孤島の極楽温泉ツアー 6



「ぅ……ん」
 アティの閉ざされた目蓋がゆっくりと開く。
 ――そこは薄暗い和室だった。
 確か、キュウマの様子を見に行ったカイルの帰りを待っていた時、突然目の前にセイレーヌが現れて――。
(そこで私は眠ってしまって……って、あれ!?)
 視界の片隅に映りこんだのは、浴衣姿で胡座をかいたギャレオの姿。
 アティから少し離れた距離で、時折視線を投げかけては脱力気味に重い溜め息を吐いている。
「ギャレオさん、どうしてここに貴方と私が……」
「何も聞くな。時が来れば解放してやる」
 彼の言葉で自身の状況を見てみれば、アティの体は分厚い布団にくるまれ巻き寿司のように縛られているではないか。
 そして、ギャレオが常に付き添っているはずのアズリアの姿がここにはなかった。
 明らかに不自然極まりない状況下で、このまま解放してくれるまで大人しくしていられるほどアティも呑気ではない。
「……アズリアはどこにいるんですか?」
「それは……言えん」
 上官の――いや、アズリアの命令には絶対服従のギャレオの口を割るのは、やはりそう簡単な事ではないようだ。
 昼間彼女が口にした言葉。
『覚悟していろ。貴様の『肉棒船長』の異名とも今日でおさらばだ』
 あれがカイルに対して何らかの行動を起こす予告だったのであれば、今カイルに危険が及んでいる可能性も充分にありえるのだ。
「お願いします、アズリアは今どこに!?」
 アティが問い続けるも、ギャレオの口からその返答は一向に告げられる気配はない。
 目が覚めるまで、一体どれだけの時間が経っていたのだろう。
 早くしなければ、手遅れになるかもしれないのに。
「教えてくださいっギャレオさん!!カイルさんに何かあったら、私っ、私……あうっ!」
 自由の利かない体を無理に動かし、アティは顔を畳に強く打ち付ける。苦痛に歪んだ顔を起こせば、その可憐な口元からは薄っすらと血が滲んでいた。
 ――何もできない悔しさと歯痒さ。
 同時に瞳から涙が溢れ出る。
「お、おいっ。動けないのに無理をするな」
 さすがに狼狽したギャレオが慌ててストラをかけるが、その行動を無意味とするかのようにアティは激しくもがき続ける。
 彼女の様子にギャレオも唇を噛み、困惑した面持ちで目を伏せた。
「……心配するな。隊長は何もあいつを殺すおつもりではない。ただ少し……半分あの世を見る程度の苦痛を味わわせてやる、と」
「そんな言い方されたら余計に心配しちゃうじゃないですか!!」
 ギャレオはどうやら何があってもアティを解放するつもりはないらしい。
 彼自身も心の中で葛藤があったのかもしれないが、やはりアズリアを裏切る事は彼にとって不可能な行為なのだろう。
(仕方ないですよね……。なるべくなら、あんまりこういう事に『この力』は使いたくなかったんですけど)
 苦い表情でアティは目を閉じる。そして小さく深呼吸。
 まさか。ギャレオは彼女の思惑を察し、慌ててサモナイト石を取り出した。
「で、出ろっセイレーヌ!スリープコールをっ……」
「――来て、シャルトス!!」
 アティの声とともに、まばゆい閃光が空間に弾ける。
 この力は、あの剣の。
 サモナイト石が指の間からこぼれ落ち、畳の上を転がっていく。
 同時にギャレオはシャルトスが放つ衝撃によろめき、情けなく尻餅をついてしまった。
「ごめんなさい、ギャレオさん。私、アズリアとカイルさんを探してきます!……あ、あと、ミスミ様に破っちゃった布団のお詫びも……」
「ま、待て!おい!!」
 ボロボロにちぎれ飛んだ布団の綿が宙を舞う中、白銀の髪をなびかせてアティは走りだす。
 だがギャレオも彼女にみすみす逃げられるわけにはいかない。
 まして、隊長の邪魔立てをさせるなど。
 ギャレオは立ち上がると、逃げ際にアティが閉めたふすまを殴り倒し、慌てて後を追い駆けていった。


「ふーっ……、ふーっ……」
「め、メチャクチャしやがるな、お前」
 室内が惨憺たる状況へと変わり果てていたのは、アティとギャレオがいた部屋だけではなかった。
 額に汗を滲ませてもつれ合う、カイルとアズリア。
 その周辺は主にアズリアがやらかしたのであろう刀傷が畳、壁、ふすまと所狭しに刻み付けられていた。
「観念して女になれ、肉棒船長。貴様がアティに手を出さなければ、あいつも島での乱れた性生活から解放されるはずなんだ!」
「乱れた性生活って、お前、俺達の日常を何だと……」
「言い訳をするなぁっ!!」
 息を切らしながら、アズリアは渾身の力で刀を振る。
 ……しかし、その太刀筋は普段彼女が戦場で見せる鋭さとは比べものにならない代物であった。
 並みの兵士などが相手ならばまだしも、大海原で幾多の戦いを繰り広げてきたカイルにとっては奇妙とさえ思えるほどに、彼女の剣には力を感じられない。
「くそっ!」
 よろめき、とっさに柄を持ち直すアズリア。
 だがその膝は震え、立つことすら精一杯のように見える。
「おい。もしかして、久々に飲みまくった酒が今になって頭に回ってきたんじゃねぇのか?『酒は飲んでも飲まれるな』って言葉知らねぇのか、隊長サンよ」
「ば、馬鹿にするなっ!」
 苦笑するカイルに紅潮したアズリアが叫ぶ。
 ……酒が全身の行動力を鈍らせている。確かにそれは正しい。
 しかし、一番の理由は。
(さっきお前に散々下半身を弄ばれたせいで腰が抜けているなど、言えるわけがない……)
 おまけに愛液のせいで下着が張り付いて、気持ち悪い。
 乱れた浴衣はたるみ、太ももはほぼ露出されているといっていい状態だった。
 だがアズリアはそれすらも気に留めていない様子で、再び刀を振りかざす。
「っ!」
 その時。
 ぐらり、と揺れるアズリアの視界。
 緩んだ浴衣の帯が知らぬ間に畳へと達し、彼女の足は運悪くそれを踏みしめていた。
 アズリアは声を上げる間もなくバランスを崩し、そのまま前のめりに――。
「――っと!」
 刀が畳に突き立つと同時に、アズリアの顔がカイルの胸へと埋められた。
 素早くカイルは彼女の利き腕を捕らえ、その手に僅かな力を込める。
 アズリアの目元が苦痛に歪むも、彼女の口から悲鳴が漏れることはなかった。

「……勝負アリだな。一応、よ」


 浴衣を整え、アズリアとカイルは二人、沈黙の中向かい合う状態で正座をしていた。
「まったく、とんでもない事を考えてくれたモンだぜ。俺とアティを引き離す為に、俺のモノを叩っ斬ってやろうとはな。しかも……あんな方法までして」
 そう言ってカイルは自身の手を見つめる。
 既に乾いてはいるが、その手には先ほどまで確かにアズリアを愛撫した痕跡がある。
 男を受け入れるどころか自慰行為の経験すらない彼女の秘部は、しっとりとした柔らかさと共に指を強く締め付ける心地よい感触をカイルに残していた。
「…………」
 ふいに、視線を交えていた二人の頬が染まる。
 とっさにアズリアは俯くと、拳を緩く握り締めた。
「……勝てるかもしれないと思ったんだ」
 ぽつりとつぶやく。
「ああ、俺もしらふのお前と本気でやり合ってたら負けてたかもしれねぇ」
「違う」
 カイルの言葉に首を横に振って否定するアズリア。
 その声は先ほどとは打って変わって、あまりにも弱々しい。
 震える唇を噛み、彼女は再び口を開いた。
「私は……軍学校にいた時から、ずっとあいつを見つめていたんだ。馬鹿みたいにお人好しで、危なっかしくて、苛立ちさえ覚えるアティが、何故か私の心を捕らえて放さなかった。……自分でも不思議で仕方がなかったよ。どうしてそこまであいつの事が気になるんだ、とな」
 それがのちに恋という感情だという事に気づいたのは、それから半年後の事。
 その時自分は勉強や訓練のしすぎで頭がおかしくなったのかと思っていた。
 だが、アティを見つめている時の胸の高鳴り、頬に帯びる熱が彼女への想いを確かに自身へ伝えようとしている。それはアズリアにとって否定しようのない事実だった。
 自分でも今までまるで男っ気のない人生を歩んできたとは思っていたが、まさか初恋の相手が自分と同じ『女』だなんて。
 上級軍人になる事だけを考える毎日。
 その間の生活で、友人と呼べる人間はさほど多くはなかった。
 そこで出会った一人の少女・アティ。
 優秀な存在として内心疎ましく思っていたアズリアに対して、あまりにも無垢な笑顔で接しようとする彼女。
 将来の事だけを考えて生きていたアズリアの中で彼女の存在は小さな灯火となり、いつしか冷えきっていた心を温めてくれるかけがえのないものとなっていた。
「だが、女である私はあいつに愛してもらう事ができなかった。どれだけアティを理解しているつもりでも、私はあいつにとってはただの友人にしかすぎなかったんだっ……」
「お前……」
 アズリアの手の甲にぽたりと落ちる、透明の雫。
 それが彼女の涙だという事くらいは、さすがのカイルも理解できる。
 それでも何と声をかけてやればいいのか分からず、困惑した表情でアズリアの次の言葉を待つ事しかできなかった。
「アティが軍を辞めて……次に再開した時には、あいつの傍には既に一人の男がいた。……悔しかったんだ。私があれほど恋焦がれていた奴を、他の人間に奪われた事が」
「いや、それは仕方ねぇだろ。大体お前は女だし」
「そうだ女だ!女で、しかも敵で、あいつを苦しめる立場の人間だ!それに引き換えお前は男で、あいつの味方でっ……。私はお前に勝てる要素なんて、何一つ持っていない。だからっ……!」
「俺のモノを……斬ろうとしたのか」
 ――直後、重い沈黙が空間を支配する。
 苦い面持ちで畳を見つめるアズリア。やがてその口元が自嘲気味に歪んだ。
「ああ……その通りだ。お前が男の証を失いさえすれば、アティはお前との汚れた関係を断ち切る事ができると思ったんだよ」

「…………」

 んなムチャクチャな。
 呆然と目の前の彼女を見つめるカイル。その瞳には既に突っ込みを入れる気力すら残っていない。
 お互いを引き離すなら、他にもっとやりようがあると思うのだが。常識を逸脱した発想はまさに彼女らしいと、呆れながらもある意味感心せずにはいられない。
 しばらくの間重く閉ざされていたカイルの口が、溜め息とともにゆっくりと開かれた。
「……ひとつ聞きてえんだがよ。お前はアティが、男のモノ目当てで俺と付き合ってるとでも思ってるのか?」
「ば、馬鹿を言うなっ!!アティがそんなふしだらな女の訳がないだろう!!」
「それともう一つ。お前の物の言い方だと、まるでアティは俺が男の証を失っちまったら、セックスのできない男に用はねぇとばかりに別れを切り出す女だとでも言いた気に聞こえるぜ」
「なっ……」
 カイルの言葉に、アズリアの目線はうろたえるように畳へと逸らされる。
 アティがそんな薄情な人間のはずがない。
 それは数年間ともに過ごしてきた自分が、この島の誰よりも一番分かっていた事だ。
 そして彼女の一番の魅力は、他人を思いやるその優しさと、誠実さに溢れた心だというのに。
 アティは自らの体を許すほど愛した男を、二度と交わる事ができなくなったからといって突き放すような人間であるはずがない。
「あいつは馬鹿がつくほどのお人好しで、俺はあいつのそういうトコに惚れ込んでる。お前だってそうじゃねえのか?……その考え方じゃあ、アティの性格を丸ごと否定してるようなもんだぜ」
「否定、など……」
 アズリアはその先の言葉が出せないまま、口をつぐんでしまう。
 ――自分があまりにも愚かだと思えた。
 カイルをアティから引き離す事だけを考えていたあまり、アティ自身がどれほど無垢な心根を持つ女性であるかなど、まったく考えていなかった。
(第一、仮に二人を引き離せたとしても……それでアティが傷つかないはずがないじゃないか)
 愛する人と別れて、それでもなおあの暖かい笑顔を浮かべていられるほどアティは強くはない。
 ……この男でさえ分かっていた事を、より長い間彼女とともに過ごしていた自分が気づけなかったなんて。
 いや、自分の事ばかりを考えて、周囲に目を向けないまま身勝手に突っ走り続けていた結果がこういう事だったのか。
「……完敗だな。私の」
 伏し目がちにアズリアは苦笑する。
「アティの事はもう諦めるってワケか?」
 彼の言葉に、唇を緩く噛みしめた。
 アティの気持ちを汲む事ができなかった自分に、これからも彼女を想う資格などあるのだろうか。
 何の未練も残さず、このまま想いを断ち切る事ができるのか。
「……あいつの事を諦める代わりに、ひとつ条件がある」
 ぽつりと漏らしたアズリアの声に、カイルは眉をひそめる。
 この女の事だ、きっと無理難題を押し付けようとするに決まっている。
 彼女のくぐもった声に幾ばくかの魂胆を感じ取り、カイルは再び口を開こうとするアズリアに身構える。
 しばらくためらいを見せたのち――彼女の頬が仄かに朱を帯びた。
「……一度でいいからアティとキスがしたい。この際間接でも構わん。直接あいつに頼むのは気が引けるからな」
「キス?それはともかく、間接ってのは――」

「お前の唇を通じて、アティと間接キスをしたいと言ってるんだ」

「…………」
 口から出た言葉は、やはり彼女らしく突飛な内容だった。
「ちょ、ちょっと待て!俺がお前にキスするって事か!?いくら何でもそれは――」
「勘違いするな。お前の唇を媒体として、私とアティが唇を重ねるんだ!」
(媒体って……おい)
 ぐい、と顔を近づけ、睨むかのような形相でアズリアはカイルを見据えている。
 ここで断れば間違いなく彼女は怒り出すだろうし、アティを諦めてくれるであろう機会も自ら放棄する事になる。
 ――やるしかないのか。
 カイルは手を伸ばし、その先にあるアズリアの肩を抱く。
 一瞬だけ強張った彼女の肩を掴むと――突然畳の上へと押し倒した。
「お、おいっ!?私は別に押し倒せとはっ……」
「キスする直前に強烈な反撃されちゃあ、堪らねえからな」
「うっ……」
 僅かに眉を歪めるアズリアの両腕を封じ、腰の上へまたがる。
 この状況になるとさすがに羞恥心が芽生えたのか、押さえつけられたその体は身じろぎ、頬は紅潮している。
 ……本気で中断を願うようならやめるつもりでいたが、どうやら彼女にその気はないらしい。
 アズリアはゴクリと喉を鳴らすと、やがて硬く目を閉じ、唇をカイルへと差し向けた。
(……こうやって大人しくしてれば、割と可愛い顔してるんだがなぁ。普段は暴れ猿だからな……)
「貴様。今、何を考えたんだ」
「いや、何も」
 苦笑を浮かべ、カイルはゆっくりと顔を近づけていく。
 ……二人の吐息が混ざり合い、アズリアの鼓動は早鐘を打ち始めた。
 月明かりに照らされた男女の影が、静かに顔を重ねようと――

「ここですかカイルさん!?アズリア!?」

「ぶふぅっ!!!」
 勢いよくふすまが開かれると同時に、折り重なった二人の顔に互いの唾液が噴射される。
 突然の訪問者――アティに一瞬気を抜くや否や、カイルの鳩尾は再びアズリアによる膝蹴りを食らわされていた。
「……あの……お二人とも。これは一体どういった状況で……?」
 犬猿の仲である二人がもつれ合っている光景。
 それは普段の彼らをよく知るアティからしてみれば、あまりにも異様な光景といえるだろう。
 彼女の背後では、ギャレオが口を開けたまま呆然と立ち尽くしている始末だ。
「ち、違うぞアティ!私は決してこの男と一夜の過ちを犯そうなどとは微塵も!!」
「そ、そそそうだぜ!誰がこんな凶暴女と!ちょっと取っ組み合いの喧嘩してたら……その何だ、足がもつれて転んじまっただけだ!!」
 訝しげな面持ちのまま立ち尽くすアティを前に必死に取り繕う二人の姿は、むしろ余計な怪しささえ感じられるのは言うまでもない。
 アズリアはとっさに足元に転がったままの刀を手に取ると、アティの横を素早くすり抜ける。
 そのままギャレオの背後へと回り込み、彼の背後からひょこりと顔を覗かせた。
「交渉決裂だ、肉棒船長!私の条件が呑めなかった以上、さっきの約束を守ることはできん!」
「なっ……!おい、そんな自分勝手な!」
「それとアティ!貴様の持つ碧の賢帝・シャルトス、次こそ返してもらう!――行くぞギャレオ!!」
「りょ、了解ですっ」
 ――――……。
 風のように走り去っていく軍人二人を無言で見送りながら、カイルは恐る恐る目の前に立つアティに近づいていく。
 ……彼女の小柄で、愛らしい後ろ姿。
「……………………」
 それとは正反対の重い威圧感が、手を伸ばそうとするカイルをあと一歩の所で踏み留めさせていた。


 結局――屋敷内を散々荒らした事もあり、ミスミに謝罪をしたのちアティ達は海賊船へと戻ってきていた。
 温泉で日頃の疲れを癒すはずが、余計な疲労を背負って帰るはめになろうとは。
 景品であるおむつ一年分を道中引きずりながら、カイルの瞳はただ虚空を見つめていた。
 ……しかし、彼にとっては最悪だった今日という日も、ある二人にとっては最高のものであったようだが。

「あっ……、あんまり……乱暴に動かさないでっ……」
「あら、ゴメンねソノラ……ちょっと夢中になっちゃってて」
 生まれたままの姿で、羞恥と快楽に頬を染める少女。
 無防備に開かれた体に男を教え、はしたない声を上げさせる事に時折罪悪感を抱いてしまう事もあった。
 それでも、彼女の体を抱ける幸福感のほうがその感情をはるかに上回っている。
 ソノラの荒い呼吸を頬に受け、スカーレルは怒張した性器を膣内に深く突き沈めた。
 奥深く体内を貫かれる衝撃。彼女の口から小さな悲鳴が漏れると同時に――
「く……うっ」
 熱の篭った吐息とともに、スカーレルの体が快楽に震えた。
 恍惚とした彼の表情がソノラに向けられ、彼女の頬がみるみる紅潮していく。
 とっさに顔を伏せる初々しいソノラにスカーレルは込み上げる笑みを押さえきれず、息を吹き出した。
「こ、こういう時に笑わないでよ!」
「ふふふっ……悪かったわよ。でも、ソノラがあんまり可愛いから」
 そう言いながら、彼女の中からゆっくりと自身を引き抜いていく。
 体内で果てたからには彼の精液も零れ出るものだと思っていたが、そこには。
「三等の景品なんて、ハズレ同然だと思ってたけど……おむつ一年分よりずっといい物だったわねえ」
 愛液で濡れそぼった避妊具を慣れた手つきで性器から抜き取り、その口元を結ぶ。
 宴会の催し物でスカーレルが当てた景品は、さっそく当日から有効活用されていたらしい。
「やっぱりこういう事はきちんとしておいたほうが安全だものね」
「うん、でも……男の人ってさ、……こんなの付けないほうが、気持ちいいんじゃないの?」
 ソノラがつぶやいた言葉に、スカーレルは少し黙り込む。
 顎に手を当て、少し思考を巡らせたのちに苦笑を浮かべた。
「そりゃまあ、確かにそうだけど」
「だったら、あたしは別にそのままでも……」
「ストップ。……こういう時は相手を立てるものよ、ソノラ。大体、女の子のカラダより自分の快楽優先しちゃうなんて、恋人として失格じゃない?」
「う……」
 彼にそんな事を言われてしまえば、ソノラもそれ以上は何も言えはしない。
 次第に熱くなる頬を押さえ、依然笑顔のスカーレルを見つめるしかなかった。
「……それにね」
 突然スカーレルは身を乗り出し、ソノラの耳元へと唇を寄せる。
「アタシ、ソノラのエッチな顔を見るだけでも充分感じちゃうんだから」
「……!!」
 直後、茹でダコの如く真っ赤に染まった少女の顔は、ふらりと青年の胸へ傾いていった。
 彼の腕に抱きとめられ、困惑気味に「それ、男のセリフじゃないよ」とつぶやくソノラ。
 それに対して「アタシ、オカマだもの」という呑気な答えが返ってきたのは言うまでもなかった。

「――あの二人、随分楽しんでやがるな」
 ナップの室内で、耳を壁に貼り付けカイルは小さく舌打ちをする。
 苛立ちながら酒を呷る彼の隣りで、ヤードは黙々とお茶をすすっていた。
「あのさ……何であんたら、オレの部屋にいるわけ?」
 ベッドから半身を起こし、迷惑極まりないといった表情でナップがつぶやく。
「お前の先生が部屋に入れてくれねぇんだよ」
「私は絡む対象がいませんので、寂しくて何となく」
「…………」
 隣りの部屋からは歳の差カップルの甘ったるい会話。
 目の前には鬱陶しい大人の男が不満気な面持ちで二人居座っている。
 ――この島に来てから、少年はたびたび未知の体験と遭遇していた。
 沢山の人々との触れ合い。苦痛をともなう戦い。屋敷の中では知ることのできなかった日常の楽しさ。
 そして……これほど不快を伴う空間で一夜を過ごすはめになる事も、彼にとっては初めての経験だった。

(カイルさんが悪いんですからね。いくら条件だからって、アズリアとあんな事……)
 自室のベッドでうつ伏せになり、アティは憂鬱な面持ちで窓の外を眺めていた。
 彼がアズリアとそのような行為に及んだ理由をアティは知っていた。
 カイルを助けるタイミングを見計らおうと部屋の外で待っていたのだが、まさか彼が本当にアズリアとキスをしようとするだなんて。
(アズリア……私の事を、好きだったんですか)
 仄かに頬が染まる。
 彼女が自分に対してそんな感情を抱いていたなど、知るよしもなかった。
 てっきりライバルとして敵視されているものだとばかり思っていたのに、恋心を抱かれていたなんて。
 次に会う時は、一体どんな風に接すればいいのか。
 それを考えると、背中に覆い被さる疲労が一段と大きくなった気がした。
 それにしても――。
『あいつは馬鹿がつくほどのお人好しで、俺はあいつのそういうトコに惚れ込んでる』
 あの時カイルが言っていた言葉を思い出し、再び頬が染まる。
(馬鹿がつくほどの欠点を好きでいてくれるって、それ……直さないほうがいいんでしょうか?)


 ――薄暗い深夜の森の中、小さな焚き火が乾いた音を立てて燃え上がっていた。
 傍に座り込んでいたのは、顔の半分を刺青で覆った一人の軍人。
 苛立ちながら時折くしゃくしゃと緑の髪を掻き乱している。
「……やあ、ビジュ。夜遅くまでご苦労だね。見張り番かい?」
 鬱蒼とした木々の間から姿を見せたのは、その男とは正反対の優男といった印象を受ける少年だった。
「イスラか。……計画は順調なんだろうな」
「勿論だよ。集落の人達もすっかり僕を信用して――」
「そっちじゃねえ」
 彼の言葉に、イスラの表情からすっと笑みが消える。
 帝国軍の同胞達には極秘の計画。イスラはそれを、ある組織と通じる事で秘密裏に進めていた。
 そして、計画に便乗して自身の本来の目的を達する事で利益が及ぶ人物は、自分一人。
 その影で大勢の人間が犠牲になるであろう事は承知の上であった。
(姉さんにだって、きっと危険が及ぶ)
 当然の事だった。
 しかし、その可能性をもってもかえられない望みを少年は胸に秘めていた。
 自分の成そうとしている事が、どれほど卑怯で身勝手な行為だとしても、自身を蝕むこの苦痛から救われるのなら悪魔にでも魂を売り渡せる覚悟があった。
 だから、それまでは一人の弟として、アズリアの手助けをしたい。
「計画の事なら大丈夫だよ。それにしても……姉さん、まだ帰ってきてないんだね。今日はラトリクスの人達も風雷の郷に行ったし、そこで何かトラブルでもあったのかな」
「あいつらの帰りが遅いのはいつもの事だぜ。ったく」
 そう言ってビジュが舌打ち交じりに目線を先に向けた時。
「――すまない。遅くなった」
 顔に多少の疲労を見せながら、アズリアとギャレオが遠方から姿を見せていた。
 とっさにイスラが駆け寄るが、アズリアは疲れた顔に笑顔を浮かべて首を振る。
 「お前ももう休みなさい」、その言葉とともにイスラの頭を撫でると、静かにテントの中へと入っていってしまった。
「姉さん……随分疲れてるみたいだったね。ちゃんと食事はとってるのかな」
「あー、隊長殿はその辺心配ねぇ。飯は人一倍食ってるからな」
 不安げな眼差しでテントを見つめるイスラ。
 そんな彼を眺めながら、ビジュは視界の片隅に何か白い物が落ちている事に気づいた。
「隊長殿、何か落としたみたいだぜ。……ハンカチか?」
 拾い上げ、ふいにそれを両手で広げてみる。
 ――瞬間、二人の目は大きく見開かれていた。
「ビジュ。こ、これは……」
 地面に落ちていた白い布は、大きなフリルがあしらわれた純白のパンティーであった。
 夜目の中でも眩しいほどの無垢な白さを携えた下着に、二人の喉は無意識に上下する。
「た、隊長殿の下着か……?」
「ね、ねねね姉さんって、意外と少女趣味だったんだね。こんな、可愛いフリッ、フリルッ……!!」
 思わずビジュから下着をぶん取り、イスラは左右に伸ばした下着を満天の夜空に掲げる。
 ……しかしこの下着、何かがおかしい。
 訝しげに眉をひそめたビジュは、身を乗り出してイスラが握りしめるそれを凝視した。
 ……下着の正面が、なぜか割れている。これは……。
「ブリーフ……じゃねぇのか」
「!!」
 ビジュの悲痛な一言に、至福に満ちたイスラの顔が絶望へと塗り替えられた。
 まさか、そんな馬鹿なことが。――しかし、よく見てみれば確かに形状は男性用の下着のそれと相違ない。
 それなら、なぜ彼女はこんな物を。
「そういや隊長殿……胸もねぇし女っ気もねぇよな。もしかして」
「ビ、ビジュ!何を疑ってるんだ!?確かに姉さんはちょっと男勝りな所もあるけどっ」
「よく考えてみろ。普通の女がこんなレース付きの『ブリーフ』なんてはくと思うか?」
「っ……」
 イスラは言葉を失い、ただ手の平に収まった純白の下着を見つめ続けていた。
 確かに姉と一緒に風呂に入った事はないし、その体を見た事なんて当然ない。
 でもまさか、そんな。
 ビジュに視線を向ければ、彼は目が合った瞬間その瞳に動揺の色を浮かべ、小さな吐息を漏らす。
 何か慰めの言葉でもかけるべきか。そう悩んだかのように見え――結局彼は静かに口を閉ざした。
「や、やめろ……。そんな目で僕を見るな。そんな哀れみの目で僕を見るなああアアアァァ!!!」

 よもやその下着が見ず知らずのエロ天使の物だとは誰が想像しただろう。
 イスラの絶望に満ちた悲鳴が夜空に響いたその翌日――血眼になりながら森の中で何かを探し回るアズリアの姿を見かけたとか見かけなかったとか。


おわり

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