真昼の個人授業 後編



「下半身についてるモノで、性戯に利用できないものなんてないのよ?ちゃんと開発してあげれば、どこだって性感帯になっちゃうんだから」
ヘイゼルの脚の間に体を割り込ませ、毒蛇が言う、しかしその言葉など右から左に抜けている気分で、ヘイゼルは仰向けのままベッドへ手足を投げ出していた。
彼の手に持つ針が、どんな用途で使用されるのか。
皮膚に突き刺す、引っかく――可能性を頭の中で並べながら、ヘイゼルはとっさにそれを振り払う。
彼女の不安に駆られる姿に気づき、毒蛇は笑みを浮かべた。
「傷がつくようなことはしないわ。アナタが大人しくしていればね?」
「針なんか使って……傷がつかないわけないじゃない」
「さあ、どうかしら?……今日はね、新しい場所を開発してあげようと思うの」
毒蛇の指先がするりとヘイゼルの秘所に伸び、彼女はわずかにこわばる。
「……今さら開発する場所なんて、もうないでしょ。私はとっくに前も後ろもアンタに犯されてる」
「あら、まだたったのそれだけじゃない」
秘所をなぞる指先は陰核を撫で、その下へ進む。
……つ、とある部分で指が止まったとき、ヘイゼルは何かに気づいたように目を見開いた。
「も、もしかして……やっ」
怯えた表情で青ざめるヘイゼルに、毒蛇は変わらない笑顔を向けてみせる。
その部分を指で広げられた瞬間――すぅ、と冷たいものが体の中を通っていった。
ぞくりとした感覚とともに、未知の恐怖がヘイゼルの体を駆け巡る。

「い、いやっ!!そこはっ……!」

二本の指で広げられた先に、針がゆっくりと沈んでいく。
ギリギリで肉を避けながら通されていく穴は――。
「せっかくもうひとつ穴があるんだもの。開発しなきゃ勿体ないわよねえ?」
「ひっ、あぁ……!」
「ほら、動くと中で針が刺さるわよ」
針の先端が飲み込まれていく先。……それは小さな尿道口だ。
逃れたいという感情が頭の中を駆け巡るが、彼の言うとおり、体内には針が挿入されている。
「逃げたくても無理よねえ。下手に動かれたら……アタシもどんなヘマしちゃうか分からないわ」
毒蛇に脅かされ、ヘイゼルは不快と恐怖に震えながら体を硬直させた。
震えながら開かれた股の間に、鋭利な凶器を受け入れていく。
針の棒部分が時折尿道内を擦り、その異物感に肌が粟立つ。
うっすらと涙ぐんだ視界で毒蛇を見ると、彼は楽しそうにヘイゼルを見つめ返した。
「ふふ、ゾクゾクしてくるでしょ?」
「うっ、く……!変態よ、アンタ……ひっ!」
毒蛇の針を持つ手が小刻みに揺れ、つぷつぷと尿道へピストンされる。
どれだけ弄ばれようと、この状況で抵抗することは自身への危険に繋がることだ。
尿道を擦る異物感に、額から嫌な汗が滲みだし、唇が震える。
あとどれだけの時間、この不快感を味わえばいいのかとヘイゼルは歯を食いしばった――のだが。
「なかなか我慢強いわねえ、ヘイゼル。針遊びはこれでおしまいにしてあげるわ」
「……え……」
意外にもあっさりと針を抜かれ、ヘイゼルは拍子抜けしたように口を開く。
この男のことだから、もっとしつこく責められるはずだと思っていたのだが。
しかし毒蛇は安堵の表情を浮かべるヘイゼルに、再び笑い掛ける。
「それじゃあ、本番に移りましょうか」
「……本、番?」
「そっ。本番。次のヤツは本格的よ?」
……あっけらかんと答える彼の声を、空耳だと思いたかった。
だが次の瞬間、それは幻聴ではないことを視覚に突きつけられる。
毒蛇が眼前に掲げたモノを目にした瞬間――ヘイゼルの全身から、一気に血の気が引くこととなった。

「いっ、いやっ!そんな物が入るわけないっ!」
尿道口にあてがわれた道具から逃げようと、ヘイゼルは必死で身をよじる。
その物体を凝視すると、先ほどの針など今なら可愛く思えてきた。
「それが入っちゃうのよねー。皮膚って伸縮するから」
「そんな、問題じゃっ……」
「でもこれは先が刺さる心配もないし、安心よ?まあ、ガラス製だからやっぱり暴れられると危ないかもね」
彼が手にしたものは、幅が4ミリほどの滑らかなガラス棒だ。
だがそれは、細い針とは違い容易に中へ入るような大きさではない。
なおも首を横に振るヘイゼルに、毒蛇は苦笑した。
「今まで色んな拷問の訓練に耐えてきたんでしょ?それなら、コレだって軽い拷問程度のものじゃない。今更ダダをこねちゃあダ、メ、よ?」
「ア……ンタって本当、悪趣味っ!変態っ……!」
涙に揺れる視界の奥で毒蛇を睨みつけるヘイゼル。
だが当の彼は、その表情さえも楽しむように口の端を吊り上げた。
「ふふふっ、結構よ。それじゃあせいぜいよがって、この悪趣味な変態サンを楽しませて頂戴……ね」
――再び陰唇が広げられると同時に、ひやりとした感触が小さな尿道口を圧迫する。
「んっ、くふっ……!」
涙を浮かべたヘイゼルの瞳が、体の震えとともに見開かれた。
異物の侵入を拒むように狭まれたそこが、ガラス棒の丸い先端にゆっくりと押し広げられていく。
「あっ……あぁっ……!」
ぎちぎちと尿道の圧迫を掻き分けて、ガラス棒は毒蛇の思うままに内部へ飲み込まれていく。
針とは比較にならない異物感が、痛みとともに尿道内を満たす感触で支配した。
ヘイゼルは腹部に力を込め、震える指でシーツを握り締める。
排泄器官を犯されるという羞恥心など、もはやその苦痛に比べればどうでもいいとさえ思えてしまう。
「ほら……どんどん入っていくわよ」
挟んだ指の腹でガラス棒を転がし、ネジのようにコリコリと尿道壁を擦りながら限界近くまで沈められる。
「あ、ぐぅっ……!か、はっ……!」
深まる衝撃に更なる鈍痛が下半身を襲い、ヘイゼルの意識が朦朧とする。
指の第二関節分ほどまで差し込むと、毒蛇はようやく手を止めた。
……赤く充血した尿道口はぷくりと膨らみ、そこに咥え込んだガラス棒は体の振動にあわせて小刻みに震えている。
だが青ざめた顔を背けるヘイゼルは、その状況においても嗚咽をあげることはなかった。
「本当にたいした忍耐力ね。後輩ながら尊敬に値しちゃうわ」
「こんなっ……ことで、アンタなんかに尊敬されたくないっ」
「あらぁ、まだそれだけの元気があるなら……ヘイゼルの嫌いなアレ、もう一回してあげるわね」
汗を滲ませながらヘイゼルは訝しげに目を細める。
すう、と尿道からガラス棒が引き抜かれた直後、彼女の体は大きく跳ね上がった。

「ひっ……やあぁっ!!いやっ!やだあっ!!」

再び激しいピストンに責められ、ヘイゼルの口から悲鳴が上がった。
小さな穴を押し広げられ充血する尿道口に、針以上に太い異物がぬぷぬぷと絶え間なく抜き差しされる。
冷たいはずのガラス棒が尿道を擦り、熱を帯び始める。
下半身を襲う痛みと壮絶な不快感。
時折差したガラス棒が円を描くように動かされ、狭い器官内をぐりぐりと広げられるように掻き回される。
「んふふふっ、すっごい刺激的でしょ?開発すればクセになるわよ、コレ」
「なる、わけっ……ああぁっ!!」
勢いよくガラス棒が引き抜かれ、ヘイゼルの背中が激しく痙攣する。
……ぐったりと手足が投げ出され、放心する彼女の股を、生温かいものがじわりと伝っていった。

「……ヘイゼルー?まだふてくされてるの?」
下着姿のまま床に座り込むヘイゼルを見下ろし、毒蛇が声をかける。
彼の腕にはヘイゼルの服と、ベッドのシーツが抱えられていた。
「いやあ、予想外だったわ。まさかあれほど忍耐力に優れたアナタがお漏ら――とっ」
とっさに避ける毒蛇の頬を、鋭利なペンの先がかすめていく。
「あら、まだ元気があるみたいね。とりあえず、後で念のために消毒はしておきましょうか。アタシもちょっぴり、調子に乗りすぎたかもしれないし」
「……乗りすぎよ」
「ゴメンなさいってば。それにしてアナタ、結構素質あるわよ?だってさっきの最中では……」
そこまで言い、毒蛇はヘイゼルの耳元に唇を寄せた。
「アナタのアソコ、しっかり濡れてたわ」
「……なっ……」
到底信じられない彼の発言に、ヘイゼルは顔を引きつらせる。
「嘘だと思うなら、明日もう一度試してみましょうよ。証拠を突きつけてあげるわ。……ふふふっ♪早く開発を進めたいわねえ」
にっこりと笑みを浮かべた毒蛇は、洗濯物を抱えると機嫌よく部屋を出て行った。
あとに残されたのは、下着姿のヘイゼル一人。
いまだにじんじんと痛む下半身を前に、彼女は毒蛇の放った言葉を脳内で反芻する。
「まっ、待ちなさいよ毒蛇!ちょ……私は信じないからっ!」



「……………………」
「いやー。それで結局、彼には一ヶ月の開発期間を経て『強制的』に性感帯に仕立て上げられちゃいました。ホント初めてのときは死ぬかと思ったんですけど」
笑顔で思い出話に浸るパッフェルの傍らで、マグナは口の端を引きつらせながら硬直していた。
全身から汗を噴き出しているのは、閉め切った部屋の暑さのせいではないだろう。
直後、顔を向けてきたパッフェルに、マグナの肩はビクッと震える。
「と、いうわけでえ♪昔話もそこそこに、さっそく始めちゃいましょうか!」
「ひぃ、いいっ!いいいいぃぃっ!?」
ベッドから転げ落ちながら狼狽するマグナに、彼女は可愛らしく小首をかしげる。
「どうされたんですか?私はてっきりこの話を聞いて、やる気満々期待爆発になってるものかと……。ああ、ちなみにこのプレイは本来女性よりも男性が主流ですから、マグナさんでも大丈夫ですよ!」
彼女の言葉に、マグナは顔面蒼白で薄笑いを浮かべながら慌てて首を振り回した。
「あ、あはははっ!いや、俺はちょっぴり痛いことをして楽しむ程度がいいんだ!あー、そうだ!俺、庭で小鳥たちと戯れないと」
「マ、グ、ナ、さん?」
立ち上がったマグナの背後にぴったりと胸を押し付けて、パッフェルが囁く。
……いつもなら鼻息を荒げるその感触が、今はとてつもなく恐ろしく感じられた。
耳たぶにパッフェルの柔らかい唇を感じながら、その甘い吐息が吹きかかる。
「男の人って、そういうことを言ってても、やっぱり自分本位なところがあるんですよねえ。……実はさっきの昔話、私の中ではワースト3の記憶に入ってる代物なんです」
「は、い……?」
「やることの度合いはともかく、自分の欲望任せに女の子のデリケートな体に痛いことをして楽しみたいっていう発想は……同じ女の子としては、ちょーっと見逃せませんよねえ?」
マグナを抱きしめる腕の力が、徐々に強まっていく。
彼女の愛らしく細められた目がゆっくりと開かれたとき――
「それでは……まずご自分で、体感してみてくださいね?」
マグナの絶望の眼差しの先に映る、パッフェルの手。
そこに握られた編み物の棒は……不気味に光っていた。


「マグナのやつは、まだ部屋で寝転がっているのか?」
読み終えた本を閉じ、ネスティは困ったように息をはく。
アメルと二人で冷たい態度をとってしまったことが、よほどショックだったのだろうか。
ちらりとアメルを見ると、彼女も同様に沈んだ表情を浮かべている。
「あたし、様子を見に行こうかな。それにこのままだと、この後の計画が……台無しですし」
「そうだな。アイツも十分頭を冷やしただろう。そろそろ――」

「ア、アメルッ!」

ふいに聞こえた声にアメルたちが振り返ると、そこにはマグナとパッフェルの姿があった。
ばつの悪そうな顔で髪の毛をかくと、マグナはゆっくりとアメルに歩み寄る。
……少し見ない間にやつれた気がするが、特に誰も気に留めていない。
「マグナッ……?」
ぎゅ、と両手をマグナに包み込まれ、アメルは驚いたように目を丸める。
やつれた顔とは対照的に、その瞳はまっすぐにアメルを見つめていた。
「その、ゆうべは本当にごめんっ!俺、自分のことばっかり考えてて、純粋に俺のことを好きでいてくれる君に……凄くイヤな思いをさせてたんだな」
「ど、どうしたんですか?急に」
「な、なんでもないよ!ただ、もう二度とあんな最悪極まりない行為をしたいなんて言わないから!」
涙を滲ませながら、アメルを射抜く強い眼差し。
その姿には、彼の中での絶対的な誓いが眩しいほどに感じられた。
思わず頬を染めて見惚れたアメルは、静かに目を閉じると首を横に振る。
「泣かないで、マグナ。あたしも少し言い過ぎました。これからは……純粋に、優しく、お互いの愛を確かめ合いましょう?」
「アメルッ……!!」

力強く抱き合う恋人同士を眺めながら、満足そうに頷いているパッフェル。
ネスティはそんな彼女に目をやり、首をかしげた。
「そういえば、あなたはしばらくの間マグナと一緒にいたようだが……アイツに何か言ってくれたのか?」
ぎくりとパッフェルは顔を引きつらせるが、すぐにいつもの笑顔へと戻る。
両手の指を組み、わざとらしく乙女的なポーズをとると、ネスティに向けて満面の笑みを浮かべた。
「あ、あははっ!たいしたことじゃありませんよ!それにしても、恋人同士っていいですねー!羨ましい限りです!」
どうにも頼りないところもあるが、いざというときには度胸を見せるマグナ。
そして家庭的で包容力のある、優しいアメル。
まだあどけなさの残る二人だが、彼らの仲睦まじい様子は、誰が見ても幸せに包まれたもののはずだ。
にこにことマグナたちを見つめるパッフェルも、それがいつまでも続くことを本心から望んでいる。
そのとき彼女の瞳が、ふっ、と陰った。
「羨ましいです。本当に……」
……彼女が生きてきた年月に、彼らのような日々の記憶はない。
組織を抜けてからの毎日は充実しているが、その胸の奥には何か満たされない空洞が常に穴を開けている気がした。
「……ケッ。しみったれた感情垂れ流しやがって」
背後に立つバルレルが、吐き捨てるようにつぶやく。
「あは、ごめんなさいバルレルさん。私の美味しくない感情で、お腹壊さないでくださいね?」
「だから、らしくねェこと言うなって。目ェつけてる男の一人や二人いねェのかよ?テメェは乳がデケェし顔も悪くねェんだから、やる気を出せば男ぐらい……」
「もしかして、慰めてくれてるんですか?」
「なっ!なわけねェだろ!なんでこのオレが人間なんかにっ!オレはただ、不味い感情がっ」
照れたように赤面するバルレルに微笑みながら、パッフェルは目を伏せる。
「……なんとなくだけど、『気持ち』は知ってます。経験はないけど、気持ちなら……」
胸の奥に潜む温かな感情。
だけどその気持ちは彼女には、同時にわずかな痛みを伴うものだ。

「みんなー!お客さんが到着したから、お茶とケーキの用意してくれるー?」

突然ドアからミモザが呼びかけ、パッフェルは顔を上げる。
おそらくは彼女が運んできたケーキを出す相手だろう。
マグナたちは顔を見合わせると、嬉しそうに立ち上がった。
「来た来たっ♪このためにケーキを頼んだんだからな」
「あっ、それじゃあ私、これで失礼しますね。お客さんのお邪魔になるといけませんし」
パッフェルはバスケットを持ち上げると、いそいそとドアに向かって歩き出す。
「パッフェルさん、ちょっと待って――」
「はい?」
ドアに近づいたとき、ふいにアメルに呼び止められてパッフェルは振り返る。
同時に――ドアの向こう側から、誰かが勢いよくぶつかってきた。
「あっ!」
衝撃で足がふらつき、パッフェルは頭を押さえる。
慌てて振り返ると、彼女は相手に向かって頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!慌てちゃいましてっ」
「あ、いや……こちらこそ。って……」
言葉をつまらせた相手に、パッフェルは顔を向ける。
二人の視線が交わると……彼女の瞳は大きく見開かれた。

「……え……」

手にしたバスケットがばたりと落ちる。
相手に向けた顔が、みるみるうちに熱を帯びていくのが分かった。
「……ごめん、大丈夫?俺、思いっきりぶつかっちゃったよね」
鼓動が高鳴る。
夢でも見ているのかと瞬きしたが、これは紛れもない現実だった。
澄み切った瞳がこちらを見つめている。
子供のように純粋な笑顔を浮かべて、その人は目の前に立っていた。

「……レックス、さん……!?」

「久しぶりだね、『パッフェル』さん。こっちでは数ヶ月ぶり……かな?」
鮮やかな赤毛を揺らし、微笑む青年。
レックスの姿を映した彼女の瞳は、閉じることも忘れたまま彼を見つめていた。
「えっと、俺が来ることって知らなかったのかな?」
「ぜ、全然知りませんでしたよっ!?」
とっさに背後を振り返ると、マグナたちは嬉しそうに顔を緩めながらパッフェルを見ている。
「パッフェルさんをビックリさせてあげたいって思ったんです。そのほうが嬉しさも倍になるかなって」
「彼はあなたにとって、大切な恩人だと聞いたからね」
アメルとネスティの言葉に、パッフェルはますます頬を赤らめていく。
ちらりと視線を戻すと、レックスの顔が間近で彼女を覗き込んでいた。
「わわっ!?」
「はははっ。パッフェルさん、どうかしたの?」
彼の無邪気な表情を見るだけで、頭の中が茹っていくような気がする。
事前に聞いていれば心の準備もできたのだが、あまりの急な出来事に、パッフェルの思考は混乱状態になっていた。
「初めまして。……そんなところで立ち話もなんだし、部屋に入らないかい?今日は彼女のお店のケーキをたくさん用意したから、遠慮なくどうぞ?」
広間の奥からやってきたギブソンの両手には、大量のケーキが乗せられたトレイが抱えられている。
レックスは嬉しそうに頷くと、パッフェルにそっと手を差し伸べた。
「そういえば島で、自分のお店を持ったって言ってたよね。皆でお話しながら、美味しく頂くよ」
「は、はい……」
「あ、でも後から来るナップの分も残しておかないとな。きっと怒るだろうし」
「レックスさん、あのっ……」
首を傾げるレックスに、パッフェルは遠慮がちに言う。
「まさか、ゼラムにまで来てくれるとは思いませんでした。あなたはずっと、あの島で暮らしていたみたいだったから」
争いのない、召喚獣の楽園。
そこで教師として生きていくことを決めた彼は、自分とはすでに別世界に身を置く人間だと思っていた。
あの島でようやく再会を果たせた時も、もう彼と会うことはないと決め付けていたのに。
レックスは首を横に振ると、パッフェルを見据える。
「でも、これからも皆に会いたいと思ったときは、こうやって来るつもりだよ」
「こ、これからも来てくれるんですかっ?」
「皆が良ければね。……それにしても、元気そうでよかった」
にこりと笑顔を浮かべるレックスに、パッフェルはまたしても紅潮して言葉を失う。
うつむく彼女を眺めながら、背後でマグナは小さくため息をついた。
「すごい変わりようだなあ……。さっきまで俺に対してあんなエゲツないもごふぉっ!?」
「あははははっ!ほらぁマグナさん!早くケーキを召し上がってくださいよお!!」
額から冷や汗を流しながらマグナの口にケーキを詰め込み、パッフェルは乾いた笑いを浮かべる。
白目を向いて壁に崩れ落ちたマグナを尻目に、ネスティはレックスを部屋へと招き入れた。
「とにかく、こちらへどうぞ。パッフェルさんも、彼に話したいことは沢山あるだろう?」
「はいっ。もちろん!」
鼓動の高鳴りを抑えながら、パッフェルはお茶の準備へと取り掛かる。
……レックスへの気持ちを『恋』だと思うのかは、まだパッフェル自身にも分からない。
しかし彼が自分にとって大きな存在だということは、誰に対しても胸を張って言えることだ。
「えーと、俺は何を手伝えばいいのかな?」
「何言ってるんですかレックスさん!あなたはお客さんなんですから、座っていてくださいねっ?」
「え、ああ、そっか!あははっ」
照れたように笑う彼を見つめながら、パッフェルも静かに微笑む。
特別な関係よりも、今はこうして彼の穏やかな表情を見ていられることが何より嬉しいことだった。
「……私もいつか、皆さんと島にお邪魔させてもらいますね」
「うん。喜んで歓迎するよ」
そう言って二人は笑いあう。
穏やかな楽しい時間の訪れを、パッフェルは心から幸せだとかみ締めていた。


――その頃、ケーキ屋のカウンターではルウが頬杖をつき、退屈そうにあくびをしていた。
「パッフェルさぁ〜ん……。いつ帰ってくるのよぉ」
寄り道でもしているのか、店を出てから一向に帰ってくる気配はない。
立ったままウトウトとし始めたとき、ドアのベルが突然音を立てた。
「あ、いらっしゃいませ!」
あまりこの町では見たことのない雰囲気の青年が、店内を見渡しながら入ってくる。
ポケットに片手を入れながらケーキを物色する彼は、茶色い短髪をくしゃりと撫でた。
「ケーキ、よく分かんねえから……適当にお勧めのヤツ、十個くらい見繕ってくれる?」
「はい、ありがとうございまーす!」
いそいそとケーキを取り出すルウの前で、青年は一人ため息をつきながらつぶやく。
「まったくさあ。いくら予定より到着が遅れたからって急ぎすぎだよ。肝心のお土産も忘れてどうすんだっての……先生」
「あははっ、おっちょこちょいな先生を持って大変なんですね?」
「へへっ。まあオレも、好きで長年一緒だからいいんだけどな。今日は久々に再会した人と会えるからって、ワクワクしてたぜ」
箱にぎっしりと詰められていくケーキを見つめながら、青年――ナップは満面の笑みを浮かべる。
「待っててくれよー、パッフェルさんたち♪」

――その日、おぞましいほどのケーキを前に、ギブソン以外の全員が悶絶したことは……言うまでもない。


おわり

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