ヤード×ミスミ・3



幅のある木の陰へと体を滑り込ませる。
紙一重の差でヤードの灰色の髪が一房、一人の鬼忍の投擲した苦無にはらりと舞った。
視界を遮る大木を挟み込むようにして、鬼忍達はヤードの隠れた裏側へと回り込むように移動する。

意外な俊敏さを見せた敵の姿・装備ををもう一度頭の中で確認。
敵の得物は打棒としては心許無い短杖。防具の類は身に着けていない。考えるまでも無く、召喚師である。
異界の存在を意のままに操る召喚術は油断の出来るものでは無い。先程の様な想像も出来ぬ異能者が出てくる事の方が多いからだ。
だが術士の常として、いかに強大な存在を従えようとも召喚には必ず多少の時間を要するもの。
ならば連携で召喚の時間を作らせなければいい。相手は一人。召喚の間に彼を護る者はいない。
こちらは数に任せて攻めるだけで簡単に詰む。

身に染み込んだ戦闘者としての経験が戦力差と相手の戦闘法を分析し、鬼忍達は皆が同じ結論に達していた。
彼我の位置が遮蔽物に隠れるぎりぎりの所から、一足で木の裏側へと二人の忍が飛び出す。
だが取り出した苦無を構え、反撃の隙を与えず目標を蜂の巣にしようとその腕を振りかぶった視界に、長身の召喚師の姿は無かった。
怪訝に思う間も無く、彼等の頭上に落ちる詠唱。

「魔精よ、敵を撃て!」

晴天の空の一点に突如現れた雷光。
いくら軽業を身上とする忍の身のこなしであっても、狙いを付けて放たれたその雷から逃れる事は出来なかった。
身を貫く衝撃に声も無く崩れ落ち、そのまま動かなくなる二人の忍。
残りの忍達が声のした上空へ振り返るより速く苦無を放つ。光の反射を防ぎ隠蔽する為に黒く塗られた凶器は、目標に届く前に全て叩き落された。


投げた先を眼で追えば、そこに在ったのは三つの影。
一つは召喚師。
残りの二つは彼が召喚したと思われる、異界の住人。
黄色の丸い体に蝙蝠にも似た翼は三対。脚は無く手の様な突起と視線の読めぬ眼に体の半分にも引かれた大きな口。
その体にぱちぱちと小さな電光が纏わり付いているならば、今の雷はこの怪異に因るものだろう。
ではもう片方の異形が鬼忍達の投擲を防いだに違いない。
推測を裏付けるような姿のそれが、召喚師を支え宙に浮いていた。
こちらは鳥の翼が同じく三対。雷の異形よりは遥かに人の姿をしているが、穢れを知らぬとでも言うような神々しい気はやはり人に非ざる存在だ。
ゆったりとした服に身を包み、その上を何条かの鎖が重なり巻かれている。
鎖の先に、不浄を払う力の象徴をするかの如く四枚の盾が、それを護り虚空に漂っていた。

再びタケシーが鬼忍に向けて雷を放つ。
不意を打って二人は倒したが、警戒している忍に同じ攻撃が通用するかと言えばそれは難しい。
タケシーの雷撃は飛び退いた鬼忍達のいた地面を抉るに留まった。返しに繰り出される苦無が届く前に、タケシーはサプレスへと送還され消える。
空いた間合いを逃さず、ヤードはロティエルが身に纏う鎖を手放した。

死地を駆け抜け、苦楽を共にした彼等と別れる時に受け取った形見の一つ、一発の弾丸を繋げたネックレスがちゃり、と音を立てる。
『攻めるにしろ守るにしろ威嚇射撃ってのは大事だよ。あとは周りにある隠れられそうなものをよくチェックして、撃った後も油断しないで頻繁に移動すること。とにかく障害物の有無が命運を分けるからね』
海賊の少女の言葉が思い起こされた。

――アドバイスに感謝しますよ、ソノラ

小さな声で彼女への感謝を前置き、ヤードが次の手を打つ為召喚の呪を唱える。



認識が甘かった。
敵は術師一人だが、明らかに場慣れしている。
脆弱な人間の召喚師を殺すのに十分な時間が過ぎているというのに、戦闘者としてなら人の忍よりも優れている鬼忍の攻撃を幾度となく退け、未だ生き延びているのだから。
林に飛び込んだ時に気付くべきだったのだ。彼は木や岩などの遮蔽物を巧みに利用し、死角からの射撃を防いでいる。
恐らくは似たような状況に遭った事がある。多数の暗殺者と一人で戦うという、絶望的な状況に。
尚且つ、その場を潜り抜けてきた経験があるのだ。
短い詠唱で次々と召喚し、大きな隙を見せない。
「益々惜しい。生かして捕らえ、じっくりと堕とす事が出来るのならさぞ良い玩具となっただろうに……」
悠然と歩を進めながら、九尾狐姫は独り呟く。
「傀儡どもに任せるには荷が勝ちすぎるな。どれ、妾も舞に加わろうではないか」
熱に煽られ空気が揺らめく。
九尾狐姫の周囲に、符を燃やした紫炎が一つ、二つと数を増していった。



「はっ…………はっ…………!」
息を切らせながらも走る足は止めない。
並行しながら宙を飛ぶ小さな天使の光が、身体のあちこちについた創傷を癒し体力を回復してくれるのを知っていたから。
心地よい光に再び力が湧いてくるのを感じる。

――体力はいいとして、魔力が尽きかけていますね。このままでは押し切られるのも時間の問題か

いくら召喚の門が小さくて済む者を選んでいるといっても、数を喚べば負担は計り知れない。
ヤードは心に浮かんだ僅かな焦りを振り払い、額の汗を拭いながら駆ける。
役目を果たした天使が霊界へと還り、岩陰に背を預け手がサモナイト石へと伸びたところで異変に気付いた。
「いない……?」
追手の足音がしない。
振り切れるような相手では無い。ならば何故追跡の気配が消えた?

その答えよりも速く、ヤードの脳裏にたった一人の同郷の友の言葉が聞こえてくる。
『暗殺者とは影にこそ忍び寄る者。彼等の気配が消えたのなら注意しなさい、それはアナタの死角を取った事に他ならないわ』

友の言葉を受けて刹那の逡巡すら無くヤードが前へと身を投げ出す。
起き上がると同時に短杖を放り投げ、背後へ短剣を突き出した。
彼が愛用した短剣は、九尾狐姫の一撃に続き今一度ヤードの命を救う。
まさか短剣で突いてくるとは思っていなかったのだろう、そこには鬼忍がヤードの首を狙う暗器を防がれ、驚愕する姿があった。

だが死神は既にヤードの肩に手を掛けていた。
鬼忍の空いた手が腰の短刀に伸びる。
残った三人の忍が左右そして樹上からヤードへと必殺の刃を投擲した。
回避は不可能、召喚術は――この間合いでは全てを止める事は出来ない。

――ここまでか。いや諦めるな、きっと……!

迫り来る死に向け、ヤードが間に合わぬと知りつつ召喚石を手に取る。
もうすぐそこまで迫る切っ先を見据え――――

幻のように現れたその影が、手裏剣で三本の苦無を弾き、抜いたカタナで目の前の鬼忍の刃を止めていた。



「きっと気付いてくれると信じていました。ありがとうございます、キュウマさん」
ヤードが安堵の息を吐き、放り出した杖を拾い上げる。
「やはりあの雷光は貴方の召喚術でしたか。ですが挨拶は後です、まずはこの狼藉者達を成敗してからにしましょう!」
キュウマがカタナを振り抜き、三方へと威嚇の手裏剣を放った。
間合いを取り回避に入る四人の鬼忍。
キュウマは臆することなく後を追い樹上へと跳ぶ。
影が疾り白銀が閃く。息もつかせぬ攻防が始まった。

敵の増援に、鬼忍達は明らかに焦燥の色を強めていた。
身のこなし、そして手にしたカタナと身に纏う装束から一見して同業の輩とは看破した。
だが、同じ忍にすら気取られず近づき、避けられる筈の無い攻撃を捌ききったその実力は脅威。
現に、こちらは四人がかりだというのにたった一人でそれと互角、いやそれ以上の戦いを繰り広げている。
そしてそれは、敵の鬼忍に手を封じられ、目標である召喚師に多大な隙を与える事を意味していた。
空間に力が満ちていくのを感じる。召喚師はここに好機を見出したのだろう、大掛かりな召喚を行うつもりだ。
刻々と迫る危機を断ち切らんと放った苦無は、やはり何度試そうとも敵の鬼忍の手によって確実に弾かれていく。

「影に生き影に消えるが我等の業……なれど邪に身を堕とすは忍に非ず。外道の者よ、大人しく風雷の郷から退くがいい」
スバルには決して見せぬ、影の住人の顔でキュウマが告げる。
しかし鬼忍達に応えは無い。忍に撤退の二文字が意味するのは死。分かってはいるがそれでもキュウマは殺生以外の道で彼等を救いたかった。
島を救った彼の生き方が、忍であるキュウマのそれを大きく変えてくれた。
彼が守り、故郷だと言ってくれたこの島を、叶うならばこれ以上血で汚す事はしたくなかったのだ。

――仕方が無い。ヤード殿の器量に頼むしかないようですね

自分と同じ思いの筈である彼を信じ、キュウマは鬼道の印を結ぶ。
爆炎がヤードへと向かおうとした鬼忍の足を押し留めた。


ヤードの身を、冥府の瘴気が押し包む。
鳴り響く頭痛とこみ上げてくる吐き気を堪え、魔力を一点に集中していく。
早く解き放てと紫の石が明滅する。鼓動の様に、或いは瞬きの様に。
キュウマが来てくれたとは言え、鬼忍の後にも戦わなくてはならない相手がいる。
ここは出し惜しみするよりも一気にけりを着けた方が得策。
ヤードの扱う中でも最高位にある召喚術の一つが徐々に異界との門を開いていく。

「古の盟約に応えよ…………っ!」

術が完成した。
石が一際大きな輝きを放つ。
次の瞬間、辺りの地面を闇が覆い尽くした。

異変に気付くのが遅かった。
駆けていた大地が、変質していく。
黒々とした何かがまるで泥の様に地面に満ちている。
浸かる足は全く見えない。一切の光を撥ね退ける黒い泥。
その泥が霊界の悪魔が放つ瘴気であると、そしてその瘴気が濃すぎる為に視えるまでに至ったものだとは、鬼妖の存在である彼等は知らない。
ただ、何か途轍もなく忌まわしいモノである事だけを本能が悟り、一刻も速く離れよと脚を動かす。
遅かった。
泥の中から巨大な骸が姿を現したのだ。
それは確かに骸だ。死した存在。動く事はなく、朽ちていくだけのモノ。
だというのに、何重にも重ねられた封印。躯は肌の一片たりとて外気に晒さぬようびっしりと固められ、それだけでは足りぬと周囲にまで封印の呪具が浮かぶ。先の分かれた呪具は、どこか手の様に、或いは肋骨の様にも思えた。


ソレが、そこに在る。
それだけで、世界が軋み叫び声を上げた。
あまりにも邪。あまりにも悪。
これだけの封印を施して尚、ソレは世界を呪い怨嗟の気を垂れ流す。意識さえ無いというのにだ。
次の世界への転生を許されぬ、封印された大悪魔の骸。
パラ・ダリオはただ在るだけ。
喚ばれだ場所に、ただ現れるだけ。
その事が生ある者にどんな災厄を齎すかなど、骸となって久しいソレには何ら意味の無い事である。

パラダリオの瘴気から逃げ後れた鬼忍達に、形を持った瘴気がゆらりと鎌首をもたげ絡み付いてきた。
負の力の具現でもある瘴気。それが形を持つまで濃縮されたものが、無害な筈も無い。
絡み付く指から、足から、何かが抜け落ちていく錯覚。
抜け落ちた後には何も残らない。
触覚と感覚を失い、力も失って鬼忍達は泥の中に身を沈めた。
哀れな幾つかの生命から力を削ぎ取り、さらに瘴気を振り撒き続けるパラ・ダリオ。
「還りなさい、大悪魔の骸よ」
ヤードはパラ・ダリオをリィンバウムに繋ぎとめる魔力の糸を断ち切った。
現れた時と同様に、パラ・ダリオは闇の泥の中に沈み、次第に泥もその輪を狭め最期には何も無かったかの様に消えた。
立ち枯れた木々と辛うじて生きているといった風体の鬼忍達を残して。


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