ウィゼル×メイメイ・3



ゴウセツが消えたのを見届けると、ウィゼルは先の激しい仕合の跡を微塵も残さず、メイメイの方へと歩み寄り彼女が取り落とした杯を手にした。
「どうした。俺の用事は済んだ、後はお前の言う通り月見酒と洒落込もうと思ったのだが――何だその呆けた顔は」
まるで今のは幻だったとでも言わんばかりのウィゼルの態度についていけず、メイメイは暫しの間呆然としていた。

「いや〜……ちょっと驚いていたのよ。何だか貴方が別人みたいに見えちゃってさ。本当にこの人はワタシの知っているウィゼル・カリバーンなのかな、って」
「ふむ、それについては俺は俺だ、としか答えられんな。お前が覚えている姿とは違うかもしれんが」
「見た目もそうだけど、あまりにも強くなっていたから。そりゃあ昔から人並み外れた剣の腕だったけど、今はそれに輪をかけて人間離れしてきてなぁい? どういう修行したらあんな技を身に付けられるのよ」
そう言うと、メイメイは漸くいつもの調子を取り戻したのか、笑っているのか寝ぼけているのかといった微妙な笑みを顔に貼り付ける。

「カタナが届かないモノまで斬っちゃうなんてもう魔術の域じゃない。身一つで奇跡を起こす貴方のその技を派閥の召喚師達に見せたら、彼等腰抜かすわよきっと」
「俺の剣は見世物ではない。かといって騎士道や武士道などとは無縁の我流、邪剣に過ぎん。あくまで究める為のものだ」
メイメイの手で注がれた酒を呷る横顔には、何の感慨も浮かばない。
謙遜も増長も無く、彼の目は只管に前を見据えるだけ。


静謐な水面にも似たウィゼルの眼差しに、驚きの表情を持って彼を見つめる。
すると突然、メイメイは声を上げて吹き出した。
「……っ、あはははははは! 貴方、変わったと思ったけどちっとも変わってなかったわね!」
何が可笑しいのか、終いには腹を抱えて笑い出す。黙した儘メイメイを見つめるウィゼル。
静けさを取り戻した夜に、彼女の笑い声だけが遠く響く。

笑い過ぎた為だろうか。
メイメイの瞳には、うっすらと光るものがあった。眼鏡を外し、目の端に溜まったそれを指で拭う。
「本当に……変わってないわ。あの頃のまま」
指が拭い取ったのは、少しの涙と一つの想い。

もしかしたら彼女は、その涙を誤魔化す為に笑っていたのかもしれない。



「……メイメイ、お前はあの娘の星を見たのだろう。未来は詠んだのか」
暫くの間、無言の杯を交わす二人だったが、何を思ったのか唐突にウィゼルが訊ねた。



「ん〜? まあね、それがワタシのお仕事だから……何、ひょっとして聞きたかったりする? ど〜しようかしらぁ。他人の未来を語るのは結構危険なんだけどなぁ。下手すると命数が変わる恐れがあるから」
「無理にとは言わん。唯の気紛れだ、忘れろ」
「うんにゃ、そんなに多くを漏らさなければ大丈夫でしょ。それに実はワタシもまだちゃんと詠んだ訳じゃなかったし、ここらで一発しっかり詠んでおきましょうか♪」

ぱんぱんと腰に付いた草を払いながらメイメイが立ち上がった。
一つ深呼吸をし、目を閉じる。再び彼女が目を開いた時、そこには謎多き酔いどれお姉さんではなく、天の理を識り万物の流転を星に聴く占星術師が立っていた。
二言三言を呟き、印を結んで天を観る。どんな小さな星の輝きすら見逃さぬと、瞬き一つさえ忘れ天の姿をその瞳に映していく。
やがてふっと張り詰めていた気が途切れ、メイメイの表情に険が走った。

「詠めたわ。残念だけどあまり平穏な道では無いわね。まず紅い星が彼女の前に立ち塞がる。その先にも狂った碧の星があるし、二つの星に隠れるように輝く凶つ星も見える。この星は……紅い星にも災いとなる」
そこまで告げたメイメイは、しかし後に続ける言葉に柔らかい眼差しを添えた。
「でも……間近にこれだけ凶兆があるにも関わらず、彼女の蒼い星はそれらに負ける事無く輝いているわ。周りにある様々な光に支えられてね。特に……」

ふっと過ぎるのはかつての彼の背中。そしてあの頃の自分。
想いをそっと内にしまい、言葉を続ける。

「……彼女の隣にある星。雄々しく輝くあの星があるからこそ彼女の蒼はより強く優しくなれる。彼の星が傍に在る限り、彼女の星が輝きを忘れる事は無いでしょう」
星を観る前と同じ突拍子の無さでメイメイの顔にへらへらとした笑みが戻る。
「にゃはははは。あまり先の未来までは言えないから、ここまでね〜」


「……そうか」
それだけを言うと、手の中の月を見ながらウィゼルは口を閉ざした。
素っ気無いウィゼルの態度であったが、メイメイは不満も無く再び己の酒を手にする。
風が一つ、二人の髪を撫でた跡も残さず消える。
緩やかに、けれど確かな歩みで時は流れていく。



――共に在りながら、己を失わず、より強く……か

彼女の言葉が胸を打つ。
それは、彼の抱いた唯一つの未練。

どんなに時を重ねようと色褪せぬ景色が、脳裏に浮かぶ。
再会は、己に何を齎したのだろう。

「…………俺は」
気付けば、昔年に目を向ける自分がいた。

「俺はあの時、懼れたのだ。お前と共に在ったあの時、あれは間違いなく俺の人生で最も幸せな日々だった。だがそれ故に思ったのだ、この幸福は俺の心を縛り付けると。此処で立ち止まらせるに違いないと」
「…………」
決して語られる事の無かった恐れ。それを今、自らの手で解き放つ。
鉄の心を持つ男の口を割ったものは何なのか。
メイメイは何も応えず次の言葉を待った。


「……それはしてはならぬ事だ。俺は俺の目指す頂の為に多くを捨ててきたのだから」
人の命さえ文字通り斬って棄てた。手を赤に染めた自分は、最早立ち止まる事など許されない。
立ち止まればきっと、犯した罪という刃が己を貫く。
だから――道を違え、より険しき剣の道へと邁進した。
他の全てと同じく、捨て去る為に。

しかし、忘れるには思い出は美しすぎた。
千の試練を越え、万の猛者と刃を交えた。数え切れぬ者を黄泉路へと送り、数え切れぬ死線を彷徨った。
終わり無き戦いの日々に、心休まる日など一日たりとて無かった。
だがどんな血風が吹こうとも、それを消し去る事は叶わなかった。
残ってしまったのはあの日の光景と、人外の業を備えるまでに至った身。
振り返る事を知らなかった男が、初めて己の過去に“もし”を唱える。

「何故、あの時に気付く事が出来なかったのだろうな」
立ち止まるのではなく、彼女を連れて往くという選択肢に。


言葉は力無く消えていく。明月の空に、そして隣に座る彼女の内に。
メイメイが三度眼鏡を取り、ゆっくりとかぶりを振って微笑む。
微笑んでいる筈の顔は何故か、寂しさしか感じられなかった。

「仕方の無い事よ。あの時の私は貴方の横ではなく、後ろに立っていたのだから。私も貴方と同じ、懼れを抱いていたのだから」
ウィゼルの手に自分の手を重ねる。無骨で荒々しい彼の手は、最後に繋いだ日を容易く思い出させてくれる。
この手に触れられ、この手に支えられ、この手に抱かれてあの時私は笑っていた。
だけど私の知る手は、こんな場所に刀傷は無かった。この火傷の跡は術によるものか。ここに走る縫い痕は何時出来たのだろう。
自分の手を見る。
触れている自分の手だけが、変わらずに再び重ねられていた。

「気付いているでしょう? 私が何一つ変わっていない事に」
そう、自分は変わっていない。
彼と初めて出逢い、彼が愛してくれたその儘の姿。
それは喜ばしい事であり、そして――どうしようもなく悲しい事実。

「私の時は貴方とは違う流れに在る。変わっていってしまうであろう貴方。変わらない私。幸せを感じれば感じる程……貴方を失う事が、越えられない時の隔たりが怖かった……」
気の遠くなる程の永い孤独にあった女は、初めて己の孤独に泣いた。
そして彼の横に立つ事を止めた。後ろにいれば、どんなに遠く離れていても彼の背中の残滓はあると、そう信じて。

「でも……」
運命の糸に手繰られ再び出逢えた彼は、変わっていなかった。
独り、変わらずに歩んでいたのだ。

「何故、あの時に気付けなかったのでしょうね」
彼の魂は、時に錆びる事などありはしないと。

手が、腕を伝う。
腕から肩へと辿り、そして優しく彼の首に巻き付いていく。
重ねられる唇。触れ合うだけだったそれは、次第に熱を帯び彼の中へと侵し入り激しく貪り合うように舌を絡めていく。

「メイメイ」
「……戻れないのは解っている。けれど今は私達が再び交われた事を確かめたいの……」
夜は静かに、再び出逢った二人の道を照らす。




「んっ……ちゅ。っふ、んむぅ……ん、んん。ぁん……」
くぐもった声と濡れた音が響く。
ウィゼルの上に跨り彼の物に舌を這わせるメイメイは、愛しそうに摩りながら、先端に口付けゆっくりと含んでいく。

「ふぅぅぅ……んっんっ、ん…………ふぅ」
一心不乱に口淫に耽るメイメイの秘所から、透明な液が一筋腿を伝い流れてきた。
愛液を滴らせ始めたそこを、ウィゼルの節くれ立った指が撫で上げる。
彼の指が敏感な場所に触れる度、びくんびくんとメイメイの腰は発条仕掛けのように跳ね上がった。

「あっ! んっあっ、あぅぁっ……やぁっ」
つぷりとウィゼルの指が音を立てて侵入されると、遂にメイメイは彼を離し嬌声を上げ始めた。
「やっ、駄目ウィゼル、そこは……あっ!? そこ弱いのぉっ! あっあっあっあっあっ!?」
肉壷の天井をこりこりと太い指が引っ掻く。
愛液が溢れ、瞬く間にウィゼルの指ならず手までも汚していった。

「……お前はここを擦られるとすぐに濡らしてしまうのだったな。俺の指をきつく締めてくるのも相変わらずだ」
「嫌……言わないで…………」
顔を真っ赤にして両手で隠す仕種は、初心な乙女の様にも見える。
だがメイメイの下半身は、彼女の意思を無視し、さらなる快感を求めて腰をくねらせていた。

「嫌がりながらもお前のここがこんなに悦んでいるのはどういう了見だ?」
「え!? ……や、嘘、こんなの違っ……ぅあああんっ!」
無意識に淫らがましく踊りだす自分の下半身に驚き、なんとか両手で腰を抑え付けようとした矢先、剥かれた陰核を愛撫されメイメイが叫ぶ。
強すぎる刺激に、敢無く絶頂を迎えぶるぶると痙攣すると糸の切れた人形の様に腰が落ちてきた。

絶え絶えの呼吸に合わせて、掠れた声で呟く。
「……ひっ……久し振、りなの、に……こんなの……す、凄、過ぎ…………」
「……すまん、加減が出来ぬ。お前が辛いのなら、ここまでにしておくとするか?」
自分を気遣うウィゼルの言葉に、メイメイは首を横に振り身体を起こした。そのまま向きを入れ替え、天を突く彼の物を自分の場所へと誘ってゆく。
「ううん…………もっと、貴方が欲しい。私の奥深くまで、貴方を思い出させて」

ゆっくりと腰が下ろされた。
入ってくる。
分け入ってくる。
押し入ってくる。
突き入ってくる。
その彼を、膣襞の一つ一つが悦びに泣きながら迎え入れていく。
「お……大き……」
息を吐き、目を閉じて彼の感触を確かめる。
「……動くぞ」
簡潔な言葉と共に、ウィゼルの腰が突き上げられた。

衝撃。
ずん、と深く重く響くそれが、メイメイの腰を中心として身体全体に波紋を投げかける。
「ひぐっ……うっ……あっ…………待、っあ…………あんっ……」
一突き毎に頭が真っ白になる。間断なくやってくる絶頂の光に、理性がその身を崩していく。
「んんっ……! いい、気持ちっ……いいのっ! はぁっ……もっと!」
じゅぷじゅぷと水音を立て、次第にメイメイも自ら腰を振り、ウィゼルに合わせるようにして彼へと自分を打ち付けていった。

裸身が踊る。
両手にすら余る程たわわに実る二つの乳房は汗に光り、下から掬い上げるように持ち上げられ、ぐにぐにと為されるままに姿を変えた。
根元から扱き上げられ、深く指を埋められ、ぴんと上を向いた乳首を摘まれ、くりくりと乳輪を撫でられる。
そのどれもが耐え様も無い快楽を訴え、メイメイを狂わせていく。
「はっ、あんっ、そんなっ、おっぱい弄っちゃ、やぁっ」
それが言葉だけの拒否でしかないのは、上気した頬と濡れた瞳が何よりの証拠。
弄れば弄る程円やかな曲線を描く尻がより激しく上下するのを見れば、誰だろうと彼女の乳を玩ばずにはいられないだろう。

荒くなっていく息遣い。
見え始めた終局に、ウィゼルはメイメイの腰を掴み、より速く、深く、強く彼女へと埋め込んでいく。
「あーっ! あーっ! あーっ!」
開放された胸を大きく揺らし、感極まった声で喘ぎ続けるメイメイ。
「中に、出すぞ……!」
「きてっ、きてぇっ! 私のナカにぃぃぃっ!!」
一際大きな声でメイメイが叫ぶと、彼女は内の彼をきつく食い締めた。
「…………っ……!」
「ふあああああ!? ああああああああっ!!」

解き放つ。
どくんどくんと、音さえ聞こえてきそうな勢いで彼女の中に放たれる。
「あっ…………あ……あ……あふ……」
全てを受け止め終わると、力尽きた様にメイメイはウィゼルへと倒れこんだ。


続く

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