真昼の個人授業 前編



「これで最後……っと」
メモを片手にパッフェルは、鼻歌交じりでケーキをバスケットの中へと並べていく。
それは全てギブソンから「今日はお客さんが来るからね」と言われ、注文を受けた分だった。
お得意様である彼にサービスとして、彼の一番好きなケーキをオマケで入れる。
準備万端というふうにバスケットを持ち上げると、パッフェルは満面の笑みを馴染みの店員へと向けた。
「ルウさん!これから私、配達に行ってきますから店番お願いしますねっ?」
「うん、任せといて!」
ルウの笑顔の見送りを手振りで返しながら、パッフェルはくるりと大通りへ向き直る。
そしていつも通りの軽い足取りで、注文主の家へと向かっていくのであった。

「それにしても、今日はずいぶんと量が多いですねえ……」
用意したケーキの数を思い出しながら、パッフェルはギブソン邸の門を抜けていく。
ケーキ愛好会の会議でも開くのかと思うほどの重みをバスケットに感じ、彼女はひとり苦笑した。
店先で注文を告げるギブソンの顔が、妙に嬉しげだったことは覚えているのだが。
「ギブソンさーん!ご注文の品、お届けに参りましたー!」
高らかな声とともに、ドアを軽快にノックするパッフェル。
そうするといつも変わりなく、ギブソンは待ちわびたケーキを求めて笑顔でドアを開いてくれるのだ。
――しかし。

「……は、い……」

キィ、と化け物屋敷のように力なくドアが開かれるなり突き出された顔は……。
背景を青白いオーラで覆う、生気の抜けたマグナのものだった。
「あれ……マグナさん?どうしたんですか、そんな顔し――」
「パッフェルさぁんっ!!このっ、愚かな俺を裁いてくれぇっ!!」
「うわわぁっ!?」
突然目に涙を浮かべながら飛びついてきたマグナに、パッフェルはバスケットを庇いながら彼を受け止める。
勢いあまって豊満な胸に埋もれたマグナの顔が緩んでいるように見えたが、気のせいかどうかは分からない。
胸の谷間で号泣する彼の頭を撫でながら、パッフェルは困ったように首をかしげた。
「と、とりあえず落ち着いてください。何があったのか説明を」
「俺っ!アメルに……アメルと……アメル、でっ!!」
突然首根っこをつかまれ、倒れこんだマグナは彼女の視界から消滅する。
変わりに眼前には――険しく目を伏せる、彼の兄弟子の姿があった。
「……バカな弟弟子が、失礼をした」


「いつもご苦労様、あとで皆に振舞うとしよう。そうだ、ついでにお茶でも飲んでいくかい?」
「あ、えへへっ。どうもすみません、ギブソンさん」
ギブソンに淹れてもらった紅茶を口に運びながら、パッフェルはちらりと目の前に座る男女に目をやった。
相変わらず穏やかな雰囲気のアメルは、毛糸でセーターらしき物を編んでいる。
隣に座るネスティは、同じく相変わらず小難しそうな本を開いていた。
更にその隣に座るマグナは……。
「……はぁ」
この世の終わりとでもいうような表情で、背中を丸めている。
「あの……マグナさん?さっきからどうされたんです?」
「あ、ああ。さっきは取り乱してごめん。ちょっと、ね……」
マグナが青白い顔で、力なく言葉を濁す。
するとソファの影から、ひょっこりと小さなものが立ち上がってきた。
「コイツ、ゆうべアメルとの『夜のイトナミ』でSMプレイを要求しやがったらしいぜェ?で、この有様ってワケよ。ケケケッ」
「ってコラ――ッ!!バルレルッ!!」
必死の形相でマグナは立ち上がると、ニタニタと笑みを浮かべる背後の小悪魔を睨みつけた。
……同時にぴたりと止まる、アメルの手。
マグナのこめかみを一筋の汗が伝い、気まずい空気が訪れる。
「い、いや、だってさ。フォルテに借りた雑誌に書いてたんだよ。『キケンな遊びシリーズ!至高の快楽、SMプレイ!今宵もキミは彼女と燃える』……って、さ……」
「あたし、そういうのはよく知りませんけど、相手に苦痛を与えて楽しむものなんでしょう?……そんな野蛮なモノをやりたがるなんて、最っ低です」
大げさな雑誌の記事を真に受ける単純さと、恋人に冷たく拒まれたことのどちらを哀れむべきか。
アメルの冷淡な言葉に、マグナは再びため息をつく。
「このセーターもマグナにあげる予定でしたけど、もうネスティにあげちゃいます。イニシャルを編み込む前でホッとしました」
「マグナのMはマゾのMってかァ?ヒヒヒヒッ!」
「お前はいい加減黙ってろ!」
口の端を引きつらせてバルレルに叫び、マグナはぐったりとネスティの肩に頭を預ける。
「三秒以内に離れろ。汚らわしい」
「ちくしょおおっ!!俺に味方はいないのかよぉっ!?」

「……キケンな遊び、ねぇ……」

彼らのやりとりを眺めながら、パッフェルはぽつりと呟き、紅茶をすする。
ふと何かを思い浮かべたように目を細め、まぶたを閉じた。
バルレルはそんな彼女に目をやると、楽しげに身を乗り出す。
「そこのアルバイト女なら、そっち方面も結構詳しいかもな?」
「し、失礼ですよ!バルレル君っ」
慌ててアメルがたしなめるが、パッフェルは笑顔のまま頬を掻いていた。
……以前、任務で訪れた先の島で知った、彼女の過去。
その中でも、彼女が『女』として組織で利用されていたという話は、ゼラムに戻ってから彼らだけに伝えられたことだった。
今でこそ健康的な色香を持つパッフェルだが、その体は過去に人並み以上の知識と経験を与えられている。
時折見せる仕草が妙に妖艶に映るのは、当時の名残が今も記憶のように肉体に刷り込まれているせいか。
「……ギブソン先輩。空き部屋借りてもいいですか?」
突然マグナはゆっくりと立ち上がり、ふらふらと歩き始める。
「別に構わないが……気分でも悪いのかい?」
「ん、まあ……ここの空気にあてられて……」
バルレルのおかげで、マグナに向けられる恋人と兄弟子の視線は更に冷たくなった気がする。
逃げるように部屋を出ると、彼の足音は徐々に遠のいていった。
……少し静かになった広間に、アメルのため息がこぼれる。
「もう……マグナったら。あんなことをあたしに言い出すなんて思いませんでした」
「えーと、SMのことですか?」
「ぱ、パッフェルさんっ!」
思わず頬を赤らめながら、アメルはパッフェルの口に手を当てる。
「マグナがそんなものに興味を持つなんて……あたし、普通の方法じゃつまらないって思われるような女なんでしょうか」
アメルのつぶやきに、ネスティは困ったように眼鏡を指先で掛けなおした。
「まあ、アイツはすぐ何かに影響を受けるタイプだからな。例の発言も、深い意味はないと思うが」
「でも、あの状態がしばらく続くと思うと正直……困ります」
二人は小さくうなると、またしてもため息をつく。
パッフェルはそんな彼らをしばらく見つめると、おもむろにソファから立ち上がった。
「……私、マグナさんの様子を見に行ってきます!」
「パッフェルさん?」
「それで、お願いがあるんですけど……アメルさんに貸してほしい物があるんです。いいですかっ?」
にっこりと目を細めた笑顔は、彼らがよく知るパッフェルの最高の表情だった。


ごろんとベッドに寝転がり、マグナはぼんやりと天井を見上げていた。
……昨日から続いているアメルの冷たい表情が、脳裏に焼きついて離れない。
「何だよ、アメルのやつぅ……。俺だって一応、好奇心旺盛な年頃の男子だっていうのに」
確かにSMなどという直接的な単語を口にしたのは、やりすぎだったかもしれない。
しかし、あの雑誌で目にした情報の数々は、マグナの頭の中で今なおグルグルと巡っていた。
雑誌を読んだ直後でのアメルとの営みで、その好奇心をぶつけてみた判断は、今でも男として間違いだったとは思っていない。
「ああっクソォッ!!この俺の欲望は、どこにぶつければいいんだっ!?」
目を閉じれば思い出す、過激な記事にマグナの体は火照っていく。
……ぞくぞくと這い上がってくるような感覚に、体の異変に気づいた彼はとっさに体を丸めた。
「……やば……、勃って、きちゃった……かも」

「おじゃましまーす♪」

「わあぁっ!?」
突然部屋に入ってきたパッフェルの姿に、マグナは思わずベッドから転げ落ちそうになる。
そんな彼を楽しそうに眺めながら、パッフェルは隣に腰を下ろした。
「うふふっ。マグナさん一人じゃ寂しいだろうと思って来ちゃいました」
そう言って微笑む彼女は、いつもよりどことなく色気を感じる。
足を組んだことでより露わになった太ももは、マグナに見せることを意識してなのか。
――ふいに顔を覗き込まれ、マグナは思わず息をのむ。
「マグナさんは、ちょっぴりキケンな遊びに興味があるんですか?」
「へっ!?あ、いや、その……うん」
照れたように笑いながら頷くマグナ。
「最初はちょっと痛いらしいけど、慣れれば気持ちよくなるみたいだし。男なら一度くらいはやってみたいんだ」
「それは……自分の好奇心のために、アメルさんに痛い思いをさせても構わないと?」
「ち、違うよ!逆にアメルがやりたいって言うなら、俺はその……縛られるし、叩かれるよ?」
まったく懲りていない様子で答える彼に、パッフェルは笑顔のまま黙り込んだ。
マグナはSMに関して、相変わらず興味津々らしい。
パッフェルはちらりとドアに目を向け、神経を研ぎ澄ます。
……気配はない。どうやらアメルたちは皆、まだ広間にいるようだ。
「でもアメルさんは怒っちゃいましたからねー。ここに来てくれる様子もありませんよ?」
「ははは、そうだね」
「ええ。……ですから」
ぎし、とベッドがきしむと同時に、マグナは鼻先に甘い匂いを感じる。
その眼前には――妖艶な眼差しで彼を見つめるパッフェルの顔があった。
こぼれそうなほどに豊かな胸の谷間が、マグナの瞳を釘付けにする。
「……しばらくの間、この部屋は私とあなたの二人っきりってことですよね?」
意味深な言葉を口にし、彼女は更に肉体をマグナへと寄せる。
乳房の柔らかな弾力に胸板を圧迫され、マグナは喉を大きく鳴らした。
「え、えーと、パッフェルさん?」
事態が飲み込めずに狼狽する彼をよそに、パッフェルは言葉を続ける。
「ねえマグナさん。SMって、とっても奥が深いものなんですよ?私も過去の仕事柄、その手の刺激の強い性戯を教わった経験があるんです」
「し、仕事で……」
思わず脳内で、パッフェルが性の手ほどきを受ける光景を思い浮かべる。
初々しい彼女というものがいまいち想像できないが、その言葉だけで十分すぎるほどに興奮は湧き上がってきた。
「せっかくだし、ここで試してみません?」
「た、たた試すって何をっ?」
激しく脈打つ鼓動が、マグナの期待と欲望を更に高めていく。
パッフェルの指が彼の喉元を愛しそうに撫でると、反射的に上擦った声が漏れた。
マグナを射抜く彼女の眼差しが色っぽく瞬きする。
そのルージュに濡れた唇は、彼の問いにゆっくりと開かれた。

「 …… え、 す、 え、 む。 」

「…………っ!!!」
唇が言葉の形に動いただけだというのに、その計り知れない色香の衝撃にマグナは身悶えする。
必死で抑え込んでいた下半身の一部が、一段と張り詰めた気がした。
「あらら、何だかとってもツラそうにしちゃってますねえ」
マグナの異変に気づいたパッフェルは、隆起した彼の股間へ視線を落とす。
再びマグナに視線を戻すと、いたずらじみた微笑を浮かべてみせた。
「それじゃあ……ちょっぴり刺激が強くてエッチなこと、しちゃいましょうか」
「え、あ、待っ、ちょっ……!!」
マグナが何かをいう前に、彼女の手は慣れた手つきでズボンのベルトを外していく。
その行動にマグナはうろたえるが、本能は抵抗することをあっけなく放棄していた。
ファスナーを下ろし、彼女の細い指によって取り出されたのは……熱く屹立した、マグナの生殖器だ。
「ふふっ。まだ何もしてないのに、せっかちさんですねえ」
血管を浮き上がらせる肉塊を間近に見つめ、パッフェルは妖艶に微笑む。
彼女が言葉を発するたびに、甘い吐息が裏筋を撫でた。
このまま口内へと導かれれば、ものの一瞬で絶頂へと達してしまうことは容易に想像できる。
……だがパッフェルは、唇はそのままに、指を性器へ巧みに絡め始めた。
「ぱっ……ふぇる、さんっ……、んぅっ」
亀頭の先端を指でクリクリと軽く刺激し、片方の手は竿の根元を柔らかく揉みほぐしていく。
フゥ、と竿を撫で上げるように息を吹きかけられ、マグナの背筋は震えながらのけぞった。
並みの女性など足元にも及ばないほどに熟練した手淫は、わずか数十秒の間でマグナの思考をトロトロに溶かしていく。
「凄い感度ですねえ、ここまで素直に感じてくれると女冥利に尽きちゃいますよ」
「うぅっ……、だってパッフェルさん、上手すぎて……」
アメルがしてくれるたどたどしい奉仕も心地よいが、快感の強さだけを考えると、やはり経験豊富な彼女に勝ることはない。
紅潮した頬で、息を荒げながらマグナは目を細める。
パッフェルは彼を見上げながら静かに笑みを浮かべると、動かしていた指をぴたりと止めた。
「それじゃ、お待ちかねの刺激の強いアソビを教えてあげますね?」
「え?えっと……SMだったんじゃ」
「同じことですよ。ムチや蝋燭を使うようなものだけがSMじゃありません。そんなシチュエーションよりも、ちょっぴり痛い中で目覚める快楽を楽しむのが行為の醍醐味なんですから」
パッフェルにちょっぴり痛くされて、目覚める快楽……。
その言葉に甘酸っぱい魅力を感じ、マグナは鼻息を荒げる。
「今からお教えするのは、組織にいた頃に一時期『大変お世話に』なっていた方から教わったものなんですけど」
言葉の端に何かを感じたが、マグナは特に気にも留めず頷く。
「へえ。その人って男?女?」
「一応、男性ですよ。その時に一通りの性知識は植え付けられちゃいました。初体験だってその人ですし」
あっけらかんと答える彼女だが、マグナは困ったように眉を寄せた。
「……ごめん」
「構いませんよ。確かに当時はあまり好きじゃありませんでしたけど、今思えばあの中ではずっとマシな人でしたから。別に嫌な思い出じゃありません」
「うん……でも、その人とそういうアソビをねえ……」
興味がそそられるのか、マグナは落ち着きのない様子でパッフェルを見る。
そんな彼の心を見透かしたように、パッフェルはふと視線を上向けた。
「そうですねえ。……それじゃあ事前のイメージトレーニングも兼ねて、その時のことをお話ししましょうか」



――ヘイゼルという偽名をつけられ、組織で過酷な日々を過ごす毎日。
男を殺す道具として育てられてきた彼女の肉体が、無理なく性行為を行える年頃を迎えた頃に「教育者」としてあてがわれた青年が、今日も変わらず目の前にいた。
「いらっしゃい、ヘイゼル。いつも時間通りに来てエライわね」
ベッドに腰掛ける彼の見飽きた笑顔に、ヘイゼルはつまらなそうに目を伏せる。
「……好きで来てるわけじゃないわ」
そっけなく答えると、目の前の派手な青年は大げさに肩をすくめてみせた。
「相変わらず可愛くないわねえ。顔だけは可愛いのに」
「アンタも相変わらず口だけは軽いのね。……珊瑚の毒蛇」
名前を呼ばれた青年は、静かに苦笑しながら立ち上がる。
一見飄々とした雰囲気の彼だが、噂によると劇薬を扱う高等な技術に長けた、優秀な暗殺者らしい。
ヘイゼルもそれほど興味はないので本人に聞いたことはないが、彼の外見や仕草からはどうにも想像がつきにくいものだ。
「今日は服は脱がなくていいわ。下着だけ脱いで、待っててちょうだい」
ベッド脇の引き出しから何かを探り始め、背を向けながら毒蛇が言う。
「……前戯をするのも面倒になってきたってこと?」
「ふふっ。そういうワケじゃないわよ。ただ最近は『訓練』もマンネリ化してきちゃったし、たまには趣向を変えるのも悪くないと思って、ね」
そう言って、彼は取り出したガーゼに何かを染み込ませると、手にした物を丁寧に拭く。
手の中で何かが一瞬きらりと光ったのを目にし、ヘイゼルは目を細めた。
「毒でも塗ってるの、それ」
「違うわよ、ただの消毒液。――さあ、準備できたわ」
振り返った毒蛇の手に持つそれを目の当たりにし、ヘイゼルの表情がわずかにこわばる。
それは、縫い針よりもやや太目の長い針だった。
彼女はそれを、かつて何度か見たことがある。
あれは確か……。
「組織で拷問に使われてる針よ。大丈夫。一応消毒もしたけど、これは未使用のものだから」
針を目の前にかざし、毒蛇は楽しげに笑みを浮かべる。
「それじゃ、始めましょうか。……ちょっと痛いかもしれないから、先に謝っとくわね?」
――その視線は、ヘイゼルの開かれた脚の間をとらえていた。


つづく

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