妖姫新妻(未定)奮闘記 8



 その日――

 正確に言うと、新米鍛聖と妖姫が初めて同じ寝台を共にした正にその夜。

 夜の街を金の髪の少年が走っていた。その少年は十人の娘達がいれば十人が美形と言い、十人の男共がいれば十人がナマイキだとやっかむ少年だ。

 リボディと髪の色以外の相似点が見当たらず、母親の遺伝子の強さのお陰だろう、街一番の美形であり、且つ“魔迅槍”を除けば街一番の槍使い。帝王の威厳を持ち、天才の名を欲しいままにし、次期鍛聖の誉れ高い少年。

 金の匠合の長の一人息子、ヴァリラである。

 最近、どうもワイスタァンの名を騙って武器の密輸を行っている輩があり、その調査に出ていたのだ。大体の見当は付いており、その相手は船を使用してどの船を使っているのも解かっている。非常に解かりやすい相手だった。まるで自分が誰の派閥であるかを誇示しているかの様に………

 まぁ、その船の名義があの元“琥珀の鍛聖ルベーテ”となっている時点で解かり易いと言える。

 父親は金の匠合だけで解決せよといっていたが、確実性と合理性を欠いていたのでヴァリラはこれを却下。自分なりに欠けているものは存分にある策をとった。

 が、

「いかんな、船の外に出ていたのは雑魚ばかり…となると船に戻ったという事か」

 呑気に浮かんでいる船に眼を向け、初めて愚痴を言葉に出した。

「船に行けば良かったか……選択をミスったな」


 船上、怪しい黒覆面はその者達と対峙していた。黒覆面の腕から小さなモーター音がし、その腕に装着しているのがドリルである事が理解できる。

 機界ロレイラルの技術を取り入れられて造られた回転するスパイク。それがドリルである。

 耳を澄まさねばそれと解からない程のモーター音から、その覆面の者が握っているドリルが相当な業物であると知れた。

 が、今回は相手が悪かったのかもしれない。確かにモーター音は静かであるが、時折異音が混ざり、ザリッザリッと止まり掛けている。覆面の不審者にしても意外な事象であった。

これほど手古摺るとは塵程も考えていなかったのだ。尚且つ相手の“ドリル”は無傷といってよい。

 その相手―――その右手に握られているモーターは不審者とまるで別モノ。凄まじい回転率で快音を響かせ、空気の壁すら貫通するかのようなパワーを感じさせていた。

「ほれほれ観念したらどないや? あんた程度やったら、この街に仰山おんで? そのヘッポコドリル投げ捨てて手ぇ上げてこっち来たらどないや?」

 その少女のような声にはカッとした。自分が持つドリルには誇りがある。尊敬し尽くしている師の作。それを改造した物なのだ。ヘッポコ扱い等許せない。

 カッとして我を失ったその不審者は、ドリルの回転率を上げて構える。だが哀しいかな、相手もドリルに関してならエキスパートなのだ。

 ダンッ!!

 相手が突進攻撃をしてくることは先刻承知である。ひょいとサイドにかわし、その半壊しているドリルに自分のドリル……超高速回転させている<火炎ドリル>でスピン攻撃を掛けた。

 ギュイイ…ギギギギギ……バギンっ!!

 あっさりと木っ端微塵。さらに回転率の差か、不審者は衝撃で吹っ飛んでしまい、海に真っ逆さまに落ちていく。

「うそ……………っ!!」

 どっぼぉおおおんっ!!

 慌てて船の縁に駆け寄る人影。街灯に浮かび上がったその顔はまだ十代半ば。眼鏡を掛けたおさげの美少女である。

「あっちゃあ、やってもた」
「お姉様……やり過ぎですわ」

 溜息混じりにつぶやいていたその少女の背後に声が掛かった。声質はほぼ同じであるが、口調がまるで違う。お姉さまと言われた方は妙な訛りがあるし、言った方は馬鹿丁寧。

 だが、姿を見ると二人の関係が解かる。装備している武器や翠と蒼の服色以外に相違が見られず、身長から顔まで殆ど見分けがつかない。

 そう、二人は庭師の姉m

 …失礼、二人は姉妹なのである。

「悪い思うけど…まっさかうちがバリアウエポン掛けとるって気付かへん程ヘボやったとは思わへんやろ?」
「正確には私がお姉さまにかけたのですが…そうですわね。クリュウさまはあの試合中、私達が何かをする前にお気付きになられてましたのに……」

 ポ…っと思い人たる若き鍛聖を思い出して頬を染める。

「せやな…ほんでもクリュウはんを“あんなの”と比べるんは失礼とちゃうか? うちらやったら二人がかりでもクリュウはん相手に一分も持たへんで?」
「……それ以前にクリュウさまに対して手を上げるなんて恐れ多いですわ」
「そこは同感や…」

 ポポ…っと赤く頬を染める双子。仕事が終わっていないというのにエライ余裕である。

 この二人、鍛聖選抜の試合の折、散々クリュウを挑発していたのに結局は敗北し、彼の、
「ボクは君たちを守る為に生まれてきたんだ(注:彼女らの記憶ではこう言っていた)」
というナイス無くどき文句にコロリと逝ってしまい、現在も虜状態なのである。
その時のクリュウにそんな事言う甲斐性があるかどうかは甚だ疑問であるが、彼女らにとっては激しく口説かれたという素晴らしい過去。
いつ愛しの少年から、「之、今宵の夜伽を命ずる。近こう寄れ」と言われないとも(万が一)限らない。だから毎日腕とカラダに磨きをかけているのだ。

 因みに彼女らの使用していたドリルもクリュウが秘伝を与えたもので、地下迷宮の遥か奥で手に入れたとの事だった。

「オレはお前の為にコレを取って来たんだ。オレの想いを受け取ってくれ(歯がキラン☆)」
「僕は、君にこれをあげたいんだ。でも、等価交換だよ……君が…欲しい(歯がキラリーン☆)」

 上が姉の記憶、下が妹の記憶である。

 ものごっつ違う気がするし、クリュウがそんな事言うかなぁ? 等と疑問の声も上がりそうだが、二人にとっては紛れも無い真実だ。

「ほな、帰ろか? 大ボスもおらんみたいやし」
「ですね…私達に恐れをなしたのでしょうか?」
「あんなザコ用心棒置いとく位やし……案外そーかもしれへんで?」
「ですわね。では、金の匠合の皆様にこの船を渡して帰りましょう。睡眠不足は美容の大敵ですわ」
「せやな」

 等とほざき、とっととバトンタッチしに行く二人。

 この時間のお陰で不審者は流されて発見されずに済んだ訳であるが…哀れ不審者。――ルベーテの愛弟子と言う技量に全く気付かれず、魚に突かれながら本名ピネルも名乗れず流されてゆくのであった―――



 コンコン 

「あら、もういらっしゃいましたか。少々お待ちを…」
「いやいいよ、僕が出る」

 時間を元に戻す。夕食時であろうか日が沈み、星が輝き出している。尤も東の空は未だ太陽の光を惜しみ、明るい。

 鍛聖クリュウとその護衛獣シュガレットも、晩餐作りに勤しんでいた。何時もより少し手の込んだ料理。それもその筈、今夜は特別なゲストがいる。

「はい、こんばん

 クリュウは一応別の来訪者を想定した挨拶をする前に、尻餅をついていた。腹部への控えめな衝撃は想定していなかったらしく、受け止めきれなかった様だ。しかし、拍子の抜けた表情からすぐに普段の穏やかな笑みに変わり、
「待ってたよラジィ」
「えへへ、こんばんわアニキ」
“特別なお客様”を出迎えた。

 今宵の主役たる少女ラジィは、小さな体に大き目の手提げ鞄を抱えて、今夜一宿する家の主と笑いあいながら抱擁を交わした。

 ラジィ。銀の匠合の頭領ブロンの姪である。その活動的な服装、周囲まで明るくする言動や活発な性格から間違われる事が多いが、列記とした女の子だ。

 ラジィの持ってきたナックルを、クリュウはその蒼き瞳で見つめる。
「どうかな、どうかな」
「…………」

 手には嵌めない。嵌められない事はないが、その作り主は手が小さい。剣や槍なら柄は握ればいいが、拳は個人々々のオーダーメイドだ。
 目を閉じ、耳を澄ます。ラジィも耳を寄せた。パチパチと雷のエレメントが飛び交うのが聞こえてくる。その音は元気で、それでいて繊細に飛び交っている。
「いいね、凄く」
「ね?」

 ナックルの前部には、向日葵を象った彫りがうっすらとある。緊張感が無いと人によっては言うだろうが、彼女の様なバトルを楽しむタイプに翻弄される人種だろう。閃光の如く駆け抜け、かわし、連撃を華麗に叩き込む戦術に。

「可愛いでしょ?」
 太陽の輝きと夏風の爽快感を持って、彼女は微笑みかける。

「ラジィらしくていいね、こういうのって僕には作れないから」
「だよねー、アニキの武器って綺麗で上手だけどなんだかつまらないもん」
 それはひどいなあとクリュウが眉を寄せる。炎や波頭の流れを表現する位の装飾はその属性を付加しやすくする為に刻む事があるが、自分のはどう見ても実用性重視。本当の事を指摘されて強く出られなかった。

 今年で13になるラジィだが、その素直さは大人と違い真実を隠さず示す。

「これじゃラジィに鍛聖譲らないといけないかも」
「えー? 最近思ったけどアニキ全然会わないじゃないか。武器作りや土いじりならともかく、工城でずっと紙の束と睨めっこなんてボク我慢出来ないよ」

 ラジィは園芸好きである。それこそ御前試合に出場し鍛聖になった暁には、ワイスタァンを剣だけではなく花の都にもしたいと願っていた程だ。工城内には役人達にも内緒の花園を持っている。ちょっと探られれば見つかってしまいそうだが、そこは鍛聖の長たるリンドウも花好きであり、根回しして見送られているのだろう。
 じゃあまだ大丈夫かなとクリュウは言いつつ、ナックルから伸びるひらひらした物に目を落とした。リボンだった。

「これは…前に付いてたリボンじゃないね、なんで」
「あ、覚えてたんだ。実はねー……」
 へへっと笑って話し出すラジィ。くるくるとよく変わる表情に、誰も飽きない。

「…………」
 只一人が、キッチンから少しつまらなそうに二人を時折見ていた。



「ボク手伝うよ、晩御飯まで退屈だし」
「そう? じゃあお願いしようかな」

 ラジィちゃんとの会話が一段落したのか、クリュウさまが腰を上げてこちらへ戻って参りました。ラジィちゃんも一緒にですが。

 エプロンの後ろの紐を縛ろうとして苦戦しているラジィちゃんを手伝いつつ笑うクリュウさま。急にキッチンが狭くなった気がします。むぅ、クリュウさまの笑顔が百八十度旋回になってしまいました…仕方ありませんけど。

 ですが今の私は昨日までの私とは二味位違います。ええ違いますとも。

 多いにクリュウさまと愛を紡ぎまくり、夜明けの光を共に浴びた身。不平不満等漏らしては罰が下ります。パイルバンカー胸に打ち込まれて転生出来なくさせられます。まあそこは“オトナのオンナ”としての余裕ってヤツです。ふふん。

 エプロンを結び終え、ラジィちゃんがキッチンをぐるりと見回して口を開きました。

「あれ、今日はカレーじゃないの?」


To be continued.




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