お詫びのしるし 後編



カイルの広い背中が、泡立てたスポンジでくしゅくしゅと擦られる。
浴室の沈黙にどうにも落ち着かず、彼は正面に張られた鏡に視線を向けた。
そこに映るのは、ぼんやりと座るカイル自身と、その後ろで甲斐甲斐しく背中を洗うアティの姿だ。
湯気の立つ風呂場で見るアティの裸体は、暗いベッドの上で見るそれとはまた違った魅力があった。
「こうやって見ると……本当に綺麗な肌してるんだな」
「えっ?い、いきなりどうしたんですか」
鏡越しにアティの体を見つめるカイルの視線は、下心というよりも感心の色合いが強い。
きめの細かい彼女の肌は、日焼けしたカイルとは対照的に白く美しかった。
「そんな肌だって分かっちまうと、ベッドで無茶な扱いはできねえな」
「か、カイルさんっ!」
冗談めかして笑うカイルだが、アティは頬を染めて黙り込んでしまう。
今までに何度か見た相手の体に新鮮味を感じていたのは、彼女も同じだった。
スポンジを持つ手は止まり、その視線はカイルの背中へと注がれていた。
「カイルさんの体も……いつもと印象が違いますね。背中って、あんまり見つめたことがないですし」
彼の厚い胸板なら、日常からでも見慣れていた。
だが背中は、彼との行為の最中でもほとんど見ることはない。
ところどころに傷痕のある彼の背中は、細身のアティに比べるとずいぶん逞しく、広かった。
そっ、と指先で背中に触れる。
……薄暗い彼の部屋で、いつもこの逞しい体に抱かれているんだ。
そう意識すると、彼女の中にとてつもなく気恥ずかしい感情が込み上げてきた。
「……アティ?」
カイルに声をかけられ、アティの顔は火をともしたように熱くなる。
「わわわっ!ぼーっとしちゃってごめんなさい!洗いますっ、すぐに洗いますからっ!」
「いでででででっ!!」
スポンジを握り締め、煙が出るほどの高速でカイルの背中を擦るアティ。
カイルの口から悲鳴が放たれると同時に、その手はぴたりと止まった。
……すでに時遅しというふうに、彼の背中はじんわりと薄赤く変色している。
「ご、ごめんなさいカイルさん……」
またしても、自分のせいでカイルを苦しめてしまった。
はたから見てるとどうにも面白いだけに見えるが、彼女自身はカイルに対して一生懸命なのだろう。
何かをするたびにそれが裏目に出てしまい、アティは悲しげに目を伏せる。
すっかり落ち込んでしまった彼女を鏡越しに見つめ、カイルは苦い笑みを浮かべた。
「そんなに自分を追い詰めるなって、アティ」
「うぅ……」
「……ただ、そのスポンジは硬いから、あんまり力を入れられると少し痛いな」
背中を流すことを遠まわしに拒否された気がし、力なくスポンジを手放す。
せっかく彼のために頑張ろうとしたことも達成できず、アティの口から小さなため息が漏れた。
――そのとき、彼女の脳裏にある人物の言葉が蘇る。

『今晩はカイルのために目一杯頑張っちゃうってのはどう?』

スカーレルが陽気な笑顔を浮かべて口にした言葉。
それを思い出し、アティの喉が小さく動く。
……カイルの性格を考えれば、おそらく一番喜んでくれそうな案があった。
やはりただ風呂場で背中を流すだけの行為が、カイルへの昼間の見返りになるとは思えない。
だがその案を想像し、アティの頬は赤く染まる。
ふと、その視線が足元の石鹸へと向けられた。
「アティ?」
カイルの眼前の鏡に映るアティは、俯いたままだ。
すっかり黙り込んでしまった彼女に、カイルは振り返ろうとする――が。

「うっ……?」

彼の背中に当たる、二つの柔らかい感触。
スポンジとは明らかに違う弾力が、ゆっくりと上下に背中を擦り始める。
時折それが離れると、今度は小さな二つの何かがコリコリと同様に当たっていた。
間近でアティの吐息が、カイルの首筋を心地よく撫でる。
……この感触は、もしかすると。
カイルはちらりと視線を背後に向けた。
「か、カイルさんっ!これはその、えっと……」
目が合い、アティは頬を染めながらうろたえるように俯いてしまう。
――彼女の視線の先には、自身の手で重々しく持ち上げられる、豊満な二つの乳房があった。
それを包み込むように覆う、石鹸の白い泡。
慌てて彼女が手を離すと、乳房はたぷんと揺れながら定位置へと戻った。
やはり、カイルがさきほど感じたものは……紛れもなく。
「お、おまっ……胸」
「き、気持ち悪かったのならごめんなさいっ!私、男の人が気持ちいいって思う事とかよく分からなくてっ、もしかしたらこういうの……喜んでくれるかなって……」
混乱気味に早口でまくし立てるアティの顔は、羞恥に満ちたように紅潮していた。
「おい……本当に胸だったのかよ……」
普段彼女から大胆な行動をとることなど、まずないといっていい。
今の状況に驚きと喜びが入り混じった心境で、カイルはアティを見つめていた。
スポンジが痛いと言っても、さすがにそれで乳房を使うだろうとは思いもしない。
感触が気持ちよかったことは事実だが、どう答えていいかも分からず、カイルは彼女を前に沈黙してしまう。
「本当にごめんなさい。私、もうご迷惑みたいだからお風呂出ますね……」
いたたまれない様子で、アティはその場から立ち上がろうとする。
だが反射的に、カイルの手は彼女へと伸びていた。
「きゃっ……」
アティの耳に、熱い息がかかる。
「あ、あのな……俺だって男だぜ?そんな立派なモン押し付けられて……何とも思わないわけないだろ」
高鳴る鼓動とともに、カイルの奥底からもやもやとした感情が込み上がってくる。
抱き寄せたアティの柔らかな肉体に、彼の下半身は早々に疼き始めていた。


「はー。センセの晩御飯、まだなのかしらねえ」
暇を持て余し、ベッドの上で足を組みながらマニキュアを塗るスカーレル。
その部屋は派手な彼とは対照的で、やや殺風景……というよりは地味な内装だ。
爪に息を吹きかけながら、彼は部屋の主である目の前の人物に苦笑を浮かべた。
「シケた顔してるわね。せっかく御飯まですることないだろうと思って、アタシが遊びに来てあげたっていうのに」
「一人でも、読書くらいはできますよ」
そう言って、無造作に本をめくるのはヤードだ。
どこか不機嫌そうで落ち着きのない彼の顔を、スカーレルはからかい交じりに覗き込む。
「センセが今頃あのエロ船長のために、一生懸命お料理してるのが気に食わないってトコかしら?」
直後、ばさりと本が落ちる。
微妙にこわばったヤードの表情は、彼の言葉が的中したせいか。
だがヤードはすぐに平静を取り戻すと、小さく息をはいた。
「……スカーレル。どうにも勘違いしているようですが、私はアティさんに対して特別な感情を持っているわけではありませんよ」
「あらっ、そうだったの?アタシはてっきり」
「確かに彼女を魅力的だと思った時期はありますが、他の男性の恋人になった以上、とっくに諦めはついています」
きっぱりと言い切るヤードの表情に、迷いは見当たらない。
彼の言葉に偽りはないのだろうが、そのときふと、整った眉がわずかに歪んだ。
「ですが、ね。彼女が認めた男性ですから私は何も言えませんが、カイルさんが時折見せるあの下心丸出しの行動や視線はどうにかならないものでしょうか?どうせ知るとこ知り尽くしている関係でしょうに、今更アティさんの下着をスカートから覗きたがるような人ですよ。
確かに普段は頼れる人物ですし、同じ男としては羨ましい部分もあります。決してカイルさんが嫌いなわけではありませんが、アティさんへの態度をある程度改めて頂けない限り、私は彼に対して」
「あー分かった分かった。聞いたアタシが悪かったわ」
口の端を引きつらせながら、スカーレルはパタパタと手で扇ぐ。
一つ屋根の下で暮らす以上、仲間内で不仲というのはどうにもやり辛いと考えていた彼。
ヤードがカイルを嫌っているわけではないと分かり安心したが、その口元にはまだ苦笑が残っていた。
「……まあ、アナタの望みが叶うのはもうちょっと先かもね?」
「態度を改めて頂ければいいんですよ。態度を。まずはですね……」


そして、話題の的となっていた彼はそのとき。
「こういうやり方も……結構新鮮で楽しいもんだな」
「んっ……カイル、さん……」
……いつも通りだった。
アティはカイルの膝へ向かい合わせに座り、泡立てた豊満な乳房を彼の厚い胸板に押し付けていた。
乳房を抱える手を動かし、腰を上下しながらカイルの正面をまんべんなく擦っていく。
泡が薄くなれば、石鹸を馴染ませたカイルの手が乳房を撫でていた。
「ぁっ……は……」
彼の手がぬるぬると二つの乳房を揉み、立ち上がった乳首を軽く引っかく。
強くも心地よい刺激に体をこわばらせながら、アティは再び泡のついた乳房を動かし始めた。
だが、その積極的な行動とはうってかわり、彼女の表情は羞恥に満ちている。
頬を染めながら淫らに体を擦りつける姿は官能的だが、カイルはそんな彼女に少し首をかしげた。
「……なあ、アティ。確かに俺は気持ちいいけど、お前があんまり恥ずかしくて辛いなら、無理しなくてもいいんだぞ」
「む、無理なんてっ」
恥ずかしいというのは事実だが、カイルが心地よいと思う行為を辛いなどとは微塵も思っていない。
ようやく昼間の見返りができるというのに、途中でやめられるはずもなかった。
アティは赤い頬に控えめな笑みを浮かべ、カイルを見つめる。
今まで何度も見つめてきた彼女の瞳に、カイルの胸は思わず鼓動を高鳴らせた。
「確かにちょっと恥ずかしいですけど、私はカイルさんに気持ちよくなって欲しいんです。だから……続けさせてください」
目を細め、満面の笑みを向けるアティ。
思わず鼻息を荒げそうになりながら、その笑顔の前にカイルは二つ返事で頷くだけだった。
「お前がそう言うんだったら、俺もその……なんだ、楽しませて貰いたいけど」
そう言ってカイルの視線は、アティの開かれた脚の間へと注がれる。
彼の膝上でまたがるアティの脚は、体勢のせいで左右に大きく開かれていた。
そこの赤い茂みの奥に隠れる秘所が、カイルの欲望を疼かせる。
胴体を擦る柔らかい乳房の感触もいいが、そろそろ新しい刺激も欲しいところだった。
カイルはとっさの思いつきに顔を緩め、アティの耳元へ口を近づける。
「……じゃあ、リクエストしてもいいか?」
「え……?」

……断るはずもなく、アティは顔を一層赤く染めながら、カイルの要望を受け入れていた。
何度か肌を重ねた関係だといっても、恥ずかしいものは恥ずかしいとしか言いようがない。
カイルに背後から抱き抱えられた体勢で、彼女はその膝上に脚を開いて座っているのだが。
「……んっ、はぁ……」
彼の膝から若干腰を浮かし、アティは恥ずかしさに耐えながら腰をゆっくりと前後に動かしていた。
彼女の秘所には、石鹸が泡立てられている。
その陰唇の淵へ、彼女の手に添えられて挟み込まれているのは――。
「カイルさんの、硬くなってきちゃいました……ね」
「そりゃあ、気持ち良くして貰ってるしな?」
「あぁっ、う……」
泡立ったカイルの手が、背後からアティの乳房を優しく撫で上げる。
その刺激に押されまいと、彼女はまた腰を前後させた。
「うぉ……やっぱりいいな、これっ……」
アティの手に添えられ、カイルの男性器が泡立った陰唇に擦られる。
泡の滑らかさとともに、陰部の柔肉がぬるぬると竿を撫でる感触がたまらなく気持ちいい。
もっとも、その潤滑する感触が泡のせいだけとは限らないのだが。
「ん……もう、いいぜ。ありがとな」
「は、い……」
男性器を陰唇から離すと、とろりとした粘液が糸を引いた。
カイルの熱く屹立した性器を見つめ、アティは戸惑いながらも次に彼が求めるであろう体勢へと変わる。
仰向けに寝そべり、愛液に濡れる秘所を大きく開いてみせたのだ。
あまりにも大胆な彼女の行動に、カイルは思わず喉を鳴らす。
「ふ、風呂でここまでしちまってもいいのかっ?」
「いいんです。昼間の……お詫びですし」
彼に怪我を負わせたことは、アティにとって何よりも辛いことだった。
どんな形であれ、彼の喜ぶことをしてあげたいという彼女の想いは今も変わらない。
風呂場という場所だが、恥ずかしさよりも彼に満足して貰いたいのが彼女の本心なのだ。
――だが。
カイルは突然、困ったように目を伏せる。
「……なんか妙にサービスがいいと思ったら、そういうことだったのか」


「いやー、いい湯だった。オマケに自分で処理するのも久しぶりだった」
「い、言わないでください!そういうことっ」
あのあと二人は行為の続きをすることなく、風呂から上がることにした。
……カイルだけは下半身が治まらないといい、しばらく篭っていたのだが。
廊下を歩きながら、アティは横を歩く彼の姿を遠慮がちに見上げる。
その視線に気づき、カイルは立ち止まると小さく息をはいた。
「もういいぜ?怪我ことなら」
「それもですけど、お風呂でも……中途半端なところで止まっちゃいましたし」
「アレは俺に詫びを入れるつもりでやったことだろ?別に俺は、あんなことで対価を払って貰おうなんて思わねえよ」
台所でのキスは、彼自身は軽い冗談のつもりだった。
だがあの後もアティはカイルの命を真剣に心配し、今までずっと自己嫌悪に陥っていたのだ。
それほど悩んでいた彼女に体で謝礼をさせるなど、普段下心を溢れさせるカイルでも望んではいない。
真面目な面持ちでアティを見つめていたカイルだが、その表情はすぐにいつもの彼へと戻っていた。
「それにやっぱよ、そんな重っ苦しい気持ちでやるより、楽しいことだけを考えてやるエッチのほうが気持ちいいだろ?」
にっこりと満面の笑みで顔を覗き込んでくるカイルに、アティは赤面しながら黙り込んでしまう。
「ほれ、今から後ろ向きなことを考えるのはナシだぜ。つうわけで、今から俺と愛に満ち溢れたキスを」
「ちょちょちょちょっとカイルさん!?いきなり過ぎますっ!」
肩を掴んで近づけてくるカイルの顔を、ぎぎ、とアティの手が必死で押し返す。
慌てふためく彼女の様子に、カイルは小さく吹き出した。
「ははっ。やっぱり、キスひとつでもすげえオーバーアクション返してくれるお前のほうが、俺は好きだよ」
「あっ……」
罪悪感に駆られ、彼が喜ぶようにと、どんな恥ずかしいことでもしようとしたアティ。
その行為に肉体の快楽は感じても、心が満たされることはなかった。
しかし今は、彼に触れられ、好きだと言われただけで胸が熱く疼いている気がする。
「……無理しちゃ、いけないんですね」
いつも通りのアティでいることが、彼にとっての何よりの喜びなのだ。
そう思ったとき、再びカイルが目を閉じて顔を近づける。
アティは頬を染めるが、やがて薄く目を閉じると――。

「センセェ?晩御飯の準備、何もできてな……って、二度目?」

「わあっ!?」
突然聞こえたスカーレルの声に振り返り、アティは慌てて両手を突き出した。
視界の片隅で何かが盛大な音を立てて倒れこんだが、今はそんなものに気をとられている場合ではない。
床に突っ伏したカイルを見下ろしながら、スカーレルは無言で頬をかく。
「えーと……これは、どういう状況かしら」
「そうだ、スカーレル!さっきあなたから頂いたアドバイスですけど、結局必要なく解決できたんですよ」
「アタシのアドバイスが?」
いまいち話の繋がりが理解できず、スカーレルは首をかしげる。
彼がさきほど台所に顔を出したとき、そこには切りかけの野菜がひとつ転がっているだけだった。
「でも、今日の食事当番がセンセなことには変わりないわよ?ご馳走はともかく、普通の食事も用意してないっていうのは……」
「……え?」
お互いの会話が食い違っていることに気づき、二人は顔を見合わせる。
アティは「カイルのために、今晩は頑張れ」とスカーレルに言われたのだが。
「せっかくの料理当番でしょ。自信なくても今晩頑張りなさいって、アタシ言ったわよね?」
今晩……料理当番……。
彼の言葉を頭の中で繰り返すアティ。
……瞬間、彼女の体温が一気に下がっていく。
「りょ、料理当番のほうを言ってたんですか!?」
言葉の意味を勘違いしていたことを知り、思わず先ほどまでの風呂場での行為を思い出す。
カイルを料理で喜ばせるのではなく、体で喜ばせようと……。
「あ……ぅ……」
青ざめたかと思えば今度は顔から湯気を立たせるアティを、スカーレルは訝しげに見つめている。
やがて何かに気づいた彼の口元が、にやりと楽しそうに緩んだ。
「……一体ナニを頑張っちゃったのかしら?センセったら」

「きっ、聞かないでくださぁ――いっ!!」

耳をつんざくようなアティの絶叫に、倒れたカイルが無意識にうめく。
アティの壮大な誤解による行動。
その原因と誤解内容は、アティ本人と密かに微笑するスカーレルだけが知っていた……。


翌日の午後。
アティとカイルはオウキーニを連れ、昨日見つけたナウバの木を探していた。
果樹園へ実を採るためのハシゴを借りに行ったとき、オウキーニに事情を話した途端「ぜひ同行したい」と言い出したのだ。
天然モノの大きなナウバの実があると聞き、元料理人のオウキーニが食材に興味を持たないはずがない。
期待に胸を膨らませる彼を見ながら、アティは嬉しそうに微笑んだ。
「楽しみにしててくださいね?ビックリしちゃいますから」
「ええ!見つけたあかつきには、ウチらの果樹園でも大きなナウバの実を作る研究を始めますわ!」
やる気満々というふうにオウキーニは腕を振る。
そのときカイルがぴたりと、足を止めた。
「おお!あったあった!あれだぜオウキーニ!」
「さっそく見つかりはったんですか!?さあて、どれど……れ……」
カイルの声に、オウキーニが指差す先をたどった瞬間……彼の表情が瞬く間に青ざめる。
だが彼の異変には微塵も気づかず、アティとカイルは自信たっぷりに木の下へと駆け寄った。
「どうです!?凄い大きさでしょう?」
「こんなすげーナウバの実を見たら、ジャキーニなら腰を抜かしちまうかもなっ?」

「………………」

普段穏やかなはずのオウキーニが、笑顔を浮かべながら口の端を引きつらせている。
それは初めて目にした巨大果実への驚愕とは、明らかに違うものだ。
しかしアティの心から嬉しそうな表情を見ると、彼の口は思わずつぐんでしまう。
「せ……先生はん。ナウバの実なら果樹園に沢山あります。わざわざ森の中、危険を冒してハシゴで上る必要ありませんて!ほな、さっさとユクレス村に戻りましょか!」
「えっ?そんな、せっかく見つけたんですよ!?」
アティの悲しげな顔に罪悪感を感じつつも、オウキーニは足早にそこから離れようとする。
「ええから、ほれカイルはんも!」
「そんなあっ!オウキーニさ……」
――そのとき、ボトボトという音がアティの背後で聞こえた。
同時に、オウキーニの顔が絶望へと塗り替えられる。
アティが反射的に振り返ると、そこには彼女が待ち望んでいた巨大なナウバの実が散らばっているではないか。
瞳を輝かせながら、アティは思わず両手で一本ずつ拾い上げる。
「あきまへん!先生はん、それはっ」
「え?」
オウキーニの声に振り向いたとき……手にしたナウバの実がびくびくと震えだした。
とっさに手にしたそれをよく見ると、なぜかナウバなのに表面がブツブツしている。
しかも妙に柔らかくて湿っぽい。
オマケに先端のほうはナウバにしては妙に丸く、目のような二つの玉が――。

「いやあああぁぁ――――ッ!!?」

悲鳴を上げて放り投げた『ナウバの実』は、地面へぼとりと落ちた。
……しかし、やがて動き出した他の巨大ナウバの実と一緒に地面を這い始める。
その姿はどう見ても、ナウバのように黄色い……。
「巨大芋虫いぃぃっ!?」
「ああ……手遅れでしたなあ。ナウバ好きの先生はんにはショックやろうと思って、黙っとくつもりやったんですけど」
「ありゃあ何だ?遠目にはナウバに見えたが……生き物だったのか」
冷や汗交じりに尋ねるカイルに、オウキーニは苦い笑みを浮かべる。
「果実のフリをして虫を捕まえる、まんま『カジツモドキ』ですわ。見た目は芋虫ですけど、あれで成虫です。木も登りますし、周囲に合わせて変色や変形もできまっせ。まあ、あそこまで巨大なモンは初めて見ましたけど……」
オウキーニはそれに関する知識があったため、特徴を見て一瞬で見抜けたらしい。
もともと珍しい生物なので、あれほど巨大なものなら学会に発表できるかも、と付け加える。
だが今の心理状態のアティとカイルに、それを強いるのは酷というものだ。
「結局、骨折り損のくたびれ儲けだったわけかよ……。しかたねえ、帰るぞアティ……って、おい」
くるりと周囲を見渡すが、カイルの視界にアティの姿は見当たらない。
……何気に足元に目をやると、地面に倒れこみ気絶している彼女がいた。


「もう最悪です……。しばらくアレが食べられなくなっちゃいましたよ……」
「はははっ。しかも後で事情を知らないジャキーニに、大量のナウバ貰っちまったしな」
「名前を言わないでくださいっ!思い出しますから!」
その夜、カイルの部屋でアティは昼間の悲劇を思い出していた。
釣り用の糸ミミズならともかく、あれほどの質量を持つ芋虫をもっちりと鷲掴みしてしまったのだ。
大好物のナウバにも手をつけられない彼女の落ち込みようはある意味、昨日以上といえる。
……頬を膨らまし、シーツにくるまるアティが妙に可愛らしい。
先ほど彼女を愛したばかりなのにも関わらず、カイルの下半身は再び熱を持ち始めていた。
「んっ……ま、またですかっ?カイルさん……」
アティを背後から抱き締め、カイルはその火照った柔肌に優しく唇を落とす。
「お前を見てると、また元気になってきちまってさ」
赤面して黙り込むアティに覆い被さり、カイルは彼女の脚をゆっくりと押し開いていった。
さきほど交わったばかりのそこは、まだ十分にほぐれ潤っている状態だ。
彼女の脚を抱え込み、熱を帯びた性器をあてがうと腰を前へ進めていく。
先端を包み込んでいく温かい柔肉の感触に、とろけそうな快楽が彼の全身を支配した。
同時に、アティは膣内を満たしていく熱さに体をこわばらせる。
「んふっ……あ、ぅっ……!」
狭い膣肉を掻き分け、カイルはアティの奥深くへと進んでいく。
……やっぱり、罪悪感を拭うための性行為よりも、互いに愛し合って楽しむそれの方がずっと心地よい。
カイルの背中へしがみつき、その熱を体の奥に感じながら、アティは恍惚の表情を彼に向ける。
「アティ……」
「ぁ……んぅっ、……なんですか?カイルさんっ……」
「でも、俺のこっちは平気なんだな?」
突然の言葉に意味が分からず、アティは首をかしげる。
すると彼はアティから男性器を抜き、彼女の眼前へとそれを突き出した。
「だってほら、近くで見ると、ナウバよりもこっちのほうが微妙にアレに似てねえか?頭の部分とか――」


――さわやかな朝を迎え、スカーレルは朝食の用意をしていた。
シンプルな薄紫のエプロンを掛け、目玉焼きやサラダを並べていく様子はまるで主婦の貫禄さえうかがえる。
食卓にはすでにソノラ、ナップ、ヤードが来ているものの、カイルとアティはいまだに来ていない状況だった。
「アニキと先生が寝坊するなんて珍しいね。いつも早起きなのに」
「先生なら、ゆうべは部屋にいなかったぜ?カイルの部屋でお泊りだったんじゃないかなあ」
楽しげに言うナップは、すでにこの環境になれてしまっているのか平然とした口調だ。
むしろ大人であるヤードが顔を険しく歪めているが、あえて誰も触れようとはしない。
――そのとき、ドアの開く音とともに二人の姿が食堂へと現れた。
「おはようございます、皆さん。遅れちゃってごめんなさい」
申し訳なさそうに頭を下げるアティの後ろを、猫背で股間を押さえながらカイルが続く。
……その青ざめた彼の表情を見た瞬間、何かをやらかしたのだろうと全員が察知していた。
アティの不機嫌そうな顔を眺め、ナップは苦笑交じりにテーブルの中心へ置かれたそれを差し出す。
「先生、イライラするときは大好きな物を食べるのが一番だって!ほら、ナウバの実」
ぐい、とアティの眼前に突き出される、黄色く細長い物体。
……一瞬硬直した彼女の全身を、瞬く間に鳥肌が覆う。
「ひぃっ!?な、なななナップ君!それを私に近づけるのはやめてぇっ!!」
大好物を突っぱねるアティの姿に、思わずナップたちは驚愕に目を見開いた。
彼女はなおも小刻みに震え、涙を浮かべてつぶやいている。
「ゆうべカイルさんがあんな事をするから……もう本当にしばらくナウバの実は食べられないし、カイルさんの下半身も見れません!いくら似てるからって、もう……トラウマですよぉっ」

「………………」

泣き崩れるアティをソノラがなだめる傍らで、男性陣三人の冷ややかな視線がカイルを貫く。
その視線は食卓のナウバの実から……カイルの下半身へ。
「ダメじゃない、カイルったら……いくら貰ったナウバが沢山あっても、食べ物を粗末な使い方しちゃ」
「ち、違うっ!!そういうわけじゃ……」
「オレみたいな子供のいる船で、よくやるよなあ」
「だ、だからっ……」
何やらひときわ強いオーラを感じ、カイルは冷や汗を流して視線をちらりと向ける。
そこには引きつった笑顔を浮かべるヤードが、紫色の召喚石を握り締め……血を滴らせている姿が。
「ははははは。そういえばカイルさん、さっきから下半身を押さえて辛そうですね。怪我をしているなら召喚術で綺麗に傷を消して差し上げますよ?……カイルさんもろとも、ね」
「お、おお落ち着けヤード!!話せば――……!」

――海賊船の窓から、輝かしい光が溢れ出る。
爽やかな朝の水平線に、カイルの悲鳴が響いていた……。


「スカーレル。やはり私はあの二人から目を離すわけにはいきません。この島でしばらく教師を務めます」
「……ストーカー化は勘弁してよ?」


おわり

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