ウィゼル×メイメイ



静かな夜の帳を翻らせる様に、風が東へと流れていく。
風に囚われた一片の花弁がひらりと舞い降り、手の中の水面に波紋を立て月を揺らす。
「風に嘯き月弄ぶか……ふふ、良い夜ねぇ」
視線を手元の御猪口から空に座する月へと移し、幽かに口元を緩ませる。
普段からしてあまり締まる事のない口元だが、今宵の星空は彼女で無かろうと微笑みを措いて他に取る心などありはしない。
何故なら、今夜は闇色の舞台に新しい星が生まれた記念すべき夜なのだから。

「うん、いい輝きよ先生。貴女の優しい青い光もそうだけど、隣に瞬く彼の星も素晴らしいわ。二人が寄り添いあってこそ、こんなにも心地良い光が生まれたのね」
瓦葺の屋根に腰を下ろし、月と星の協奏を一身に受け星詠の占師が謳う。
願わくば彼の者達が往く道に幸多からん事を。二人の背に万難排する力在らん事を。
「それじゃ二人に乾杯、と」
手にした杯を月へと掲げ、メイメイはそのままなみなみと注がれた酒を飲み干していく。
「……っぷはぁぁっ! いや〜酒も美味いし月も良いっ! 全くもって最高〜♪」
心の底から喜びを表し、再びとくとくと傍らに置かれた酒瓶から御猪口へと酒を注ぐメイメイ。
やっている事はいつもと変わらぬ夜の酒盛りである。どんな時も我が道を貫く彼女らしい祝い方ではあったが。

「それにしても……“果てしなき蒼”、か」
御猪口を空け、自分が名付け親となった剣の名を呼ぶ。
だらしなくずり落ちた、あまり役に立っていない眼鏡を静かに外し、酒瓶の隣へと置く。
「懐かしいわね。あの時代の言葉なんて、もう使う事は無いと思っていたんだけど」
眼鏡を外したメイメイには、先程までの酒に焼けた頬もいつものにやけた表情も無かった。
今、彼女の胸に去来する思いは一体どの様なものなのか。
いつの事だか思い出す事も出来ない遥か昔に肩を並べた星か。或いはこれより先の未来にに出会うであろう新しい星か。
悠久の彼方よりメイメイと世界の間に在り、彼女と共に移ろいゆく世界をその境界に移してきた眼鏡は静かに月影を映す。

「…………」
何故、あの言葉が出てきたのだろう。
分からない。けれどあの瞬間、彼女の剣にはこの名前しかないと思ってしまったのだ。
占い師である自分が、己の意思に縁って名を付ける。
それは単なる名ではなく命にも繋がり、名付けられたモノの天命の糸すら紡ぐ事となりかねない。おいそれとあってはならぬ事なのだ。
誰よりも深く理解している。それでも名付けずにはいられなかったのは――

「貴方の鍛えた剣だったから……かしらね」
懐から末広を取り出し、ふわりと広げ手を離す。
するとどういう仕組みなのか、メイメイの手を離れた扇はひらりひらりとまるで蝶の如くに空を舞い、いつからか彼女の館の前に佇んでいた一人の男の肩へと降りた。

「いらっしゃぁい。そろそろ来る頃だと思っていたわ〜」
眼鏡をかけ、屋根の上から普段ののほほんとした口調で眼下の男へ語りかける。
「客人を屋上から迎えるか。相変わらずだな、店主よ」
「にゃはははは。まあ細かい事は気にしない気にしない〜。ほら、貴方も上がって来てちょうだいな」
メイメイの誘いに男は無言で跳躍。そのまますっと音も立てずに屋根の上へ降り立つと、肩に止まっていた扇を投げて返した。
「昼間の礼を言い忘れていた。感謝する」
「固い人ねぇ。そんな事言う為にわざわざ船を抜け出して来たの? 貴方の所のお大尽ってば、怪我して動けない所に護衛随一の腕の貴方がいないんじゃさぞ荒れてるんじゃなぁい?」
冗談めかした言葉に、初めて男の顔が苦笑に歪められた。それでも彼を良く知る人物にしか分からない、ほんの僅かな変化でしかなかったが。
「お礼なんていらなかったのに。あ、でもお礼っていうんだったら……」
メイメイの目がきらりと光った。この館を訪れる誰もがよく知る、次に来るであろう彼女の言葉。
「これだろう。昔からお前への謝礼は単純明快だからな」
腰に下げていた酒瓶を掲げる。ちゃぷちゃぷと豊かな水音を鳴らすそれを、満面の笑みで受け取り頬擦りをするメイメイ。
「んふふ〜♪ 貴方の語らないでもちゃんと締める所締める性格大好きよ、ウィゼル」
「お前はもう少し普段から締める所を作った方が良い、メイメイ」
月下の風に黒髪を靡かせ、ウィゼル・カリバーンはかつて忠告した彼女への言葉を一字一句違えずに繰り返した。


続く

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