楽園の終日(前編)



あの人は笑っていた。いつものように笑っていた。自分の存在が消え別のものへと変質していく際にも。そんなあの人を私達は見送ることしか出来なかった。あの人という存在を永遠に失ってしまう悲しみをみんなその胸に秘めながら。

「悪いなキュウマ…後の事は頼んだぜ。」
「リクト様ぁぁぁっ!!」
鬼の主は忠臣に全てを託して喧騒渦巻く戦場の中、消えていった。主を失った忍び。ともに討ち死にすることを彼の主君は許さなかった。主は彼に託した。主の妻といずれ生まれてくるであろう子を。亡き主君の妻子を守れるのは自分しかいない。忍びは駆け出す。全てを託した主君の遺命を果たすために。

「糞ったれがぁっ!!ウオオオオオォォォォォ!!!」
唸る獣。その爪は敵を引き裂く。舞い散る血しぶきを浴びる。もうどれだけの兵士をその爪で引き裂いたのだろうか。だが押し寄せる軍勢は途絶えることがない。乱戦の最中、首を掻き切る。心の臓を抉る。脳髄を爪に食い込ませる。だがいくら倒しても進撃する敵を食い止めきれない。圧倒的な絶望の中で獣は修羅と化しその爪を振るう。

「兄さん……」
遺跡へと通じる道。守護する少女は兄のことを思い返す。誰よりも優しく、誰よりも美しい理想を信じていた兄。その兄はもう兄ではなくなっている。この島を、自分たちを守るために。哀しみにくれる。そんな暇などない。迫る敵勢はもうすぐ側まで来ている。身に不釣合いな大剣を少女は握り締める。少女の兄が守ろうとした全てのもののために。

「ウゥオォォォォ!ウゥゥゥォォォォオオオオオオ!!!!」
けたたましい呻きが耳に入る。それは自分が愛する男の、いや愛する男だったものがあげる魂の呻きである。核識となりこの島を構築するシステムの一部と化した彼。ハイネル・コープス。自分のマスターにして愛する人。核識となった彼には島全体で起こる凄惨な死闘の様子が伝わっている。傷つき倒れ苦しみ悶え死んでいく者たち。その彼らが残す憎悪、絶望、もろもろの瘴気とともに。
(マスター…マスターっ!!くっ…うっ……)
愛する男だったものがあげる呻きを耳にしながらアルディラは唇を噛む。戦況は思わしくない。遺跡を奪取し突破しようとする無色の手勢の勢いは増すばかり。島のあちらこちらで抵抗はむなしく敗れていく。敗北は必至だろう。そう冷静に分析する。愛する彼が全てを投げ出してまで守ろうとしたもの。その全てが壊されていく。アルディラは呪った。融機人である自分の身を。こんなときにさえ冷静な分析をなすことが出来る自分を。絶望しかないということを誰よりも早く理解してしまうこの頭脳を。
(こんなことしか…こんなことしかできないの…私は……)
いっそのこと狂ってしまいたかった。それが出来ればどれだけ楽なことか。よしんば勝利を収めたとしてもハイネルは戻ってこない。愛するハイネルはもう自分のもとには帰らないのだ。全てを投げ出して諦めたくなる。だがそうすることは出来ない。彼の望みを踏みにじることになるから。融機人である自分の役割。遺跡の機能の制御。暴走しかねない核識の力はともすればこの島自体を破滅させかねない。そうさせないために自分はここにいるのだ。血を流して戦い散りゆく仲間達。彼らを戦場に残して。愛するハイネルの願いを無にしないために。

そして戦いは予想通りの終局を迎えていた。この島そのものと呼んでも差し支えのない核識の力。その力をもってさえも次から次へと投入される人海戦術の前にはなす術もない。島民達のしいた防衛線も数の暴力の前に崩される。遺跡に雪崩れ込む主力。機械技術を駆使した防衛機構も破られていく。そして終止符を打ったのは赤と緑の二本の魔剣。自分たちの敗北に終わったのだ。この戦いは。
「おらぁっ!しっかりしゃぶりやがれこの女ぁっ!!」
「テメェラにやられた仲間の分こんなもんですむと思うなよっ!」
女は既に壊れていた。身体ではなく精神が。島を包む狂気に壊された愛する男のように。
「少しは悲鳴でもあげやがれ面白くねぇな畜生っ!」
「ケッ、これだから機械女は…まあいいさそれなりに上玉ではあることだしな。」
その壊れた女を兵たちは慰み者にする。ただ遮二無二腰を打ちつけて秘肉を抉る。ドクドクと肉穴に白濁を注ぐ。融機人の半ば機械化された肉体。だが生殖器の質感は生身の女とさほどの差はない。膣肉を肉棒が滑る感触はなんともいえない。咥えさせた肉棒を舌でしゃぶらせる。これもまた楽しい。勝者に組した者のみが味わえる愉悦。惨めな敗者をなぶりものにするという。
「ギャハハハハ。召喚獣の分際で偉大な我ら派閥に逆らうからこうなるんだぜ。」
「ひひひ。役得だよなあ。俺ら下っ端がお零れにありつけるなんてよぉ。」
下卑た兵たちの嘲りに対して女は何も答えない。答える意思がない。もうどうでもいいのだ。自分の心は既に死んでいた。彼を、ハイネルを失うことが決まったあのときから。それでも彼の遺志をなんとか繋ごうとした。それも費えた。ならば自分が今更どうなろうとも。次々と肉棒が自分の身体を蹂躙する中で彼女、アルディラの意識はもう遥か遠くに飛ばされていた。
「ちっ!つまんねえ。この女ちっとも反応しやがらねえ。人形を抱いてるみたいだったぜ。」
「おいおい、あれだけ射精しておきながらそんなこというなよ。」
汚らしいケダモノたちの声が耳を通り抜ける。意識に残らない。全身がべとつく粘液に包まれていた。それは本来不快な感触であったであろう。散乱する白濁液。自分の体内と表面をさんざん汚しつくした。それも気に留めない。ただ心にひとつだけしこりのように浮かぶものがある。自分が愛した男のこと。
(マスター…マスター……ハイネル……)
ハイネル・コープス。自分の召喚主。召喚獣の楽園をこの島に築こうとした気高き理想家。島の誰からも愛された人。そして自分の愛する男。彼との関係はいつしか主従のそれから男女のそれへと移り変わっていた。幾度となく愛を交わした。融機人である自分は彼の子を身篭ることは出来なかった。それでも彼はそんな自分を愛してくれた。妻として扱ってくれた。その彼はもういない。彼という存在。彼が掲げた理想。全てが崩れ去っていった。虚無感だけがそこに残る。
(このまま…壊れる…そうすれば…あの人のもとに……)
敗北が完全に決した瞬間。糸が切れたように意思を失った。もうとっくに壊れていた。彼を失ったあのときから。このまま壊れてしまうのならばそれでいい。彼の元へいける。ここは彼の墓標。そこで眠りにつけるのならば本望。身を汚すケダモノたちの存在も気にはならない。既に感覚機能も感情機能も磨耗している。ただ壊れる。それだけだ。
(早く…壊して…私を誰か…壊して……)
全てを失いただ破壊されることのみを望む。それだけが唯一の救いだから。

「反逆者ファリエル・コープス。偉大な派閥に弓引いた愚かなるその兄、ハイネル・コープスに加担し同胞を傷つけたその罪。甚だ重し。」
判決を召喚士が読み上げる。ファリエルはどこかうわの空で聞いていた。結果は分かりきっている。これは自分の死刑判決だ。私刑と言ったほうが正確ではあるが。
「よって派閥はかの罪人に対し死罪を課す。だがその前に罪人にその罪の重さを自覚させるために別に懲罰を与える。」
嬲り殺し。それしかない。殺す前に玩具にするつもりなのだろう。
「その懲罰の執行は他に捕らえた首謀者の一味とともに行う。今から身柄を移送する。」
拒否などできないし、する力もない。肋骨が折れて内臓に突き刺さり出血も激しかった自分。放っておけばそのまま死にいたっていたであろう。それをわざわざ癒して捕らえた意図は明白。自分の身を見せしめの道具にする気であろう。もうどうしようもない。諦観だけがあふれる。
(兄さん………)
待ち受ける運命を受け入れながらファリエルは心中に兄を思い浮かべる。もう帰ってこない自分のたった一人の肉親を。

「無念でござるぅぅっ…リクト様ぁぁっ………」
悔恨の涙。涙というものを忍びは生まれて初めて流す。亡き主君の遺命。それを果たせずに朽ち果てていくこの身の口惜しさに。大量に血液を失い体温を喪失した肉体。その身には無数の刃が突き刺さっていた。死力をつくして結果は虚しい。焼け落ちた城。里。守るべきものを何一つ守れず悔いながら斃れゆく。自分自身を呪いながら。

どちらの手勢か判別できぬほど損壊した亡骸。積まれあげた死体の山とそれから流れ出る血の川の中それはただたたずんでいた。仁王立ちした獣の残骸が。焼け焦げ腐臭さえ放つそれはただ立ち尽くしていた。ただ目の前の敵を引き裂こうと睨みすえるかのように。いつまでも。いつまでも。


つづく

目次 | 次へ

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル