奥さまは○女(後編)



「まあ……こんなに大きく張り詰めて」
 ズボンのファスナーから取り出した性器を手に、ツェリーヌは恍惚とした表情でそれを見つめる。
 薬によって強制的に興奮状態となったオルドレイクの体は、当然のごとく下半身をも昂ぶらせていた。
 初めて目にした男の性器に頬を紅潮させるも、ツェリーヌの心はそれに対する恐怖心よりも好奇心のほうが遥かに勝っている。
「私、初めてですので加減が分かりませんが……痛くしても怒らないで頂けますよね」
 そう言って背後から取り出したのは、一冊の本。
 見れば、表紙には何やら怪しげなタイトルと謳い文句が書かれていた。

『死ぬまで盛れる千の方法・これで貴方も盛んの王!』

「何だその怪しげな本はっ!?」
「あなたの部屋から見つけました」
「ぬうぅっ……!」
 興味深い表情でページをめくる妻を前にオルドレイクに出来る事といえば、ただ彼女の行動を見守る事のみ。
 これまで散々女を好き勝手に扱ってきた彼だが、今は一人の女の行為を一方的に受け入れるしかない。
 ツェリーヌはあるページを流し読みしたのち、再び彼の性器へと指を絡めた。
「こうすれば……殿方は喜ばれるのですよね」
 かすかな吐息が先端に触れると同時に、亀頭が柔らかい粘膜に包み込まれる。
 とっさにオルドレイクが視線を落とせば、自身の腰の辺りでツェリーヌが顔を伏せ、その頭を上下に動かしている。
 濡れた柔肉が性器を上下に摩擦する感覚。
 ヘイゼルの慣れた奉仕に比べれば稚拙でしかない代物だが、清楚な女である妻が自らこんな事をしたと考えれば、それだけで湧き上がる性欲に油を注ぐようなものだった。
 まして、薬の力でオルドレイクの体は本来以上の快楽を感じてしまうのだから。
「うっ……、くぅっ……!」
「気持ちいいのですか?あなた」
 彼女の問いに対するオルドレイクの荒い呼吸がその答えとなっていた。
 他人ならば正直あまり聞きたくはないであろう彼の喘ぎも、ツェリーヌにとっては甘美な響きに他ならない。
 ――この人の淫らな声をもっと聞きたい。
 他の女には見せる事のない乱れた表情を、自分の瞳だけに焼き付けたい。
 先程よりも大きさを増した性器を、唾液を含ませながら音を立ててしゃぶりつく。
「はぁっ、あぐっ……、出るぞっ、ツェリーヌ……!」
「駄目です」
 その言葉と同時にぎゅっと握り締められる性器。
 ――いや、これは違う。

「この本に書いてあったのです。上級者ともなれば、中には絶頂間際にこうやって性器を紐で締め付けられて射精を食い止められるのが堪らない人もいるのだと」

「いでででえぇ―――ッ!!!」
 局部に走る激痛に、オルドレイクの口からは断末魔に等しい悲鳴が漏れる。
 息を荒げながら紐を引っ張る様子を見る限り、彼女に力の加減ができていない事は一目瞭然であった。
 確かに今まで様々なプレイを試してきてはいたが、彼はマゾヒストというわけではない。
 このような苦痛にまで快楽を覚える事はいくら何でもありえなかった。
「外で果ててしまうなど許しませんよ……。ちゃんと私の中に出して頂かないと」
 性器の先端から滲む体液を舌先で舐め取る姿は、普段のツェリーヌからすれば想像もつかないほど艶かしい。
 ……いっそ、今回の行為で新たな男女の楽しみを見出すというのも悪くはないのかもしれない。
 だが……このまま彼女に体を任せればどんな目に遭うハメになるのか?
 そう考えると同時に、オルドレイクの広い額から玉の汗が滲み出す。
「お、落ち着くのだツェリーヌ!何故ここまでして私をっ……」
「……こうでもしない限り、あなたは私に子を身篭らせてはくれないでしょう」
 ――するり、と性器を締め付けていた手が緩む。
 オルドレイクを見下ろすツェリーヌ。
 その瞳はどこか愁いを含み、寂しさに潤んでいるように見えた。
「あなたがリィンバウムで三本の指に入るほどの好きモノ万年発情期だという事は……私も理解しています。
その上で私があなたの理想に共感し、意志の強さに惹かれてあなたを愛しているのもまた、事実です」
「ツェリーヌ……」
「ですが、理解しているからといって、子を身篭る事を拒否されるのはあまりにも辛すぎますっ……」
 声が震えている事に気づき、とっさに唇を噛むツェリーヌ。
 しかし唇の震えを押さえれば、今度は視界が揺れ始める。
 小さな声が漏れると同時に瞳から雫がこぼれ落ち、オルドレイクの頬を濡らした。
「な、泣く事はないであろう!?ツェリーヌよっ……」
 気丈で冷徹な彼女が見せた涙はあまりにも唐突で、オルドレイクは自由の利かない体で慌てふためく。
 ――夫とは違い、普段から性欲とは遠くかけ離れたような印象さえ受けるツェリーヌ。
 そんな彼女だからこそ、かえって夫に肉体を拒まれた事が苦痛だった。
「うぅっ……うっ……」
 彼女らしくもない強引な方法で行為を成そうとしても、夫には明らかに引かれている始末。
 参考にと読んだいかがわしい本の通りに実行しても、彼は悲鳴を上げている。
 オルドレイクの妻として、完璧な女でありたいと願ってきたのに。
 自分の乏しい性知識が、妻という立場に立つ前に女としての魅力を欠いていたのだろうか。
「…………」
 少女のように泣きじゃくるツェリーヌをただ黙って見上げるオルドレイク。
 その瞳に僅かな困惑の色を浮かべ、眉を寄せる。
 ……やがて小さく息を吐き出すと、おもむろに口を開いた。
「確かに……私は妻であるお前を差し置いて、他の女を抱いていた。ウィゼルに子を作る予定は当分ないと
言ったのも事実だ。……お前が子を宿せば他の女を抱く機会が減る、と言った事も否定はできん。だが、
何もお前に子を産ませぬと言ったわけではないだろう」
 実際セルボルト家の当主となったからには、彼女の家系の子孫を作る事も当然の義務だ。
 オルドレイクは子供をあやすような口調でツェリーヌに言い聞かせる。
「今は時期が時期だ。我々にはまだやるべき課題が山と積まれている。その為には強力な魔力を誇るお前の力も
必要不可欠なものだろう。……だいたい、身重の妻を戦場へと連れて行くことが出来るものか」
「あ、あなた、それはつまり……」
 ツェリーヌの頬が紅潮する。
 ……あらためてこういう事を言うのも恥ずかしい。
 オルドレイクは彼女につられるように頬を染め、言葉を続けた。
「成すべき事が一段落すれば、お前に私の子を身篭ってもらいたい。そうなればやはりご両親にも孫の事で色々面倒事が増えるのは目に見えているが、致し方あるま――」
 言い終わらないうちに、ツェリーヌが全体重をかけてオルドレイクの体へと抱きつく。
 同時に蛙が押しつぶされたような声が聞こえた気がしなくもないが、その程度の事はツェリーヌにとってどうでもいい事だった。
 瞳を潤ませながら彼の首筋へと顔をうずめ、愛する夫に何度も呼びかける。
「その言葉、真実なのですねっ……?嘘ならば呪わせて頂きますよ、あなたっ。不死の呪いで永遠の生き地獄をっ」
 彼女が言うとまるで冗談に聞こえないのが恐ろしい。
 苦笑交じりに相槌を打つオルドレイクに、ツェリーヌは伏せていた顔を上げると再び頬を染める。
「どうした?」
「あなたのお気持ちは分かりました。今のところは子を作るのはやめておきましょう。……ですが、その……一度だけでも、先に経験しておきたいのです」
 ――経験、というと。
 彼女の羞恥と期待に満ちた表情を見れば、それが何を示す言葉であるかぐらいは明らかだった。
 紫色のサモナイト石を取り出すと、ツェリーヌはそれを眼前へと掲げる。
「来たれ、霊界の下僕よ……」
 まばゆい光の中から現れた天使が放つ温かな魔力に、オルドレイクの身が優しく包み込まれる。
 すると先ほどまで全身を蝕んでいた痺れと過剰な興奮は嘘のように消えうせ、彼の身にようやくの自由を与えた。
「おお、体が……」
「強引な事をして申し訳ありません。……やはりこのような事をしておいて、今から抱いてくれるわけが――」
 俯き、沈んだ声色でつぶやくツェリーヌは目の前の夫が身を起こしていた事など知るよしもない。
 髪に彼の吐息が触れ、ふいに顔を上げると同時に――視界が反転した。
「っ!」
 ツェリーヌが小さな悲鳴を上げた頃には、すでに自分がシーツへ体を沈められていた。
 その身に覆い被さる影。
 オルドレイクは一瞬にしてツェリーヌをベッドに組み敷いていた。
 口元に薄い笑みを浮かべ、吐息が混ざるほどの至近距離まで顔を寄せるオルドレイク。
「この私に随分と強引な真似をしてくれたものだな、ツェリーヌ。その罪、お前の体をもって償ってもらうが――覚悟はいいな?」
 彼の手がツェリーヌの太ももを伝い、その内側を撫で上げる。
 ぴくりと震えるツェリーヌの表情にはかすかな動揺が含まれていたが、彼女にそれを拒む理由などありはしない。
 ――夫に初めて肌に触れられた。
 それだけの事で、ツェリーヌの中に言いようのない幸福感が込み上げてくる。
「あなた――んぅっ……」
 彼の口内を貪るような荒々しい口付けも、彼女にとっては甘く蕩けるような快楽と成り得ていた。


「ん……くぅっ……!」
 充分に濡らされた秘所に食い込んでいく男の熱。
 愛する夫の温もりを自身の体で受け止められるなら、どんな愛撫も、行為も心地よいと感じる事ができる。
 だが――こればかりはそう簡単にはいかないと、何となく予想はしていたのだが。
「あ、なたっ……、もう少し、ゆっくりと……」
 半分ほど性器を咥え込んだところで、ツェリーヌの膣内はオルドレイクを拒むように締め付ける。
 その処女肉の抵抗感さえもが彼にとっては性交時の楽しみのひとつに過ぎないのだが、相手は愛する妻。
 乱暴に貫くなどといった事はできはしない。
「分かった。……だが、お前ももう少しだけ耐えていてはくれぬか」
 ツェリーヌの頬に張り付いた髪を指でとかし、破瓜の痛みを和らげるように乳房への優しい愛撫を繰り返す。
 快楽と苦痛の入り混じった彼女の表情はあまりにも魅惑的で、乱暴に突き動かしてみたくなる衝動を常に抑えていなければならない。
 オルドレイクは自身の奥底に沸きあがる欲望に耐え、性器を膣内深く押し込んでいった。
「あ……、あぁっ!」
 根元まで飲み込んだ性器がぬるりと引き出され、慣れぬ感覚にはただ不快感だけが与えられる。
 ……じわりと滲み出た鮮血は、紛れもなく彼女が純潔を失った証拠だった。
 破瓜の痛みで目元からは涙が溢れ、オルドレイクの背中にしがみつく指先は小刻みに震える。
 いくら抱く側の自分が快楽を感じていても、目の前で愛する者が苦痛に耐え忍ぶ姿を見ているのはどうにも気分のいいものではなかった。
「あまりに辛いなら、やめてもよいのだぞ……?」
「やめてと言われて……やめられるのですか?あなたは」
 返ってきた言葉に思わず眉をひそめ、頬を赤らめるオルドレイク。
 痛みに歪んでいたツェリーヌの顔に、ようやく微笑みが浮かんだ。
 ――ならば、と彼はツェリーヌの腰を抱き、痛みを訴える体を気遣いながら再び自身を押し込んでいく。
 傷ついた膣壁を押し分けられる衝撃に彼女の体は一際大きく跳ね上がり、オルドレイクの背中に爪を立てた。
 男性器が膣内から引き抜かれるたびに全身を走り抜ける感覚は、痛み以外の何物でもない。
 ……しかし、これまで一度も妻である自分を求める事のなかった彼が、今はこの身を激しくも優しい抱擁で愛してくれている。
 そう考えると処女の身を貫かれる痛みも、裸体をあられもなく曝け出す羞恥心も、この喜びに比べれば足元にも及ばない事だった。
「っ……、今度こそ、出しても良いな?ツェリーヌ……」
 ツェリーヌの体内を味わう熱の動きが、徐々に早まっていくのが分かる。
 彼女の腰を掴むオルドレイクの指が、その柔肌に食い込んでいく。
 彼の問いに、ツェリーヌは紅潮した頬を和らげてみせた。
「この期に及んで……あなたの欲望を強引に止める理由などありませんよ」
 それもそうだな、と苦笑するオルドレイク。直後、ツェリーヌの体が強く引き寄せられる。
 挿入を繰り返していた性器が根元まで押し込まれ、彼の口から僅かな声が漏れると同時に。
 ――ツェリーヌの体内を、白濁した体液が満ちていった。
「……あぁ……」
 痛みなど既に意識から消え失せたかのように、恍惚とした表情とともに至福の笑みがその口元に浮かぶ。
 膣口から溢れ出る温かい体液に肌が粟立つ。
 ふっ、と視界を覆う影は、間近へと近づいたオルドレイクのもの。
 優しく重ねられる唇の感触に、彼女の思考はまるで快楽に溶かされていくような感覚さえ覚えていた。


「避妊薬はあとで飲みますので、ご安心ください」
「うむ……すまないな」
 行為の処理を行ったのち、衣類と髪を整えたツェリーヌはいつもと何ら変わる事のない冷静さを装っていた。
 それはまるで、先ほどの様子が夢だったのではないかと思うほどに。
 しかし、オルドレイクと視線が交われば、彼女の頬には再び仄かな赤みが差す。
 自身の紅潮に気づいたツェリーヌは、それを紛らわすように慌ててベッドから腰を上げた。
「忘れていました。実はあなたに食事を持ってきていたのですよ」
「食事?お前がか」
 ドア付近を見れば、確かに机の上に何かが置かれている。
 それを運んできたツェリーヌは、盆に乗せられた陶器の蓋をゆっくりと開ける。
 さすがに時間が経ちすぎたのか、中のシチューは湯気もなく、少し固まっているように見えた。
 ……いや、それよりも気にかかる事が。
「怪しい薬はこの中に入っていませんから」
 オルドレイクの心を読み取ったような言葉に、内心胸を撫で下ろす。
「ですが……やはり冷えた料理というのはあまりいい物ではありませんよね」
 冷えたシチューを見下ろしながら蓋を閉じようとする彼女の手を、オルドレイクの手が制止する。
「いや、問題ない。ちょうど腹も空いていた所だ」
 そう言って口を大きく開ける彼の仕草に思わず笑みをこぼし、ツェリーヌはシチューをすくったスプーンをその口元へと持っていく。
 夫婦という関係を持ちつつも、妻の手料理を食べるのはこれが初めての事だった。
 彼女の愛の結晶を口内に含み、それをじっくりと噛みしめながら吟味する。
 これがツェリーヌの味。
 これが。
 これ、が…………。
「――――……」
 そのノロケた表情が次第に固まっていくのに、そう時間はかからなかった。
 口内の物を噛み砕く顎からは力が抜け、険しく歪められた眉とともに視線は膝元へと落ちていく。
「…………」
 薬物が混入されていたわけではないが……決して美味しいとはいえない。
 ツェリーヌに視線を向ければ、彼女はオルドレイクの顔を食い入るように見つめている。
 彼の表情の険しさに気づいたツェリーヌの瞳に、僅かな不安の色が見えた。
「あまり……美味しくはありませんか?」
 肩を落とし、膝の上で拳をぎゅっと握り締める。
 彼女にしてみれば、慣れぬ事ながら夫の為に一生懸命作った物なのだろう。
 完璧な妻であると思っていたが、意外な所に欠点があったものだとオルドレイクは内心驚く。
「――ツェリーヌよ」
「はい……」
「私が望む伴侶は、全てにおいて完璧なる才能を持つ者だ」
 ツェリーヌは口を閉ざし、その言葉に目を伏せる。
 やはり優秀な調理師の料理に慣れた彼に対して、このような物を食べさせるべきではなかった。
 膝の上に置いたシチューがオルドレイクによって持ち上げられる。
 きっと投げ捨てられるのだ。そう思い、ツェリーヌは唇を噛みしめる。
 ――だが。
「完璧な妻であるお前の作った料理が――不味いわけがあるまい」
「え……?」
 彼の言葉に顔を上げれば、オルドレイクは食器を抱えた状態でシチューを口内へと掻き込んでいた。
 頬を膨らませながら噛み砕き、ゴクリと喉を鳴らしては再び食らいつく。
 以外にも食事のマナーは正しい彼からしてみれば驚くような光景だが、彼は止まる事なく器の中身をすべて平らげていた。
「あ、あなた、無理をなさらなくても」
「無理などしておらん。まだ厨房に残りはあるのか」
「ええ……」
「持って来るが良い。この私がすべて食らい尽くしてやろうぞ」
 わけの分からない彼の気迫の前ではツェリーヌも頷くしかなく、空になった器と盆を手に立ち上がろうする。
 ――その時、オルドレイクが彼女の手をそっと掴んだ。
「……お前も、無理はするなよ」
 ツェリーヌの指先をなぞった先に、細く巻かれた絆創膏を見つける。
 ジャガイモを剥いていた時につけた浅い傷だが、彼女の白い指にはその程度の傷さえもが痛々しく見えてしまう。
「大丈夫ですわ。応急処置のようなものですし、あとで召喚術で治しますから」
「だが、お前は私の妻だ。お前の身に何かあれば、辛い思いをする人間がすぐそばにいる事を忘れるな」
「あなた……」
 普段なら「テロ組織幹部のあなたが言える台詞なのですか」と冷静な突っ込みを入れる所だったが、この状況下ではさすがのツェリーヌも赤面せざるを得ない。
 一度大きく頷くと、足早に廊下へと向かっていく。
 そこでぴたりと立ち止まり、オルドレイクに向けて振り返った。

「――早く良くなってくださいね、あなた」

「…………」
 ……結婚生活早○年。
 これほど妻の笑顔に胸が弾んだ事があっただろうか。
 顔立ちが幼い事を気にしている彼女だが、時々見せるその笑顔がたまらなく可愛らしい。
 ふと、下半身がうずく感覚を覚え、とっさに両手で押さえ込む。
(……作るぞ。この任務が終われば、何が何でもツェリーヌに私の子供を身篭ってもらうぞ!)
 野望と性欲が心の中で激しく燃え上がり、オルドレイクは一人、部屋の中で力強く拳を掲げていた。


 ――翌日。
 オルドレイクがベッドに横たわる傍ら、ウィゼルは無言のまま刀の手入れを行っていた。
 昨日の夫婦の営みで、オルドレイクは心身ともに回復の兆しを見せている――はずであったが。
「ウ、ウィゼル……」
「何だ」
「ト、トイレに」
「俺は貴様の用心棒だ。介護人ではない」
 震えながら伸ばしていた手は、ウィゼルの言葉でぱたりとシーツに伏せられる。
 ……途切れ途切れに息を切らせるオルドレイクの顔。
 それは昨日の艶やかな色合いとは打って変わり、げっそりと青ざめていた。
 おまけに早朝からの腹痛がひどく、何度も用を足しに行かなければならない始末である。
 なぜこのような事態になってしまったのだろうか。
 それは恐らく――。
「あなた、ご昼食はいかがですか?」
 室内に入ってきたのは愛しの妻、ツェリーヌ。
 彼女が持つ盆には、愛情たっぷりの手料理が乗せられている。
 ……オルドレイクの黒い瞳にそれが映り込んだ瞬間、彼の頬から見る見るうちに血の気が引き始めた。
 同時に再び襲い掛かる、激しい腹痛。
「おおおぉぉぉぉ……!!」
「まだイスラに斬られた傷が痛むのですね……可哀想に。これを食べて、きちんと療養なさってくださいね」
 鼻歌交じりに閉ざされるドア。
 遠ざかるツェリーヌの足音を意識の片隅に置きながら、オルドレイクはベッドの上をごろごろとのたうち回っていた。
「あまり動くと傷に響くぞ。大人しくしていろ」
 磨き上げた刀を眺めながら、目の前で悶える雇い主には目もくれずにウィゼルは言う。
 中身は小者の割に、妙に悪運の強いオルドレイクの事だ。
 戦場でもない限り放っておいても死ぬ事はないだろうと思い、適当に忠告だけをしておく。
(や……やはり、あれが原因かっ……!!)
 額に脂汗を滲ませ、オルドレイクはテーブルに置かれた手料理を見つめる。
 ――死霊の女王・ツェリーヌ。
 やはり彼女は完璧な妻であった。
「毒物も使わずにっ……ただの料理下手で人をここまで苦しめるとは見事だっ!死霊の女王とはよく言ったもの……うおおぉぉぉっ!!」
「ウナギと梅干、天ぷらにデザートはスイカか……精がつきそうだが、食い合わせは悪そうだな」
 料理を覗き込みながらウィゼルがつぶやくが、その声はもはやオルドレイクには届く事もない。
 ――夫の為に料理を作り続けるツェリーヌと、妻のどんな欠点も無理矢理長所に置き換えてしまうオルドレイク。
 ある意味微笑ましいおしどり夫婦だ。ウィゼルはそうつぶやくと、室内にこだまする絶叫を肴に酒を呷っていた。


おわり

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