼以外の男を知らぬ、ほの赤い女性器。
「アティ……」
 今すぐにでも貫きたい衝動を抑え、不安に顔を曇らせる愛しい彼女にカイルは優しく唇を重ねた。
 ついばむように幾度か口付け、向きを変えては軽く吸いつくように。
 その甘いキスは、彼女の緊張を解きほぐし、強いてはいまだ火照らぬ体に火を灯す為。
「は……、ん……」
 恍惚とするアティに深く唇を重ね、口内を味わう。
 ――嵐の前の静けさとは、まさにこの状況を示す言葉であった。


 その頃ラトリクスでは――。
「……そんな物が、あの箱の中に入ってたの?」
「はい。カイル様が大変お喜びになっていましたから、差し上げてしまいました」
 けろりと答えるクノンを見つめるアルディラは、口の端をわずかに痙攣させる。
「やっぱり苦手だわ……。ああいう底無しのバカ男は」
 大きな溜め息を吐きながら、アルディラは窓越しに彼がいるであろう船の方角を見つめていた。




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